512.――エピローグ――
ライナーと別れた僕は、目を覚ます。
その覚醒を自ら意識できたとき、夜の湖のような暗闇に『表示』が浮かんだ。
――【召喚】お帰り、相川渦波――
そのメッセージを、しっかりと僕は見届けた。
続いて、瞼の裏側からでも感じられる周囲からの刺激。
――明るい。
目を瞑っているのに、淡い光も感じた。
その気持ちのいい目覚めの中で、最初に違和感を覚えたのは臭いだった。
普通ならば、鼻が抉れるかのような生臭さに、不快さと吐き気を催すだろう。だが、もう慣れている。むしろ、懐かしくて、とても落ち着く。
おかげで、ゆっくりと目を見開くことができた。
「……あぁ。うん」
倒れた上半身を起こしながら、状況を確認する。
まず視界に飛び込んできたのは、迷宮の回廊。
石造りの薄暗い空間だが、ぼんやりと発光してくれているおかげで、周囲を確認しやすい。
辺りを見回していると、僕の背後に小さな祭壇のようなものが鎮座している――ことはなく、崩れて瓦礫と化していた。祭壇としての役目を、終えたようだ。
その瓦礫に向かって一祈りしてから、すぐに僕は立ち上がる。
「やっぱり、ここなんだね……」
かつて迷宮に召喚されたときと同じ場所だった。
ライナーに言われたとおり、また僕は一層から再スタートだ。
ただ、記憶と状況を照らし合わせていく内に、一つの疑問が浮かんだ。
「……迷宮が直ってる? マリアとスノウに、あれだけ壊されたのに」
『終譚祭』での戦いで、僕の作った迷宮は99層まで半壊状態にあった。
それを『血の理を盗むもの』の魔石を預けた清掃員さんに修復を頼んで、それっきりだったのだが……。
崩れた瓦礫に軽く触れてみたが、血で再現されたものではない。
迷宮の再生方法が気になって、検分を進めていく。
「ノイが魔法で、迷宮の時間を戻した……? でも、全く元通りってわけじゃない。『
一応、僕は世界一の迷宮専門家と言っていい。
その知識で、それとなく方法や実行者を突き止めていく。
本当は、このまま検分を続けて、完全解明したい。
ただ、いまは遺跡調査するような余裕はない。好奇心は抑えつけて、いま一番大事な確認を優先する。
それは、新たな物語の開始に必須な行為。
かつて召喚されたときと同じように。
僕は
【ステータス】
名前:相川渦波 HP50/50 MP15/15 クラス:
レベル1
筋力1.00 体力1.00 技量5.00 速さ2.00 賢さ4.00 魔力1.00 素質1.12
状態:
【スキル】
先天スキル:月魔法1.01 魔力操作1.00 風魔法1.00
後天スキル:剣術1.00 感応1.00 読書1.01 演技1.00
固有スキル:
問題なく、『表示』は利用できた。
『素質』はラグネと同じく1.12だったが、先天的な
本来ならば、あいつと同じで『魔力操作』だけのはず。
しかし、100層まで辿りついた集大成のように、『月魔法』が記されていた。
それと、ライナーの身体を使っている縁で、形見分けのように『風魔法』も。
《
多くのスキルたちが欄から消えているが、『ステータス』の開発者として完全に消失していないと読み取れた。数値の減少で見えないが、いつでも元に戻れる『隠れステータス』としては記されている――
と楽しく、長々と。
初期値を確認してしまった。
だが、その新環境に浮かれて、惑わされてはいけない。
「正直、これ罠だからね……。『ステータス』よりも大事なものが、この世にはたくさんあった。レベル1に戻っちゃったけど、その大事なものは逆に、いま――」
そのとき、シュッと。
僕の独り言を隠れ蓑にするように、背後から風切り音が聞こえる。
ただ、すでに僕は気づいている。感じている。
視界が明るい以上に、世界を認識する感覚が大きく
だから、その背後からの奇襲を、余裕を持って横にステップして避けられた。
敵の攻撃は、僕の腕を僅かに掠ったのみ。
その1ダメージと引き換えに、視界の中で動く『歪み』を完璧に捉える。
迷宮の空中に、人間の頭ほどの大きさの『歪み』が浮いては、小さな羽音と共に揺らめいていた。そのシルエットが虫に近いと思ったときには、癖のように『表示』を発動していた。
【モンスター】
ダークリングフライ:ランク2
そのまるでゲームを攻略するような感覚に、僕の血肉は沸いて――でも、自分の用意した迷宮とシステムのマッチポンプに、少しだけ気恥ずかしさも混じり――しかし、二つの気持ちは相反することなく、この魂を熱く燃え上がらせてくれた。
ゲームを楽しむときのそれに切り替わり、僕は最高の選択肢を取る。
手を伸ばす先は、『持ち物』。
中を探るよりも先に、それを直感で手にした。
『クレセントペクトラズリの直剣』を強く握り締める。すると、その剣に宿った魔石の力が手を伝って、少しだけ身体が軽くなった。
おかげで、再度突進してくる『歪み』を剣の腹で防げる。
