夢見る勇者、叶える神様。

いるせる

夢見る勇者、叶える神様。

 勇者として生まれてから七十七年。ここ数年、顕著に思うことがある。


――疲れた。本当に疲れた。


  二十七歳で魔王を倒したはいい。が、魔王を倒したことで畏怖の対象となったり、かと思えば勇者の絶対的な力を得るための戦争が始まったり。その後、諸悪の根源としてヘイトが集まり、裁判で有罪となり、国を追放された。魔王を倒してから、たった十年のことである。

 もちろん勇者の力を振るえば征服など容易いものではあるが、仮に征服した後に残るものは、建物の瓦礫と、萎縮した市民だけだ。征服など、するだけ無駄である。

 そんなわけで、三十七歳から三十年間、深い森の中、自給自足で生活してきた。初めの頃は大きな問題もなく暮らしていたが、やがて孤独は毒となる。娯楽のない森の中は随分と退屈で、生きる意味なんてもう無くて。


 そんなある日、いつも通り焚き火の横で夕食を食べ終え、満天の星空を見ていた。次第に、眠気に誘われて、思考を放棄して目を瞑る。



「お疲れ様でした、バスク様」


 途端に響いた女性の声。深い森の中に響くはずのないその声に驚き、目を見開く。

 そこには鮮やかな緑色の深い森と対を成すように、モノクロの空間が広がっていた。建造物など一切ない。距離感も掴めず、地平線も見えない不気味な空間。きっと、久しぶりに夢を見たのだろう。


「あれ、ここですよ? 見えないですか?」


 再度響いた声の出処を探す。右にも左にも姿は見つからなかったが、真後ろを振り向くと、その声の持ち主が目に入った。

 モノクロの空間とは対照的に、声の持ち主は色彩豊かな服を着た、薄い水色の髪の女性であった。その姿は、かつて住んでいた国で信奉されていた宗教の唯一神である 、カシュカ様とよく似ている。


「……もしや、カシュカ様であらせられますか?」


 いくら夢の中と言えど、神様に最上位の敬語を使わないわけにはいかない。


「はい、カシュカです。それから、この世界Fを救ってくださった勇者様に敬語を使われると気持ち悪いです」

「そういうことであれば。多少は緩める」


 カシュカ様は一刻、二刻と俺を見つめる。


「それにしても、全く驚かないんですね。勇者様のいた世界からしたら、相当異質な空間だと思うのですが」

「確かに、なかなか見ない夢ではあるな」

「なるほど。夢だと思われてるのですね」


 そう言われ、冷静に考えてみる。

 天然物にはありえない空間。神と瓜二つの女性。これが夢の中でなければなんなのだろうか。

 

「ところで、なぜ私の名前を知っている?」

「私は世界を管理する神ですから。滅亡する未来にあった世界Fを救ったくださった勇者様の名前は把握してるに決まってますよ、バスク様」

「世界F、とはなんだ?」

「報告書に記載する際の名称です。私はたくさんの世界を管理してますから。滅亡させちゃうと怒られちゃうので、本当に助かりました」


 そもそも、元いた国の物語の中では、カシュカ様は喉を失っていて、言葉を発せないはずなのだが。


「そういえば、カシュカ様は話すことができるのですね」

「バスク様は面白いことを仰いますね。現にこうして喋ってるじゃないですか」

「しかし、物語ではカシュカ様は喉を失っていると」

「そんな人間が作った物語に、真実なんてないですよ。物語ですからね、フィクションです。仮に喉を失ったとしても、すぐに再生出来ますし」

「神を謳うのであれば、なにかその力の片鱗を見せてはくれないか?」

「この空間を見てわかりませんか?バスク様を猛獣ばかりの森から別の世界に転生させる前に、ひと段落あった方がいいかなと思いまして、こちらのフラットワールドという世界に転移テレポートさせていただきました」


 なかなか興味深い言葉が聞こえた。


「ほう? 転生と言ったようだが、私はついに死んだのか?」

「正確にはまだ死んでません。たまたま世界Fの定期調査していたところ、とっても暇を持て余した勇者様がいたので。お話でもしようかと」

「何を話すんだ?」

「来世についてです。私の力を使えば、来世の能力を設定できるんです。バスク様には勇者の義務を全うしていただきましたし、来世の能力を決めてみませんか?」


 これまた面白いことを言うものだ。


「来世ということは、私は死んでいるじゃないか」

「あぁ、ここで殺すんです。もちろん、森の中の生活がいいのなら戻しますけど、あんな退屈な場所に戻るよりはさっさと転生した方が楽しいと思いませんか?」

「殺すだって? 私を?」

「ええ。痛みひとつなく殺してみせますよ」


 言ってることは物騒だが、死んだとて後悔も未練もない。むしろ、ここまで来て夢だと拍子抜けしてしまうが。


「なら、来世の能力とやらを決めようじゃないか」

「いいですね。そうこなくっちゃ」

「そうだな。転移魔法はとても魔力を必要とする。この魔法をもう少し簡略化できたりはしないだろうか」

「あ、ごめんなさい、転生先には魔法がないんです。チキューという名前です。魔法は使えませんが、料理はとても美味しいですよ」

「食事がいいのは嬉しいが、まさか魔法がない世界があるとは。攻撃系の魔法を使えない人でも、水を作るなどの生活において必要な魔法は使えていた。もしや、とても不便な世界ではないか?」

