【完結】幽霊令嬢は姪っ子を幸せにしたい

空廼紡

姪っ子が来た

 王太子殿下が寵愛していた男爵令嬢を殺害しようとしたという、身に覚えのない罪で断罪され、幽閉され、そのまま餓死してしまい、どれくらいの年月が流れたのだろう。


 私が幽閉されたのは、母が所有していたこじんまりとした屋敷だった。一応管理されていたからそれほど汚くはなかったけど、周りに人里はなく、丘の上にひっそりと佇んでいて人が滅多に来ない。監視兼お世話役として、初めは二人の使用人が付いてきてくれたけれど、とっとと逃げてしまった。


 料理が出来ないうえ、精神がそれほど逞しくなかった私は、そのまま餓死してしまった。


 餓死してしまったけれど、お迎えに来てくれないから、死んだ後はどうすれば分からず、未だに幽霊のままこの屋敷に住んでいる。


 ちなみに私の身体はミイラ化して、しばらくして様子を見に来た王宮の人が発見してくれた。何故か慌てた様子で、私の身体を麻袋に入れてそのまま持って帰ってしまった。


 冤罪が晴れた、かどうかは分からないけれど一応弔ってくれるだろう。自分のことなのに、他人事なのが自分でも不思議だ。


 それ以降、誰も来ていない。弟も親も来てくれないし、管理人も来てくれない。きっとこの屋敷のことは忘れ去れているのだろう。弟なんか、王太子殿下と一緒に私を断罪したから尚更、こんなところに来たくないのかもしれない。


 誰も住まない家は、その分寿命が来るのが早い。屋敷は次第にボロボロになっていき、幽霊屋敷みたいになっている。実際に幽霊屋敷だけど。



『今日も暇ねぇ』



 自分の部屋にいるけれど、物はないし、あっても触れないから暇でしかない。一階には一応書斎があるみたいだけど、読めないからこうして窓の外の景色を観ることしかすることがない。


 いつも通りふよふよ浮いていると、自然のものではない音が聞こえてきた。



『足音……?』



 小さな足音だ。人は有り得ないから、動物かしら。


 足音はこの部屋に向かっているのか、だんだんと大きくなっていく。


 動物だから、この部屋に入ってくることはできない。



『でも本当に動物かしら? 扉とか窓は二階以外閉め切っているはずだけど……』



 生前の私は、念のためにと一階の扉と窓は閉じきって、代わりに二階の窓を開けて換気をしていた。今は何も触れられないから、生前のままのはずだ。



『玄関、朽ちちゃったかしら。でも壊れていなかったはず……あ、もしかして旅人が迷い込んできたとか?』



 それなら納得だ。身内以外でこんな辺鄙で何もないところに来るのってそんな人くらいしかいない。


 そうこう考えているうちに、足音は私の部屋の前で止まった。


 首を傾げていると、扉がゆっくりと開かれた。おそるおそると、部屋の中を覗き込み、入ってきたのは動物でもなく、旅人というには幼すぎる女の子だった。


 私は天井の辺りでふよふよ浮いているから、女の子の顔は見えない。身長的に十歳かそれ以下くらい。髪の色は私と同じ小麦色で、髪の質も私と同じ波打っていた。


 女の子は部屋の中をキョロキョロと見渡しながら、おそるおそる部屋の中心に移動する。その間、女の子は私がいる天井には目を向かなかった。まあ、向いたとしても私のことは見えないだろうけれど。


 女の子は私のベッドに気が付くと、ベッドのほうに歩き出す。


 疲れたから寝るのかな、と見守っていると、女の子がぼそっと呟いた。



「このベッドが、おばさまが死んでいたベッド……?」



 ん? おばさま?


 気になる単語を拾い上げて、首を傾げると、女の子はベッドの横で膝を付いた。



「おばさまは、こんな寂しいところで死んでしまったのね……」



 そう呟きながら、女の子は手を組んでお祈りをはじめた。


 ていうか、ちょっと待って。おばさまっていうことは、この子は!



「おばさま……わたしがおばさまの隠し子だというのは本当のことですか……? おばさまはわたしのおかあさまなのですか……?」

 





 はい?





『え。どういうこと? 私、処女なんだけど』



 思わず突っ込むと、女の子がびくっと大きく肩を震わせた。


 おや、と思っていると女の子は私のほうに振り向いた。


 その顔は幼少期のわたしにそっくりで、驚いた。女の子も私と目が合うと、目を見開いたまま固まってこっちを凝視した。


 え、その反応ってもしかして。



「おばさま……?」



 私を見ながら、女の子が私を呼ぶ。

 やっぱりこの子!



