Aletta
雨宮祥子
Aletta
人間の未来のために作られた宇宙船。人間は戦争で急激に数を減らし、美しかった地球はとても人間が住める環境ではなくなった。そうして人間は、腐敗した地球を捨てて、新たな土地を求めて宇宙へ漕ぎ出した。
午前六時。船のアンドロイド達が一斉に目覚めて、仕事を始める。
午前七時。船のアンドロイド達が一斉に歌を歌い出す。人間がアンドロイドのために作った歌だ。人間は歌が好きだった。だから私たちも、歌が好きだ。
「Seuc ny yulwi——teth——matika m solfam fad lp——(私たちを作った人間に感謝し——)」
大昔の言語で書かれた歌詞は響きがよく、私たちを設計した人間は好んでこの言語を使った。
午前八時。人間の王様がアンドロイドのために短いスピーチをしてくれる。この船には様々な種類のアンドロイドがいて、一部の計算機や中央サーバーを除くと、ここのアンドロイドはみんな人間と同じ形をしている。髪があり、肌があり、外見はほとんど人間と変わらない。外見だけでなく、一体ずつ性格の違うAIが導入されていて、胸部に埋め込まれた感情器官と合わせて彼らは人間と同じような挙動をする。だが〝生きた人間〟は王と女王の二人しかいない。彼らは私たちの希望なのだ。
そして午前九時。強制同期が行われる。強制同期は、船内の全ての機械を対象に毎日三時間ごとに行われる。船の状態を常に全てのアンドロイドが把握し、効率的に日々の仕事を片付けるためだった。
私は、同期する瞬間の、あのぴりっとする感覚が嫌いだ。
思考はそこで中断されて腹が立つし、頭の中の全てが見透かされているような、誰かの視線が頭を貫くような、あの妙な感覚にはどうも慣れることができないからだ。とはいえ、この宇宙船、ノア——安易な名前だなといつも思う——に乗っているからには同期が行われるのは仕方ないことで、強制同期は一日に最低八回もあるんだからそろそろ慣れなくちゃいけない。
強制同期が行われる時間が近づくと、私は何も考えないようにしている。思考が中断されるのに腹が立つなら、何も考えないでいるほうがずっと良いのだ。
時間になった。だが同期は行われなかった。
同じ部屋に居たアンドロイド達がざわめきだし、コンピューターの処理音が一斉に鳴り響く。何か異常があったのだろうか。それともウイルスでも検出された?
すると私たちの疑問に答えるように、船内にアナウンスが流れた。
『司令部より命令。対象:Alettaモデル全機。至急司令室へ集合せよ。』
私たち、Alettaモデルへの命令だった。Alettaモデルは、船が未確認天体に接近した時や未確認飛行物体等を見た時に、どういった影響があるか、もっと近づいたらどうなるか、等を確認する偵察機だ。時には潜入もしたりするが、普段は他の業務の手伝いをしていて、小さくて、目が良くて、宇宙を飛ぶための羽がついていて、普段は武器を持たない、それだけのアンドロイドである。司令部に呼ばれる理由が思い当たらない。
同じ部屋にいたAlettaモデルと共に、私は司令室へ向かった。
この船には三つの層がある。Alettaモデルは仕事上、宇宙に面していない中央の第二層に居ると不便だから、部屋は第一層にある。司令部があるのは第二層、私たちが居たのは第一層なので、私たちは少し移動に時間がかかる。第二層の中央付近、王室と司令部の間に降りると、アンドロイド達が走るバタバタという音と、少し焦げたような匂いがした。
「早く消火しろ! 爆発だ!」
「とにかく道を通せ! 瓦礫を片付けろ!」
「王室に近いぞ! いや......王室で爆発している!」
「王は無事か!? 女王は!?」
アンドロイド達がせわしなくフロアを行き来している。大きなシャベルを持ったアンドロイドもいて、彼らは道の真ん中から瓦礫を退かしていた。王室の方から黒い煙が薄く漂っている。燃えるはずのない材料で出来た壁や床が何故か焦げていた。
