第7話
「親不孝者だよね私達」
飴を食べながら呟く女に、男は顔を向けることなく答える。
「そうだな」
2人はそれ以降話すことはなく、目的地へ向かい足を進める。
やがてたどり着いたのは寂れた公園、所々錆や破損があり管理の雑さが窺える、そんな公園の入り口で2人は立ち止まった。
「俺は先に向う」
そう言うと女を公園に残して立ち去る。
その背中を見送り公園のベンチへ腰掛け、猫用の餌を取り出した。
すると匂いに釣られ茂みから2匹の親猫と3匹の子猫が姿を表すと、ベンチに腰掛けた女に近づき擦り寄ってくる。
「随分と大所帯になってきたね、最初は君だけだったのに」
猫に餌をやりながら呟くと答えるように親猫が鳴く、猫が餌を食べ終わるまで眺めていた女は、それぞれ猫を一撫ですると、全ての猫に異能を使った、すると猫達は女と密着するように移動して一斉に夜空を眺め始めた。
「見つけた」
膝に乗せた猫に目を向けながら呟くと、猫の視線を横切った鳥が向きを変え、公園近くの電柱に止まる。
猫の1匹が鳥に視線を向け、また鳥も女と猫達を視界に収めたまま動かなくなる。
女は手慣れた様子で憑依先の目を介し異能を行使して行く。
「もう一羽いないかな〜っと」
女の呟きに応えるように残りの猫達が再び夜空を眺め始める。
「これだけいれば充分かな」
周りには数え切れない数の鳥類が公園を埋め尽くしており、それら全てが女の異能によって操られていた。
「あんまり遅いと兄貴に盗られちゃう」
そう言うと公園を埋め尽くしていた鳥達は一斉に羽ばたき男の後を追う。
一羽一羽を視認距離に点在させ、長距離での異能行使を可能にした技だが、それら全てを同時に操るなど、女にしかできない芸当だろう。
やがて空中を斜めに滑る男を見つけ、憑依した鳥を近づけた。
『空中を滑る男っていつ見ても異様だよね、どこの漫画出身ですか?』
茶化してくる女に対し、進行方向に目を向けたまま男も返す。
「言葉を話す鳥とは随分とメルヘンな存在だな、どこの童話出身だ?」
再会の挨拶代わりのやりとりを終え、2人は今夜の役割分担を手短に済ます。
『この前は兄貴がやったんだから、今夜は私の番ね。周辺の警戒と、目標が逃げないようにしっかり硬化で覆っててね』
「わかった、そちらも危険を感じたら迷わず殺せ」
男の言葉に何度も耳にした2人の方針を口にする。
『わかってる、自分の命最優先、情報は二の次、でいいんでしょ』
いつもの確認を終え目的地に到着した2人は、視認範囲ギリギリから建物を見下ろした。
視線の先には蔦で覆われ、所々ひび割れた2階建てのコンクリート建築が林に囲まれ放置されていた。
『毎度のことながら、いかにも悪巧みしてますよって所見つけるよね。そういうの見つける異能でもあるわけ?』
冗談めかした言葉に周囲を見渡していた男が答える。
「人目を避けていれば自然と行き着くのだろう。それより中の様子はどうだ?」
催促され連れてきた鳥達を建物の周囲へ配置して行く。
『ちょっと待っててね〜...1階の中央に4人集まってるね』
「1人足りないな。何か聞き取れるか?」
女は道中見つけたネズミを操り、4人組の元へ向かわせる。
『ふむふむ、ほうほう、なるほどなるほど』
「何がわかった」
焦らすような態度を無視して率直に聞くと、4人組から聞き取った情報を開示した。
「どうも最後の1人は遅刻の常習犯らしいよ、仲間の1人が連絡してた。もうすぐ来るみたい」
「そうか、来るのを待つか?それとも先に中の4人を片付けるか?」
「先にやっちゃおうかな、5人同時に相手するより楽だしね。もう1人が来たらそのまま入れちゃっていいよ、その方が後処理しやすいから」
そう言い女は行動を開始した。
虫や小動物を建物内に誘導し視界を確保して行く、やがて建物内に死角がなくなると、4人組の1人に向けて異能を発動した。
ボロい建物に集まっていた4人組の1人、スーツを着た眼鏡の男がスマホをしまうと、残りの3人に語りかける。
「今向かっているとのことだ」
「はぁ〜、またか」
眼鏡の言葉に、スキンヘッドの男がため息混じりに呟く、その呟きに続くようにしてピアスを付けた金髪の男が苛立ちまぎれに尋ねる。
「あいつ今日で何回目だよ」
金髪の問いかけに無精髭の男が眠たそうにしながら律儀に答える。
「5回目だね〜、こうも繰り返されるともはや才能なんじゃないかな〜」
無精髭の男が言い終わると、金髪の男が唐突に立ち上がり、足踏みしたり手を開いたり閉じたりいたりし始めた、突然の行動に無精髭の男が声をかける。
「どうしたの?突然立ち上がって〜、トイレかい?」
金髪は無精髭の言葉を無視し、しばらく手を見つめていると、掌に風が集まり始めた。
唐突な異能行使に訝しみ、無精髭が近づき肩に手を置く。
