第8話

夜空に立つ男が鳥に向けて話かける。

「随分手こずっているな、何かあったのか?」

隣を飛ぶ鳥は嘴から女の声を発して室内の状況を説明し始める。

『それがね、おばさんが情報を持ってそうなんだけど、なかなか吐いてくれないの』

「手を貸すか?」

『いや、いいよこれ口割らないやつだと思うし、もうちょっと粘って見るけど、先に死んじゃうかも、これが終わったら後処理だけだから先に撤収してていいよ」

女の申し出に男は首を振り、残る意思を伝える。

「最後まで何があるかわからない、終わるまでここで警戒しておく」

『心配性だな〜、それならさっさと終わらせますか」

女が呟き憑依先に意識を向けると、目の前には血の池に沈んだ3人の死体と、首を眼鏡の男、そして体を切り刻まれ血に沈むも、辛うじて息のある女性がそこにおり、厚かった化粧は血で洗い流され、女性の周りは嘴が血で染まった鳥達で埋め尽くされていた。

『さて、待たせちゃってごめんね、お話の続きと行こうか』

そう言い鳥達を操ろうとするも動く様子はなく、一部の鳥達は憑依できなくなっていた。

『あれ?おかしいな〜』

不審に思い別の鳥で近づこうとすると、足元から伝わる感覚に違和感を感じた。

『血が凍ってる?まさかっ⁉︎』

女が何かに気づいた瞬間、全てが凍りつき建物全体が冷気で覆われていた。

『兄貴、一階も二階も一瞬で凍らされた、撤収するよ』

外から視界を確保していた鳥達で周囲を見回し、この場を去る事を促す。

「敵の姿は?」

『見当たらない、もう逃げたか、異能で姿を隠したか、私みたいにイレギュラーな使い方か」

「どちらにしろ此方が把握できないのは危険だな、わかったここは退こう」

男は言い終わると、来た時と同じように空を滑って撤収を始め、その隣を鳥が追従する。

「罠と考えた方が良さそうだな」

『異能力者を餌に?随分贅沢な使い方するね〜』

周囲を警戒しながら、空を移動する1人と1羽は今後の対策について話を進める。

「攻撃を受けてどう感じた?」

『そうだね、凍りつく瞬間は寒さも何も感じなかったよ、その所為で気付くのが遅くなったしね、ただ凍りつく前に周囲も巻き込んでたのは確認したから、直接作用するタイプじゃなくて範囲指定型だと思う、兄貴は何か気づいた事ある?』

「硬化をすり抜けていた事から俺との相性は良くないな、それと氷の発生を確認できなかった、おそらく範囲内の温度を下げる異能だろう」

『そうなると次は、何であのタイミングだったのかってとこだね』

「俺たちの姿を探していたか、もしくは現れるのを待っていたか、見つけられないと判断して口封じも兼ねた嫌がらせだろう」

『それと逃げ隠れに適した異能力者も居たかもしれないから、そっちも対策練らないとね』

女の言葉に頷きで返し1人と1羽は人気のない場所に降り立った。

『はぁ〜、考えなきゃいけない事が増えたよ〜、結局情報も得られずじまい、やになっちゃうね』

「相手の異能を確認出来ただけでも良しとするしかないな」

鳥を電柱に止め、茂みから猫が現れると男の隣を歩き会話を続けた。

『そうなんだけどさぁ〜、せめて人数くらいは確認したかったじゃん』

男の言葉にそれでも愚痴る猫を傍目に、歩みを進める。

『それでこれからどうするの?』

「一旦合流する、そこから探偵事務所へ向かうぞ、新しい情報があるかもしれんしな」

『おっさんに会うのも久々だね、ちゃんと生きてるかな?』

「しぶとさだけはあるからな、早々くたばりはしないだろう」

そう言うと迷う事なく目的地へ向って行く。


住宅から外れた商業区、6階建てのビルに挟まれた日当たりの悪そうな立地に、一部剥がれた塗装が目立つ4階建ての建物、その3階の窓には探偵事務所と書かれており、前半2文字は剥がれてそのままなのか読めなくなっている。

そんな年季の入った探偵事務所の扉の前に2人の男女が並んでいた。

「鳴らしても出てこないね、お出かけ中かな?」

女の冗談に男は時間を確認して返答した。

「日付が変わっている時間だ、寝ているのだろう」

「なるほど、叩き起こしますか」

男の言葉に無慈悲に答えつつ、鳥を介して窓の中に視線を通す、そしてベットで寝ていたパジャマ姿の男性を立ち上がらせ異能を解除した、当然眠ったままの男性は重力に引かれて倒れて行き、床に頭を打ちつけた。

