第5話
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後輩と別れた2人組が帰宅する道中、男は隣で苗を抱える女に言った。
「あまり後輩を困らせるべきではない、部活の時も顔に出ていたぞ」
女は心当たりがあるのか戯けて答えた。
「うまく誤魔化したと思ったんだけどな〜、失敗失敗」
首をすくめて受け流すと、男は続けて注意を促してきた。
「後輩はああ見えてよく周りを観ている、あまり不審に思われる行動は控えることだ」
再三の注意を受け、女は苗に向けていた視線を上げた。
「それもそうなんだけどね、この花を見てるとどうしても思い出しちゃって」
そう言い困ったように微笑んだ、男は一瞥くれると沈みかけた夕日を眺めて思い出すように言う。
「姉さんが好きだったな。名前も知らず、よくその花を見つけては俺達に積んできていた」
男は在りし日の記憶を語った、それはまだ3人が平穏で、幸せだった時の記憶。
「そんなこともあったね、いつもは頼りになるお姉ちゃんなのに、お花を見つけると目を輝かせて動かなくなちゃって、それでよくお母さんを困らせてたよね」
それと同時にあの日の出来事を思い出す辛い記憶。懐かしむ声とは裏腹に、苗を見詰める顔は悲しみに満ちていた。しばらくそうしていると女は顔を上げた、その顔に悲しみはなく、いつもの快活な表情へと戻っていた。
家に着くと女は袋を掲げて言い放つ。
「ご飯の前に済ましてくるね、先入ってて」
そう言い残し女は玄関左の庭へと歩きだす、そこにはあらかじめ用意していたプランターに土が入っておりすぐにでも植えられる状態になっていた。
「どうして、リンドウの花なのかな、お姉ちゃん...」
しゃがみ込んで苗を植え替え始めた女は1人問いかける、その問いに答える者はいないと知りながら。手早く作業を終えて立ち上がると、しばらく花を眺めて口を開く。
「『あなたの悲しみに寄り添う』なんて、人殺しの私達にそんな資格なんてないのに」
花言葉を呟き、日の沈んだ空に向かい、吐き捨てるように言い残して、家の中へと入っていった。庭先で風に吹かれたリンドウが言葉を否定するかのように揺れていたが、その姿を目にするのは空に浮かぶ月のみだった。
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授業の終了と共に帰宅部は自身の使命を全うするべく帰宅し、何かしらの部活に所属する者はそれぞれ支度をして教室を後にする。そんな中に僕も紛れ教室を出る流れに乗って本日の部活動へ向かっていると、隣の教室から同じ部活に所属する同級生が現れ声をかけてきた。
「1日会ってないだけで久しぶりな気がするっすね」
君の視界に入ってないだけで昨日も会ってたよ、と思ったがいつものことなので適当に返して一緒に部室へ向かった。道中凄腕の部長とやらに遭遇することもなく部室にたどり着くと、そこにはいつも通り各々好きなことをしている部員達がいた、部長はノートを開いて勉強かと思いきや、小旅行のしおりを作成中のようだ。副部長はそんな部長に紅茶を淹れつつ昨日に引き続き荷物整理。そして先輩はというと、二つ折りの紙に褌と丁髷が手書きされた折り紙で相撲をしていた、もちろん異能を使って。
「行け!リッキーそこだ!!」
どうやら白熱した戦いのようだ、先輩に相撲観戦の趣味があるなんて意外だ、同じ見た目だからどっちがリッキーだかさっぱりわからん。そう思って眺めていると片方の力士が飛び跳ねてサマーソルトキックをかまし相手の力士を場外へと飛ばした、最近の相撲は蹴り技が使えるようになったのか驚いた。
「リッキーーー!!!」
先輩が落ちていく力士に手を伸ばすも虚しく空を切る、どうやら今落ちた方がリッキーらしい。大袈裟に悲しみを表す先輩を他所に、いつもの形代が力士の片手を持ち上げ無言の勝鬨を上げていた。まさに異能の無駄遣いである、この部で1番異能を楽しんでいるのは間違いなく先輩だと常々思う。
「やぁ後輩君、君達も紙相撲なんてどうだい?」
リッキーを拾い手書きの土俵にセットし直し問いかけてきた、どうも対戦相手をご所望のようだ。
「僕は結構です」
即答である。日頃からNOと言える日本人を目指す身として、この程度の誘を断るのは造作もない。
「ノリが悪いね後輩君1号!ブーブー」
どうせ異能ありきのゲームでは太刀打ちできないからと断るとブーイングをくらった、いつから1号になったのか。
「俺やってみたいっす」
おそらく後輩2号である彼が名乗りを上げた、どう考えても不利なこのゲームに勝つ自信があるのだろうか?
「この私に勝負を挑もうとはいい度胸だ、ならば席に着きなチャレンジャー」
机に片腕を置きキザったらしく同級生に着席を促す、挑んだって言うか誘ったのでは?
