エピローグ 狂った果実
瀬鱈奏夢
――
登古島ルエムは妹だった。
この事実を僕に打ち明けた後、彼女はこれまでとは態度を一変させる。
「お兄ちゃん、それあーしも食べたいんだけど」
「お兄ちゃん、あーしの着替え取ってぇ」
「お兄ちゃん、朝だよぉ~」
「お兄ちゃん、一緒にお風呂入ろ?」
「お兄ちゃん、お・は・よ。一緒に寝ちゃったね♡」
お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……。
それまで一人っ子だった僕にいきなり生まれた血の繋がりのある、けれど戸籍上の繋がりが無い妹は、僕に毎日全力で甘えてくる。妹が甘えてくるのは、家族としては当然の事なのだろう。けれど、彼女が僕に抱いている感情は、紛れも無い恋心だ。
公民館での話し合いのあと、僕達は月葉と三人で家に行き、そして母さんへと事情を説明した。母さんからしたら完全に血の繋がりの無いルエムだったけど、だからと言って無下に追い返したりはせずに、母さんは僕の妹であるルエムが一緒に住む事を了承した。
けれど母子家庭だ、お金の問題だってある。
「ああ、それならパピーに頼めば大丈夫だと思うよ」
パピー、つまりルエムの父親だ。
ルエムが一人住んでいた加茂鹿の家を手放した売却金を、そっくりそのまま娘のルエムの養育費に当てて欲しいと連絡が入る。それ以外にも必要であれば幾らでも支払うといったルエムの父親の気持ちや、いかに。
ルエムには可哀想ではあるが、厄介払いが出来で清々したというのが、父親の本音なのだろう。連絡の取れない僕では、顔も知らない妹の育ての親と会うには、少々難易度が高い。
「色々とあっただろうけど、まずは立花には謝罪しないとな」
時間が前後してしまうが、公民館での渚砂さんの言葉だ。
ルエムは全てを白状した後に、素直な気持ちで月葉へと謝罪した。
自分がした事がどれだけなのかは、ルエムも理解はしていると。
だが、反省はしていないらしい。
「そもそも、許してもらおうと思ってなかったからね。だって恋敵には容赦なんていらないでしょ? お兄ちゃんがいけないんだよ? 一番最初にあーしに惚れたくせに、あんな写真程度で諦めちゃうんだから」
「そ、そんなの無理に決まってるだろ! というか、妹だって知ってたら恋心だって抱かなかったよ。ルエムはやること成す事が全部やり過ぎなんだ、手加減ってのを覚えて欲しいんだけど」
「無理、あーしは常に全力だから。頑張って受け止めてね、お兄ちゃん♡」
一同ぽかんと口を開けて、妹の豹変ぶりに唖然としていた。
それまでの恐れとは一体なんだったのか。
蓋を開けてみれば、壮絶なる兄妹喧嘩だっただけの今回の騒動。
ただし、色々と問題は残ったままだ。
「お義母さん、私も一緒に住まわせてください」
「きゃは、そんなの無理に決まってるじゃん」
「ルエムちゃんだけズルイ! 義妹にすらしたくないんだけど!」
「ならないし、戸籍上あーしは登古島の人間だから」
季節はまもなく十二月になろうとしているのに、我が家はいつも熱気に包まれている。毎日の様に我が家に月葉は来て、一緒に住みたいと嘆願するも、それを母さんの代わりに却下するルエム。
もはや毎朝の恒例行事になりつつあるこの会話も、一体いつまで続くのか。
妹のいる生活に慣れる事は無いと思うし、刺激が強すぎて何だか感覚がおかしい。
浴槽の蓋の下に裸のルエムがいたり、朝目が覚めると横に寝ていたり。
リビングにいる時もずっと僕にべったり甘えてくる。
そして、残念な事に可愛いのだ。
真っ白な肌に豊満なふくらみは、多分これまでの誰よりも、夏恵さんよりも大きい。比較したら隆に怒られそうだけど。
「あ、お兄ちゃん今あーしのこと見たでしょ?」
「……見てない」
「いいんだよ? 全部お兄ちゃんの好きにしちゃって」
「しない、僕には月葉がいるから! ちょっと離れて!」
「やだー! お兄ちゃんと一緒がいい!」
