第43話 誰も気づかない彼女の心の底③
登古島瑠恵夢
――
今日もパパとママが喧嘩してる。
ずっとパパだと思っていた人が、実は本当のパパじゃなかったんだって。
けど、私の中で何かが変わった訳じゃない。
パパはパパだし、ママはママだ。
きっかけは、私が大怪我をして手術しなくちゃいけなくなった時のこと。
輸血が必要になって、その時初めて私は血液検査をした。
ママはB型、パパもB型。
だからB型かO型しかないはずなのに、私の血液型はAB型だった。
「ルエム、ごめんね」
ママはそう言いながら、私をいつもみたいにハグしてくれた。
それが最後だなんて知らない私は、いい香りだなって。
退院の次の日から、パパは毎日怒るようになった。
ふにゃって感じに顔を歪ませて笑うパパだったのに、毎日怖い。
毎日笑って楽しかったお家が、全然楽しくない場所に変わった。
美味しいご飯を食べてたテーブルに食事が並ぶ事はなくて。
洗濯物を綺麗に干していた物干し竿は錆びついていく。
耳に入るのは、パパの怒る声ばかり。
ママの泣く声ばかり。
いつからか、パパは毎日のようにどこかへと出かける様になった。
そして、ママは居なくなる。
最後の日にしてくれたハグは、今でも覚えている。
優しくて、温かくて、柔らかいママのハグは、とても気持ち良かった。
「ルエムはママに似ている」
前は、それを言われると嬉しかった。
綺麗で可愛いママに似てるんだって言われて、嬉しかったのに。
今は、その言葉が大嫌いになった。
その言葉は、パパの機嫌が悪くなる。
沢山叩いた後に、パパは私を抱き締めてごめんなさいを言う。
けど、とっても痛くて、本当に嫌だった。
そんな時だ、私にはお兄ちゃんがいると教えられた。
殺したいほど憎い相手だったと思うんだけど、その時の私には関係無い。
お兄ちゃんなら、助けてくれるかもしれない。
毎日辛いこの現実から、私を救ってくれるかもしれない。
転校したその日に、お兄ちゃんが誰だか直ぐに分かった。
名前を聞く前に、ぴぴぴって直感。
あ、この人がお兄ちゃんなんだなって。
でも、なんだかちょっとエッチだった。
それでも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから。
大人になって、早く怖いお父さんから逃げたかった私は、お兄ちゃんに甘えた。
大好きになったのは、すぐ。
お兄ちゃんの求める事は、全部受け入れるつもりだった。
その日は日直だったから、朝早くに登校した。
道具箱を引っ張り出して、その中にラブレターと写真があって驚く。
一緒に入れられた中身を見て、私は心の底からショックを受けた。
お兄ちゃんが撮影して、私を脅しながら告白してるんだって、そう思った。
先生にお兄ちゃんを懲らしめてもらおう。
教壇にラブレターと写真を置いて先生に文句を言いに行くと、事態は凄い事に。
止まらないみんなの暴走に、無駄に頑張る先生達。
後で写真は他の子が撮影したんだって知ったけど、もう遅い。
お兄ちゃんは完全にイジメられてたし、どうにも出来ない状態にまでなっていた。
だから、最後別れの時に、わざと嫌われる様な事を言ったんだ。
顔で笑って、心で泣いて。
大好きなお兄ちゃんにサヨナラを告げた。
――
十六歳になって、私は父へと日本に帰国したいとお願いする。
最近では叩かなくなったけど、それでも目を合わせない父は、私の申し出に顔も見ずに快諾した。
住まいは昔住んでいた加茂鹿にあった家。
今も残るその家は、昔の面影を残したまま、今もそこにあった。
編入試験も無事合格し、私は兄のいるクラスへと編入する事に。入学前に昔周辺に住んでいた先輩に挨拶すると、瀬々木先輩と青森先輩を紹介してもらえる事になった。
「最近千奈の奴、破局したばかりでな。瀬鱈奏夢って奴なんだけどさ」
その名を聞いて、私はショックを受けた。
ウチの家庭を壊した奴の息子が、また浮気してるとか、そんなのじゃない。
お兄ちゃんは私の事が大好きだったはずなのに、他の人と付き合ってるんだ。
その事が、自分から嫌われるように仕向けたはずなのに、何だか許せなかった。
改めて考えると、この気持ちは少しおかしい。
