地獄へようこそ。

俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き

地獄へようこそ。

その言葉を今日も俺は呟いた。

貼り付けたような笑みとともに、そんな定型詞を声にするのだ。


それを聞いたお客様はみんな絶望したような顔をする。


俺は見慣れたその顔が、死ぬほど嫌いだった。


「こちらへどうぞ。」


表面だけの敬語とともに彼らを絶望のその向こうへと案内する。

ゴツゴツとした岩むき出しの階段を降りていく。


息にならない悲鳴が後ろからついてくる。


今回は四人か。

ずいぶんと若い奴らだな。


この若さでここまで来るということは、殺人でもしたのだろうか。


「お足元気をつけください。」


頭を下げながら、言う。


顔を上げれば絶望に満ちた、人の顔。


同僚たちはその顔が大好きで、それだけで生きていけるなんて言うけど、俺はずっと嫌いなままだ。

なんで他人が希望を吸われている表情を見て喜べるのか、俺には分からなかった。


「こちらの服に着替えて、お渡りください。」


俺はどこからともなく白い一枚の布を取り出して彼らに渡す。

四人は恐怖を隠そうともせず、その服を受け取った。


別に警戒することないのに。


確かに肌触りは悪いけど、着たからって呪われることも悲しくなることもない。


彼らは俺を見つめながら、渋々と言った様子でその布に腕を通す。


随分と日に焼けた健康的な肌だ。

遊び人だったのか。


何が理由で彼らが此処に来たのか。それは下っ端の俺なんかにはいちいち教えられない。

まぁただ、ろくなことをしたはずもない。


だって、此処に来るということはそういうことだから。


「さぁ、どうぞ。」


俺は目の前に広がる真っ赤な河を指差して言う。

相変わらず、顔には笑みを貼り付けたまま。


四人はお互いの顔を見合って、何やら意思疎通を図っていた。

なんだろうか。誰から行くかということでも決めたのだろうか。


俺が歪んだ視界で彼らを見つめていると、四人の中で一番整った顔立ちの男が、


「せーのっ!!!」


そう吠えた。


あぁ、皆で一斉に渡ろうということか。

赤信号皆で渡れば怖くない。なんて言葉があるらしいし、全員で一斉に渡れば怖くないということか。

なるほど。なかなか頭がいいじゃないか。


俺が彼らの見た目に合わない合理的思考に感心していると、


ゴンッ


そんな鈍い音とともに、頭に衝撃が走った。


…………はぁ。


俺はやはり人間は知能指数が見た目に比例するのかと、さっきまでの感心を前言撤回して、もはや呆れの感情で俺を殴った手を掴む。


「お渡りください。」


一人の男が無効化されたのに怯まず向かってくる三人の莫迦な男どもを真っ向から返り討ちにしながら、俺は言った。


顔には相変わらずの笑みを貼り付けたまま。

本当はこいつらをあざ笑ってでもやりたかったけど、この顔を崩すことは許されないから。


「「「「…………」」」」


男たちは俺を本当の恐怖の眼差しで一瞥したあと、河へと向かっていった。


はぁ。


俺は一仕事終わったと、深く息を吐いた。


もう昼だし、休みを取ろうか。

俺がそう思った時


ピコン


そんな音が脳内に響いた。


はぁ、またか。


俺は休み時間が削られることに飽き飽きしながら、頬をぱちんと叩いた。


覗き込んだ真っ赤な河には、我ながら見事な無表情の笑みが映っていた。


ピコン




ピコンピコン


ピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン


ピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコンピコン


はぁ、本当に。人間という生き物は愚かだ。

何故他人を傷つけた代償が、たった数ヶ月の監獄生活で償われると思うのだろうか。

人が人を裁けるはずがないというのに。


まぁ、それは俺が言えるようなことではないだろうな。


俺は自虐気味に苦笑して、新たなお客様方の待つ上界へと移動した。


「地獄へようこそ。」


こうして今日も、俺は自身の罪を償い続ける。


――――――罪は等しく、死してから科される―

―――――――その代償は、かけがえのない自身の血肉でのみ祓われる―――

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地獄へようこそ。 俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き @Ch-n

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