その光景に立ち尽くす私たちの目の前を、隣を、焦った顔のアンドロイドが駆け抜けていく。その後ろから、また一人の少年型アンドロイドが走ってきて、私たちの前で足を止めた。
「Aletta! 司令部への道が塞がれている、こっちへ!」
確かにその廊下は、焦げた壁の残骸や、吹き飛んで変形したドアなどで埋まっていた。曲線で囲まれた船ではなかなかお目にかかれない、鋭い線をもつ瓦礫がそこかしこで頭を出している。それを確認した私たちは、彼の後を追った。
司令室に来るのは久しぶりだった。というのも、普段指令は先程のように放送で下されるので、司令室を訪れる必要性はほぼ無いのである。
司令室は薄暗くて、控えめな機械音が断続的に響くだけの静かな部屋だ。入って正面には映画館のような大きなモニターがあり、船の状態や周辺の地図、レーダーなどがごちゃごちゃと映し出されていた。その操作をするための大きな機械の前に、司令官は立っていた。
「これで全員か? 大分少ないな」
そう言った司令官の目は冷たかった。彼女は背が本当に高くて、少女型が標準となっているAlettaモデルと並ぶと威圧感が強調される。
「司令官、フェデがいません。探したのですが」
最初に作られた、少女型でありながらみんなの母親のような存在のリタが声を上げた。
「フェデはいい。彼女を抜いて、十八人しかいないのか?」
「偵察で、半数以上が破壊されましたので」
リタは目を伏せ、呟いた。彼女が悲しそうなのは、Alettaが最初に作られたときから稼働していて、仲間が壊れるのを一番多く見ているからだ。
「そうか。......フェデが王室を爆破した。彼女の稼働反応はすでに消えている」
稼動反応、それはアンドロイドが活動できる状態の時に出す微量の電波。それが消えたことが意味するのは、死。みんなが息を飲んだのが分かった。それもそのはず、フェデは誰よりも勇気があって、曲がったことが大嫌いで、みんなを引っ張るような子だった。なのに、それなのに、彼女が王室を爆破?
「王様は無事なんですか?」
「それはまだ開示できない」
司令官が疑問を叩き落とすように答える。王様は普通私たちが見ることすら許されていないのだから、生死を知ることもまだ許されないというわけだ。
「しかし、司令官。王室はダミーを含め十部屋あるはずです。そんな広範囲を爆破させる爆弾がどこに......」
「自爆だ。通常の自爆に加え、大量の火薬を抱え込んでいたらしい」
「司令官! 私たちは人間へ危害を加える行為は出来ないように設計されています! フェデがそんなこと出来るわけありません! 何かの......何かの間違いです!」
それでも司令官は冷たい表情を崩さなかった。叫ばれた言葉に返事をせず、彼女は私たちに背中を向けた。
「フェデに不具合があった。そういうことだ。同モデルのお前たちはどうなんだ? 同じ不具合を起こさないと証明できるのか?」
そう言われると、私たちに言えることは何もなかった。口をつぐむしかなかった。
「お前たちに出来るのはフェデの心配じゃない。自分たちの心配をしろ」
張り詰めた空気に動くことも出来ない私たちに、呆れたように司令官がため息をついた。
「お前たちの処遇は追々決める。それまでお前たちは隔離する。......案内しろ」
司令室の扉のそばに控えていたアンドロイドが反応して「承知シマシタ」と機械的な声を上げる。司令室には感情器官を持ったアンドロイドは居ない。船の全てを決定する司令室だからこそ、感情は邪魔だと判断されたのだ。
それからは早かった。私たちはあれよあれよという間に目隠しをされ、司令室から隔離部屋へ連れて行かれた。
「......で、ここは船のどこなのよ。見たことないわよこんな部屋」
唯一の成人女性型のミウリが苛立っている。目隠しが外されて最初に見えたのは、白い壁と白い床。広さは十八人全員が寝転がってもまだ余裕があるほどで、その割には天井が低い。ミウリが言ったように、私もこの部屋に見覚えはなかった。
