【10-完】
◇◇◇
聞けば、彼女は北方の地域からやってきた土地神だと言う。祀る人々からは「ハポ」と呼ばれていたため、その呼び名で良いと言われた。
地名を聞けば、朝香の目的地と近い場所。放っておく選択肢は無く、今人間一人と神様一人、共に新幹線に乗っていた。レンはというと、新幹線に乗車した後カメラの中へ戻っている。
「神様が、土地を離れて大丈夫なのですか?」
「なに、離れた瞬間壊れるわけではあるまいよ。それに土地神と言っても生粋の神ではない。人々が土地を守る存在を『求め』『祈った』末に、何かこう、自然発生的に形が生まれたというか……そういう意味で人造というか。何というかほら、な!!!!」
説明はゴリ押しで通されたが、そういうことらしい。
噂だけで認識が広まり、いつの間にか「存在」している都市伝説や怪異の方が出自は近い……と。
そんな彼女が同胞、すなわち「きょうだい」を訪ねて南方へ。
「同時期に発生した土地神だから『同胞』。そういう意味もあるが、私とあやつは元々『同じ土地』だったのじゃよ」
伏せがちな瞳が、ふと朝香から逸らされた。きっと窓の外の景色を眺めているのだろう。
朝香には、それが見えない。愁いを帯びた横顔しか。
「同じ土地……南北両極端と、離れていますが」
「地学の問題ではない、文化の問題じゃ。はるか昔の統率者……分かりやすく言えば『政府』が本国全体を収めていた際、地域区分を施した。まぁ中心の都以外は、割と適当に。都を中心とした同心円状に、同じ地名が与えられたのじゃよ」
「なるほど、それで」
「一応、ある時期までは連絡を取っておったのじゃ、同胞とな。しかし近年、それが途絶えた。百年ほど」
近年が百年。スケールが違う。
「いつかの乱世ではない。今はよほどの災害でも起きぬ限りは同胞の土地など心配するに及ばぬが……気になることも、あるのでな。私自らこうして足を運んでやっているというわけじゃ」
言葉の結びにかけて、心なしかハポの視線が険しくなった。行き先の方角を見つめながら。案じるように、悲しむように。
カタタタタ。
座席前方、ドリンクホルダーに立てたお茶のペットボトルが揺れる音がする。新幹線となれば、車内の振動は微弱なものだった。
だからこそ沈黙も気まずいのだろうか。ハポは経緯の説明を終えると、様々な雑談を挟んできた。比率の多くは自分の土地について。土地神だからだろう、愛情たっぷり皮肉たっぷりに、食べ物や文化や人を語る。
それからここまでの旅の苦労話も。
「とかくこの世の交通網は分かりづらい!! 『たくしぃ』とやらなら一本だと思ったが、『経費がかさむやめろ』と眷属に言われてな」
「ただ駅弁は美味いの。新幹線内でも頼めるのだから便利~あ、アイスを二つください!!」
「え? あぁ、姿は何となく常人にも見えるよう切り替えられるぞ。『土地そのものに馴染む神』じゃからな、いても何か違和感ない感じにできる。それでここまでやってきたのじゃから」
「アイスいらない!? じゃあ私が二つ食べるぞ」
「色々苦労はあるが、景色はどこへ行っても見ていて楽しいの……あぁそれが、お主には見えんのか」
何となしに言ってのけると、彼女は肘を立てる。窓際に立てたのだろう、と想像する。
朝香はいつも通りに笑った。
「どんな景色がありましたか?」
「……そうだな。リンゴの畑に一面の田んぼ。少し町が栄えてきたぞと思えば、それ以上の都会が流れ去る。いつまでも続く眺めなど一つもなく、都会から続いた線路もやがて山の近くを通るようになった。私はそこで途中下車をしたが、あれは中々面白かったぞ。森の主を一匹の鹿が担っておった」
「鹿……」
心当たりがある。以前依頼で向かった先が、まさに鹿が主の森だった。もう、人の立ち入りは禁止された頃合いだろうか。
同一の森かは分からないけれど、そうだとしたら。少し懐かしい気持ちになる。
「私は土地神だ。今までさほど自分の土地を出たことは無かったが……車窓から見える景色は、時の流れに似ている。瞬きをする間にすぐ移り変わり、変わらずにいることはできない。……分かっておるのじゃがな」
静かな声が、瞳が。景色と、朝香が窺い知ることのできない記憶を見据えている。
「その全てが、お主には見えぬのか」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
残念がる様子も、当然馬鹿にする様子もない。真剣な瞳が、こちらを見ていた。
「……僕にも見えたら、良かったんですけどね」
対して朝香も、いつかと同じ言葉を繰り返した。いつしかユウへと告げた。あの時彼女は、何も言わなかった。
しかしハポは違ったらしい。
「思ってないな」
残念がる様子も、怒る様子もなく。
ふっと息を吐いた。タイミングを見計らったように、アイスが運ばれてきた。先程の緊張感が嘘のように、目を輝かせてスプーンを掴む。
その様子を小さく笑って、朝香は視線を逸らす。前の場所を想い続けるあまり、新しい学校に行けなかった昌平。疎遠になった同胞の元へ、苦労をしてまで会いに行くハボ。
朝香が移した視線の先に、白杖がある。
「……執着出来るようなもの、僕にはあったかな」
小さな呟きは、恐らくアイスに夢中なハポにも、誰にも聞こえていない。
いや、レンには聞こえていたかもしれない。しかし返答も動きもない。カメラは、膝の上で黙り込んでいた。
微弱な揺れしか為さない新幹線の中では、目的地に近付いている実感が湧かなかった。窓に流れる景色も見えないのだから。虚空に座ったまま、停滞しているような気がする。けれど着実に、目的地は近付いているのだろう。
(彼女が目的の人に会えるまでは付き添おうか)
どうせ同じ地域に向かうのならば。
そう考えて。
「また首を突っ込むのかよ」という声が、記憶の中から呆れてみせた。
【縁と望郷写真~Lights~ 終】
花とかけはし鶯 冬原水稀 @miz-kak
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