第42話 誰も気づかない彼女の心の底②

 僕の父親と登古島の母親は浮気の関係にあった。

 しかも離婚してしまう程に拗れた浮気。


「登古島、君は僕の父さんが憎かったんだ。君の母親を奪った父を憎み、その憎悪が僕への怒りへと波及した。だから君は僕をハメようとしたんだ。小学生の時にはイジメられるよう皆を扇動し、高校生の今は恋人である月葉を孤立させ、僕と言う人間から大事な人を奪うよう動いた」


「……それで? 両親が離婚した、それだけで浮気相手の息子であるアンタを憎むと思った?」


 登古島の感情の色が青く歪む。 


 僕だけの力だったはずの感情が見える特殊能力。

 これを何故登古島も得ていたのか、それにも理由があった。


「いいや……これは、僕も最近知った。母さんが小学生だった僕には教えてくれなかった父さんの悪魔の様な所業は、とてもじゃないが許される事ではない」


 もう奏夢も高校生になったんだからと教えてくれた母の言葉。

 おぞましい事実、僕の背中に一生伸し掛かる負担。


「そうね……そこまで知ったのなら、私からここにいる皆に教えてあげる。私はそれを激昂する父から聞いたわ。愛する母親が生んだ私が、実は違う男の子供だったんだからね」


 托卵――卵の世話を他の個体に托する動物の習性のこと。鳥類で有名なのはカッコウだ。


 愛する妻に宿った子供が、実は違う男との子供だった。


 その事実を知った登古島の父親は激怒し、僕の両親を脅しに来たらしい。

 子供の前で見せるものではない、登古島の父親はそう言って、僕にはそれを見せなかった。


「アンタのとこはそれでも平和よ? 実際に血のつながりのある家庭なんだからね。ウチはどう? 私とお母さんは血のつながりがあるけど、お父さんは何にもないんだから。アンタのとこも大喧嘩したみたいだけどね、ウチはその比じゃないぐらいに凄かったんだ」


 登古島の父親は、想像を絶する苦痛だったと思う。

 愛する子供が、自分の子供じゃなかったのだから。


 最近ニュースでよく聞く言葉がある。


 内縁の夫が連れ子を殺した。

 シングルマザーの彼氏が連れ子を殺した。


 自分の子供だったら耐えられるものが、他の男との子供だと耐えられなくなる。

 数年過ごしてきた我が子が、実は他の男の子供だった事実。


「小学五年生の時に加茂鹿に引っ越した理由は分かる? 瀬鱈のとこの父親を絶対に逃がさないって、お父さんが住んでた家を売り払ってまで近くに越してきたその憎悪が理解できる? それまで優しかった両親が鬼になった家庭を、お前は想像できる? 地獄になった生ごみが飛び散って毎日怒鳴り声のある家庭が理解できる!?」


 僕の父親がした事は、大罪だ。

 許されることじゃない。


「しかも私のお母さんとお前のクソは一緒になって逃げちゃってさぁ、残された私の事もちょっとは考えて欲しかった。私の顔を見てお母さんに似てきたって言って叩かれる私の気持ちが、アンタには理解出来る? 毎日毎日毎日毎日! ずっと叩かれ続けた私の心が、安穏と生きてきたお前には理解できるのかよッ!」


「理解は、出来ない」


「――っ! じゃあ、諦めて地べたを這い付くばってればいいじゃないか! アタシがこの街に来てアンタを見て、瀬々木先輩から青森先輩の話を聞いて、どんな感情を抱いたか理解できる!? お前のとこの血なんだよ! 浮気寝取られ不倫! そういうのから逃れられないんだよ、瀬鱈家の血は!」


 涙を流し机を叩きながら怒号の如く喋る登古島は、その言葉の最後にこう言った。


「――アタシにもその血が流れてると思うと、悔しいんだよ……」


 全ては、僕の父親のしたこと。

 血縁上兄である僕が出来る事は、何もない。

 だけど、妹が苦しんでいる現状に、手を差し出さないのは兄じゃない。


 思いの丈を吐き出したルエムは、そのまま机に突っ伏しながら泣いた。青森先輩と瀬々木先輩が背中を摩っていたけど……このままじゃ、どうあがいても解決なんか見いだせない。