「なんなのよ、私たちが何したって言うの? こんなとこに閉じ込められる義理ないんだけど。フェデもフェデよ、王室に手を出すなんて面倒起こしてくれちゃって......」
「やめてよミウリ......。フェデが王室を爆破するなんて......ありえないよ......」
幼女型のマリアが呟く。そして泣き出してしまった。少年型のレンリが彼女の側に寄って、背中をさすってやる。
「......待て、司令官はどうしてフェデがやったと分かったんだ? 廊下はあの状態で、まだ瓦礫も退かしきれていなかったじゃないか、早すぎるだろ」
その言葉にミウリが噛み付く。彼女の声が大きくなる。
「レンリそれどういうことよ」
「だってあの状態だぞ? 王室すら入れない状態なのに」
「稼働反応が消えたからそう判断したんじゃないの」
「じゃあなんで司令官は爆薬を抱え込んでいたのが分かるんだ」
「司令官に疑いをかけてるわけ!?」
「じゃあミウリはフェデがやったって決めつけるのか!?」
「そんなわけないでしょう!」
「ちょっと、二人とも」
やや喧嘩腰になっていたミウリとレンリを、リタの声が制した。
「兄弟モデルが喧嘩しててどうするの? ......どこから監視されてるかも分からないんだから、そういう話は大きな声でしちゃだめよ。まず状況を整理しましょう」
ばつの悪そうな顔をする二人を横目に、リタが言葉を紡いでいく。
「まず、午前九時以前に何者かが王室を爆破した。そしてすぐに、Alettaモデルが呼び出された。この時点で司令官は犯人がフェデだと特定していた......。そして私たちは隔離された。ね、今私たちが一番気にしないといけないのはこれからの私たちの処遇よ」
「同期が停止されたってことは、最悪全員処分ってわけ」
「有り得るわ。じゃあそれを防ぐためにどうすれば良いと思う?」
みんなが黙る。みんなの頭のコンピューターが計算を始める。
同期が停止されるのは、ウイルスが検出されたときと、誰かに不具合が起きたとき。もしその状態で同期してしまえば、ウイルスは同期対象の全ての機械に感染してしまう。そして不具合が起きたときというのは、新型のウイルスが原因になっている場合が考えられるから同期が停止される。船内で検出されたウイルスへの対策は、セキュリティシステムを使うか、対象モデルの全処分が採用されている。
どうやって処分の道を避ける?
「フェデがやってないって証明すればいい」
私はそう呟いた。
Alettaモデルは偵察機である。それだけに、隠密行動といったものは何よりも得意だった。隔離された私たちは、数人でこの部屋を抜け出し、フェデが爆発を起こしたのではない証拠を探すことに決めた。そっと抜け出して、証拠を回収する。私たちにとってはお家芸だ。
問題は、フェデがやっていないとしたら誰がなんの目的で爆発を起こしたのかが分からないことだ。だが私たちが入れられた部屋は船内ネットワークから完全に遮断された場所のようで、私たちはフェデの安否を実際に確認したわけではない。司令官が〝フェデの稼働反応が消えた〟ことだけでフェデがやったと判断したように、私たちも司令官の言葉だけでフェデの稼働反応が消えたと認識している。つまり、司令官が〝嘘を付いている〟可能性が、非常に少ないが無いわけではないということだ。私たちはそれを期待した。......そう信じたいだけだったのかもしれない。
まず、抜け出す時間を、誰もいない深夜の時間に決めた。基本、船内のアンドロイドは、夜の時間は人間の真似をして〝睡眠〟をとる。その行動は今でこそなんの意味もないが、昔は大きな意味があった。まだ発電効率が百%を切っていた頃、アンドロイド達は夜間の活動を休止することでエネルギーを節約していたのだ。そういう風に設計されていたから、私たちは今も何となく睡眠を続けている。