『貴女、私が視えるのね!』



 私を感知できるだなんて!

 嬉しすぎて声を張り上げた。



「は、はい」


『まあまあまあ! 人と話すだなんて本当に久しぶりだわ! 貴女、クランの娘よね? 久しぶりの会話が姪っ子とだなんて嬉しいわ!』



 クランは私を裏切った弟の名前だ。正直、今でもクランのことは許していないけれど、姪っ子に罪はない。



「あ、あの」


『ねぇねぇ、貴女のお名前は? 結婚したことも知らなかったから、私、貴女のこと知らないの』


「ふぃ、フィンともうします」


『可愛い名前ね。知っていると思うけれど、私はアンリーよ。よろしくね』


「よ、よろしくお願いします」



 フィンが戸惑いながらお辞儀してくれた。


 それにしても、幽霊を視ても取り乱さないなんて。この子は肝が据わっているかもしれないわ。



「あの、おばさまにききたいことがあるんですが……」


『なにかしら?』


「しょじょってなんですか?」


『ゴフッ』



 小さな子供から出た言葉に、思わず咽せてしまった。聞こえない、視えないと思って処女を呟いたばかりに、こんな、こんな!


 まあ、後悔しても遅い。脳内で言葉を選んで、説明する。



『うーん……ざっくり言うと、子供が出来るわけがないってことよ』


「しょじょだと、子供ができないんですか?」


『フィンはどうやって、子供が生まれてくるか知っているかしら?』


「おかあさまのお腹からお尻にむかって生まれてきます」


『ううううん! 当たっているけど! お尻じゃなくて正確にはお股だけど! えーと、そうね。つまり、他の家から子供を引き取ることは出来るけど、わたしのお腹から子供が生まれてくるわけがないということよ』


「では、わたしはおばさまの子供ではないのですか?」


『フィンは何歳かしら?』


「八歳、です」


『ここに暦表はないけれど、少なくても私が死んで十年は経っているわ。だからフィンを産むことはできないわ。つまり、私と貴女は正真正銘の伯母と姪よ』



 天井からフィンの許まで下りていき、改めて顔を覗き込んだ。


 ほんとうに、この子は私そっくり。そんな風に思い詰めていたってことは、心のない誰かの言葉を真に受けたのかしら。もしそうだとしたら、ソイツ許さない。呪ってやる。



『いい? フィン。私と貴女はね、お爺様……フィンからしてみれば曾お爺様にそっくりなの』


「ひいおじいさまと?」


『そうよ。肖像画を見たら分かるけど、私たち、本当に曾お爺様に似ているのよ。ただ、私と貴女が曾お爺様とお揃いというだけで、貴女は間違いなくクランの娘よ』


「おそろい、ですか?」


『ええ、お揃い』



 肯定すると、フィンは目を丸くした。私の顔を見て数回瞬きすると、破顔した。



「へへへ……だれかと、おそろいなの初めてです。おばさまとおそろいで、うれしいです」



 !!!!!!!!!


 なに、この子、とっっっっっっても可愛いんですけど!!!!???


 思わず顔を覆って、天を仰いだ。


 私に似ているけど、笑い方が全然違う、この笑い方最高なんですけど!!!



「おばさま? どうかされましたか?」


『な、なんでもないわ』



 いけない、いけない。平常心、平常心。


 呼吸を落ち着かせ……あ、わたし呼吸止まっているんだった。



『と、ところでフィン。貴女、もしかしてここまで一人で来たの?』



 すると笑顔から一転、とても沈んだ表情を浮かべて俯いてしまった。この様子だと、図星かしら。


 けれど、どうして?



『事情大ありのようね……すごく話したくないこと?』


「話したほうがいいのはわかっているのですが……」



 そう言ったあと、フィンの口が固く閉じられてしまった。



『わたしが怒るようなことかしら?』


「……わかりません」


『そう、わかったわ』



 床を通り抜けない程度に空中から降りる。屈んでフィンの顔を覗き込んだ。



『今は言わなくていいわ。けど、言う勇気が出たら、話してくれるかしら?』



 フィンが顔を上げる。驚いた顔をしていたけれど、目が潤んでいた。



(思い出したら泣きそうになってしまうくらい、辛い目に遭っていたのかしら)



 もしそうだとしたら、不甲斐ない過ぎるわよ。馬鹿阿呆不誠実クラン。実の娘をこんなに追い詰めるなんて! ほんと、親子って似るものね!


