エピローグ

「優しい魔法使いのお話は、これでおしまい」


一人の老婆は愛おしそうに

読み聞かせていた本を閉じ、

子供達を見渡して微笑みました。


子供達は各々で感じた事を噛み締めています。


そこで一人の女の子が質問をしてきました。


「娘はいつから魔法使いに恋をしたの?

 優しくしてくれたからだんだん好きになったの?」


老婆は笑い、応えます。


「それはね、半分あたりで、半分はずれだよ。

 

 娘はね、森で初めて彼を一眼見た時、

 恋に堕ちていたんだよ。

 だから微笑んだ。


 そのあと、記憶を失ってしまって、

 そのことを忘れてしまったがね。

 

 けれど、記憶を失っても

 魔法使いの優しさ触れ、結果、また恋に堕ちた。

 

 どうやっても恋に堕ちてしまう相手だったのかも

 しれないねぇ」


少女は目を輝かせて老婆に問いかけ続けます。


「私も、そんな素敵な人にで会える?」


「勿論。もう少し大きくなれば、きっと出会えるさ。

 

 ……おっと、もうこんな時間かい。

 さぁ、もう暗くなる。みんな、お家に帰り」


老婆は村の子供達を家に帰し終え、

椅子に腰掛け、窓から差し込む春の陽光にあたりながら目を閉じました。


–––こうやって、魔法使いあのひとの話ができるのは、

 あとどれくらいだろうか。


 私もそろそろ、眠ってもいいだろうか。


そう思いながら、

左手のアザを優しくさすり、微笑みました。


やがて老婆は、うとうととした安らぎに包まれ、

夢に吸い込まれていきました。






そこは澄み切った空が印象的な森の中でした。

ふと、懐かしい気持ちになる、不思議な森です。



––––あぁ…、この光景は…。


その時、後ろから愛おしい、待ち望んだ声がしました。

振り返ると、そこには優しく微笑む魔法使いの姿が。


「迎えに来たよ。一緒に帰ろう」


薄紫アメジストの瞳を細め、

濡羽ぬれば色の髪をなびかせて、

両手を広げた彼が微笑んでいたのです。


心よりも先に身体が走りだしました。


あと、数メートル、

あと、数十センチ、

あと、数センチ、

あと…。


彼の腕の中にようやく辿り着くと、

強く強く抱きしめました。


––––長かった。苦しかった。会いたかった。


「私ね、頑張ったんだ。あれから、一生懸命」


「うん。ちゃんと見てたよ。一人にさせてごめんね。

 約束、守れなくて、ごめんね」


「…ううん。もう、いいの。

 私こそ、ごめんなさい。

 守られてばかりで、あなたを守れなかった。

 あなたは私の事を最初に出会った時から、

 守ってくれてたのにね」


「そんなことはない。

 君は俺の心をずっと救ってくれていた。

 あの日の君の笑顔に、どれだけ救われたか…

 その後も、君は俺にとって“希望ひかり”そのものだった。


 愛している。

 今も変わらず、愛している。

 ……今度は絶対に、いつまでも一緒にいよう」


「私も愛しているわ。何度もあなたに恋をする程に」


娘は彼の差し出された手を取り、

二人は森の奥の魔法使いの家に駆けていきました。




***





「……母さんは、父さんの元に行けたのかな?」


濡羽ぬれば色の髪の青年は老婆の墓の前で尋ねます。


「父さん、母さんをよろしくね」


その隣の墓碑にも言葉を優しく投げかけます。

そして青年は立ち上がり、

お墓を後にしようとした時でした。


「魔法使いのお兄さん、

 あのね、お母さんの具合を見てほしいの…」


振り向くと、村に住んでいる男の子がいました。


「あぁ、いいよ。お母さんを見てみよう」


魔法使いと呼ばれた青年に男の子は駆け寄ってお礼を言います。


青年は、忌み嫌われているはずの魔法使いであるにも関わらず、男の子がその事を気にしている様子はありません。


そう、世界は変わり始めていたのです。


この世のどこかにはまだ力が制御できず、

孤独に震えている魔法使いがいるかもしれないものの、

制御さえできれば、人と暮らしていけるような世の中に。


それも娘が自分と魔法使いの事を綴った本を世に出し、

魔法使いについて語ったからでした。


二人が紡いだ命の詩ものがたりによって

魔法使いが孤独の中に置き去りにされる世界は

なくなりつつあります。


青年はそんな偉大な両親を血を引いた事を誇りに

今日を生きるのでした。


「また、来るよ」


青年は二人の墓碑に挨拶をし、

背を向け歩き出しました。


その時、青年を見送る影が二つ、

墓碑の所で揺れました。


魔法使いの青年はその気配を背中で感じ取り、

嬉しそうに微笑みました。




–––母さん、父さん、

 あなた達の子に生まれてよかった。

 

 あなた達が作ってくれたこの世界は

 すごく優しい世界になりました。


 今度はあなた達が幸せになる番です。


 いつか、俺もそちらに行く時が来たら

 ……今度こそ3人で暮らしましょう。


 では、……いってきます。





命が芽吹き始める初春。


優しい風と暖かな光の中、愛を心に刻んだ青年は

まばゆさに目を細めながら歩みを進めるのでした。



Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

命の詩 <イノチノウタ> 戀月 唯(rengetsu yu_i) @solus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