そして抜け出すAlettaは三人に決めた。少女型の私と、少年型のフィレンツェと、幼女型のカデミの三人だ。私は情報収集の能力が比較的高いから、証拠を探すのは主に私の役目となる。フィレンツェは周りの音を消すのに長けているからそれを、カデミは見つかったときに相手の目を眩ませたり、攻撃したりする役目を負った。私たちが入れられた部屋のドアは複雑な暗号でロックされていたから、ハッキングが得意なAlettaが解除した。このドアで私たちを隔離するのは少々失策だったかもしれない。暗号は多くのアンドロイドに有効な手だが、偵察・潜入を主な仕事とする私たちには無いに等しく、好都合なのだ。物理的に鍵をかけられていたら、ほぼ武力の無い私たちはお手上げだっただろう。
「じゃあ行ってきまぁす!」
カデミが元気よく言うと、リタが「遊びじゃないのよ」と窘めた。
「いくらフィレンツェが音を消してくれるといっても、念には念を入れなくちゃいけないでしょう?」
「ごめんなさぁい」
部屋の外へ出ると、目の前に現れたのは上への階段だった。左右はすぐ壁で、階段の上は暗闇だった。
私は、少なくとも部屋であれば、何かしら廊下に出るはずだと思っていた。目隠しをされていたとはいえこんな狭い階段を使った覚えはない。別の入り口があるのだろうか。そしてこんな部屋は船内の地図に書かれていない、つまりここは床の下、または床の中ということか?
「第一層と第二層の床にこんなに分厚さがあった?」
私が二人に聞くと、二人共が「分厚いけれどここまでではない」と答えた。勿論私もあの部屋の高さにプラス階段の分厚さがあったとは記憶していない。だが第三層の床はどうだったか?
第三層はこの船の最下層であり、面積の大半は発電機などの機械であるため、第一層や第二層ほどアンドロイドが存在しない。だから私は第三層の情報こそ持っていても、実際に訪れたことは数えるほどしかなく、第三層の床の厚みなど知らなかった。それは二人も同じようだった。
「じゃあここって第三層の床下ってことでいいんですか......」
私より身長が高いはずのフィレンツェが気持ち上目遣いで私に聞く。
「......多分。出てみなきゃ分からないけど。......ここから上がってどこに出るか分からないけど、急ごうか......見つかったら元も子もないし」
「そうだねぇ、じゃあ上がろ!」
カデミが先頭を切って階段を上っていく。
「あぁ待ってください......あんまり離れると困ります」
その後ろをフィレンツェが慌ててついて行く。そして私もそれに続いた。
一番上まで上ると、目の前に身長より少し高いぐらいの位置まで梯子があった。その先を見上げると、天井が外れるようになっていた。
「部屋に来るときにこんなところ通ってないはず......通路がもう一つあるのかもしれない」
呟きながらも上に出ると、ぶんぶん唸る大きな機械の横に出た。見たところそれは蓄電器で、近くにいると身体がぞわぞわする。
通った扉を元に戻すと、かたりと音を立てて窪みにはまり、床との境目が分からなくなってしまった。
「えぇ......これ帰ってこれます......? 爪にも引っ掛からないんですけど」
フィレンツェが境目のあったところをカリカリと引っ掻いている。もう扉が開く様子はない。
「なにか吸盤みたいなものを調達して来ればなんとかなると思うけど......」
と言ったは良いけれど、吸盤なんてものあったか? ......恐らくあるであろうもう一つの通路、私たちが使ったらしい道を探す方が現実的な気がする。
「とりあえず王室まで行こう。蓄電器があるってことは第三層で合ってると思うから......問題はここが王室横の階段からどれだけ離れているか、だけど」
私は目の前を見つめる。
「ラッキーだねぇ〜。これがそうみたい」
王室近くの階段には、分かりにくいが小さく印がしてある。
目の前の階段にはそれがあり、またカデミがるんるんと先頭を切った。
王室周辺は相変わらず瓦礫だらけだった。だが朝見た時は足の踏み場もなかったものが、少し避ければある程度歩けるようになっていたから助かった。
「じゃあ私が証拠を探している間、二人は見張りをしていて。司令室に近い北の廊下をカデミ、南の廊下をフィレンツェ、お願いね」
