第41話 誰も気づかない彼女の心の底①
瀬鱈奏夢
――
瀬鱈奏夢、これが僕の名前だ。名付け親は離婚していなくなった父が付けた。
奏でる様な夢を見る子に育って欲しい。そんな意味合いで付けた名前。
けれど、その父は小学六年生の春には離婚していなくなってしまった。
当時の母さんと父さんは大喧嘩をしていた記憶があるけど、理由は教えてくれず。
離婚の原因が何なのかは教えてくれなかったのには、理由があった。
高校生になった今、改めて母さんに質問する。
「なぜ、父さんはいなくなったの?」
その答えこそが、人には言えない、登古島ルエムの怒りの原因だった。
――
「登古島、ちょっといいか」
対登古島作戦会議から二週間が経過した。
月葉の自宅謹慎が解除までまだ日もあるが、僕は決戦の日を設定する。
放課後、クラスメイトに囲まれながら教室を出ようとする彼女へと呼びかけると、登古島はこちらを見ずに歩みを止めた。
「今度の日曜日、話がしたいんだ。時間を作って欲しい」
あえて人のいる場所で誘う。
誰もいない場所での誘い文句は、きっと意味をなさないから。
デートの誘い文句とは程遠い言葉で登古島を誘うと、彼女は金髪で隠れた瞳で僕を見る。
感情の色を確認しているのだろう、黒だったら断る、ピンクや赤だったら馬鹿にする。
感情の色は自分では操作出来ないし見る事も出来ない。
けれど、多分今の僕は無色に近いはずだ。
喜びも、怒りも、驚きもない。
人は何か分からない物にこそ興味を示す。
登古島は僕と言う人間が怒っていないと気が済まないはずだ。
月葉を学校に来させなくさせた張本人だと自ら公表したのに、僕に怒りが無い。
「へぇ、やっと何かに気付いた感じ? いいよ、会ってあげる。場所は?」
「公民館の会議室」
「何それ、男女で話し合うのに会議室って……もうちょっとムードとか考えられないものなの? そんなんだから彼女さんが暴走しちゃうんじゃない」
「その場には月葉も、他にも証人として数名同席させて欲しい」
「はは、すっご、裁判かなにか? 二人で会う勇気も無いんだ。なっさけないなぁ」
「……何とでも言ってくれ。約束、したからな」
「あいあい、いいよ。女に二言はないからね」
何だったの今の? みたいな会話をクラスメイトからされながらも、登古島は教室から姿を消した。ちらり覗いた彼女の感情の色、それは間違いなのない怒りの青。
今もなお、小学生の頃からずっと僕を恨んでいる。
それも、しょうがない事なのだろう。
日曜日、朝十時、雨。
十一月半ばの雨は、心の底から冷えてしまいそうになる程冷たい。
足元の悪いなか、あの日集まったメンバー全員が集まり、そして最後の一人を迎え入れる。
「七人もいんじゃーん、なにこれ、何の集いなの?」
「大丈夫、僕以外は証人として来てくれただけだから。実際に話をするのは僕一人だよ」
厚手のコートに身を包む登古島は、見る人が見たらそのまま勧誘したくなる程の可愛さだった。長いニットに厚手のスカート、コージースタイルと呼ばれる服装の彼女は、以前の様に天使の笑顔を振りまきながら、皆に挨拶する。
そんな中、登古島は月葉にだけはポケットから手を出し、いきなりのビンタをかました。
「痛っ!」
「登古島! お前!」
叩いた手をぷらぷらさせながら、濡れた地面に倒れた月葉を見下す。
登古島は冷たい目のまま、月葉を見て一言。
「これで、おあいこでしょ」
「何がおあいこだよ、登古島――」
感情のままに怒鳴り散らそうとした瞬間、アスファルトの上に座り込む月葉に袖を引かれ振り返ると、彼女は顔を横に振る。
「いい、それよりも早く中に入ろう? 話し合う事の方が大切だから」
このやり取りも録音されていた場合、僕にとって不利になってしまう。
月葉は小声で僕にそう言うと、大丈夫だからと微笑んでくれた。
僕は一体どれだけ月葉に迷惑をかけなくてはいけないのだろう。
僕の事を好きになったせいで、数多の人からイジメられ、貶されて。
いいや、悔やむのは後だ。
今は月葉の言う通り、登古島と話し合う事が大事。
月葉には今味わっている苦痛以上の幸せをプレゼントしないと。
その為にも、目の前の問題を解決しないとだ。
公民館の中に入ると、僕達は以前とは違い机を川の字に三個並べた。
月葉、隆、夏恵が入り口側に座り、挟む様に窓側に澄芽、千奈、渚砂が座る。
そして真ん中の机にて、僕と登古島が相対する形で座った。
「予め言っておくけど、この会話は全て録音してあるから」
「そんなの当然でしょ。私の方も用意してたわよ」
「……こんなの、高校生の会話内容じゃないよな」
「そうかもね。でもいいんじゃない? もうきっちりと決着つけないといけないと思うし」
きっちりと決着を付ける。
僕達の未来に決着なんてあるのだろうか。
目の前に座る登古島ルエム。
彼女の事を、僕は。
「さて、何から話そうかしら。小学生の時のパンツ見せた話とか?」
「……そういうのは、ここにいる全員がもう知ってる」
「あらそう、じゃあ一体何の話をしに来たのよ?」
「僕はこの数日間、君の身辺調査を行った」
「……へぇ、最低ね」
「学生の僕に出来る事なんかたかがしれてる。知り合いや伝手を使って聞いた。そして、僕は登古島、君の両親についても知る事ができた」
腕と足を組み、仏頂面をしていた登古島の眉がぴくっと上がる。
これが、僕の知らなかった、渚砂さんの知り合いから聞いた第一の情報。
「登古島、君の両親は小学六年生の春に離婚している。いなくなったのは母親だ。そして、僕の両親も小学六年生の時に離婚している。いなくなったのは父親だ」
「……そうね、やっと気づいた?」
「ああ、そうだ、僕達の両親は……不倫の関係にあった」
僕達の話し合いは、まだ始まったばかり。
登古島と僕の因縁は、両親の不倫だけじゃ済まなかったんだ。
――
次話「誰も気づかない彼女の心の底②」
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