「ルールは簡単、相手の力士を転倒、又は場外へ出した方が勝ち、もちろん異能ありだよ。ただし私は相手の力士に対して異能は使わないから、そこは安心して」
説明を終えると2人は向き合い戦いを始めた、開始の合図とかないのか。最初に動いたのは先輩からだった、先輩の力士、もといリッキーが先手必勝の如く一直線に相手の力士に近づいた。
「速攻で決めさせてもらうよ!」
先輩が勝ちを確信したように言うと同級生が動きだす。
「そうはさせないっすよ」
力士とリッキーが近づいた瞬間2枚の力士を覆うように梨が現れた。
「見えてなければ先輩の異能は使えないっすよね」
勝ち誇ったかのように言った、同級生の異能は物理的に干渉することができない以上、普通の紙相撲になっただけでは?どうして2人揃って自信満々なのさ?
「まだまだ甘いね後輩君2号、私は相手の力士には異能を使わないと言ったが、土俵に使わないとは言ってないのだよ!」
先輩は含み笑いを浮かべると土俵を波打つように動かし始めた、やっぱり2号だったか。しばらく波立たせていると梨の中で倒れた力士が外に出てくる。
「後輩君の勝ち〜」
しおり作りを中断し観戦していた部長が無慈悲な結果を告げる。そう、倒れたのは同級生の力士ではなくリッキーの方だった、つまり自爆である。
「そんな...この私が負ける...だと⁉︎」
リッキー黒星2つである。
「俺の力士と俺の梨が揃って負けるはずないっすよ」
同級生は得意そうに言った、梨関係ないよね?
「このまま負けたままで終われるかーーー!!」
癇癪でも起こしたかのように両手を振り上げて駄々をこねると、先輩は次の標的を指さした。
「次の相手は君だ部長!」
そこは再戦じゃないのね。先輩に指名された部長は、紅茶を一飲みしカップを置くと髪を払った。
「いいでしょう、部長という地位を預かる者として、格の違いを見せつけてあげます」
自信満々に言い放ち対面の席に着くと、力士を所定の位置に設置し、どちらからともなく行動を開始した。やっぱり開始の合図はないのね。
「部長の異能ではどうすることもできまい!!」
先輩の言う通り部長の異能は『分離』気体や液体を目視で分離できる異能、この紙相撲では使い道がないように思う。だが部長は余裕の表情を浮かべたまま、先輩がリッキーを特攻させると同時に胸ポケットから片眼鏡を取り出す。
「私だって日々成長しているんですよ」
部長が片眼鏡を右目に当てると、リッキー中央の折り目から左右に分かれて土俵に倒れ伏した。
「バカな⁉︎部長の異能で固形物を分離するには線を引かなければいけないはず、それなのに何故⁉︎」
説明ありがとう先輩、などと思っていると部長が片眼鏡を光に掲げてネタばらしを始めた。
「レンズに線を引くことで、擬似的に線引きした状態を作り出したのです。本当は小旅行でお披露目しようと思っていたのですが、部長としての意地がありましたので。ちなみに発案&作成は副部長です、みなさん拍手〜」
その言葉を受け荷物整理中だった副部長が、こちらに顔を向けサムズアップしてきた。つまり部長は遠距離で生物を分離する力を身につけてしまったということだ、何やってくれちゃってんの副部長⁉︎
「リッキー...こんな姿になってしまって」
副部長から視線を戻して先輩の方を見ると、体が左右に泣き別れしたリッキーを両手で大事そうに包んでおり、その姿は整った容姿と相まって、まるで慈愛の聖女かと見紛うほどだった。
「今までありがとうリッキー、あなたの仇は彼がきっと討ち取ってくれることでしょう、例え地獄の業火にその身を焼かれようとも」
ただし発する言葉は聖女とはかけ離れていた。この人紙相撲にどこまで感情移入してるんだよ。先輩はリッキーを包んでいた両手を祈るように握る、すると開いた手からは二分されたリッキーではなく新しい折り紙の力士が出てきた。背中には第二世代と書かれており、おそらく先ほど言っていた彼とはこの力士のことだろう。
「行くよリッキー2世!今こそ仇を取る時だ!!」
そう言い先輩は僕に顔を向けてきた、僕違いまーす、仇じゃありませーん。顔を逸らし素知らぬ顔をすると、先輩が涙ながらに訴えてきた。
「お願いだよ後輩君!私はまだ一度も勝ててないんだよ、兄貴は机ごとひっくり返してリッキーだけ落とすし!」
どうやら副部長とはすでに戦っていたらしい、勝ち方が大胆だな〜。
「後輩君2号には負けるし!」
自爆だけどな?
「部長とやるとこの有様だし!」
袖から先代リッキーを取り出して訴えかけてきた、そこに隠してたのか。
「後輩君なら勝てそうだし...」
拗ねたような顔をして呟く、それが本音か。
「よし分かった!ならこうしよう、私に勝てた暁には小旅行で兄貴が何かしてくれます!」
交渉材料に躊躇いなく兄を差し出す妹、この人最低かな?と思っていると副部長が顎に手を当て考えだす。
「うむ、いいだろう何か考えておこう」
妹の無茶振りに応える兄、この人最高かな?そんな最高な兄の言葉を聞き妹である先輩は、利用して説得を続けた。兄と妹でこの格差である。
「兄貴がこう言ってくれてるんだしさ!やるだけやってみよ?負けても失う物はないんだしさ!」
繰り返しの説得に僕はついに折れてしまった。
「わかりました、やりますよ。副部長がせっかく考えてくれているのを無下にするのも悪いので」
僕はまだNOと言える日本人には程遠いらしい。
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