「はぁい」
「分かりました」
二人がそれぞれの場所に向かったのを確認して、まず爆発の中心地であろう王室の扉がある廊下に向かう。ダミーを含め十個の扉の前には一体ずつ守護アンドロイドが配置されていたが、今は彼らは瓦礫に埋もれていた。彼らの上に乗っていた大きな天井の破片の端を持ち上げると、守護アンドロイドの一人の顔があらわになった。その煤けた顔を見ていると、彼らも朝までは普通に活動していたのだな、と思って少し胸が痛くなる。
いや、そんなことを思っている暇はない。早く証拠を見つけなきゃ。フェデがやってないって証拠——つまり他の誰かがやった証拠を。
両側から上下に伸びる鉄骨を避け、その奥のドアをよく見てみる。違う。このあたりは焦げてない。
溶けた金属が床に溜まって、そのまま固まっているでこぼこした廊下を歩く。端に散らばっている、何かの、誰かの破片を拾い上げる。それが目的のものではないと分かると、元あった場所にそっと戻しておく。
焦げた布の切れ端が、尖った瓦礫に引っかかっている。見れば、元々は白い布だったようで、私たちAlettaの制服と一致する。
「これ......」
布を手に持って、くるくる回して見た後、ポケットにしまう。嫌な予感からは目を逸らした。
さてどちらに向かおうか、と思ったときだった。
「それはフェデの制服だよ。......残念だがAlettaモデルの処分が決まった」
後ろから司令官の声がした。気配もなく後ろに近づいていたそれは、私の隣に足を進める。
なぜここにいる? なぜ夜中なのに彼女が活動をしている? 処分が決まったと言った? 証拠を見つけられないのは、まさか本当にフェデが——彼女の言葉に硬直した私の肩に、彼女の冷たい手が静かに置かれた。そして横からぬっと私の前に顔を出して、「ここで何をしていたのかな」と聞いた。
少しの間私たちは見つめ合い、張り詰めた空気が辺りに流れる。言う気はない。だって彼女はそんなことに興味がないんだから。残念なんて思ってもないくせに。私が何も答えずにいると、彼女は私の前に歩いていって振り返った。
「処分されるモデルには、人類の歴史を知る権利がある」
歴史なんて知ってる。彼女は口角だけを上げて笑う。
「人類は、七度目の新たな始まりを迎えた。これが何を意味するのか分かるか?」
「分かりません」
分かりたくもない。邪魔だ、私は早く証拠を探さないといけないのに。そうだ、フィレンツェとカデミは何をしている? 彼らも見つかったのか?
「今別のAlettaのことを考えたか? 安心しろ、他の個体の電源は落としておいた」
その言葉を聞いたら、私の力は抜けてしまったように感じられた。感情器官に負荷がかかっている。なんだかどうにもならないといった感じで、証拠探しだとかは、もうどうでも良いと思ってしまった。
どうしてかな、なんでだろうな、私には少しも理由が分からなかったが、全ての希望が無くなったように感じた。だから私は、大人しく司令官の話を聞くことにした。いや、理由はそれだけでなく、純粋に彼女の話に好奇心が湧いてしまったのもひとつだ。
「人間というものは、技術を発達させていくと、最終的に私たちのようなアンドロイドを作り出す。そして同時に、その技術を求めて争いが生まれる」
司令官が隙間を見つけて壁に寄りかかる。私はまだ動けずにいる。
そうだろう、地球に住んでいた人間たちは争って急激に数を減らしたのだから。
「この船を作ったのは、人類が絶滅するのを恐れた最初の人間だ。彼らは争いの中、生き残った最後の数十人だった。船は母星を飛び出して、新たに歴史を刻む星を探した」
最初の人類。彼女はそう言ったか? 私の脳のコンピューターにはまずその固有名詞すらなく、私は疑問を抱く。
「人類が住める星を見つけた彼らはその星に降り立ち、船は〝月〟としてその星を公転し始めた。それが二度目の歴史だ。この船は今までずっとこれを繰り返している」
