もふもふ王女さま

沢田和早

もふもふ王女さま

 ある王国で王女さまが誕生しました。


 王女さまは物心ついたときからもふもふが大好きでした。洋服、寝具、調度品などはもちろん、食器、書籍、鉛筆、下敷き、平面鏡、スマホ画面といった、もふもふでは使い物にならんだろうというようなモノまで強引にもふもふに仕立てて生活していました。


「もふもふ最高! もふもふ最強! もふもふは世界を救う! この世のすべてはもふもふの前にひざまずくのよ」


 王女さまのもふもふ至上主義は年を追うごとに過激になっていきました。そしてその噂は王国から千里離れた森に住む悪い魔女の耳にも到達してしまったのです。


「あんれま、あの王国にはそったらはんかくさい娘っ子が住んどっとね。こりゃどげんかせんといかんがね」


 悪い魔女はすぐさま森を出て王国に向かいました。城壁を難なく乗り越え王女さまの部屋に侵入。ただちに呪いをかけました。


「あんたがこっから手に触れる生物は何もかんももふもふになってまうでよ。気い付けっちゃ」

「えー、嬉しい! やったあ!」


 王女さまは歓喜の雄叫びをあげました。これまではもふもふの犬や猫やウサギなどとだけ遊んでいたのですが、「手に触れたものは全てもふもふになる」呪いのおかげで、これからはつるつるのイルカやニシキヘビやカエルとも遊べるからです。


「わーい。毎日がもふもふだあ!」


 王女さまは大喜びです。しかし王さまや王妃さまや臣下の者たちは、

「これはヤバいことになった」

 と思いました。


 こんな呪いをかけられたことが世間一般に知られれば嫁に行くことも婿を取ることも不可能に思われたからです。このような不都合な事実は完全に隠蔽しなくてはなりません。王女さまは宮殿の奥の部屋から一歩も出さないようにして生活させることにしました。


「結婚適齢期になって縁談相手が見つかるまでの辛抱ですよ。うまいこと隠し通して婚姻届けを提出してしまえばこっちのもの。相手の男が『そんな呪いがかけられていたなんて知らなかった。オレを騙したんだな。離婚だああ』などとわめきたてても『あらごめんなさい。でもいったん結婚してしまったら宗教上の理由で離婚できませんの。おっほっほ』とでも言って、その後は一生もふもふな生活を満喫すればよいのです。わかりましたね」

「はいわかりました。お母さま」


 こうして王女さまのもふもふ生活は続きました。結婚適齢期になるとあっちやこっちの王国から縁談の申し込みがポツポツ来るようになりました。何もかも目論見通りです。このまま首尾よく事が進むことを城中の全員が願っていました。


「なに、あの王国の王女にそんな呪いがかけられていたのか」


 しかし思い通りにいかないのが人生というものです。あれほど固く隠蔽されていた王女さまの秘密が露見してしまいました。しかも運の悪いことに弱みを握ったのは超大国の王子さまです。年齢は王女さまと同じでタメですが、王国の規模はタメではありません。王女さまの王国を遥かに凌ぐ軍事力と経済力と領地と領民と田んぼを所有しています。


「さっそく会いに行こう」


 王子さまは大軍を引き連れて王女さまの王国に乗り込み面会を要求しました。断ることなどできません。王子さまの手には核弾頭ミサイルの発射ボタンが握られていたからです。王さまは決断しました。


「領地に死の灰を降らせるわけにはいきません。王女に会わせましょう」


 王子さまは王女さまの部屋に案内されました。人払いをして二人きりになると王子さまは頭に深々とかぶっていた金の冠を取り去りました。


「そ、そのお姿は!」


 王女さまは驚きの声をあげました。王子さまの頭には毛髪が一本も生えていなかったからです。ツルッパゲだったのです。もしかしてこの王子さまはワンパンマンなのではないかと思ったほどです。


「私と同じ年齢なのにツルッパゲだなんて。悪い病気にでも罹っているのですか」

「病気じゃない。呪いだ。オレにはつるつるの呪いがかけられているのだ」


 王子さまは話し始めました。幼いころから王子さまはもふもふが大好きでした。この世の全てがもふもふなら最高! とまで考えているもふもふ大好き男児だったのです。


「もふもふ最高! もふもふ最強! もふもふは世界を救う! この世のすべてはもふもふの前にひざまずくがよい」


 王子さまのもふもふ至上主義は年を追うごとに過激になっていきました。そしてその噂は、悪い魔女よりもっとイジワルな凄く悪い魔女の耳に届いてしまったのです。


「そったらもふもふが好きなら二度ともふもふを楽しめねえようにしてやっぺ。今日からおみゃあが触れる生物は何もかんもつるつるになってまうでね」


 凄く悪い魔女によってかけられたつるつるの呪いによって王子さまはツルッパゲになり、今日までつるつるの生活を強いられてきたのです。


「そうだったのですか。では今日私に会いに来た目的は、もしや……」

「そうだ。君にかけられたもふもふの呪い、オレにかけられたつるつるの呪い、どちらがより強力かを確かめるために来たのだ。準備はいいか」


 王子さまは右手を挙げました。


「はい。いつでもどうぞ」


 王女さまも右手を挙げました。互いの右手が互いの頭上にゆっくりと下ろされていきます。王子さまの頭はもふもふになるのか。王女さまの頭はつるつるになるのか。二人は固唾を飲みながら自分の右手で相手の頭に触れました。


「おおー!」

「まあ!」


 勝者は王女さまでした。王子さまの頭はもふもふになり王女さまの頭はもふもふのままだったのです。


「どうして私が勝ったのでしょう」

「気持ちの差だ。オレはつるつるの呪いをかけられているがつるつるが好きなわけじゃない。むしろもふもふが好きなのだ。しかし君はもふもふが好きで、なおかつもふもふの呪いをかけられている。その気持ちの差がオレの呪いに打ち勝ったのだ」


 王子さまは王女さまの手を握り締めました。


「オレの伴侶は君しかいない。結婚してくれ」

「はい、喜んで」


 こうしてもふもふ王女さまとつるつる王子さまは結婚して幸せな人生を送りました。ちなみに王子さまは王女さまの尻に敷かれていたそうです。もふもふの頭髪を維持できるのは三日間だけだったのです。三日経てば元の坊主に戻ってしまう、文字通りの三日坊主でしたので、三日に一度は王女さまに頭を撫でてもらわなければいけなかったのです。で、王女さまの機嫌を損ねると撫でてくれず、ツルッパゲの状態で過ごさなければならないので、夫婦喧嘩をしても折れるのは必ず王子さまのほうなのでした。でもそのおかげで百歳を超えてもふさふさの頭でしたから幸福な老後だったと言えるでしょう。

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