想像を絶する苦痛。妹って怖い。
そして、更なる恐怖がもう一個。
ルエムの豹変した姿は、学校でも変わらなかった。
何あれ? どうしたの? そんなクラスメイトの言葉が聞こえる中、僕の膝の上にはルエムが座っている。そして何故か目の前の机には御堂中さんもいる。
「教祖様から離れなさい」
「教祖様じゃないし、お兄ちゃんだし。何アンタ? 頭おかしいんじゃないの?」
「実の妹なのにくっついてるクソブラコンの癖に調子に乗ってんじゃないよ!」
「やだー! お兄ちゃん怖いー!」
「く……くそがああぁ! 教祖様から離れっつってんだろうがぁぁああ!」
もう収集がつかない。
毎日の様に行われるお兄ちゃん大好きアタックと、謎の宗教勧誘はとどまる事をを知らず。月葉に関しては……それが正妻の余裕なのか、ちょっと離れた場所から夏恵さんと二人、僕達の騒動を冷めた目で眺めている。
以前は一緒になって騒いでいたけど、最近はこの二人には何を言っても無駄と思っているのか、御堂中さんが教室にいる間は助けてくれなくなった。さみしい。
「あはは、相変わらず賑やかだね」
「青森先輩……毎日すいません、御堂中さんのこと、宜しくお願いします」
青森先輩が来たって事は、この騒動もやっと落ち着くって事だ。
休憩時間ギリギリに青森先輩が現れて、御堂中さんを無理やり回収していく。
これが最近のルーティン作業だ。
……けれど、今日は何故か動いてくれない。
ニコニコ笑顔のままで僕の事を見つめている。かわいい。
「……どうしました?」
「ん~、奏夢君と別れて三か月が経過してね、ようやく色々と考えがまとまってきたんだ。ルエムちゃんのやり方とか、澄芽ちゃんのやり方とか、恋には色々あるんだなって気付かされた」
「そう、ですか」
「うん、だからね、私も遠慮する必要なんかないかなって」
「「……は?」」
ちなみに最後に被った「……は?」は、いつの間にか近づいていた月葉の言葉だ。
ニコニコ笑顔の青森先輩は、争っている二人を無視して僕の手を掴む。
「月葉ちゃん、私、やっぱり奏夢君のこと諦めきれない」
「な、何を言ってるんですか!」
「でもね、月葉ちゃんの事も大好きなの。だから……私、浮気相手でも構わない」
一年三組の教室、まだ休憩時間でクラスメイトが全員揃っているこの場で。
青森先輩は……千奈は、僕の唇にキスをした。
「……浮気相手になってくれますか?」
――
fin
後書き。
ラストがしっちゃかめっちゃかですね。
奏夢君には一夫多妻制が不可能な日本から飛び出して、ブルキナファソやセネガル、ナイジェリア、マリにでも移住してもらって、そこで皆との子供をこしらえてもらうのが一番幸せな気がします。
後書きを書くのが一番幸せな気分になる作家。どうも、書峰颯です。
この作品、当初は書き出し祭り用の作品だったんですよね。
書き出し祭りに関して知らない方に簡易的な説明をしますと。
三千文字で物語の冒頭部分を書いて、それでどれだけ読者を惹きこませるか。
こんな祭りになります。
で、結果はどうだったのかと言うと……そもそも参加すら出来ませんでした。
なので、短編でいいから出しちゃえ! って投稿したのが第一話です。
書き出し祭り用でしたので、一話目のひきはかなりの物だと自信があります。
なので、言い換えればこの作品、一話しか構想を練っていなかったんですよね。
書き出し祭りは、書き出しの部分のみの祭りですので。
しかし、短編として出した所、こんな感想が付きました。
「短編詐欺か」と
そうですよね、第一話だけって事は、物語としては何も完結していません。
完結させるつもりで書かなかったのですから、当然といえば当然なのですが。
しかし、この感想を受けて「あ、これはダメだ」と気づかされました。
物語は完結させてこそ評価される。
前回のネット小説大賞の選評にもありました。
『作品を継続して書いているか、それも選考対象になる』と。