続く三度目の攻撃は、完全に避け切った上で、真横から一閃を放てる。
「――甘い! これで終わりだ!」
『表示』で位置を悟られる弱点を持ったモンスターは、さらに『感応』という天敵に『剣術』で真っ二つにされた。
二度目ということで、上手く冷静に対処できてよかった。
それと
「ふうっ。ダークリングフライということは、エリアも前と同じみたいだね。あとは方角さえ分かれば……」
僕のレベルは1。
だが、これまでの経験と豊富なスキルのおかげで、危機感は全くなかった。
とても安心できている。その上で、楽しさも湧き立つ。
思えば、稲を刈るような作業が好きな僕は、二周目のゲームのほうが心安らかに楽しめていた。
「なんだか……、本当に不思議な感覚だ。前よりも頭は鈍いはずなのに、とてもすっきりしてる。たくさんある選択肢の中から、落ち着いて正解を選べる。見えている世界が広くなって、明るくて、とても鮮明で……――」
なによりも有り難いのは、『ステータス』よりも大事な『数値に表れない数値』。
かつて記憶なしのレベル1で迷い込んだときと比べて、それは別次元の成長を遂げている。
さらに言えば、固有スキルが『???』じゃなくて、しっかりと名づけられている。『素質』は常人に抑えられていて、不相応な力に振り回されない。
前の「強いと騙されてニューゲーム」と違って、今回こそが正しい意味で「強くてニューゲーム」だろう。
だから、なんというか……、わくわくした。魂は、うずうずもしている。とにかく、今の状況が楽しくて、堪らない。
「また反則だけど……。でも、このくらいは……、許して欲しいな」
と、ここまで独り言で情報を整理し切って、現状確認を終えた。
そして、僕は経験済みの迷宮一層を歩き出す。
死の危険の付き纏う回廊を警戒しつつ――けれど、懐かしさを味わいながらリラックスして――相反する感情を普通に持てる自分が、本当に頼もしかった。
だから、視界が広いだけでなく、足取りも軽くなる。
そんな久しぶりの迷宮探索が、数分ほど進んだ。
すると、回廊の先で巨大昆虫モンスターのリッパービードルを見つけた。
「…………っ!」
一度目の迷宮探索で出会ったモンスターが出てくる度、二周目ならではの嬉しさを感じる。
とても懐かしいモンスターだったが、無駄に交戦はしない。できるだけ、道を迂回してMPの消耗を避ける。
もちろん、道の隅っこに倒しやすそうなカエル型モンスターを見かけても、決して潰さない。あのビッグフロッグには、状態異常『毒』という苦汁を飲まされたことを僕は覚えている。
そうだ……。
あれの解毒に失敗した僕は、HPを一桁まで減少させてしまったんだ……。
それから必死に歩いて、その先で――
思い出して、その過去の経験に倣って、また進みたいと思った。
その選択に、明確な理由はない。
ただ、繋げたい。
その湧き上がる不思議な気持ちのままに、お馴染みの魔法を使用する。
「『正道』が見つかれば、いいけど……。――
集大成である『月魔法』は、僕の予想通りの力を発揮する。
ほんの一瞬だけ。
半径1キロメートルほど展開して、それだけで僕の全MPの半分が消えてしまった。
陽滝による『調整』が消えて、もう僕は前ほど次元魔法に向いていないのだ。
ただ、多めに魔力を消費することで、血と魂に刻まれた術式を起動させることはできた。
その贅沢な魔法《ディメンション》で、僕は期待していた『正道』を見つけるのに成功する。
記憶と同じ『
――
今回の『召喚』の前に、そうライナーは言っていた。
ならば、出会うタイミングも、前と同じになるはずだ。
一度目は、本当に運命的な出会いだったと思う。
けれど、今度は違う。
誰かに作られた運命じゃない。
ここから先は、自分たちの意思で繋げていく。
そう誓うと、心臓の鼓動が急激に速まった。
足の歩みも速まった。
早足になって、走って、駆けて。
逸り続ける心のままに、全身は熱くなっていって。
《ディメンション》で見つけた『正道』に、僕は向かって行く。
――あの初めて出会った場所まで。
たくさんの回廊を抜けて。
そして、ついに最後の曲がり角も越えて。
――『彼女』を見つける。
輝く白金の長髪を靡かせる少女。
少女は一人。
いつもの格好で『正道』に腰を下ろし、壁に背中を預けて、呑気に『読書』をしていた。
本に集中して、まだこちらには気づいていない。
すぐに『たった一人の運命の人』への愛を叫びたくなった。
その美しさと素晴らしさを、千の言葉で讃えたくもなった。
しかし、いまだけは堪えて、ただ名前だけを頭に思い浮かべる。
――『ラスティアラ』。
彼女が、前と同じ場所で待ってくれていた。
ライナーの言うとおり、前と同じ召喚条件だったからだ。その前の条件とは「ラスティアラが迷宮に入ったとき」だった。だから、初めて迷宮に『召喚』された日、必ず僕とラスティアラは出会えるようになっていた。
ただ、もう僕たちに、あのティアラの血濡られた運命の『赤い糸』はない。
だから僕は歩き近づきながら、『糸』を手繰って、その色を確かめていく。
赤じゃない。
これは僕とラスティアラが紡いで、ライナーたちが繋いでくれた白虹の糸。
『本物の糸』で、いま、大切な『たった一人の運命の人』と僕は再会できたのだ。
そう信じられるラスティアラの姿は、100層で最後に
そして、生きている。
確かな生身で、そこにいる。
呼吸をしてくれて、その手の本を読んでいる。
手の本は、彼女自身が書き出した手記だった。
ただ、一度途絶えてからは、僕が続きを書いたので、二人で完成させた英雄譚でもある。
ラスティアラが読み直している。しかも、頁の進み具合を見ると、わりと終盤まで進んでいるようだ。おそらく、あのあたりは九章の終わりくらい――
不味い。
終盤の自暴自棄となった僕は、黒歴史も黒歴史。
特に、セルドラ相手に叫んだ本音が酷い。
いかに相川渦波がラスティアラを愛していて、彼女なしでは生きられないかの『告白』が、その頁には病的に綴られている。
あの頁を、いま彼女が何度も読み返している。
なにせ、よく見ると耳まで真っ赤だ。
特定の頁を読んでは、すぐに一ページだけ戻って、何度も何度も確認している。
「…………っ!!」
恥ずかしさやら焦りやらが混ざって、すぐに僕は駆け出そうとする。
ただ、その一歩目の足音は大きかった。
ラスティアラは僕に気づいて、パンッと本を閉じて、猫のようにビクンッと顔をあげた。
続いて、聞こえた足音のほうに、その顔を向ける。
「…………っ!!」
僕とラスティアラ。
二人の目が合って、どちらもぴたりと静止した。
漆黒と黄金の双眸が対峙して、互いに逸らせなかった。
そして、どちらも口を開けたまま、喉から声が出ない。
明らかに、ラスティアラは最初の言葉に困っていた。
僕も勢いでここまで来たものの、まだ色々と準備は足りていない。
まさかの『読書』中の再会で、しかも、その読んでいる頁の内容が余りに恥ずかし過ぎたせいだ。
だから、互いに気まずさで固まってしまい――先に動き出したのは、ラスティアラだった。
いま閉じた本を開き直して、ゆっくりと頁を捲り出す。
終盤から頁を戻って、戻って、戻って、最初へ。
本当に最初の最初まで辿りついてから、「ふふっ」と笑いながら、そこにある文章を読んだ。
「〝――
困りに困った末、ラスティアラは初めての会話を再演した。
それは丁度良く、いまの可笑しな状況にも似合っていた。
僕の『たった一人の運命の人』は、
その実は恥ずかしがり屋で、時々誤魔化してしまうところまで含めて、愛おしい。
ただ、その再演に僕は付き合わない。
どうしても返したい
かつては何も答えられなかった質問に対して、今度こそ頷き返したくて。
その『最初の頁』に対して、『最後の頁』をもって返していく。
「……うん、面白いよ。本当に面白かったんだ」
心の底から、自信をもって。
ラスティアラに向かって、『本物』の台詞を紡いでいく。
「そこに書かれてる通り、僕の『冒険』は面白かった。おまえのおかげで、最高の時間になった。ありがとう、ラスティアラ」
その
しかし、すぐに頷き返して、『本物』の答えを繋げていく。
「……うん。私の最初の直感通り、すごく面白い『冒険』だったね。私の『主人公』が、最高の時間をくれたんだ。よかったねっ、『最初の頁』の私!」
楽しそうに笑ってから、ぺらりと。
また頁を一つ捲って、ラスティアラは立ち上がる。
僕に近寄りながら、本とは逆の手をかざして、続きの頁を読んでいく。
「――『撫でる陽光に謡え』『梳く水は幻に、還らずの血』『天と地を翳せ』――」
純白の光がふわふわと彼女の手から溢れ出し、僕の身体を包んでいった。
先ほどのダークリングフライに付けられた腕の傷が癒えていく中、この『詠唱』を考えたのは誰なのだろうかと思った。
いまの状況に相応しい詩に、満点を贈りたかった。
「――魔法《キュアフール》」
魔法が唱え終わって、さらに次の頁が捲られる。
ただ、そこに書かれた流れを見て、ラスティアラは悔しそうに唇を尖らせた。
「回復の次は、名前を確認するんだけど……。実は、もう私って確認用の『目』がないんだよね」
「僕と同じで、おまえもスキルがなくなってるんだな……。でも、ないほうが丁度いい。今度こそ、僕の口から名乗らせて欲しい。本当の名前を」
それが一番大事なことだったと、ライナーと確認し合った。
そして、いまならば丁度よく、もっといい出会いにやり直せる。
あの日できなかった自己紹介を果たせる。
もちろん、もう偽名は使わない。
『キリスト』は、もう託したんだ。だから――、
「僕の名は、相川渦波。遠い『異世界』から迷い込んだ、ただの『人』だよ。……これからも、よろしく」
「私の名は、ラスティアラ・フーズヤーズ。もう私もただの『人』だから、お揃いだね。……ようこそ、カナミ! 『私たちの世界』へ!」
名乗り合った。
どこか芝居がかって、冗談も交えてだったが。
いま、ここに『相川渦波』と『ラスティアラ・フーズヤーズ』はいるんだと『証明』した。
これで、もう誤魔化しは利かない。
もし『呪い』が残っていれば、両方に『代償』の取り立てが始まるのだが、もう
その事実に一抹の寂しさを感じながら、僕たちは迎えの挨拶も交わしていく。
「おかえり、カナミ……」
「ただいま、ラスティアラ……」
信じたライナーとノワールの手によって、僕たちは『死去』という愛の『証明』を失っていた。
ただ、構わない。
愛の『証明』ならば他にもたくさんあると、もう一度ラスティアラは手に持った本を開いて、頁を捲っていく。
「ふふっ、ふっふっふ。いやあー、ほんと長かったね。ここまで」
そこに書かれた長い物語を、僕も思い出していく。
噛み締めながら、本の感想も言い合う。
「ああ、長かった……。でも、楽しかった。ライナーたちが、それを気づかせてくれた」
「うん、すごく楽しかった……。失敗もたくさんあったけど、その全部が楽しくて楽しくて……。最後は、ちょっとやりすぎちゃったりもして……」
笑って確認し合いながら、ぺらぺらと。
一章から頁は順番に捲られていき、その果てに、ついさっきラスティアラが読んでいた九章あたりまで進んでしまい、そこに書かれた文字の数々を彼女は再確認してしまう。
「――うっ」
そうラスティアラが呻いて、耳が一瞬で真っ赤になる頁。
それは
とにかく無限に永遠に、『たった一人の運命の人』を想う頁だった。
それを見てラスティアラの顔が際限なく、にやけていく――のを引き締め直して、なぜか戦意を見せ出す。
その「愛してる」という文字だけを繰り返して埋め尽くした頁を、僕に見せつけながら対抗心を燃やす。
「私も愛してるよ! これに負けないくらい、カナミを愛してる! ここにあるよりも、もっともっと!!」
真っ赤になったラスティアラは、本当に可愛らしかった。
だが、聞き捨てならない話だ。
僕も対抗心を燃やして、言い返す。
「いいや、僕のほうが愛してる。そこに書かれてるのは、まだ遠慮してるほうなんだ。本気になったいまの僕なら、もっと書けるよ」
「え、ええぇ……? 後出しで足すのは、ちょっと卑怯じゃない? というか、ここは素直に、彼女からのラブを喜ぶシーンじゃない!?」
「素直になれたから、言うんだ。――僕のラスティアラへの愛は、全ての次元において『一番』だ。たとえ神だろうとも、その想いは変えられない」
「そ、それは私も! いままで、精神的に危ないカナミに気を遣いまくって、色々抑えてたんだから! 私の本当の愛だって、ここからが最強で、本番っ!!」
もう『死去』はないと分かったからだろう。
互いに、ずっと心のどこかで抑えていた分が、こんなところで解放されていた。
いまだけは、どれだけ胡散臭くて、気持ち悪い台詞でも吐き出せる気がした。
いまの僕は、本当の無敵。
ラスティアラと無限に愛を囁き合える――
とはいえ、口にすれば口にするほど、恥ずかしいのも確かだった。
身体だけでなく、周囲の空気ごと熱くなっていくのを感じる。
ラスティアラだけじゃなくて僕も、耳まで真っ赤になっているのは間違いない。
頭の中は煮立ち続けて、正気じゃないワードがどんどん頭に浮かんでくる。
もうスキル『???』による『混乱』はないおかげで、正しく『混乱』できていた。
だから、こんな
たくさんの思い出が詰まった場所で、僕たちは熱視線を交わしては、見つめ合い続ける。
本当は好きな人が好きすぎて、照れるがままに視線を逸らしたい。
けれど、愛で相手を上回っていると示す為に、どちらも決して退かない。
相手に負けじと。
強気に、考えなしに。
僕たち二人は、足を動かした。
近づいて、近づいて、近づいていって。
いまにも互いの手が触れる距離まで入り――
また黒歴史の頁が増えそうな直前。
ラスティアラの視線が揺れる。
黄金の瞳が僕以外を捉えて、焦るように叫ぶ。
「――あっ!! あっ、あっ、あっ、あそこ! カナミ! これは流石に危ないっ、カナミ!」
彼女が指差した先を、急いで僕も見た。
『正道』だというのに、モンスターが現れていた。
その二メートルほどの大きさの狼を確認すると、
【モンスター】
エメラルドファング:ランク7
僕が迷宮で初めて遭遇したボスモンスターであることが分かった。
「あのときの……?」
敵が現れた。
というのに、どこか懐かしくて、嬉しくもあった。
わざわざ愛し合う僕たち二人を祝いに来てくれたのかとさえ思えた。
「カナミ、知ってるの? ……でも、二人で
「ああ……、そうだな。僕たちらしく、二人で戦ろう。僕たちの絆を確認するのに、丁度いい相手だ!」
先ほどまでの熱過ぎて甘過ぎる空気は掻き消した。
ただ、同じくらいに熱くて美味しい空気を、僕たち二人は吸い込んでいく。
ラスティアラは本を懐に収めて、腰の『天剣ノア』を。
僕は変わらず『クレセントペクトラズリの直剣』を。
それぞれ手に持って、同時に構えた。と、同時にエメラルドファングは大腿部を膨らませて、駆け出す。
「――っ!? は、速い!」
ラスティアラが驚く。
その突進に合わせて、僕たちは剣を振るうことができなかった。
単純に、エメラルドファングが速過ぎる。
反応できても、余裕のある反撃までは至らない。
僕たちは左右に飛び避けながら、敵の速さに動揺する。
「なっ……!? 『正道』で鈍ってるはずなのに!」
稀にボスモンスターが『正道』を超えてくるという話は聞いていたが、ここまで元気なのは想像と違った。
再現された新しい『正道』が不完全なのだろうかと、色々な思考が駆け巡っていく。
その中、一番の疑問をバックステップで敵と距離を取りながら、離れてしまったラスティアラに叫ぶ。
「というか、ラスティアラ!! おまえもレベル1なのか!?」
「もちろん! そうノワールちゃんに頼んだに決まってるじゃん! お揃い、お揃い!」
どうやら、僕がライナーと話したように、彼女もノワールちゃんと話す機会があったらしい。
つまり、このレベル1は彼女の指示ということ。
思えば、もしライナーが気を利かせたのならば、騎士として安全にレベル29あたりの数値で調整していたことだろう。
つまり、この危険な苦戦の原因はラスティアラ。
それが分かった僕は、さらに文句を付ける。
「馬鹿か! どっちかはレベル高くないと駄目だろ! ああっ、本当にもう! 可愛いなあ、もう! 愛してる!!」
「えっ!? わ、私のほうが愛してる!! 私の『主人公』だって、本当に格好いいっ!! もちろん、いまみたいに馬鹿なところもたくさんだけどっ!!」
その間も、当然ながらエメラルドファングは襲い掛かってきて、その爪と牙を僕たちは避け続けている。ときには、剣でも防ぐ。ただ、弾ききれず、服の裾が破けることがあった。
中々に辛い状況だ。
ただ、湧く感情は、もう一つだけじゃない。
「つ、強い……! 思ったよりも、一層が安全じゃない!」
「強いね! 思った以上に、わくわくさせてくれる!」
「けど、それがいい! そういうのも楽しかったんだ! この僕なら、当たり前だ! 本当は、僕も楽しかったんだ! ラスティアラ!!」
「でも、その楽しい危険に、身を投げ出すだけが全てでもなかった! あんまりやりすぎると、またラグネちゃんに怒られちゃうからね! だから、カナミ! これからは!!」
「ああっ、どっちもだ! いや、全てを大事にして! これからは一緒に行こうっ、ラスティアラ!!」
そう叫んだあと、頷き合った。
ただ、いまの会話で、何かしらの作戦を意思疎通できたわけではない。
ただただ、呼吸は完璧に合っていることを再確認しただけだ。
そこからは一瞬。
狭い回廊を駆け回るエメラルドファングに対して、僕とラスティアラは寸分の狂いもなく息を合わせて、攻勢に転じる。
まず、敵の噛み付きと爪を二人同時に避けた。
そして、左から僕が『クレセントペクトラズリの直剣』を勢いよく振り抜く。
生々しい鈍い音と共に、狼の首に剣が埋まった。
それでも、まだ絶命には足りない。エメラルドファングは剣を首に抉りこませたまま、動こうとしていた。
「ラスティアラ!」
「おっけー!」
近づくエメラルドファングに恐れることなく、さらに僕は前に出て、首に抉り込んだ剣に力をこめる。合わせて、敵の右からラスティアラが一閃を放って、その首の反対側から斬り付けた。
二種の剣に挟み斬られて、狼の首は宙を飛ぶ。
即死だ。
モンスターの身体はエメラルドグリーンの魔力の粒子に換わって消滅していき、煌く翠の魔石を落とした。
【称号『深翠の始まり』を獲得しました】
筋力に+0.1の補正がかかります
という『表示』と共に、僕はドロップアイテムの魔石を『持ち物』に入れた。
さらに油断なく、他の敵の奇襲を警戒しつつ、額の汗を拭う。
レベル1の二人とはいえ、一層のモンスターにここまで手子摺ってしまった。
ここまでの戦いの経験の分だけ驚いて、互いの弱体化を実感していく。
「はぁっ、はぁっ……。いい戦いだった。でも、これが本来の僕たちなんだろうね……」
「私たち……、もうただの『人』になったからね……。でも、なんかとっても普通に冒険譚できそう!」
ラスティアラは嬉しそうに、弱体化した自分の身体を眺めては、何度も手を握っては開いた。
ただ、流石に「ただの『人』」というのは無理があると思っている。
これまでの経験のおかげで、僕たちは強敵相手でも冷静で余裕がある。さらにライナーとノワールからの優遇が全くないわけでもない。
という身体の変化を確認しつつ、すぐに僕たちは歩き出した。
同じ場所には留まらない。
探索慣れしているからこそ、激しい戦闘後はすぐに移動する癖が付いていた。
その僕たちの歩みは、迅速。
さらに音も無く歩く――べきだったのだが、どうしても会話は抑え切れなかった。
「ああ。もう僕たちは、普通の人たちと変わらない。与えられた『
「うん……。だから、もう誰かの用意した物語じゃない。私たちは私たちの物語を生きていける」
「道だって、もう自分で選んでいい。先へ先へと、誰かに引っ張られることは二度とない。気が向けば、いまみたいに戻ってもいい」
大声は出せないので、しみじみと、静かに。
二人で『正道』を戻りながら、手に入れたものを話し続ける。
自然と、僕たちは空いている手を繋いだ。
「ただ……、その分、もう舞台のスポットライトは遠く感じるけどね。そこだけが少し残念かな……」
「もう
「みたいだね。全ての『人』の人生に、スポットライトはあったんだ。大事なのは、ちゃんと自分で選んだ道を、本気で生き抜くこと……」
何気なく、喋り続けていく。
こうして、ずっと話していたかった。
手を繋ぎ続けていたかった。
けど、すぐに出口は見えてしまう。
僕とラスティアラが出会った場所は、地上からそう遠く離れていない。
始まりの回廊の先から、太陽の光が白い道のように射し込んできた。
その眩しさに僕は目を細めながら、進む。
当たり前だが、明るいと思っていた迷宮以上に、その出入り口からの光は明るい。
地下の迷宮に、長く居すぎたのが本当に分かる明るさだ。
だから、僕は足早に向かっていく。
『最深部』で奇跡を手にした探索者として、地上に帰還していく。
ラスティアラと一緒に、手を繋いだまま――
――くぐった。
明るい世界のもっと明るいところまで、やっと抜け出す。
瞬間、降り注ぐのは真昼の太陽の光。
眩しさは、頂点を迎えた。
ただ、その晴天の明かりは浴びれば浴びるほど暖かくて、身体の芯から元気が湧き出してくる。
吹き抜ける地上の風も吸えば吸うほど美味しくて、身体の細胞の隅々まで清々しさを感じる。
さらに近くの木々の葉がざわめく音も心地よい。その風に乗って、まず水と緑の匂いが届いた。続いて、遠くから人々の生活の匂いも鼻腔をくすぐってくれた。
五感全てで、地上を実感していく。
その最後、僕の視界が捉えたのは四つの人影。
『正道』を戻りに戻って、『
ディア、マリア、スノウ、リーパー。
迷宮探索衣装を纏った四人パーティーだ。
もう一度100層に挑んで、その先まで届きかねないベストメンバーたちが、急に迷宮から出てきた僕たちと目を合わせる。
全員が驚き、目を見開いていた。
その中、まず最初にディアがラスティアラを見て、その名前を呼ぶ。
「ぁ、あ……! ラ、ラスティアラ……!? それに……!」
そして、その隣にいる僕を見る。
その台詞の続きを読むのは、マリアだった。
「そ、それに! カナミさんも! カナミさんもいます!!」
彼女は僕の名前を呼びながら、駆け出していた。
走る勢いのまま、僕の懐に飛び込んで、抱きつく。
余りに強い力に転びかけたが、隣のラスティアラの支えもあって、なんとか姿勢を保って受け止められた。
僕の腹部で、マリアは顔を埋めて、震える。
すすり泣く彼女の頭を、すぐに空いている左手で撫でた。
「よかったです……! ああ、本当によかった……! 遅いですよっ、カナミさん……!!」
そう呟くマリアに続いて、ディアも僕に近寄ってきて、同じように彼女の頭を撫でてくれた。
その手と声は、本当に優しい。
「よかったな、マリア……。けど、カナミはほんと遅いぞ! 寝坊だ!」
もうディアは僕を盲信することはなく、駄目なところを真正面から叱ってくれた。
それに僕が「うん」と頷くと、さらに奥から「うんうん」と僕以上に頷いている二人が歩いてくる。
スノウはリーパーと一緒に談笑しながら、僕に声をかける。
「やっぱり、二人一緒だったんだね。ラスティアラに持たせた魔石から戦いの音が聞こえたときは、私もちょっと焦ったけど……。あぁ、とにかく、よかったよかった!」
「盗聴癖って、こういうときは役に立つよねっ。お手柄だよ、スノウお姉ちゃん!」
「そういうこと! もう簡単には、二人きりにさせないんだから! ねっ、ラスティアラ、カナミ!」
「それがいいね。お姉ちゃんとお兄ちゃんってば、みんなで見張らないと何しでかすか分かんないから」
迷宮から出てきたばかりの僕たちを、四人が歓待してくれる。
100層であれだけの醜態を晒した僕に、『冒険』のときと同じように接してくれる。
その最高の仲間たちに、僕は応えたい。
「うん。……みんな、ただいま。ありがとう」
帰還の挨拶とお礼を言った。
その感謝に、誰よりも先にマリアは反応する。
「はい! お帰りなさい、カナミさん!」
一人だけ泣いてしまったのを恥ずかしがりながら、僕のお腹から離れて、再度名前を呼んでくれた。
100層で僕が施した『忘却』が気になったが、マリアの後ろでリーパーがVサインを決めていた。そして、その視線を僕から逸らして、何もない宙にも笑いかけている。みんなや
本当に感謝し切れないことばかりだった。
何から話せばいいか分からなくなる。
その僕の困った顔を見かねてか、マリアが僕の空いている手を引っ張ってくれる。
「それじゃあ、カナミさん! すぐ戻りましょう! みなさんが待っていますよ!」
それにディアとスノウも同調して、まずは連合国の街に戻ることを促される。
「そうだな。早く向こうに戻って、セラを安心させてやらないと」
「だねー。本部にいるセラさんがうるさいから、急ごっか。……あとディプラクラさんも意外にうるさい。あの人に連絡用の魔石渡すんじゃなかったなー」
スノウは十近いの魔石を片手に持って、その全ての音を聞き分けていた。
振動魔法のプロフェッショナルとして、通信の管制官に近いことを請け負っているようだ。
そして、その隣に付きそうリーパーが、視線を後方に向ける。
僕から見ると前方。連合国の街だった。
「そうだねー、アタシも賛成ー。このまま迷宮で遊ぶのもいいかなーと思ったけど、戻る方がもっと楽しいよねっ。せっかくのお祭りなんだからさ!」
連合国のお祭り。
それを聞いたとき、鼻腔をくすぐる匂いが料理だけではないと気づく。
風に乗って届くのは、異常な人々の熱気。
地上から伝って届くのは、にぎやかな喧噪の振動。
空に花火こそ上がらないが、確かにお祭りの空気を僕は感じ取れた。
「お祭り? でも、もう終わったはずじゃあ……」
『終譚祭』が終わったから、僕は負けて、いまここにいるはず。
その疑問には、手を引くマリアを初めとして、みんなが説明してくれる。
「はいっ。もう何日も前に、『終譚祭』は終わりました。ただ、それから、また!」
「またお祭りだぞ、カナミ! 『終譚祭』と比べると、ささやかだけど……。これでやっと最初の約束が果たせるな! 今度こそ、一緒に回ろうな!」
「これは、毎年やってる『聖誕祭』のほうだね。私はこのくらいの規模のほうが丁度良くて好きかなー。『終譚祭』はちょっと盛大過ぎたよ、あれ」
聖誕祭。
また懐かしい『冒険』の頁が開かれて、思い出せる。
かつてラスティアラを大聖堂から攫ったときのお祭りが、いま、また催されているらしい。
「あれか……。そっか。もう
きっと、また出店が街中に並んでいるのだろう。
その中には、思い出深い食べ物もたくさんあるはずだ。
ここまでの道のりで、すれ違う探索者がゼロだった理由も分かった。
色々と納得していると、さらにリーパーが説明を付け足す。
「そうっ。そして、今回『再誕』を祝うのは、もちろんのろん! 『聖人』ティアラ様じゃなくて、お兄ちゃんとお姉ちゃんなんなんだからねー! ひひっ!」
そう言い締めて、僕とラスティアラを見た。
どういう流れでそうなったのかは……なんとなく分かるが、僕とラスティアラの帰還を連合国も歓待してくれているらしい。
その話にディアとマリアは深く頷いて、続けていく。
「別に告知はしてないが、知ってるやつは知ってるだろうな。というか、大聖堂の使徒たちが五月蠅すぎだ……。フェーデルトのやつも困ってる」
「そういうことです。これは、みんながお二人を待っているお祭り……。だから、また一緒に楽しく回りましょうね! カナミさん、ラスティアラさん!」
マリアは手を引きながら、僕と同じように前の聖誕祭を思い出しているのだろう。
あのとき、マリアはアルティと別行動を取って、結局は僕とラスティアラだけで回ってしまった。
しかし、次は違う。
今度こそ、一緒に。
それも、みんなで。
聖誕祭を全力で楽しもうとする姿に、僕の全身が震えた。
目の奥が熱くなっていき、言葉が漏れる。
「また一緒に……」
「はい、また一緒にです……。そして、来年も。そのまた来年も。これからずっと私たちは、一緒に聖誕祭を楽しむんです。絶対に」
今日の聖誕祭だけで感極まっている僕と違って、マリアは遠い未来のお祭りまで、その想いを馳せていた。
そして、その未来に僕も必ずいると心から信じてくれている。
僕は目の奥の熱さのままに、聞く。
「来年も再来年も……。これからも、みんなは僕と一緒にいて――」
いてくれるのかと、言う前にディアとマリアが即答する。
「いるからな。もう嫌だって言っても、俺は俺のやりたいように見守る。じゃないと駄目だって、もう流石に気づいた。二人とも、俺よりも危なっかしすぎるぞ」
「私も……。もう一緒にいてもいいですかなんて、聞きません。絶対に離れないって、私が私の道を決めました。これはお二人でも、決して崩せない誓いです」
力強過ぎる返答が二人分。
それにスノウとリーパーも続いていく。
「私はカナミに恩返ししたいから、パートナーとして側にいる。……そんな感じかな?」
「お、おぉ? あのスノウお姉ちゃんが一番控えめ! アタシ、いますごく感動してるよ!」
「……ん、んんー。ずっと思ってたけど、リーパーって私をお姉ちゃんって呼びながら、実際は妹扱いしてるよね?」
「ひひひっ、分かったー? ローウェンとセルドラおじさんから、スノウお姉ちゃんのこと頼まれたんだー。あっ、もちろん、お兄ちゃんのこともだよ!」
四人から、放っておけないという視線を向けられた。
そのみんなの目には、嘘も打算も何もない。
ただ真っ直ぐ、純粋な「助けたい」という意思が乗っているだけ。
この意思に、僕の弱い心は打ち倒されて、100層から連れ出して貰えたのだ。
力強すぎる仲間からの支えに、僕の視界は滲んでいく。
こんなにも嬉しいというのに。
こんなにも明るいというのに。
こんなにもいい天気だというのに。
滲み続ける。
100層で負けてから、涙腺が緩くなっている気がした。
僕を「泣き虫」と言った幼馴染みの言葉を思い出しながら、もう一度頷く。
「ありがとう……。これからは、『みんな一緒』だ……。それが僕もよかったんだ。本当は、最初から……」
認めて、マリアと繋いだ手を、ぎゅっと握り返した。
その反応に、みんなが朗らかに笑い返してくれる。
中でも、一番の笑顔を見せて騒ぐのは、ここまで珍しく静かに見守っていたラスティアラだった。
「うん! よーーーっし! やったね、大っ勝ー利!! やっぱり、カナミと私の英雄譚は、かわいい女の子が一杯! 自然と、終わりは『みんな一緒』な感じ! 仲間との絆を信じてのハッピーエンドだったね! いえーい!!」
ずっと僕が胡散臭くて信じられなかった言葉を並べながら、ラスティアラは繋いで手を手放した。
彼女の温もりを失いたくなくて、咄嗟に引き留めそうになる――けど、いまは信じて、見送れた。
まずラスティアラは一番近くのマリアを抱き締めて、その小さな身体を持ち上げては、くるくると回り出す。その際、マリアの手も僕は離してしまった。だが、もう手が離れた程度で不安に思うことは一つもなく、何があっても『みんな一緒』だと思える。
ラスティアラが次から次へと仲間たちに抱きついては「やったね!」とはしゃぐ姿を、滲む視界で眺め続けられる。
これからのお祭りを楽しみにして、みんなが揃って、わいわいと騒いでいる。
「ああ、このハッピーエンドが良かったんだ……。一組だけが残るよりも、ずっとずっといい……。決まってる……、当たり前だ……――」
これこそが、ずっと僕の求めていた本当の未来。
この新たな道を進みたい。
そう思ったとき、背後から――『魔法』を感じる。
振り返った。
そこには太陽に負けじと、別の眩い光が僕たちを照らしていた。
スノウに斬られてなくなったはずの迷宮上部の大樹が、元通りになっていた。しかも、その新しく聳え立つ大樹は、僕たちを祝うように全ての魔力を繋げ混ぜて、白虹の光を放っている。
――その光から感じる『魔法』は、《
まだ……、残っている?
これから僕が『みんな一緒』だと信じる限り、ほんの少しだけの希望を与え続けてくれる。
そんな気がした。
それは確かな効果もなければ、ちょっとしたお
結局、僕は「全ての魂を永遠に『幸せ』へ導くこと」はできなかった。
しかし、「ささやかな『幸せ』を世界に増やすこと」はできたのかもしれない。
――その僅かな達成感と共に、その世界樹を見つめる。
さらに、
「ばいばい、みんな――」
その
魂と魂の縁を辿っていけば、
「これからは『みんな一緒』に生き抜く……。それが相川渦波の人生だったって信じて、次の物語を紡いで……、僕は行くよ」
一つの物語が終わった。
けど、物語は次に進む。
もちろん、それは『最後の頁』の後の空想じゃない。
夢でもない。幻でもない。
確かに、
そう心に決めて、新しい頁をみんなで書き紡いで、行く。
それが人生を生き抜くということ。
その新しい道で、僕は前を向いた。
そこには同じ道を進む仲間たちが振り返って、僕を待ってくれていた。
ラスティアラはお祭りが楽しみで待ちきれず、一番後ろにいる僕を急かす。
「早く行こうっ、カナミ! 他のみんなも待ってるんだから!」
そう叫ぶから、すぐに僕は答える。
「ああっ! いま行く、みんなっ!!」
少し駆け出して、そのみんなの中に混ざっていった。
僕も一緒になって騒ぎながら、連合国の『
その帰り道、ふと僕は空を見上げる。
本当にいい天気だったから。
なにより、きっとみんなも同じ空を見ている気がしたから。
気持ちよく見上げると。
燦々の太陽に、日暈が掛かっていた。
空は澄み渡り、青々と広がっていた。
流れていく白雲の群れは、薄い七色に染まっている。迷宮からの白虹の光が、ヴェールのように被さっているからだ。その少し不思議な空は、本当に綺麗で、眩しくて……。
滲む視界に、僕は思う。
――〝世界は明るい〟――
そう思わせてくれる『青い空』の下。
僕は『みんな一緒』に、歩いて行った。
これからもずっと、僕たちは歩き続けるだろう。
それが相川渦波の新たな物語の書き出し。
異世界迷宮の『最深部』で手に入れた奇跡の先。
本当の始まりとなった。
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