第7話 いつか蕾は開くかも
十二本の線が頂点に達すると、これまでで最大の花火が同時に開いた。
万華鏡のようにキラキラした綺麗な花弁たち。
これだけでも圧巻だけれど、最後の仕掛けが始まった瞬間、周囲から大歓声が上がった。
花火の星が動き出し、十二神と呼ばれる魔物たち──獅子、虎豹、龍、羅兎など──が点描の立体絵となって一斉に飛び出してきたのだ。
「え。あれ、花火!?」
トキツさんの声も驚きで裏返っている。
私は地元民特有の優越感を抱き、得意げに説明を始めた。
「最初は普通の花火ですが、途中から絵に変わっているんですよ。この花火だけは皇族も力を貸しているので、かなり高位の魔法がかけられているそうです」
『うわー! なんだこれ!?』
周りの喧騒で目覚めたギジーが上空に浮かぶ魔物たちを見て飛び上がった。
『すげぇなぁ! なあトキツ!』
「ああ……想像以上だ」
「それだけじゃないですよ。空を泳ぐんです。たぶんここまで来ると思います」
『うわっ。ほんとだ。やべーぞトキツ、獅子がこっちくる!』
粗い点描の獅子の絵が本物みたいな動きをして空を翔けてくる。遠くからでも見えるのだから近づけば近づくほど迫力が増し、真上を通る頃には近いうえに巨大すぎて上空が白一色となった。バルカタル帝国の魔力の高さと偉大さを象徴する花火に、トキツさんとギジーは終始圧倒されていた。
「……そして、絵の魔物が通った後は小さな火玉が降ってきます」
『ええ!? こ、ここにいて大丈夫なのか?』
「正しくは絵の火玉です。白獅子なので光る雪みたいになると思いますけど」
予想通り白い火玉が空から降ってきた。散り落ちる様が本物の雪のようで、絵だとわかっていながら感動してため息が漏れる。
わっと子どもたちが公園を駆け回り始めた。夜遅くまで起きていられる特別な日に興奮冷めやらぬ様子で、落ちてくる火玉を捕まえようとはしゃいでいる。
それを微笑ましく眺めていると、目の前に火玉がひらひらと降ってきた。
思わず広げた手の平に落ちる。
いつもなら消えてしまう絵、しかし今回はポンッと弾けて小さな枝に変わった。
子どもたちが追いかけている火玉にそんな仕掛けはなさそう。
「あれ、それって例の枝?」
気づいたトキツさんが覗き込む。
「本当だったんだな。珍しいんだろ?」
「……子どもの頃は、毎年探していたんです。幸運がどうのというよりも、
魔力が宿る、とても貴重なアキェルの枝。
私は両手を重ねてじっと見つめ、憧れだった枝を目に焼き付ける。
白桃色の小さな蕾がついていた。本来なら可愛らしい花が咲く。
少し迷ったけれど、トキツさんへ差し出した。
「あげます」
「え!?」
呆気に取られるトキツさんの胸元へ押し付ける。
「今日のお礼、です」
「礼なんて別に……」
「持ってるだけで幸運が訪れ、挿し木して花が咲いたら願いが叶うそうですよ」
「えーと、本当にいいのか? もうもらえないかもしれないんだぞ」
「しつこい」
「わかったよもらう」
トキツさんの手へそっと枝を置く。少し触れてしまった指先を咄嗟に引っ込めた。
『おい嬢ちゃん、おいらには!?』
ギジーが服の裾を引っ張り、期待に満ちた眼差しで私を見上げる。
「そうね、リンゴール買ってあげる。どうせ帰り道に屋台があるでしょうから」
『やったぜーい!!』
大喜びしたギジーはベンチから飛び降りて宙返りし、着地すると小躍りまで始めた。
あまりのはしゃぎように、ふふと笑みがこぼれる。
すると。
「……なんだ。笑うとかわいいじゃん」
え、と反射的に彼を見る。バチッと一瞬だけ目が合った後、同時にギジーを見た。
「ほ、ほら、かわいいだろ、ギジーは」
「ええ、そうね、うん」
今聞いたトキツさんの言葉はギジーに向けたもので。
だからこんなに胸をドキドキさせる必要はない。
私はすっくと立ちあがり公園の出口を目指した。おかげさまで、疲労がたまっていた足は大分楽になった。だからサクサク歩く。
「早く行きましょ。花火終わったから屋台もしまっちゃう」
『やべえ。急がなきゃ! 行くぞトキツ』
ギジーはぴょんとトキツさんの肩へ飛び乗り、「はいはい」とのんびりこたえたトキツさんも立ち上がって歩き出す。
道すがら城へ帰ってからやるべきことを考えていたけれど、アキェルの枝のことが頭から離れなかった。
やっぱりあげたのは早計だったかな。
でもトキツさんがアキェルの花の色に意味があるなんて知らないだろうし。お礼以上の意味なんてまったくないのだし。
「……トキツさんなら、すぐ枯らしそうだし」
ボソッと呟けば、すぐさまトキツさんが「なんだよそれ」と抗議する。
「願いが叶うんだろ。ちゃんと世話するって」
「自分の髭もまともに剃れない人が咲かせられると思えません」
「俺は武器の手入れとギジーの世話はちゃんとやってるぞ」
「今まで植物育てたことありますか?」
「ないけど」
「じゃあ無理ですね」
「賭けるか?」
「結果がわかりきってるのにやる意味あります?」
「うわっ。絶対咲かせてやる!」
固く決意したトキツさんはふんっと拳を握る。
私は隣を歩くトキツさんの胸ポケットに入っているアキェルの枝を一瞥した。
アキェルの白桃は恋の色。どうか彼が、気づきませんように。
侍女と護衛と打上花火 永堀詩歩 @nghrsh
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