 そもそも、この問題に解決なんかあるのか。

 ルエムが、妹が受けてきた苦痛は僕の想像を超える。

 謝罪すべき父親はもういない、妹の怒りの捌け口は、僕しかいないんだ。

 

「……でも、私は、それでもルエムさんがしてきた事は間違ってると思う」


 月葉が僕の側に来て、ルエムを見ながら語る。


「兄妹なんだからって、ずっと兄である奏夢君を責めたって何にもならないよ。ルエムさんの気持ちは、ちょっとは理解できるけど、でも――」


「でも、何? 全部忘れて生きろって? いま私がどこにどうやって住んでるかもしらないで、よくそんな事が言えるわね。あんな程度の苦痛で発狂しちゃうような人に、意見なんかされたくない」


「それは、そうだけど……」


 月葉は胸に手を当てて、そのまま口を閉ざす。

 僕は側に来てくれた月葉の手を握り、それでも妹へと質問をした。 


「ルエム、今の言葉って」


「……ええ、そうよ。私はお父さんのとこを出てきたの。もう十六歳だから一人で日本で暮らしたいって言ってね。簡単だったわ、だって私を見るとイライラしちゃうんですもの。今の私はお母さんそっくりなの、外国人だった母さんにね。名義はお父さんだけど、私以外は誰も住んでないわ」


「……だったら、僕と一緒に住まないか?」


 僕の言葉に皆が反応する。殺したい程に憎い相手なのは理解してる。でも、妹が一人で暮らしてるなんて、兄として放置する訳にはいかない。時薬……僕はこの言葉が好きだ。どんなに険悪な仲だったとしても、時間が全てを癒してくれる。


「今は、多分理解されないと思う。でも、時間が経てば、僕達だって少しは解りあう事が出来ると思うんだ。一緒に住もう、ルエム。僕が兄として、君を守ってみせるから」


 差し出した手に、嘘はない。

 互いに血のつながりがある兄妹なんだから。


 それに、同じ力を持つ者同士、嘘は付けない。

 今はこの手を取らなくてもいい、それでも。


「……今更兄さんヅラしないで欲しい」


「分かったのが今なんだから、しょうがない」


「もっと早く気付いてよ……私は小学生の時に気付いてたよ? 同じ夢って字が付くんだから、血の繋がりがあるんだからさぁ」


 登古島瑠恵夢ルエム、ハーフである彼女の漢字は、僕と同じ夢が付く。

 多分、名付けたのは僕の父親だろう。

 自分で育てないくせに、痕跡だけは残す。

 最悪だ。

 

「でも、知ったからには見捨てる事はできない。ルエム」


「……何よ」


「一緒に住もう、それと、月葉の事も許してやって欲しい」


 将来、ルエムの姉になる存在なんだから。

 ずっと怒鳴り散らしているのは、月葉が可哀想だ。


 彼女がしてきた事は、全て妹が兄に対して甘えていたという見方も出来なくもない。かなり大きい爆弾だったけど、それでも兄なら受け入れるべきだ。


 張り詰めていた会議室の空気が、和解のものへと変わっていく。

 各々胸にため込んでいた空気を吐き出したり、もう解決したと伸びをしていたり。


 そんな中で、一人、体勢を崩さない人物がいた。

 御堂中澄芽、彼女だけが今も変わらない雰囲気のまま、席についてこちらを見る。


「……ねぇ、ちょっとだけいいかな」


 おもむろに手を挙げた彼女は、申し無さげに意見具申する。 

 皆の注目が彼女に集まり、次の言葉を待つ。


「私だから分かると思うんだけどさ……ルエム、貴女、嘘ついてるよね?」


 誰も気づかなかった妹の嘘。

 それは、誰しもが想像もしない、突飛な嘘だった。


――

次話「誰も気づかない彼女の心の底③」

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