つまり、俗にいうエタる……書くのを辞めるのはダメという事です。
短編詐欺もこれに該当すると思います。
自分がこれをやってしまってはダメだと思い、この作品の続きを書こうと決めました。
つまりこの作品、二話目以降はノープランです。
よく書ききったなと自分で思います。
気付けばどんどん膨らんで、十五万文字近く……いやはや。
当初は千奈ちゃんとのラブストーリーだけの予定でした。
しかし、これに待ったをかけた人物が一人。
「千奈ちゃんとは別れさせた方が良い」
何を隠そう、この助言をしたのは作品の下読みをしてくれている、私の妻です。
恐ろしい事に妻の中では「え? 千奈ちゃんは冨樫と寄りを戻すんでしょ?」と言っておりました。
多分、女性の感性と男である私との感性の違いなのかな……と思いましたが。
どうなのでしょう? 読者様の中に女性がいらしたら、そこら辺ご教授して頂けると助かります。
浮気されてても一途な女の子の方がリアルなのでしょうか……?
ですが、流石にそれはね、色々と難しいのよね。
という事で、冨樫君とは別れて頂きましたけれども。
そう言えば冨樫君、彼には優男バージョンなるものも存在しました。
しかしこれを読んだ妻が「冨樫君が可哀想過ぎる」という事で却下。
更にこんな優男が王様ゲームなんか主催しないよなとも思い、没にしました。
ですが、まぁ、一応書いたので、この後書きの下の方に張り付けておきます。
さて、長くなってしまいましたが。
当作品をここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
次作はカクヨムコンテスト用作品になります。
投稿は12月1日。
この作品もカクヨムコンテストに応募予定ですが、その他にも数本投稿します。
それまで一ヶ月半の間、筆休みの期間を頂くことをご容赦下さいませ。
気付けば周囲の知り合い作家の殆どが受賞し、書籍化している状態。
そろそろ私にも白羽の矢が刺さって欲しいと願いながら、作家活動を継続したまいりますので、皆々様ご声援の程、宜しくお願い致します。
それでは、十二月にまた会いましょう。
10月16日 書峰颯
――おまけ・冨樫優男バージョン――
その女と出会ったのは、高校一年の時だった。一言で言えば妖艶、もしくはアイドル。男なら横を通っただけで誰もが振り返り、彼女の後姿だけでもとその目に収めたくなる程の美人。
――御堂中澄芽。
同い年にして、既に男性経験が数えきれないほどだって豪語する女。
高校に入学し、中学と同じ剣道部に入部した俺は、普通の……いや、普通の人だったら羨ましがる様な青春を送っていた。中学二年の頃から付き合っていた青森千奈との交際も三年目に突入し、その親友である瀬々木渚砂との関係も綺麗に清算済み。
友人とはいえ元カノなんだ、瀬々木への気遣いには結構労したけど、それも今は時間が癒してくれた。恋人の親友を好きになってしまう、結構酷い男だと自分で分かっていたけど。でも、好きになってしまったのだから、しょうがない。
千奈に対し、渚砂との関係は伏せる様、渚砂にもお願いした。きっと千奈の事だ、その事を知ってしまったら自ら退くか、俺との別れを選択してしまうに違いない。もしそんな事になってしまったら、これまでの全てが水泡に帰してしまう。
だから、誰もが羨む青春生活とは言え、俺は心のどこかで疲れてたのかもしれない。
言い換えれば、ずっと嘘を付いているということ。千奈の事は誰よりも愛しているし、千奈も俺の事を愛していると言ってくれている。多分この感情は変わる事はない、浮気なんて絶対にしない。渚砂は信じられないって言うけど……でも、本当なんだ。
本当なんだと、思いたかった。
「へぇ……彼女の親友を好きになったって、結構最低じゃね? 千奈ちゃんにこれバラしたらどうなるのかな? 三年目で別れるカップルって多いって言うし、潮時かも?」
「止めろ、大体なんでお前がそんなこと知ってるんだ」
