第6話

僕は先輩の対面に重たい腰を下ろした、こう言うと満を辞して出てきた感が出るが、ただ単に気が重いだけである。

副部長が何をしてくれるのかも気になるし、やるからには全力で勝ちに行くつもりではある。

「お手柔らかにお願いします」

少しでも手を抜いてくれることを期待して言ってみたが。

「全力で叩きのめしてあげるよ!」

とのこと、この人弱い相手ほどやる気出すからな〜。

ある意味期待を裏切らない返答にがっくりしながら戦いに意識を向けた。

「それでは早速」

僕は開始の合図がないことをいいことに不意打ち気味に異能を使った、狙うはリッキー2世を支える足、例え火力がなくとも足を焦がせばバランスを崩すことくらいはできる、僕が出来る唯一の勝ち筋だ。

「させないよ後輩君!」

いち早く狙いに気づき、素早い身のこなしで躱して近づいてくる。

どうやら特攻以外の戦法も持ち合わせているようだ、などと思っている間もリッキー2世が攻めてくるのを発火で牽制しつつ近づかせないようにする、しかしそれら全てを紙一重で躱されて行く。

完全にこちらの動きが読まれているようだ、やはり先程の全力で叩きのめす宣言は冗談ではないらしい、その証拠に土俵の上と僕の目線が同時に見えるように少し距離を取っていた、先の部長戦での反省を生かして的を絞らせないつもりなのだろう。

「随分と器用な動きをしますね、できれば操作を誤ってご退場願いたいのですが?」

半端本気の願いに対し、なんの狂いもなくリッキー2世を操る先輩は挑発的に返す。

「そう言う後輩君こそ、なかなか近づかせてくれないじゃないか。火遊びばかり上手くなって、私は後輩君の将来が心配だよ」

言葉の応酬の間も絶えず土俵での戦いは続いており、このままでは使用回数の少ない僕が不利なのは火を見るよりも明らか、だからこそ僕は策を弄する、慎重に気づかれないように、確実に異能を当てるために。

リッキー2世を近くまで誘導し、先輩のフェイントに引っかかる振りして離れた位置に発火した、すると発火のタイミングを読んでいた先輩は、火の粉が出たとほぼ同時に力士の前まで到達していた。

判断が早すぎる⁉︎どんな反射神経してんだよ!予想外の反応速度に一瞬動揺するも最後の大詰めをミスするわけには行かない、と気持ちを立て直す。

「これで終わりだよ!」

僕の力士で足元の視界を切る位置に陣取った先輩は、勝ちの宣言と共にリッキー2世がサマーソルトキックの構えを取る。

「ここだ‼︎」

先輩ならそう来ると信じていた!リッキー2世がサマーソルトキックの構えを取ったその瞬間、力士の後ろを支える足元を焦がした。

すると脆くなった足は崩れ、ゆっくり後ろへと倒れて行きリッキー2世の攻撃をギリギリ躱す、このままでは力士が倒れて負けるだけだが、もちろんそれだけでは終わらせない、攻撃の反動で中に浮いたリッキー2世の着地の足目掛けて撃てる限りの異能を撃ち込む、足を失ったリッキー2世はそのまま着地しようとした勢いそのままに転倒した。

静寂の中土俵の上には数々の焦げ跡と転倒した2枚の力士、そして驚愕に顔を染める先輩がおり静寂を破るようにして部長が副部長へと声をかける。

「審判、ジャッチを」

役目を仰せつかった副部長は机の横に立つと勝敗が決する。

「この勝負僅差により、後輩の勝利とする」

副部長のジャッチを聞き終え頬を伝う汗を拭う、異能の使用回数はまだ残っているが短時間での連続行使は流石に疲れる。

僕が背もたれに体を預けていると副部長が声をかけてきた。

「限られた手札を最大限活用してよく戦った、これからの成長にも期待できそうだ」

これが副部長なりの褒め言葉なのだろう、珍しく褒められたせいかなんだかむず痒い。

あまり期待されても使用回数しか伸び代ありませんよ?

