第3話 2.5次会


「待って!」

通りを出る前に呼び止められた。


振り向くと深緑のネクタイの—ああ、名前すら知らない。

てか追いかけてくるか?普通。

もしかして話してる途中に突然帰られてプライドが傷ついたとかそういう...


焦ってもう一度丁寧に謝る。もう正直に言ってしまおう。

「ごめんなさい。ああいった場に慣れてなくて。私いわゆるコミュ障なんです。特に男の人とは、考えすぎてしまってうまく話せないんです。上手い返しも話題振るのも苦手で。」

「だめですね。なるべく周りに嫌な思いさせないようにって思ってたんですけど。上部だけで何とかしようとしてもすぐ綻びが出ちゃう。」

「ちょっと前までお付き合いしていた人にも、ずっと言われてて。でもあれだけ言われても結局変われてないんです。」

顔を見なくていいようにネクタイに向かって話す。


あ、やばいかも。言っているうちに元彼に散々指摘された事を思い出して泣きそうだ。

付き合い初めこそ楽しかったが数ヶ月経ちお互い慣れてきた頃から別れるまでの間、何度も言われた言葉。

「美智の話はつまらない」

「そんな話は女友達として」

「相槌打つだけの役は楽だよなー」



「不快にさせてしまっていたら、本当にごめんなさい。」

頭を下げると少し上の方に彼のつま先が見えた。

つま先の横が一滴濡れる。


びっくりして頭を勢いよく上げる。

彼が一筋涙を流していた。


「俺こそ、ごめんなさい。ずけずけ好き勝手話して、勝手に笑って。ごめんね。」

「でも、面白い子だなって思ったんです。好きなんですね。なんてあけすけに言うから。ほら、男同士でどれだけ仲良くても好きとかって言わないから。」

「神崎さんの奥さんってインスタやってますよね?

俺神崎さんの事フォローしてるから奥さんのもよく目について投稿見てたんです。そしたらすっごく好きだった女優に似てるなって思ってた子がいて」

「二次会始まる前に奥さんに聞いたら2ヶ月前に彼氏と別れたって。だから思わずグイグイ話しかけちゃった。」

「話しかけて浮かれて君を傷つけて。本当にごめんなさい。」


彼は言うだけ言って居なくなった。

どれ程その場に立っていただろう。

近くのコンビニから出て来た中年のおじさんがチラリと訝しげにこちらを見て通り過ぎた。


弾かれたようにくるりと背を向け駅の方向に歩き出す。

歩きながら考える。

私は男の人は「こうだ」って思っていた。

男の人も女って「こうだ」って思っていると。


違うのかも。そうじゃない人も居るんだ。

渇いた笑いでハイハイってかわされて本気で気持ちを伝えたところでわかってくれない。

私の考えられる範疇の話題では男の人に響く事ってないんだって。

思ってたけど。そうじゃない人も居るのかも。


少なくともあの人は—私の言葉を受け止めて、泣きながら気持ちを話してくれた。



考え歩き駅に着いた頃、もう一度

元彼に突き付けられた惨めな気持ちをなぞってみたが、それ程悲しくならなかった。

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自分の気持ちさえみえない @mizutuki

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