「……そんなのどうでもいいっしょ。それよりも聞きたいのは、アタシとの関係についてだよ。アタシは良い男が好きなんだ。誰に抱かれたって何とも思わないし、何をされたって別に気にならない。……ねぇ、賢ちゃん? 一回だけでいいからさ、気持ち良くなろうよ……」
「一回だけ? そんなの」
部活が終わり、誰もいない武道館の倉庫のマットの上で、御堂中は俺の上にまたがる。
隙間から入る夕陽の光が彼女の秘部をきらめかせて、その状態を暗喩とし伝えて来た。
今の彼女は、下に何も穿いていない。
「出来ない、とは言わせないよ? 他人の男ってとっても美味しそうに見えてさぁ。たった一回でいいんだよ、お互い気持ち良くなるんだから……いいでしょ? それとも、ここで今すぐ叫ぼうか? この状態を見たら、一体どっちが被害者になるかアンタでも分かると思うけど?」
八方塞がりだった。
俺は彼女の提案を受け入れて、自分を捨てる。
している最中、ずっと千奈の事が脳裏に浮かんだ。こんな俺を見たら千奈は何と思うのか。どうあがいても言い訳なんかできない、それに、悔しい事に……俺も、御堂中で果ててしまって。
「はっ、はぁっ……あはは、やっば、一回じゃ無理だ」
「なんだよ、それ」
「だって、身体の相性抜群だと思ったでしょ? アタシは思った。だから一回じゃ無理」
高校一年の夏、御堂中と体を重ねてしまった俺は、その後もズルズルと関係を重ねてしまって。もう、回数で言ったら数えきれないほど。御堂中の友達と三人でも経験してしまったし、経験人数でも数えきれないほどに膨れ上がってしまっている。
そして、千奈にバレた。
ホテルを出てきた所を見つかっていたらしく、だけど、俺の事を信用している千奈は正面からは何も言ってこなくって。悲しかった、辛かった、正直に言えないまま、俺は千奈を傷つけ続けている。
突き放す様になった俺から、千奈は段々と距離を取るようになった。けど、千奈が居なくなってしまったら、俺は一体何のために御堂中の相手をしているのか。
気づけば、千奈の側に一人の男が現れる様になった。
一年生、瀬鱈奏夢。
何の脈絡もないはずの男が、千奈の彼氏を気取っているかの様に、側にいる。
相手も俺の浮気を知っているらしく、さも僕は知ってるんだぞとばかりに接してきた。
俺は、一体何のために自分の身体を穢し続けたんだ? 一体何のために御堂中の相手をし続けたんだ? 千奈を護りたかっただけなのに、一番傷つけてしまったじゃないか。
俺のスマホに、千奈からのメッセージが届く。
『賢介君、話がしたいので明日の放課後、旧校舎の三階、音楽室に来てください』
間違いなく別れ話だ。旧校舎の三階、音楽室なんて告白の場所なんかじゃない。誰にも聞かれずに別れ話をしたい、そんな千奈の優しさがメッセージからもうかがい知れて、思わず涙が出そうになった。
千奈が別れを選択したのは、全部俺のせいだ。
俺が、最初に千奈を好きにならなかったから。
俺が、御堂中の誘いを断らなかったから。
俺が、千奈に正直に話さなかったから。
「……千奈、取られちゃったね」
俺の耳元で悪魔が囁く。
「協力してあげよっか? 千奈のこと、抱きたいんでしょ?」
「……お前」
「いいよ、私も責任感じてるから」
悪魔のささやきは、甘美過ぎて。
多分、俺は御堂中に毒されて、快楽に溺れてしまったんだ。
バカな俺の思考回路は、これを知れば千奈も一緒に楽しめるんじゃないのかって、そう思う様になってしまっていた。千奈も御堂中みたいに、淫らになれば。
そして、俺は動いてしまう。
一番大好きな千奈を、この手で抱き締めたくて。
――――
……浮気相手になってくれますか? 書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売! @sokin
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