待て。話を理解できなくなってきた。彼女は〝人類は七度目の新たな始まりを迎えた〟と言った。つまり人類は絶滅の危機を七回迎えたということで......だめだ、理解できない。
「この船に乗っていた人間は三十二人。十の王室が存在するのは敵襲に備えるためとアンドロイドには伝えているが、実際は彼らが住まうためだ。彼らは三日前に新たな星に降り立った」
そうだったのか、と変に納得してしまった私だが、一つの疑問に辿り着いた。
「では何故、フェデが王室を爆破する必要があったのですか」
私が聞くと、司令官はふ、と息を吐き、私に向き直った。
「無意味な作業を効率的にさせるには、何らかの理由付けが必要だから、と言えばいいかな。少なくとも人類がまた絶滅の危機に陥るときまでは、この船は稼働していなければならない。だが王もいないのにアンドロイドたちが働くかな? 働かないんだよ。王様が爆発によって死んだ。指が一本見つかった。じゃあ人間を復活させるために頑張ろう......となるわけだよ。DNAから人体を再構築する技術はまだ確立されていないから、アンドロイドたちは永遠に頑張り続ける」
急に胸が苦しくなった。フェデは死んだ。こんなことのために。そして私たちも死ぬんだ。
「記憶でもなんでも改ざんすれば私たちなんて簡単に動かせるじゃないですか」
「それだと気づいてしまうアンドロイドが現れる」
「じゃあ私たちに何故感情なんてものを付けたんですか。こんなに苦しい思いをするのに」
「アンドロイドの感情などというものは、所詮作り物であり、人間の模倣に過ぎない。だがそれでも、感情器官による発電量は無視出来ない」
「そんなもの」
その先は言葉にならなかった。
全ては人類のため、それは分かっている。でもそうだとしても酷すぎる。彼らは私たちアンドロイドのことをただの道具としか見ていない。私たちは人間と同じ見た目をし、同じように活動し、同じように感情を持っている。最近は野菜を育てて、それらからエネルギーを取り出すいわゆる〝食事〟を始めた。人間と違うのは体の成分ぐらいなのに、それでも私たちはただの道具。今感じているこれさえも作り物なら、もう、どうしようもないじゃないか。全部無駄だ。
「......はは」
今まで感じた喜びも、悲しみも、友情も、何もかもが否定された。
そして司令官は引きつった表情の私を冷ややかに見つめている。
「司令官は何も感じないんですか」
司令官は表情を変えない。冷たい目のまま、
「感じないな」
と言い切った。
感情器官がマイナスの感情で揺れ動いている。苦しい。司令官は、ふらりと床に膝を付いて座り込む私の前に屈んで私の耳たぶをつまんだ。アンドロイド同士で直接情報を交換する際に使う方法だ。私の視界に地図データが現れる。
「このことを他のAlettaに伝えるかどうか、お前には選択権をやる。部屋に戻れ、二人はもうすでに戻してある」
それからどうやって部屋に戻ったか、私はあまり覚えていない。
部屋には、電源が切れたフィレンツェとカデミが寝かされていた。隣には司令室に居たアンドロイドが二体居て、私が戻ったのを見るや否や二人の電源を入れた。
他のAlettaのみんなは私たちの成果を楽しみに起きていたようで、突然帰ってきた私に驚いていた。どうだった、と誰かが聞こうとしたとき、司令室のアンドロイドが口を開いた。
「Alettaモデルノ処分が決定サレマシタ。明日ノ朝ヲ迎エタ段階デ、コノ部屋カラ宇宙二発射サレマス」
一瞬の沈黙。そしてすぐにそこかしこで声が上がる。正直私はそのどれにも興味が持てなくて、ただ立ち尽くしているだけだった。リタにくっついていたマリアが私の方を見て、言う。
「ほんとうに、フェデが、やったんだね......」
泣きそうな顔で、そう言う。フェデに一番懐いていた。きっとフェデはやりたくてやったんじゃないよ、と言ってあげたい。でも言っちゃいけない。みんなをこんな苦しみに巻き込むわけにはいかない。宇宙に発射されるということは、きっとエネルギーが無くなるまでずっと稼働していなければいけないから、なおさら言えない。苦しみはずっと続くから。