「まあ、逆に言えば、魔法が衰退して消滅するほど平和な世界ですから。それに、チキューの人は頭が良く、魔法を使わずして、生活魔法のすべての再現に成功しています」


 水を出す、火をつける、光を灯す、土を動かすなどの生活魔法を、魔法の力を使わずに再現が出来るという。


「非常に面白い。ただ、魔法の能力でなければなにを決めるというんだ?」

「知力、容姿、運動能力、料理力とかですかね。あとはどういう家庭に生まれるかとかも決めれますよ」

「そいつは面白い。特に料理力が気になるな。森の中じゃ、焼けた肉しか食えなかった。料理力を上げてはくれないか」

「かしこまりました。あれ、カンストしちゃった。これだけあれば、チキューでいちばんの料理人間違いなしですね」

「それはありがたい。それと、生まれる家庭についてだが、出来るだけ若い夫婦の元に宿らせてはくれないか」

「それはまたどうして?」

「私の母親は高齢出産で、私を産んで間もなく死んでしまった。もし転生したら、たくさん母に甘えようと、森の中でよく考えていたんだ。母と一緒に過ごせる時間は、長ければ長いほどいい」


 魔王を倒し、勇者として名を馳せた私でも、永遠に満たされない存在。それを転生という形で叶えられるのであれば、勇者の肩書きなど捨ててもかまわない。


「でしたら、出来る限り若い夫婦の元に産まれるようにしておきますね」

「ここまで来てタチの悪い夢だったら、ショックのあまり、追放された国に戻って大暴れしてしまうかもしれんな」

「あはは、ご心配なく。すべて事実ですので。それではそろそろ、転生の準備に入りますね」

「ああ、任せた」


 そう言うと、カシュカ様は私の首筋に注射針を打つ。

 次第に薄れてゆく意識。まぶたも開かない。指も動かない。けれど、唯一、耳だけは聞こえる。


 ――人が死ぬ時、最後まで生きているのは聴覚である。


 走馬灯のように、何十年も前に読んだ図書館の本を思い出した。その本の通り、聴覚だけは確かに生きている。逆説的に、私は確かに死につつあるということだ。

 

 心地の良いカシュカ様の声が、動きを止めた私の体に流れていく。


「――バスク様の情報を受精卵に保存して。母体のシリアル番号も入力して、と。転生シークエンス開始。よし、これで終了と。次、目が覚めたら最高の料理人としての人生が始まります。思う存分、楽しんでくださいませ、バスク様――」


 こうして、世界を救った勇者バスクは、同世界の神、もとい観測者オブザーバーの手によって、その波乱万丈の人生に幕を閉じた。



「なあ、ミユキ。俺たちまだ高校生だし、子供なんてまだ早いと思うんだよ」

「じゃあ、なんでゴム着けなかったの……? 言ってることとやってることが矛盾してるんじゃない……?」

「安全日ってミユキが言ったんだろ!!」

「安全日だからゴム外していいよ、なんて言ってないでしょ!!」

「はぁ?! 安全日だったら妊娠しねえだろ?! ミユキてめえ、嘘ついたってことか?!」

「安全日でも妊娠はするよ!!保健体育の授業で習わなかったの?!」

「習うわけねえだろ?!」

 


 陽性を示す妊娠検査薬を前に、口論する高校生たち。愚かにも、命の尊さを知らない。

 彼らが住む日本という国では、高度な教育が行われているが、性教育を忌避して軽んじている。その代償として、将来生まれるはずだった命を数え切れないほど殺している。

 意識を持たない命を殺すこと。その行動は一概に悪とは言えない。産まれてくる子を想うのならば、責任感のない親の元に産まれるよりは、そもそも産まれてこないということは正しいとも言える。けれど、それは人を殺すということでもある。


 この後、ふたりは人工妊娠中絶手術を行うことを決め、母体に宿った小さな生命を堕胎した。結果、地球一の料理を持つ生命は、医療廃棄物と成り果てた。

 


 バスクが目を開くことは、もうない。

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