お兄ちゃんが私を好きなはずがないのに。
だけど、私の本当の肉親はもうお兄ちゃんしかいない。
この数年間、私はお兄ちゃんの事を忘れたことなんか一日も無い。
だから、私をもう一度好きになって欲しかった。
けれど、同じクラスになったのに、お兄ちゃんは一言も話しかけてこない。
それどころか、逃げ回って顔すら見ない様にしてる。
だから、私は考えた。
今お兄ちゃんが付き合ってる人は、立花月葉。
まずはコイツとお兄ちゃんを別れさせてしまおうと。
噂を流すと、思いのほか効果があった。
これは、小学生の時の写真ラブレターに似ている。
それなのに、お兄ちゃんは立花の事を体育館裏に呼び出していた。
だから先回りして、私はお兄ちゃんへと迫る。
お兄ちゃんは私のせいでバイ菌と呼ばれていたらしい。
可哀想で、何か出来ないかと思い、私はお兄ちゃんにキスをする事にした。
でも、今の状態を崩す訳にはいかない。
まだ立花と別れてないから。
それに、私以外の女と二人も付き合っていたお兄ちゃんに対する罰でもある。
思いっきり足を踏んづけちゃったけど、そこは許してもらえるかな。
嬉しい事に、もう一個気付いた点がある。
お兄ちゃんにも、私と同じ力が宿っているみたい。
お母さんに似ている顔が見たくなくて、沢山泣いていたら手に入った感情を見る力。
お兄ちゃんは、私の右目がカラーコンタクトなの、気付いてないのかな。
同じなんだよ、お揃いの灰色の瞳。
何も見えないけど、なんでも見える魔法の瞳。
やっぱり兄妹なんだなって、ちょっとだけ嬉しい。
その後もお兄ちゃんが私だけを見てくれる様に、周辺の女ども全員を遠ざける様に仕向けた。
姫野宮に立花、もしお兄ちゃんに近づく様な事があったら、青森も対象にするつもりだったけど。
どうやらこの青森って女は、私達の力の秘密に気付いているみたい。
近づくのは危険、それに、お兄ちゃんとは別れたって言ってるし。
色は間違いなく惚れてる色だったけど……とりあえず、言葉の方を信じる。
要注意人物という事で、保留に。
立花が学校から居なくなって二週間が経過した。
そろそろお兄ちゃんから何かあるかなって思っていたら、案の定お誘いが。
デートじゃなくて残念だったけど、それでも決着を付けれるのなら、それでいいかなって。
決着、私の中の野望。
それに誰も気づく事なく、私の演技にみんな騙されていく。
感情が見えるお兄ちゃんにだけは注意しないといけない。
ウソ泣きもした。
本当の事を言うと、両親のことなんかどうでもいい。
私の欲しかったものが、もう少しだと思った。
一度は遠ざかってしまったもの。
父親から逃げられなくて、小学生の時は諦めたもの。
優しいお兄ちゃんなら、絶対にいつかくれると思っていたもの。
「ルエム、一緒に住もう」
お兄ちゃんの優しい言葉を聞いて、頭の中にチャペルが鳴り響いた気がした!
遠回りして遠回りして、やっとたどり着いた!
私がずっと欲しかったもの、それは……温かい家庭。
優しいママと、笑顔のパパ。
美味しそうな料理が並ぶ食卓に、それを皆で食べる喜び。
お兄ちゃんなら、きっとそれを私にくれるに違いないって、ずっと思ってた。
初めて見た日からずっと大好きだったお兄ちゃん。
月葉を許して欲しいって言ってるけど。
一緒に住んじゃったら、毎日アタック出来る。
お兄ちゃんは気付いてないかもしれないけど、あの日のキスは私のファーストキスだったんだよ? 全部捧げてもいい、私の唯一の肉親にして最愛の人。
血縁はあるけど、戸籍上には何もない。
血縁があるって知ってるのは、パパとママ、それにお兄ちゃんだけ。
私達は、国だって騙せてるんだ。
だから、結婚したい。お兄ちゃんの子供が欲しい。
優しいお兄ちゃんと、温かな家庭が築きたい。
その目標まで……あと一歩。
なのに。
「ルエム、貴女、嘘ついてるよね?」
ここまで来て、まさかの邪魔が入った。
御堂中澄芽、私の計画の範疇外の女。
その女が、私を見てこう言いやがった。
「アンタのその目、それは、奏夢に恋してる目だ」
――
最終話「誰も気づかない彼女の心の底④」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます