513.――プロローグ――


 カナミと別れたあと、すぐに僕も目覚める。


 正確には、魔法《リプレイス・コネクション》による『次元の狭間』からの脱出だ。

 その際に平行して、僕は主から受け継いだ部屋の魔石化も行っていく。


 普通に考えれば、「部屋を魔石にする」なんて不可能だろう。

 エルトラリュー学院に通っていた頃のライナー・ヘルヴィルシャインは考えたこともない。だが、『世界の主』となったいまの僕ならば、有形無形の万物に魔石たましいは存在すると知っている。


 その世界のルールを元にして、思い出の物質化をする――というイメージをもって、《ディスタンスミュート》と《シフト》を使い、部屋という概念を抜き出し切った。


 『相川渦波の部屋』という名の魔石を『持ち物』に入れたところで、魔法《リプレイス・コネクション》は完了して、とある場所に戻っていく。


 その場所とは、『次元の狭間』のすぐ隣。

 『最深部』と呼ばれているところ――の一角だった。


 あの100層の戦いのあと、みんなで協力して作った空間だ。

 暫定的に『石畳の道・・・・』と呼んでいる場所で、ゆっくりと僕は目を見開いていく。


 水平線まで、青い――青過ぎる海が、広がっていた。

 海だけが存在している。

 他には、島どころか、鳥もいなければ、波一つさえなく、静寂で満たされていた。

 永遠の凪の海で、視界の下半分が埋め尽くされている。


 そして、上半分には永遠に続く空。

 海と同じように雲も太陽もなく、澄み渡り過ぎている空色だった。


 色の変化が全くない不気味な空と海は、どちらも普通ではない。

 その海の水滴に触れれば、その膨大すぎる情報量に侵されて、正気を失ってしまう。

 その空を見つめ続ければ、その深遠すぎる許容量に引き寄せられて、魂が吸われてしまう。


 常人は決して踏み入れてはいけない魔の領域だろう。

 それは『魔法の身体』を持った僕でも、決して例外ではない。


 ――だから、みんなで『石畳の道』を作った。


 振り向くと、灰色の巨大な桟橋のような石畳ものが海に伸びていた。

 こうして、特殊な魔石の石畳を敷くことで、『最深部』の水滴に触れないようにしているのだ。安全に視線を向けられる石畳があるおかげで、澄み渡り過ぎている空から心を守ることもできる。

 石畳の上でしか自由に行動できないが、まだまだ道は敷き詰め途中であり、改良中だ。


 その『石畳の道』の先端部分で、僕は目を覚ました。

 足下を踏み締めて、その出来を再確認する。

 魔石製だが、見た目の材質は無骨で灰色が中心。

 長さは、いま自分が立っているところから、背後の水平線まで。

 横幅のほうは、そこまででもない。目測だと大体百メートルほど。

 大きめの橋のように感じるが、この『最深部』の距離や視覚の概念は曖昧だ。見た目通りにいかないと、常に注意しておくべきだろう。


 そう戒めながら周囲を見回していると、足下から声が聞こえてくる。


「お帰り、ライナー」


 石畳の道の先端には、先客がいた。

 目を覚ましてから、ずっと突っ立っていた僕の隣に、その黒の少女は蹲っていた。


 元『魔石人間ジュエルクルス』ノワールだ。

 帰還の挨拶を投げてくれた彼女が、道のぎりぎりのところで、煌めく海面を見つめていた。


 同じ『魔法の身体』を手に入れた仲間で、地上の頃と同じ姿はしていても、ときおり身体の輪郭が揺らめいている。


「ただいま、ノワール。……そっちは何を見てるんだ?」


 いまや彼女は、『聖人』として歴史に残ることが約束された偉人だ。そのノワールが、いま何を見ているのかが気になって、横から覗き見る。


 視線の先の海面に、いましがた別れた主カナミの姿が映っていた。

 全ての魂と繋がっている『最深部』の性質を利用すれば、こうして《ディメンション》に近い真似が可能だ。


 そして、カナミの周りには、かつての仲間たちが揃っていた。

 とても楽しそうに、『みんな一緒』に連合国のお祭りを回っている。

 どうやら、しっかりと迷宮一層を抜け出してくれたようだ。

 僕は一安心しつつ、眺め続ける。


 たくさんの出店が並ぶ街を歩き回っては、買い食いをしていく。

 ただ、有名人ゆえに、騒ぎになることもあるようだ。なので、みんなで獣のお面の購入して、変装を始める。そのとき、カナミは『持ち物』と金に任せて大人買いをしていたので、仲間たちから呆れられていた。


 本当に楽しそうだ。

 その様子を一緒に見ているノワールに、僕は聞く。


「カナミたちを、見守ってくれてたのか?」

「英雄様は、別に。見守ってたのは、ラスティアラ様。私の身体なんだからさ、あれ」


 見ているのはカナミじゃないと断った上で、ノワールは頷いた。

 その視線の先では、ラスティアラが誰よりも楽しんで、心から笑っていた。


 自分の身体を譲った相手が、いま、とても幸せそうに生きている。

 その事実をノワールはニコニコ顔で噛み締めては、どこか誇らしげに「ふふん」と鼻も鳴らした。


 やはり、彼女もなかなかの人助けの才能がある。

 しかも、カナミと違って、「みんなの感謝や賞賛が気持ちいいから」という非常に健全な方向性だ。


 腐れ縁になりそうな相方の性質を確かめながら、僕は頷き返していく。


「ラスティアラも、ちゃんと幸せそうだな……。よかった」

「うん、よかったよかったって感じ。……癪だけど、ラスティアラ様の幸せは、やはり英雄様がいてこそだったね」


 ここまで色々あったが、いまはノワールと軽く雑談できる間柄となれている。


 だから、レベル1になった二人の安全を、彼女に任せられた。

 カナミ嫌いなノワールだが、家族同然となったラスティアラの笑顔を損なうような真似はしないだろう。


 僕は視線をカナミたちから逸らして、自分の仕事に集中する。

 いましがた手に入れた『相川渦波の部屋』を取り出して、いま僕が立っている道の先端部分に持っていった。

 新たな道を繋げる為には、全身全霊で集中する必要がある。

 だが、その僕を邪魔するかのように、暢気な叫び声が背後から響く。


「――あっ、あぁっ! もう戻ってきてる、ボクのライナーが!」


 元『世界の主』であるノイ・エル・リーベルールの声だった。

 後ろを振り向くと、ノイがいた。

 100層で負けたときと同じく、大人の騎士ラグネの姿を借りていて、立って・・・歩いている。


 つまり、カナミと同じく、彼女も助けることができたのだ。

 『彼女の世界』と人生を、僕たちはみんなで救い切った。

 だから、いまノイは『みんな一緒』という支えを得て、自分一人で立つことができるようになっているのだが……。


 あの100層の戦いが終わったあと、彼女は僕をこう呼び始めた。


「お帰り! ボクの『たった一人・・・・・の運命の人・・・・・』!」

「…………。そう言うのは勝手だが……。それなら、その姿はもう止めて、本当の自分に戻れよ。色々と面倒だろ」

「え……。そ、それは、まだ恥ずかしいかな……。いまさら姿を変えて、ライナーの中のボクのイメージが崩れるのも嫌だし」

「はぁ……。前向きなんだか、後ろ向きなんだか」


 溜息をつきながら、どうしてこうなったのかと僕は嘆く。


 先ほどカナミには少し話したが、100層のハッピーエンドは綺麗に終わることなく、無駄に長引いた。

 そして、僕だけ・・・面倒臭いことになった結果が、これだ。


「ボクは前向きだよ! だって、もう全然不安がない! やっとボクにも『白馬の王子様』が現れてくれた! ああっ、だから後はカナミ君と同じ道を歩くだけでいい! 先駆者がいて、その通りに生きるのって、すっごく安心!」


 ついにノイは安心を得た。


 本当の『未練』も見つかり、しっかりと果たして――しかし、ぎりぎりのところで、踏み留まっているのは、あの「乙女の味方」を自称する最悪な野次馬たちのせいだ。


 周囲の助言によって彼女は消滅を免れて、他の『理を盗むもの』のような最期を望み出した。

 しかも、「できれば、カナミ君やラスティアラのようなロマンチックでドラマチックで、最高なハッピーエンドがいい!」とまで注文を付けて、その相手となる『たった一人の運命の人』に僕を選んだのだ。


 当然ながら、僕は全力で拒否した。

 しかし、使徒レガシィの口車によって、みんながノイの味方に回ってしまい――


 あの本当に面倒臭かった結末の頁を思い出しながら、再度僕は溜息をつく。


「はあ……。それより、道を繋げるから、ちょっとどいてくれ。邪魔だけはするなよ、ノイ」

「するわけないよ。むしろ危なくなったら、前任者として全力で助けてあげるから、安心して」

「……それは助かる」


 色々と不満はあるが、彼女が味方で頼もしいのも事実だった。


 その豊富な知識と経験で、これからの僕の役目を誰よりも手助けしてくれるだろう。

 それは僕の考える「みんなで『世界の主』をやっていく」という方針に合致し過ぎていて、追い出し難いことこの上ない。


 と色々と諦め気味に、僕は魔法を使う。


「お願いします、先生。――魔法《ソウル・ロードクラフト》」


 師である姉弟の本当の『魔法』を利用させて貰いつつ、僕は新魔法を発動させる。


 その効果は、思い出の魔石・・・・・・を利用した道作り。

 実際に必要なのは、周囲の水を安全に管理する為の足場作りなのだが、あえて道作りをイメージしている。


 自分一人だけが『最深部』の先に行ける魔法では駄目だからだ。


 仲間のみんなも、通りやすくなるように。

 いつか僕と『世界の主』を交代する誰かが、ときには戻りやすいように。


 何より、ここまで道を繋げてくれた先人たちに敬意をもって、道作りとした。


 そして、『持ち物』にある『相川渦波の部屋』の魔石を、道の先に繋げる。

 たった一つで、かなりの広さだった。目視だと、大体五平方メートルくらいだ。特殊な模様の入った敷き石によって、周囲の危険な水を押し退けるように『石畳の道』は少し伸びた。


 その魔石の濃さと広さに、すぐに隣のノイが反応する。


「あれ? この魔石、もしかして……」

「幼少期のカナミの部屋に繋がっている魔石だ。見たいなら、ここを通って好きに行ってきていい。いまのところ、みんなの休憩部屋として考えてるから」

「そっか。カナミ君も、ちゃんと部屋から出られたんだね。ボクと同じように……」


 ノイは僅かな情報で、全ての状況を理解する。

 その優秀な彼女が背中にいることに安心して、僕は魔法《ソウル・ロードクラフト》を終わらせた。


「そして、カナミが生きた歴史と紡いだ物語のおかげで、また少し――」

「また石が一つ積み重なって、少し伸びたね。いやあ、足場があるっていい……。ほんとライナーは賢いっ」


 『石畳の道』が、また少し『最深部』の奥へと進んだ。


 単純に足場が増えただけでなく、これは一種の結界だ。なので、『最深部』に干渉できる範囲が広がって、ここから助けられる魂の数が格段に増えたということでもあった。

 さらに今回は、ちょっとした避難先まで確保できた。

 その良いこと尽くしの道作り作業を、ノイは全力で讃えてくれる。


 だが、僕としては特別なことをしている気持ちはない。

 フーズヤーズの見習い騎士時代でも公共事業に護衛として駆り出されて、これに似たようなことはしていた。


「賢いというか……、これが普通だろ。こうやって、『正道・・』を伸ばして進むのが、迷宮攻略の基本だ」

「えっ……? これって、あの迷宮の30層くらいで止まってる『正道やつ』なの? それならさ、70層くらいあいだが飛んでない?」

「別に間が飛んでても、『正道』は『正道』だ。正しい道という意味でもな」

「確かに……、『石畳の道これ』は、あの『正道』の延長に近いのかな……。へぇー……」


 なんとなく口にした『正道』だが、僕の中でとてもしっくりときた。

 ただ、その発想はノイの頭に全くなかったようで、道の後ろを振り返る。


 来た道を戻れば、すぐに例の100層まで繋がっている。

 そのさらに上へ戻るのも、いまならば容易だ。0層である地上まで、しっかりと繋がって続いていることを確認してから、彼女は神妙に納得しつつ聞く。


「つまり……、ライナーにとって、『最深部』の先って実質101層以降くらいの気持ちってこと?」

「ああ、さほど迷宮のときと変わらない気持ちだ。僕は最初から『最深部』で終わりって思ってなかったというのもあるけど」

「ここも、迷宮の延長か……。いいね。そう思うと、もっと安心できる気がする」


 みんなの力を借りて、道作りはかなり進んだ。

 大体、もう120層くらいは越えている感覚だ。

 だからこそ、この危険な深層を道なしで進もうとしていた前任者に、僕は聞く。


「というか、そもそもだ。なんで、あんたらはこんな危ないところに脚を突っ込んで歩こうとしたんだ? 絶対、正気じゃないだろ」

「ボ、ボクは違うよ!? たった一歩で心が折れて、考えるのをめたんだから! ここを普通に歩けたのは、カナミ君と……、ティアラ・フーズヤーズ。あの人は凄かったよ。本当の化け物だった」


 正気じゃないという感想を呟くと、正気じゃなさそうな二人の名前が出てきた。

 どちらも、僕に大切なことを教えてくれた恩人だ。


「そういえば……、ティアラさんが初見で、かなりの距離を単独ひとりで歩いたんだっけ? あの人が普通に歩けたせいで、『最深部』を歩いて進むものとカナミが勘違いしたなら……。やっぱり、大体の原因は、あの人か。ティアラさんとカナミの妹さんが生まれながらに強すぎて、色々と話がややこしくなった」


 僕は人生最大の敵として、あの二人を思い浮かべた。


 実際、魔石を揃えたカナミを相手にしたときより、妹さんとの戦いのほうが絶望感があった。


 そのトラウマは、近くで地上を眺めていたノワールも同じのようだ。

 急に身体を震えさせて立ち上がり、周囲をきょろきょろと見回し出す。


「――――っ!? ティ、ティティティティアラァ!? いま、ティアラって名前出ましたぁ!?」


 そして、ノイも。

 同じく全身を震えさせながら、ノワールと手を取り合っていく。


「だ、大丈夫だよ、ノワール! ティ、ティティティアラは、なんか『邪道』だったなーって話をしただけ! あとボクたちは平和に行こうねって話も決まった!」

「じゃ、『邪道』! 確かに、あの人は『邪神』か何かでした……!!」

「だ、だよねっ! ボクじゃなくて、あっちだよね!? だから、も、もしまた出てきたら、一緒に、に、ににに逃げようね? ボクを置いていかないでね?」

「ま、ままま、まあああっ! 本当の『聖人』となった私なら、いまさらティアラ様くらい余裕で、ちょちょいのちょいなんですけどねえぇ!? しかし、ノイ様がそこまで仰るのならば、そのときは一緒に逃げましょうかああ!」


 虚勢で恐怖を振り払おうとしているので、かなりテンションがおかしくなっている二人だった。


 意外にも、このティアラ恐怖症患者たちは仲がいい。

 ただ、こうなった二人は面倒なので放置して、僕は一人で真面目に思案する。


「『邪神』、か」


 冗談でも誇張表現でもないだろう。

 もしティアラさんに妹さんという人生目標がなかったら、近い存在になっていた可能性は高い。


 この『最深部』の海面を進み続ければ、いつか彼女のようなイレギュラーと出会うかもしれない。

 そのもしものときに、ティアラさんが仲間にいないのは少し心細かった。


「……いや、駄目か。いつまでも弟子気分じゃ、笑われる」


 すぐ首を振る。


 僕は託され、頼まれたのだ。

 ならば、相手が『邪神』だろうと誰だろうと、必ず乗り越えてみせる。

 もちろん、それは一人だけでやることじゃない。みんなの力を借りることは必須だろう。


 たとえ、それが最低最悪で大嫌いなやつだろうと、少しずつ味方を増やしていくことが大切だから――


「――ということでだ、パリンクロン。まだ僕たちの新たな仲間は見つからないのか?」


 その代表的な魂に、僕は頼んでいた仕事の確認をした。

 それに答えるのは、少し離れたところで大量の紙束が乗った業務用机に座っている男パリンクロン・レガシィ。


 生前と同じ姿だが、その身体の輪郭は僕たちのように曖昧。

 彼もまた『魔法の身体』となっている――けれど、術者あるじは僕だ。

 魔法《ノワール》と違って、支配権がしっかりとこっちにある。


 つまり、しぶとく『最深部』にしがみついていた魂に『契約』を持ちかけて、魔法で一時的な身体を与えている状態だ。

 魔法《キリストライナー》の一部に組み込まれた魔法《パリンクロン》は、主の質問に答える。


「いや、待て待て……。主なら、ちゃんと見ろよっ。いま俺は手一杯なんだっての! ってか、さっきのカナミの兄さんの子供部屋ってなんだ!? 俺も滅茶苦茶見たいんだがぁ!?」


 パリンクロンは仕事が残っている机に向かったまま、手に持った羽根ペンの先を僕に向けた。


 『契約』として、机の書類整理が終わらない限り、逃げられない術式となっている。

 あと当たり前だが、その書類たちは『最深部』特有の幻視イメージであり、実際は魔法で複雑な仕事をしている。


 例えば、それは魂の循環作業。その名簿作り。

 『魔の毒』の調整の為に、各地のモンスター発生状況の把握。さらには、生態・環境保全の為の環境操作。災害や疫病の発生の感知もしている。過度な人災に対しては、この『最深部』から干渉する――などなど、ずっとノイが一人でやってきたことの一部を、パリンクロンには代行させていた。


「マ、マジで人手が足りねえな、これ……。予定と違って、セルドラもいねえし。あの野郎、俺に「永遠に人類の手助けを続ける。それが俺の贖罪だ」とか言っときながら、あっさり逝きやがって……」


 珍しい表情のパリンクロンだった。

 怒りと笑いを混ぜ合わせて、いなくなった『理を盗むもの』たちに文句を言っている。


「セルドラさんか。直前までは、半分くらいの『理を盗むもの』が、やる気だったけど……」

「全員、この『青い空』を見て、逝きやがった。一人くらいは、どうにか粘って欲しかったぜ」


 愚痴りながら、パリンクロンは椅子に座ったまま、天を仰いだ。


 その先に広がるのは、青々とした『最深部』の空。

 僕たち現代人にとっては、雲のない珍しい快晴だ。しかし、千年前の暗雲時代を生きた『理を盗むもの』にとっては、違った意味があったようだ。


 ここまでの戦いの積み重ねも含めて、達成感が極まりに極まってしまい、次々と限界を迎えていってしまった。


「仕方ないだろ、パリンクロン。あの人たちが100層に現れたのは、本当に奇跡で、一時的なものだったんだ。……『理を盗むもの』たちは、本当に頑張ってくれた。そのおかげで、『青い空』まで僕たちは辿り着けた。この先は、現在いまを生きる僕たちの役目だ」


 あの人たちがいないのは少し寂しいが、いつまでも俯いてはいられない。

 ただ、その僕の言い分と表情に、パリンクロンは文句を付け続ける。


「いい話っぽく纏めてるが……。現実的に、『理を盗むものあいつら』がいない分、がっつりと俺に仕事が回ってきてんだが?」

「そうだな。だが、いいことだろ? おまえのような大罪人の魂は、すり切れるまで地獄を見るのが当たり前だ」

「言ってくれるぜ、後輩騎士が……。だが、まあ正論だ。正論だからこそ、セルドラには地獄の果てまで付き合って欲しかったんだがなあ」


 パリンクロンは愚痴を繰り返しながら、次は机に突っ伏した。


 僕は『世界の主』として、こいつの魂がすり切れるまで、地獄明かりヘルヴィルシャインの手伝いをさせるつもりだ。


 その無限の人助けという罰を、ぬるいと言う人は多いだろう。

 人助けが贖罪になるというのも安直な話だ。


 しかし、僕以上に温い英雄ひとが、パリンクロンの採用を推薦したのだ。

 その『最強』の迷宮探索者だった男は、優しい声を出す。


「パリンクロン、あの『悪竜』の分は僕が手伝うよ。だから、もう少しの間、我慢して欲しい」


 グレン・ウォーカーが、すぐ近くで大きめの椅子に座っていた。


 ただ、その姿は最後に見た絶望的な状態ではない。

 『魔人化』で身体が変質しているのは、二カ所のみ。

 まず右腕の皮膚が角張って、手首に針があった。これはいつものビーの特徴だ。だが、その背中には翅ではなく、立派な黒い『竜の翼』が生えていた。


 グレンさんも『最深部』にしがみついていた魂の一つで、僕から『魔法の身体』を与えられている。

 ただ、そのただでさえ不安定な身体に、彼は『神殺し』と『不死殺し』という強大な力を同時に乗せようとしていた。


 その新しい身体を調整中の同僚に向かって、パリンクロンは首を振る。


「グレン……。言っとくが、おまえじゃあセルドラの代わりにはなれない。なれるわけない」

「いや、なれるよ。だって、いま僕の中に『悪竜・・たち・・はいる。……やっぱり、あの戦いで食らったのは、僕のほうだったんだ」


 そう勝ち誇って、笑い、グレンさんは自分の腹部を撫でた。

 一族の絆を感じながら、誓っていく。


「だから、あのセルドラたちの分まで働く責務が、僕にはある。地獄の果てだろうと、永遠の果てだろうと。いつまでも、どこまでも。僕はみんなに付き合うよ」

「そう言われてもな。……おまえはいいやつだから、無理を言いづれえ。俺が欲しかったのは、俺より罪深くて立場が低くて、命令しやすいやつなんだよ」

「僕もあいつと同じだから、気にしなくていいよ。いくらでも無理を言って貰って構わない」

「同じなわけないだろ。おまえらは本当に『親和』の条件が大雑把過ぎて、呆れるぜ。俺とティーダはともかく、おまえとセルドラは全然違うからな? ……おい、ちゃんと聞いてんのか? グレン」

「ははっ、ごめん。なんだかさ……、いまの元気なパリンクロンを見てると、子供の頃に戻った気がして……。あの面子だと、頭がいいのって君だけだったからね。また昔みたいに細かいフォローは頼むよ」

「はあ、昔の面子ねえ……。確かに、馴染みが多いな、『最深部ここ』」


 二人は話しつつ、もう一人いる子供の頃の面子に向かって、目を向けた。


 そこにも大きめの椅子が、二つ。

 向かい合って座っているのは、金の髪の美男子と銀の髪の美少女。

 ハイン・ヘルヴィルシャインとハイリ・ワイスプローペ。


 二人が手を取り合って、互いの魔力を通わせていた。

 あの『世界奉還陣』のときから、ずっと僕を見守ってくれていた二人も、いまは『魔法の身体』となっている。

 その二人が僕たちの視線に気づいて、輪郭のゆらめく顔をこちらに向けた。


「すみません、パリンクロン。私は彼女と二人で、まだまだ摺り合わせする必要がありまして……」


 そう言って、すぐに視線を戻す。

 額に汗を垂らすハイリさんが苦しげな笑みを浮かべて、その兄様に答える。


「混ざった魂を分離できても、まだまだ課題は残っていますからね……。色々と整理が追いつきません」

「私は自分が二人に増えたような奇妙な感覚、それのみなのですが……。ハイリ、大丈夫ですか?」

「こちらは元々の自分の記憶に、騎士ハインとして生きた記憶が重なって……。そこに、あのアイカワ兄妹の記憶も混在して……。すみません。まだまだ時間がかかりそうです」


 いま、ここで最も不安定なのはハイリさんだった

 誰よりも魂の結合と分離を繰り返したからだ。


 その彼女を見るハイン兄様は、思案した上で慎重に言葉を紡いでいく。


「…………。はっきり言って、あなたまで弟の旅に付いてくる責任はありません。『理を盗むもの』たちのように、新たな生とささやかな幸せを得る選択肢もあります。ノスフィー様のように、循環先を選ぶ権利だって――」

「ハイン。私たちは同じ魔法であり、ほぼ一心同体。分かっているでしょう? この世のため人のための旅、どうか私も連れて行ってください。お願いします」

「……私と同じで、変に強情なのでしょうね。ただ苦しくなったら、すぐに言ってください。微力ながら、この騎士ハインの力をお貸ししますので」

「ふふっ。ええ、遠慮なく。元自分相手に遠慮なんてありません」


 二人とも微笑を浮かべて、納得し合っていく。

 さらに集中し直し、魔力と魂の調整をし続けては、互いの額の汗を増やしていく。


 この複雑な魂の事情がある二人だけは、まだ『魔法の身体』は未完成と言ったほうがいいだろう。

 けれど、全く心配はしていない。

 この二人が協力し合えば、本来より強力で特殊な『魔法』に必ず届く。


 そう信じている僕は、それ以上の心配はせず、口を挟まない。

 それは親友であるパリンクロンも同じようだったが――


「ハイン、ハイリ。早く終わらせて、俺の仕事に手を貸してくれ。……ちょっとくらい未完成でも、おまえらなら大丈夫だろ。そういうのは適当でいいんだ、適当で。ちなみに、もう俺はおまえらの存在ことに関しては、もう本当に適当で考えてる」


 それが親友同士の掛け合いで、パリンクロンなりの激励と分かっていても、僕は我慢し切れない。

 そもそも、二人の魂がぐちゃぐちゃに混ざった元凶はおまえだ。


「パリンクロン……!! 兄様とハイリさんが適当でいいわけないだろ。というか、さっきから文句ばっか言うな、下っ端が。仕事を、さらに増やすぞ」

「了解了解、我が主。しかし、後輩が……しかも親友の弟が上司になってんのってやり難いこと、この上ないな。あと贔屓というか、私情が挟まれ過ぎだ。この職場」


 まず反省しろと睨みつける僕に、すぐパリンクロンは降参した。

 そして、その僕たちの状況を笑う声が響く。


「あははー。パリンクロンさーん、文句言っちゃ駄目っすよー」


 兄様とハイリさんは、僕とパリンクロンの言い合いを苦笑して見守ってくれている。

 なので、その笑い声を上げたのは、さらにその奥。

 この『最深部』に辿り着いた最後の仲間が、自分の元上司をおちょくっていく。


「いまやライナーこそが、私たちの主なんっすから! 一番下っ端の騎士は、黙って働くべしっす!」


 ラスティアラの騎士、ラグネ・カイクヲラだった。

 騎士総長の服を着込んだ彼女も、パリンクロンと同じ。

 新たな『世界の主』である僕と、特殊な条件で『契約』した口だ。


 ――つまり、いま僕は、魔法《キリストライナー》を使って、旅の仲間を五人増やしている状態だ。


「おい、ラグネ。待て待て待て。もしかして、この職場だと俺が一番下なのか? おまえじゃなく?」

「下剋上っすね! このしん天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の序列は、下からパリンクロンさん、私、グレンさん。それから、ハインさんとハイリさんって感じっす」


 なぜか、ここに揃ったメンバーを真『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』と、ラグネさんは呼んでいる。


 確かに、『世界の主』の僕以外に七人いて、その趣旨に沿っていなくもないが……。

 どこか、こそばゆい気持ちになる話だった。


 あと、もし序列があれば、間違いなくパリンクロンが一番下だ。当たり前だろうが。


「あの主の目……、まじで俺が一番下っぽいな。しかし、そもそもあれは七人で仕事を分け合えば、なんとかなるって話だろう? なんで、いま苦しんでるのが俺一人だけなんだ?」

「だって、パリンクロンさん、ほぼ一人で何でもできちゃうっすからね。いまだって、ぐちぐち言いながら、結構余裕あるっぽいし」

「お、おまえっ、余計なこと言うなよ! そこの俺に対してゴミを見るような目をしてる身内贔屓野郎に、また仕事を増やされるだろ!? 育ててやった恩を忘れたか!?」

「もちろん、覚えてるっすよ。だから、こうして付き合って、ここにいるっす」


 そう言って、ラグネさんは作業机の逆側に、自分用の椅子を持っていき、座った。

 そして、元師弟の二人で仲良く、『世界の主』としての仕事をこなし始めていく。


 その様子を見張るのは、主である僕――と、元『世界の主』であるノイ。

 少し離れたところで彼女は厳しい目を向けて、小声で忠告してくれる。


「あの二人、危険だと思うよ。ティアラやヒタキほどじゃないけど、似た匂いがする。拾いやすくて『契約』しやすい魂だったのは分かるけど、代わりが見つかれば、すぐにでも……」


 単純な『素質』の話を言っているのではないだろう。

 『数値に表れない数値』において、あの二人は妹さんたち側なのだ。

 その上で、裏切った前科があるのだから、ノイが処分を推奨する理由も分かる。


 だけど、僕は二人に負けない主だと自負して、首を振り返す。


「言ったろ、ノイ。安心していい。もしものときは僕が、あの二人に勝つ。たとえおまえが危なくなっても、必ず助けてみせる」


 もちろん、その自信は、自分一人だけのものじゃない。

 ここには僕だけじゃなくて、ハイン兄様たちがいてくれる。

 二人が道を外しそうになれば、きっとみんなで正すことが出来る。


「もしかしたら、あの二人のほうが、僕よりもたくさんの人を救えるかもしれないんだ……。そのもっといい未来の可能性を、僕は捨てたくない」


 正直、パリンクロンは嫌いだ。

 一度カナミを殺したラグネさんにも、いい感情はない。


 けれど、頭の片隅に残っているのだ。

 あの先輩騎士二人に、色々とお世話になった記憶が。


 そのときの二人の表情を思い出すと、僕は信じたくなる。

 もし生まれ持った運命に翻弄されなければ、本来の二人は、もしかしたら……と。


 少なくとも僕が一番信頼するスキル『悪感』は、いま、あの二人に何も反応していない。


「うーん。そうかなあ。いや、でもぉ……」

「気長に考えよう、ノイ。これから先、きっと色々なものが変わっていくんだ。僕たちの世界が成長したように」


 その気長の単位は、何万年くらいだろうか。

 もっともっと大きな単位かもしれない。

 しかし、いつかきっと、必ず変わる。

 その証明である世界かのじょを話に出すと、ノイは表情を和らげた。


 安心した顔で、周囲を見回し始める。


 気の合うノワールに、『魔人』を超えようとしているグレンさん。

 ハイン兄様とハイリさんに、やっと対等な友人となった世界かのじょ

 そのみんなの存在を確認して、ノイは頷いた。


「……そうだね。うん、そうだった……。もうボクは、『最深部ここ』に一人じゃない……。それだけで、なんだか……。なんだかさ……」


 そして、呟きながら、ゆっくりと歩く。

 僕の隣を超えていき、ふらふらと自分のプライベートスペースに戻っていく。

 ずっと『最深部』で使っていたノイ愛用のベッドへと。


「あんなに恨んだ全てのものが、変わった気がする……。明るいよ・・・・。あんなに怖かった『最深部』が、ライナーと一緒にいるだけで、とっても明るいんだ……。あの呪詛の声だって、もう……」


 疲れたのだろう。


 ついこの間まで立つことすら出来なかったノイが、今日は本当に頑張った。

 『石畳の道』の作成は、正直ノイの活躍がほとんどと言っていい。

 その彼女がベッドに、いそいそと入って、シーツを被っていく。


「まだちょっと聞こえるけど……。でも、呪詛だけじゃないって分かったんだ……。だから、眠れる気がする……。やっと安心して……、眠れるんだ……。気持ちのいい……、朝を、期待して……――」


 あとのことを僕に任して、ノイは安心して、目を閉じた。

 すぐに穏やかな寝息が聞こえ出す。


「んぅ……」


 すやすやと眠るノイを見届けた。


「……あぁ」


 その姿を見て、僕も一休みすべきかと思った。

 みんなの協力があったとはいえ、数十年分ほどの『世界』の調整を急遽行って、僕も少し疲れているはずだ。


 なので、また石畳の道の端で地上を見ているノワールに近づき直した。

 歩き疲れた足を少し休めるように、彼女の隣に座りこむ。


「ノワール、また隣で見ていいか? 次の旅へ向かう前に、しっかりと……。目に焼き付けておきたいんだ」

「好きにすればいいよ。ここの主は、ライナーなんだから」


 そう答える間もノワールは、ずっと海面を見つめている。


 視線の先は、自分の身体を託したラスティアラを捉え続けていた。だが、時折大好きなルージュも混ざっているのを僕は見逃さない。


 僕は笑って頷いてから、同じ海面を見つめていく。


 ただ、先ほどのお祭りの続きを視ることはない。

 この『最深部』は、地上と時間の流れが全く違うからだ。


 だからこそ、目を凝らせば、お祭りを一日中騒ぎ切ったあとのカナミの姿も視ることができた。さらなる未来だって、この海面では眺められるから――


 ――あのエピローグのあとの光景を、少しだけ視ていく。


 あの『聖誕祭』を限界まで、カナミとラスティアラは楽しんだ。

 その後、二人は一旦仲間たちと別れて、フーズヤーズの大聖堂に向かうことになる。

 道中、働く『魔石人間ジュエルクルス』たちと楽しく交流しつつ、最下層で待っていた三人と再会していた。

 『元老院』として残っていたのは使徒シス、使徒ディプラクラ、フェーデルトだけだった。

 これからのことについて、三人と話し合っていって……そのまま一日終わるかと思いきや、帰り際に『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』ホープスと鉢合わせする。

 あのおじさん特有のノリで、呑みに誘われて、そして――


 ――次は、ヴァルトの酒場の光景。


 海面に次々と映る光景を、僕は眺め続けていく。


 唐突な元アルバイトの来店に、店長と看板娘リィンは大層喜んでいた。

 丁度、先輩探索者のクロウという戦士もいて、常連たちによる大歓待が始まっていく。

 宴で酒は進みに進み、すぐカナミとラスティアラは酔い潰れてしまった。

 翌朝、二日酔いに悩まされる二人が、酒場のみんなに見送られて、次の場所へ向かっていく――


 ――次は、ラウラヴィアのギルド『エピックシーカー』本拠地の光景。


 100層まで挑戦してくれたギルドメンバーたちに、二人は感謝して回っていた。

 さらにサブマスターである闘士レイル、戦士ヴォルザーク、魔法使いテイリの三人に、しっかりとパリンクロンとグレンさんの最期を伝える。

 そのあとは騒がしい少女剣士セリに絡まれたり、馴染みの鍛治師アリバーズに低レベル用の装備を頼んだりして……。最後は、ここでギルドマスター扱いとなっているスノウとマリアによって、強制的に連れ去られてしまって――


 ――次は、マリアの家の光景だ。一応、元カナミの家でもある。


 あの丘の上にある高級一軒家には、いつもの仲間であるディアとリーパーとスノウが揃っていた。

 そして、僕の尊敬する先輩騎士セラ・レイディアントさんも。

 ラスティアラに「ずっとお嬢様の騎士です」と伝えてから、その流れで「もうカナミの騎士は終わりだ」と笑ってもいた。

 それから少し時間は飛んで、遠い別の日が海面に映っていく――


 ――次は、連合国の象徴である迷宮の中の光景。


 カナミとラスティアラはレベル1の現状を楽しもうと、みんなには内緒で馴染みの場所に向かっていた。

 探索とレベル上げの途中で二人は、若き後輩探索者アル・クインタスとエミリーの二人と再会する。

 パーティーを組むことになってアルは大喜びだったが、一度ラスティアラを刺したことのあるエミリーのほうは青ざめている。

 なので、ラスティアラは彼女に纏わり付いて、好感度稼ぎを頑張るのだが……。順当に嫌われていた。

 そして、さらに海面を眺め続けていくと――


 ――『舞闘大会』に参加するカナミの姿が、海面に映った。


 そこそこレベルを上げたカナミは、フウラ川に浮かぶ巨大劇場船の上で、トーナメントを勝ち上がっていく。

 ただ、また準決勝でエルミラード・シッダルクと当たってしまい、今度は負けてしまう。

 そのあと、そのエルミラードをなぜかフラン姉様が打ち破って、優勝していた。

 カナミとエルミラードが反省会を開いているのを、ノワールと一緒に笑っていると、また時間は少し飛ぶ――


 ――今度は、カナミたちが本土に旅行する光景だった。


 旅の馬車に、ルージュとシアが同席をしている。

 どうやら、『南北連合』関連で、カナミは賓客として招かれたようだ。

 その本土では、スノウの仕事関係で地方の遺跡を調査する機会なんてものもあったようで――


 ――とある遺跡で、とても楽しそうに『冒険』している光景も、海面には映った。

 ――ときには、野良の大型モンスターを討伐する光景も。

 ――その報酬のお金を使って、本土に新しい家を買う光景も。

 ――そこで、なぜかカナミがレストランを開こうとする光景も。


 様々な愉快な光景が映るのを、僕たちは眺め続けていく。

 そして、ついにカナミがリーパーの協力の上で、あの大魔法《リプレイス・コネクション》を成功させる光景まで視えて――


 ――カナミがラスティアラと一緒に、『異世界』へ里帰りする光景も視る。


 あの『相川渦波の部屋』に似た部屋で、カナミとラスティアラは例のゲーム機に触れて、夢中になって遊んでいた。

 寝る間も惜しんで、二人で遊んで遊んで遊んで、遊び続けている。


 その本当に遊び続けるだけの光景に、僕とノワールは苦笑いして、ぼそりと呟く。


「……ああ、遊んでるなぁ」

「うん。とにかく、遊びまくってるね」


 その二人の様子を見守り続けると、また時間は飛ぶ。

 慌てた二人が《リプレイス・コネクション》を通って、連合国に戻っていくところだった。

 そして、また始まっていくのだ――


 ――次の年の・・・・聖誕祭・・・、カナミとラスティアラは参加していた。


 当然、その周りには、また仲間たち。

 今回はディアたちだけでなく、ちょっとした知り合いたちも全員集まって、さらなる『みんな一緒』で楽しんでいた。

 その眩しすぎる光景を眺め続けていると、とうとう吐息が漏れる。


「……はあ。毎年『聖誕祭』には、みんなで集まるのか」

「来年も、そのまた来年も。お祭りには必ずみんなで参加して、遊ぶみたいだね」

「…………。なら、もういいな。それなら、いいんだ」


 ここで、僕は視るのを打ち切った。

 視線を海面から上げて、立ち上がる。


 さらに両手をあげて、全身を伸ばしながら、深く息を吐き出していく。


 海面を見ていた時間は、どれくらいだろうか。

 何日も経っているような気がするけれど、ほんの一瞬だったような気もする。


 ふと視線を、何もない宙に向けた。

 これから一緒に旅する最後の味方に、視線・・を合わせて、意思疎通を行う。


 世界かのじょもカナミたちの楽しむ姿を見て、色々と納得できたようだ。

 僕と頷き合って、もう何の憂いもないと、さらに視線を動かし合って、空へ。


 どこまでも続く青色を眺める。

 すると、隣で座っているノワールが、『その先』で待つものを話す。


「この『最深部の先』には……、たくさんの困難と危険が待ってるんだろうね。と言っても、私たちにとっては、ここまでの迷宮とそう大差ないんだけど」

「ああ、大差ない。もしかしたら、全く別の『異世界』迷宮に続く階段が、ぽつんとあるかもな。あの第二迷宮と、こっそり繋がっていたように」

「だね。……たぶん、さっきの英雄様の世界は、すぐ近くにあるのかな? 他にも、たくさんの『異世界』と繋がっている可能性が高いと思うよ。だから――」


 ノワールは見上げて、僕の顔を見て笑った。

 その笑みに釣られて、僕も笑ってしまう。


「あぁ、すごく楽しそうだ」

「うん、楽しそう。昔から迷宮探索こういうのが、私は大好き」


 もちろん、彼女が迷宮探索の先に求めているものは、僕と違うだろう。


 僕は人助けが趣味で、ノワールは自分を高めることが趣味。

 ただ、違うからこそ、互いに補えることもある。

 どんな困難と危険があろうと、協力して進んでいける。


「また進んで行こう。それが迷宮だろうと、人生だろうと、『最深部』だろうと……、やることは変わらない。ただ、先へ進み続けて、色んな物を見つけるだけだ。新しい道を、新しい仲間を、新しい魔法を――」

「たくさんの新しいものを見つけて、私たちは成長していく。そして、その果てに、いつかもっともっといい最後の頁を――」


 ノワールも視線を、さらに上へ向けた。

 僕たちと一緒に、空を見上げてくれる。

 その彼女に、僕は約束する。


「ああ、見つけるんだ。絶対に。その為に、僕たちは進む」


 本当にいい天気だった。


 きっとみんなも同じ空を見ている。繋がっている。

 この綺麗で、眩しくて、明るい世界を、みんなが生きている。


 そう思わせてくれる『青い空』の下。

 素晴らしい景色を見せてくれた『理を盗むもの』たちにも、僕は約束していく。


「だから、この先へ。僕たちは、行きます。どこまでも――」


 いま、やっと僕は、自分の物語のプロローグに辿り着けたと思った。

 これから、この新しい道を僕たちは進み続けていくだろう。

 ノワールと、ノイと、パリンクロンと、ハイン兄様と、ハイリさんと、グレンさんと、ラグネさんと、『みんな一緒』に――

 その果てに、いつかもっともっと素晴らしい空を見つけると、ここに誓う。



「『久遠の空・・・・を目指して・・・・・――」



 その最初の目標を、僕は『久遠の空』と名付けた。

 さらに、主だったカナミとラスティアラを真似るように、心の本のタイトルとする。


 ――〝久遠の空を目指すもの達〟――


 それがキリストライナーの物語の書き出し。

 みんなが迷宮の『最深部』で手に入れた奇跡の先。

 本当の始まりとした。






                       END.

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異世界迷宮の最深部を目指そう 割内@タリサ @sawaura

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