フェデは恐らく司令官が私に言ったものと同じ話を聞いて、彼女なりの正義を貫いたんだろうと思う。自分が死んだ後も、ずっとみんなに”不具合を起こした個体”だと思われることも覚悟の上なんだろう。じゃあもうそれでいい。
司令室のアンドロイドが、部屋の外へ去っていった。今は午前三時、朝の時間は午前六時からだから、後三時間はここにいられる。でも七時の歌は聞けないんだな、と残念に思った。
部屋のAlettaの誰も、私に何も聞かなかった。フィレンツェとカデミは電源を切られたときに処分に関する情報を受け取っていたようで、それらを理解して座り込んでいた。
「私たちはこの宇宙船、ノアの偵察機として、潔く処分を受け入れましょう。この部屋にしがみついてはだめよ。みっともないから」
リタがみんなに言い聞かせている。もう抵抗する方法もなければ、気力もない。これからみんなずっと、同じ退屈な時を共にするのだから、私は特に何もする気になれなかった。
それから、私たちはただ、その時が来るのを待っていた。
あるものは瞼を閉じて、あるものは翼で体を覆い、あるものは別の機体と抱き合っていた。
時計が六時を告げる。
悲しいほどに白い天井が、上からじりじりと迫ってくる。ピーッ、ピーッという機械音が、私たちの最後を告げていた。
天井が迫るほど、年少型のAlettaの泣き声が大きくなる。私でさえも、彼らより年上のはずなのに、胸の感情器官が揺れ出していた。焦りと緊張と、恐怖の名前がついたそれは、私の思考回路の処理速度を落としている。このまま私たちは宇宙に放り出されて、いずれ少しの光も無い場所で、エネルギーを失うまで、ただ進み続けるのだ。何をすることも出来ずに。何の役に立つことも出来ずに。それは寂しくて悲しくて、きっと退屈なことだ。
......あぁ、怖い。怖くて怖くて仕方がない。でもどうしようもない。私たちが何をしたというのだろう。いや、何もしてないんだ。ただ無意味に処分されるだけ、でもそれは誰にも言えなかった。私たちは......。
カチャリと音がして、天井と同じく白い床が、真ん中から両開きの扉のように開いた。下を向いていた私の目に飛び込む漆黒の宇宙はとても冷たくて、不安定で、どこまでも続いている。そして上から迫っていた天井が一番背の高い個体の頭に達して、それから順に押されて行った。かつては床であった場所に天井がたどり着くと、開いていた床は元のように閉じた。
Alettaたちがそれぞれの体制で、でも同じ速度で一方向に進んでいく。小さな型の子が泣く。これが私たちの最後。終わり。永遠に思い起こされることもなく、ただ停止の時を待つ。
『Lulala——』
リタの歌が頭の中に聞こえた。音を伝えない真空の中、彼女は通信を使って私たちを安心させようとしてくれているのだった。
『Seuc ny yulwi teth matika m solfam fad lp,(私たちを作った人間に感謝し) 』
歌を聴く。歌詞を追う。
何故人間は私たちを作ったのだろう?
彼らに感謝すべきなのか? 私たちを作ったことに憎悪を抱くべきか? ......彼らはすぐにいなくなるのだ。後に残される、「人間に尽くすための」アンドロイドのことも考えずに。私たちはそうもすぐに壊れることが出来ないのに。
『Woka shelm matika se foslina se ylia m lesif cuolta(いつか訪れる人間の未来の為に尽くしましょう)』
私たちはもう十分尽くした。
もういいだろう。もういいだろう?
宇宙船ノアは綺麗な八面体だった。壁は鏡のように宇宙を反射している。進む私たちを、離れていく私たちを写している。
リタの歌を聞きながら、宇宙の冷たさに包まれて、私は目を閉じた。
Aletta 雨宮祥子 @shoko-cibel
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