女は一仕事終えたようにありもしない汗を拭い、その様子を目にした男は呻き声の聞こえる扉のインターホンを鳴らす。

するとナイトキャップを被った男性が打ちつけた頭を押さえ出てきた。

「どうしたのおじさん、二日酔い?お酒は程々にしないと早死にするよ」

「今まさに殺されそうだったんですけどぉ、君がやったのわかってるからね?打ちどころ悪くてぽっくり逝ったらどうすんの?女子高生の枕元に立つ変態幽霊がこの世に生まれちゃうよ?」

顔を合わせて当然の苦情をこぼすおじさんに構わず、男は当たり前のように横をすり抜けて行く。

「あのねぇ君、久しぶりに顔出したかと思えばスルーは酷くない?」

室内に入った男は勝手知ったる様子で人数分のコーヒーを淹れ始め、続いて女も入室し棚から茶菓子を取り出すと机に置き始めた、居座る気満々である。

「はぁ〜、聞いてないね君達、てか何で茶菓子の場所分かるの?エスパー?」

「異能力者でーす」

女は早速茶菓子に手を伸ばしながらソファに寝転び、男はコーヒー片手に資料の入った棚を眺めながら、おじさんに着席を促す。

「いつまでも突っ立ってないで此方に来たらどうだ?コーヒーが冷めるぞ」

おじさんは諦めて席に着きコーヒーを口につける。

「ふぅ〜、それで今日は何しに来たの?明日じゃだめ?眠いんだけど」

人心地つき兄弟の傍若無人振りに目を瞑り本題へ移る。

「奴らの情報はないか?」

「以前回してあげた情報はどうしたの?あんまり野良の子に情報流し過ぎると上司に怒られちゃうんだけど」

「いいじゃん、万年人不足って言ってたでしょ」

男が手短な椅子に腰を下ろすとここ最近で潰した拠点、殺してきた構成員、そして今夜のことを話し始めた。


「死体を肉塊に整形とか、建物ごと燃やして死体処理とか、で?もれなく全てに拷問付き、君達人の心をどこに置いてきたの?もうちょっと穏便に出来ないの?」

「奴に死体を利用されないためだ」

男は顔色一つ変えず言い放つと、おじさんは何度目かになる溜息をこぼし話を続けた。

「はぁ〜、それで2階建てを凍らせる出力の異能ね、ちょっと待ってなさいな、確かウチのメンバーが似たような被害を受けたって報告が上がってたはず」

そう言うと奥の部屋へ引っ込みファイル片手に戻ってくる、だが手に持ったファイルを渡そうとせず、2人に向けて真剣な表情で問いかける。

「渡す前にちょっといいかい?、君達ウチのメンバーになる気はない?正直君達ほど実力のある子が手伝ってもらえると助かるんだけど」

「何度も言うけど、私達にその気はないよ」

今まで幾度となく繰り返してきた勧誘の文句を女はすげなく断ると、おじさんの目を睨むかのようにして続きを口にする。

「あなた達みたいに人や街を守るためとか、異能の脅威から守るためとか、そんな正義感は持ち合わせてない、ただの私怨で動いてるだけ、組織に属して規律だのルールだのに縛られたらあいつを殺せなくなる、それで私達が満足すると思う?」

言葉を重ねるたびその瞳に憎悪の念が増して行くのを感じ、表情を崩し今回の勧誘も諦めることにしてファイルを渡す。

「わかったわかった、だからあんま睨まないでよ、女子高生のする目付きじゃないよそれ」

女は機嫌を損ね、鼻を鳴らして外に視線を向けた、男はそのやり取りを黙って見守りファイルを受け取ると、口を開く。

「少なくとも学生でいる間は入る気はない」男の言葉に、まさか自分の兄に裏切られるとは思っていなかった女は、責めるようにして問いただす。

「ちょっと兄貴どういうつもり⁉︎これは私達の復讐でしょ!」

怒りを露わにする女に対し男はファイルの中身を確認しながら答える。

「個人で動くには限度がある、長期戦を視野に入れるなら何かしらの後ろ盾は必要だ、いつまでも親に負担をかけるわけには行かないからな」

「それはそうだけど...」

「それに奴を見つけたら独断で殺せばいい、それで罰則があったとしても俺たちの目的は達成される」

「できればそういうことは、メンバーのいないとこで言ってね?俺もメンバーだってこと忘れてない?」

メンバーが目の前にいるにも関わらずあんまりな発言にはとりあえず目を瞑り、おじさんは努めて軽い調子で男の言葉を後押しする。

「まぁ最後のは聞かなかった事にするとして、君達もうすぐ3年でしょ?進路希望表の3番目くらいでいいから考えといてよ、進学、就職、メンバー加入ってな感じで」

「わかったわよ」

女は一様の同意を示すとコーヒーに口をつけて不満と一緒に飲み干した。

こうして襲撃者の情報を受け取りつつ、思わぬ面談をする羽目になった2人は、日が登った明け方に帰宅することになった。


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オカケン @anisakisu

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