「おめでとうございます、まさか妹ちゃんに勝てちゃうとは思いませんでした。お祝いにこちらをどうぞ」

そう言うと部長は部室の端に鎮座する棚からお菓子の小袋を手渡してくる。

あの棚は部長が持ってきたお菓子を置く専用の私物で、中には所狭しとお菓子が詰め込んである。

部長が買い込んでは棚から溢れ出し、それを副部長が片付けている場面を度々目撃する、おそらく自分で食べ切れないから渡してきたのだろう。

「こんなに熱くなったの梨がセールになった時以来っす!これ、俺からもお祝いっすよ」

同級生は鞄の中から梨を取り出した、梨のセールで熱くなれるのは君くらいだよ、それと君、いつも持ち歩いてるの?生の梨を?

「認めよう...今は後輩君の方が強い、だが!この敗北を糧にいずれ後輩君を超えてみせるよ!!」

机に両手をついて項垂れていた先輩がそんなことを言い始めた。

やめて、いずれじゃなくてももう一度やったら負けるから、部員達が賞賛の言葉をかけてくるが、これ紙相撲だからね?みんなそのこと忘れてない?


こうして唐突に始まった紙相撲大会は終わりを迎えた、尚最強決定戦は机をひっくり返す副部長の圧勝であった、それはズルくないですかね?

紙相撲大会が一息つき荷物整理を終えた副部長が唐突に帰り支度を始める、部活が終わるにはまだ早いが用事でもあるのだろうか?

「消耗品の買い出しに行ってくる、そのまま帰宅するのでそのつもりで」

その言葉を受け部長が声をかける。

「小旅行に持っていくお菓子も買っておいてください」

棚から持っていけばいいのでは?そう思ったのは僕だけではないらしく、副部長が棚に目を向け言い放つ。

「在庫の処分も兼ねて当日はその棚から持っていく、放置しているといつまでも無くならないからな」

そんなやりとりをしている間に支度を終えた先輩も勢い良く立ち上がる。

「私も買い出し手伝うよ!それじゃみんなまた明日〜」

兄妹揃って部室を後にした、取り残された部長は机に突っ伏してうめいていた。

「私のお菓子〜」

いつもより一段と騒がしかった部室は静けさを取り戻し、部長はお菓子を失った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こんなところか」

買い出しを終え、店から出てきた男は袋の中を確認しながら呟き、隣に立つ女がその袋に手を入れる。

「私の飴ちゃん〜っと」

袋から飴の袋を取り出し、そのまま歩き出すのに合わせて男も隣を歩く。

「それにしても、まさか後輩君に負けるとは思わなかったよ〜」

飴を口に放り込み考え深く言う、それを見て男は疑問を口にした。

「後輩があそこまで出来るのには驚いたが、なぜわざと負けた?足が無くなった程度でバランスを崩すほど甘い制御はしていないはずだ」

男の言う通り女は手を抜いて試合をしていた、女なら折紙力士の下半身が無くなろうともバランスを保てていただろう。

「わかってないね兄貴、たまには成功体験をさせてあげないと自信をなくしちゃうかもしれないでしょ?ただでさえ自分を低く見積もる傾向があるんだから後輩君は。飴と鞭ってやつだよ、奮闘に驚いたのは私も一緒だったけどね」

飴を投げ渡しながら答えたが、男は釈然としない表情のままだった。

「そういうものか?」

「そういうもんなの、みんながみんな兄貴みたいな向上心を持ち合わせてる訳じゃないんだから」

受け取った飴を口に入れしばらく無言で帰路を歩む。

やがて家についた2人は帰宅の挨拶をしながら扉を開く。

「たっだいま〜」

女に続いて男も家に入ると荷物を持ってリビングへ向かう。

「着替えたらすぐに向かうぞ」

主語を抜いた言葉に女は2階の自室へ向かいながら気の抜けた返事を返す。

「あいあいさ〜」


着替えを終え玄関で集合した2人は再び外出する、すると玄関前でスーツ姿の女性と鉢合わせる。

「あら?今から出かけるの?」

鉢合わせた女性は2人の服装を目にして問いかける。

「お帰りお母さん、ちょっと用事が出来ちゃって」

話しかけてきたのは2人の母親だった。

娘の返答に悲しげな表情を浮かべるも、次に話し出す時には柔和な顔を浮かべ、普段通りに振る舞う。

「そう...暗くなるから気おつけてね」

男は頷きを返し2人揃って母親の隣をすり抜けて行く。

その背中を見詰める母親は2人に聞こえないと知りながら繰り返す。

「気おつけてね...」

紡ぐ言葉は届かない、2人と1人の間に壁がある限り。

それでも言葉を紡ぎ続ける、2人が手の届かないとこまで行ってしまわないように。

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