最終話 誰も気づかない彼女の心の底④

瀬鱈奏夢

――


「ルエム……アンタのその目、それは、奏夢に恋してる目だ」


 何を言ってるんだと思った。

 僕の事を憎みこそすれど、恋なんて絶対に有り得ない。


 それに、彼女の感情の色は稀に黒こそあれど、常に青だ。

 感情に嘘は付けない、もしそれが崩れてしまったら、僕は何を信じればいい。


 青は怒りの色、今だってルエムは青に染まっているじゃないか。

 その怒りの矛先は、僕じゃないとおかしいんだ。


 だってそうだろう? 僕の父親のせいで彼女は力に目覚める程の苦痛に襲われた。

 その仕返しがしたいって思うのは至極当然のこと。


「奏夢君、色の力に惑わされないで」


 青森先輩が僕の手を取り、強く握りしめる。


「その力は、判断を惑わす。最初、私は貴方の中に優しかった昔の冨樫を見てた。冨樫に対する恋愛感情で貴方を見てたの。けれど、私の恋心を貴方は勘違いして受け取っていた。青森千奈は自分に惚れているって、そう思い込んでいたの」


「……今の、ルエムの感情は」


「怒り、でしょ? でもね、その怒りの矛先は違うかもしれない。私も最初、貴方の父親に向けれられた怒りかと思ってた。登古島さんが怒るのもしょうがないのかなって。でも、違う。澄芽ちゃんが言う通り、ルエムさんが奏夢君を見る時の目は、間違いなく奏夢君に恋する目だった。偽りの怒りに恋心を隠したんだよ」


 そう、なのか? ルエムが僕に恋をしている? そんなの、おかしいだろ。だって、僕は小学生の頃からルエムのせいでイジメられて、高校生になった今だって苦しめられているのに。


「しかも、妹じゃないか、恋愛がどうとか言われても、無理に決まってる。血縁の話まで嘘だっていうのか? いいや、それは有り得ない。それが嘘だとしたら、何でウチは離婚なんかしないといけなかったんだ」


 狼狽しながらも、それまでの全てを思い起こす。

 どう考えても僕の考えた内容の方が正しい。

 というか、そうじゃないとおかしいだろ。

 ルエムが僕に惚れていた? そんな、そんなの狂ってるとしか言えない――。


「嘘付きには嘘が分かるんだよ、奏夢。世の中全てに嘘をついてきた私だから分かるんだ。登古島ルエム、この女が語る内容のほぼ全てが嘘だ! 全部奏夢が欲しかったから、周囲から孤立させる為にコイツは嘘を付いてたんだよ!」


 御堂中さんが登古島を指さししながら大声で叫ぶ。

 半ば決めつけでしかないその言葉を、否定するには簡単だ。


 けれど、当の本人である登古島はそれを否定せず。

 物凄い形相で御堂中を睨み続ける。

 

 それを見ていた僕に気付いたのか、彼女は綺麗な金髪を指で梳く様に頭を掻いた。

 その仕草は、まるで観念したかのよう。重々しくも、登古島はぼやく。


「……おっかしぃなぁ、なんでバレたんだろう」


「ルエム?」


 頭を掻いて、腰に手を当ててルエムが僕を僅かに見上げる。

 軽くため息をつきながらも見るその目は、青……じゃ、ない。灰色だ。


「カラコンだよ、お兄ちゃん。だからこの前見せてって言ったのに」


 お兄ちゃん? 突然の呼び方の違いに、月葉が思わず驚きの声を漏らす。 


「お前、そんな……御堂中の言ってる事が、本当だって言いたいのか?」


「……うん、まさかバレるとは思わなかったけどね。お兄ちゃん知ってた? 怒りって感情の中じゃ一番コントロールしやすいんだよ。六秒深呼吸するだけで消す事も出来るアングリーコントロールは、逆に生みやすい感情でもあるんだ」


 差し出したままだった僕の右手を妹は掴み、左手に繋がっていた青森先輩との繋がりを優しく解いた。あまりにも静かで、優し気なその行動に、青森先輩も抵抗する事なく受け入れてしまって。 


「ずっと怒ってた。私がいるのに彼女がいるお兄ちゃんの事が許せなかった。立花さんに怒って、青森先輩に怒って、そして……御堂中さんに怒ってた」


「……な、なんだよ、それ、おかしいだろ」


「うん、おかしいよね。狂ってるんだよ。だって、私達は生まれた時からおかしかったんだから。しょうがないと思わない? 同じ年代に生まれる兄妹なんて普通じゃない。しかも僅か三か月程度しか誕生日が違わないんだから、凄いよね」


 僕の手を取っていたルエムは、そのまま引き寄せハグをする。

 お兄ちゃん……落ち着くね、って言いながら。

 

 僕は、頭の中で理解する事に必死だった。

 目の前の妹の行動は、僕の理解の範疇を越える。


 なすがままにされていた僕を見て、月葉が叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待って、頭が付いていかないんだけど。なに、もしかして全部奏夢君を自分のものにする為の演技だったってこと? 最終的にルエムの目的って、奏夢君と一緒の家に住むことが目的なの!?」


 ルエムの目的が僕との生活なのだとしたら、それは叶った事になる。

 なぜなら、僕は一緒に住むと言ってしまった。

 そして、今も妹であるルエムを放置は出来ないと考えている。


「気付くの遅いよ。一緒に住もうって言質は取ったからね? これから毎日起こしてあげるし、毎日お風呂も一緒に入ろうね。毎日ご飯を食べて、毎日一緒に寝るの。お母さんが居なくなってからの六年分の寂しさを、お兄ちゃんに埋めてもらうんだから」


「そんなの、兄妹ですることじゃないよ。だって、兄妹なんでしょ? だったら」


「戸籍上は兄妹じゃない。私の本当の父親がお兄ちゃんと同じだなんて、気付いているのはごく僅か。知ってる? 托卵であってもね、一年間親子として過ごしたら、その関係は覆せないの。だから、私は登古島の人間。瀬鱈家の人間じゃない。血の繋がりはあるけど、ないの」


 日本の法律がどうとか、今は置いておこう。

 不味いのはルエムの感情だ。


 このまま僕は妹に毎日迫られる生活を送らないといけないのか?

 月葉がいるのに、最愛の人が目の前にいるのに。


 そんな僕の戸惑いの視線が月葉を見ると、彼女はこう言った。


「……だったら、私も一緒に住む」


「は? アンタ何いってんの? 高校生が一つ屋根の下なんて、兄妹でもない限り実現出来る訳ないじゃない。それともなに? 妊娠でもしちゃった? お兄ちゃんの視線だけで妊娠したんなら、それは想像妊娠よ」


「私は、私は奏夢君の彼女だから!」


「ふぅん、……じゃあ、私はね」


 僕がその言葉を耳にするのは、これで三度目だ。

 もう、あまり聞きたい言葉じゃない。

 だって、その言葉は――。




「お兄ちゃん、私を……浮気相手にしてくれますか?」




 綺麗な青と灰色の瞳で僕を見ながら、妹は言う。

 僕の人生を狂わす、最悪の言葉を。


――

エピローグ「狂った果実」

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