 クランに対する怒りを無理矢理押し込んで、にっこりとフィンに笑いかける。



『フィン、あなたは家に帰りたくないの?』



「はい」


『それならここに住めばいいわ』



 わたしの言葉に、フィンは目を瞬いてわたしを凝視した。



「え……いいのですか?」


『もちろん! ボロいし、辺りには何もないけど誰も来ないから隠れるのに持ってこいよ。わたしもずっと一人で寂しかったし、あなたがここに住んでくれたら嬉しいんだけど……ああ、でもあなたが困ったときに助けられないわね』



 何も触れることができないから、重い物を運ぶ手伝いもできないし、病気になったときの看病もできない。これは困ったわ。


 するとフィンは、力強く首を横に振った。



「そんなことありません! おばさまがそばにいてくれるだけでも、とても心強いです!」


『そう?』


「はい!」



 そんなに強く肯定されるとは思わなくてびっくりしたけど、その答えが嬉しくて思わず笑ってしまった。



『それじゃ、これからよろしくね。フィン』


「こちらこそ、よろしくおねがいします!」



 こうして、幽霊のわたしと姪っ子の同居生活が始まった。




 それからしばらくして、フィンから事情を聞いた。


 どうやらフィンは、弟に嫌われているらしく冷たくされていたらしい。義妹も弟とは違い、何かと気を遣ってくれたが距離を置かれて、両親の愛情は妹と弟に向けられ、妹と弟からも軽蔑されていたらしい。


 そんな扱いだからか、使用人達もフィンのことを蔑ろにしていたという。実家め絶対に許さん。


 親戚にも同様の扱いをされ、友達もいないフィンは孤独だった。


 そんなある日、実家で茶会を開いたとき、参加していた貴婦人に言われたそうだ。



――あのアンリーに瓜二つ。もしかしてアンリーの娘だから、そんな扱いなのかしらね



 要約すると、そう言われたそうだ。


 自分は両親の本当の子じゃないから、愛されない。そう思い込んだのだという。


 全くの見当違いだけど、フィンはその話を鵜呑みにしたらしい。


 わたしのことを書斎で調べ上げて、この屋敷の存在を知ったのだという。


 どうしても行きたかったけれど、自分に付いてきてくれる侍女も騎士もいない。どうやって行こうと思ったけど、自分を気にしてくれる人なんてこの世にいない、と一人で飛び出して来たらしい。


 王都からここまで距離が大分あるというのに、ここに無事辿り着けるなんてこの子って強運の持ち主かしら、と思ったわ。


 書斎の本とわたしの知識で、なんとかボロの屋敷が人の住める環境になり、食糧は森へ探しに行かなきゃいけないけれど、一人で食べるには十分だった。


 意見を違えることはあったけれど、フィンとの関係は良好でフィンはわたしにとても懐いてくれた。


 育った環境があれだったのに、僻むことなく真っ直ぐで優しい子に育ってくれた。大人しめの性格は相変わらずだったけれど、それでも来た時と比べると大分明るくなった。


 で、フィンが十七歳になった頃、フィンが行き倒れ男性を発見してそのまま看病したらフィンと男性はなんだか良い関係に。


 男性は一旦街に帰ったものの、たびたびうちを訪れるようになった。


 ちなみにその男性、幽霊を視ることはできないけれど感じることができるらしく、わたしの存在を認知している。初めは怖がっていたけれど、わたしが無害だと知ると怖がることはなくなった。


 控えめにいって良い子だったその男性とフィンは恋仲になり、プロポーズをされて街に移り住むことになった。


 わたしも一緒にと誘われたので、お言葉に甘えて一緒に付いていった。一人じゃ寂しいし。


 まあ、周りには視えないけど、新婚さんのところにいつまでもお邪魔するのもどうかと思い、旅費もいらないから世界旅行に行くことにした。生前でも考えられないような贅沢だ。


 フィンも頼りがいのある旦那さんがいることだし、心配することはない。フィンもお土産話よろくね、と賛成してくれた。


 というわけで、今は世界旅行を満喫しているところだ。フィンと暮らしているときは、歯痒い思いをしたけれど、幽霊で旅行するのはトラブルもそれほどなくて案外快適だ。


 生前は幸せとは言い難い人生を送ったけれど、フィンのおかげで死後で幸せになれた。


 フィンは幸せになったから、そろそろ成仏してもいいかなとは思うけど、今は娘といっても過言ではないフィンの子供を見るまでは成仏は絶対にしないと決めている。

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