「ちょっとちょっと、本当にどうしたの〜?いきなり使ったら危ないでしょ」
「こうやって使うのか」
金髪が微笑を浮かべ手を振り抜く、すると近づいていた無精髭の首は切り飛ばされ、血を撒きながら倒れていった。
「あっ、やりすぎた。まだ情報聞いてなかったのに、失敗失敗」
返り血を浴びた金髪が、倒れた無精髭を突きながら呟く。
「まぁいいか、後3人、いや4人いるし」
「何のつもりだ」
突然の奇行に動揺を抑えるように眼鏡を上げ、仲間を殺した金髪に問いただす。
「癖があって使いづらいな〜」
だが眼鏡の問いに答えることなく、何事も無かったかのように異能の練習を始めた金髪の態度に憤り、声を上げて再度問いただす。
「何のつもりだと聞いているんだ!!答えろ!」
その問いにすら見向きもしない金髪目掛け、拳大の瓦礫が飛んできたが、瓦礫は強風に煽られ壁にめり込んだ、人に当たっていれば容易く頭蓋を割れる威力があっただろう。
「そいつはもう仲間じゃねぇ」
スキンヘッドの言葉にようやく反応を見せた金髪は、芝居がかった動作と共に言い放つ。
「そんな寂しいこと言わないでよ、悲しみのあまり涙で前が見えなくなっちゃう」
目を覆い天を仰いだ金髪に、舌打ちと共に異能で複数の瓦礫を飛ばすも、先程より強い強風に煽られ、壁や床にめり込んでいく。
「はい残念、見えてるんだな〜」
そう言い覆っていた手を退け、スキンヘッドに向ける。
「今度はうまく出来るかな〜っと」
向けた手を閉じると、風の刃に切り刻まれ意識を失った。
「生きてる?生きてるね、ようやく慣れてきたかな」
遠目に生存確認を終え、残りの1人に目を向けると、ポケットナイフを突きつける姿が映る。
「やってくれたな!」
「頭に血が上ってるみたいだから、血抜きしてあげる。お話はその後でゆっくりしようね」
そう言いスキンヘッドと同じように手を向けようとした瞬間、背後の入り口から女性の声が鳴り響く。
「その話、私も混ぜてもらえるかしら?」
言い終わるや否や、金髪の体はその場に倒れ、周囲にクレーターを形成する。
手足は潰れ、頭は地面にめり込み一目で重症なのが窺える、顔をめり込ませた時点で意識を失っていた事で、苦痛を感じなかったのが不幸中の幸いだろう。
「仲間との待ち合わせに来てみれば、裏切り者がいるなんてね。どういう状況か説明してもらえる?」
化粧の濃い女性が眼鏡に向けて問いかける、だが眼鏡の男は俯いたままで反応を示さない。
「ねぇ、聞こえないの?」
再度問いかけると、眼鏡の男は動き出すが、先程とは違う口調で話し出した。
「あぁ〜あ、これ死んじゃうね、せっかく慣れてきたとこなのに」
いつもと違う仲間の様子に、この状況が単なる仲間割れや、裏切りでないことを悟り、女性の表情は険しいものへ変わるなか、眼鏡の男は続ける。
「それにしても、情報では物の重さを変える異能だったのに、このクレーターを見るに、空間にも作用してるよね?」
「あなた一体何者?」
警戒を強めた女性の問いに対し眼鏡は、先程の金髪のように、芝居がかった動作で惚けだす。
「そんな⁉︎仲間の顔を忘れるなんて!!っと言いたいところだけど、今まさにその仲間に裏切られたんだから、疑心暗鬼になるのもしかた---」
「外面じゃなくて、中身の話よ」
話を遮り目の前の何者かを警戒しながら、周囲に視線を向け、異能を行使した敵対者を探す。
「バレちゃった?まぁ隠すつもりもないけどね」
暗に乗り移っていることを肯定すると、何者かは女性に尋ね返す。
「ところでおばさん、私ちょっと人探ししてるんだけど、死体を操る異能を持った男を知らないかな?」
その問いを聞くと有無も言わさず、何者かに向けて異能を使い二つ目のクレーターを生み出した、だがクレーターに何者かの姿はなく、代わりに背後から声がした。
「へぇ〜、そういう反応なんだ」
声のした方に腕を振り抜くも、そこに姿はなく、先程クレーターを作った場所から何者かが話しかけてくる。
「そう邪険にしないでお話しようよ、混ざりたいんでしょ?」
何者かは微笑みを浮かべ、ナイフを見せつけるように揺らす。
「それとも、血抜きの方がよかった?」
他人の体を操り、他人の顔で笑い、他人の異能を扱う何者かに得体の知れないものを感じ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった女性に、何者かは続ける。
「いくらでも付き合ってあげるよ、夜は始まったばかりだからね」
揺らしたナイフが、破れた窓からさす月明かりを反射して女性を照す、これから切り刻まれる場所を暗示するように。
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