第72話 聖女の講演会
ハダルが国家治癒師免許試験の臨時開催について聖女に相談した翌々日のこと。
この日、ゼルギウス王立魔法学園では全校生徒を集めた講演会が開催されることとなっていた。
講師はなんと、聖女モルデナご本人。
学生に治癒師という仕事へ興味を持ってもらうきっかけ作りとして著名な治癒師が講演を行うというのはよくあることだが、それでも聖女直々にというのは、最高学府たるゼルギウス王立魔法学園ならではのことだった。
「聖女様にお会いできるなんて、楽しみだわあ……」
講堂に向かう途中、セシリアはワクワクした表情でそう呟いた。
治癒師を目指す彼女にとって、その最高峰の存在である聖女はまさに憧れの存在なのだ。
「つってもさあ……俺たち、既にもっと凄い治癒師と友達じゃん?」
一方で、隣を歩くイアンはその気持ちを歯牙にもかけず、若干退屈そうにそう呟く。
「それを言っちゃあおしまいよ。てかイアン、あんま身も蓋もないこと言ってるとセシリアに嫌われるわよ」
「す、すんません……」
すかさず反対の隣にいたジャスミンに諌められ、イアンはしゅんとしてしまった。
「でも……ハダル君、今どうしてるんだろうね……」
「騎士団の精鋭部隊でコーチしてるってとこまでは聞いたけど、何を教えてるかは想像もつかないわね。確かゼルギウス・レンジャーだったかしら?」
「あいつのことだ。そっちじゃなくて、とくせーーいや何でもない」
「何よ?」
「すまん、存在しない体にしてる方の部隊を言いかけた」
「ちょっと気をつけてよ王子さん⁉︎」
「ごめんなさい……」
イアンが秘匿してる方の部隊名を口を滑らせそうになる中、彼らは講堂に到着した。
そしてしばらく待つと講演開始時間となり、聖女が登壇した。
「皆さん、本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
まずはいつもの挨拶から始める聖女。
「いやあ、今日は助かりましたよ。アブソリュートヒールを連発できる某一年首席がいたら、私どの面下げて講釈垂れてんだってなっちゃいますから……」
かと思えば、彼女は二言目に超弩級の自虐をぶっ込んできた。
「「「…………」」」
「あの、ここ笑うところなんですけど……」
「「「…………」」」
このブラックジョークは、生徒たちが笑うにはあまりにもエッジが効きすぎていたようだ。
「あはは……ごめんなさいね、困らせちゃって。じゃ、軽く自己紹介から始めていきますね」
盛大に滑ったことは軽く誤魔化しつつ、彼女は本来の講演内容に話を軌道修正した。
そこからは、彼女がどのようにして聖女としての職業人生を歩んできたかの話が続いた。
神童と呼ばれた学生時代、卒業式の前日に初めてアブソリュートヒールを発動できたこと。
駆け出しの治癒師の頃の、楽しい思い出や苦い記憶の数々。
当時の先輩に言われて心に刻まれていること。
聖女就任に伴い、治癒師会の最高責任者になってそれまでと変わったこと。
そして……ハダルとの出会いで受けた衝撃の数々。
最後には、学生に向けたメッセージが語られた。
「私が皆さんに特に期待している事は……『若い時期の柔軟な頭を可能な限り活かしてほしい』ということです。広範囲へのアブソリュートヒール連発、みたいな常識を超えた魔法は一部の天才にしか扱えないでしょう。私だってそんなの無理です。でも……『今までアブソリュートヒールでしか治せなかった患者さんを、収束度を上げたパーフェクトヒールで治す』、こういった工夫は思いつきさえすれば誰でもできます。この中で何人が治癒師の道に進まれるかは分かりませんが……どんな道に進まれたとしても、そのフレッシュな頭を最大限に活かし、社会をより良くしていただければなと思います。ご清聴ありがとうございました」
そう言って聖女が一礼すると、全校生徒からの拍手喝采が鳴り響いた。
こうして、講演は無事幕を閉じたーーと、思いきや。
「……あ、そう言えば、全く別件なんですけど」
降壇の前……聖女はそう言って、事務連絡に入ることにしたようだ。
「実は今、ハダル君から『ゼルギウス・レンジャー全員にパーフェクトヒールを覚えさせたから、国家治癒師免許試験を臨時開催してほしい』と頼まれておりましてね。早ければ来週が試験日になる予定です。もしよろしければ、今日中にエントリーしていただければ、合わせてご受験いただけますが……いかがしますか?」
そう。実は聖女、どうせ試験を臨時開催するなら、可能な範囲で一般受験者にもチャンスを与えようと考えていたのだ。
とはいえ対象を全国にしていると告知だけで多大な時間を要してしまい、逆にハダルの要望に答えられなくなるので、今回対象を広げるのはゼルギウス王立魔法学園までだが。
このお知らせには、生徒たちも衝撃を受け……途端に会場全体がざわめきだした。
「え、ええ……パーフェクトヒールを、一週間で、全員に⁉︎」
「どうせなんかエグい指導してんだろなとは思ってたが……まさかのそっち方面か」
「てか、国家治癒師免許試験ってたった数週間の勉強で受かる難易度じゃないわよね? 臨時開催を押し通すのはハダルらしいとして、そんな期間で受かるのかしら……」
セシリアたちも例外ではなく、まさかのルートから入ってきたハダルの消息に困惑するばかり。
そんな中ーー。
「うおおおお! よっしゃああ!」
「これで、これで来年を待たなくていい!」
「ハダル君万歳! 聖女様、万歳!」
この臨時開催に驚くでもなく、本気で喜ぶものも十数名ほどいた。
こんな時期に試験を開催されても、次回受験予定だった大半の学生はまだ実力不足のため、この機会で受けたいと思う者はほぼいない。
だがそれはあくまで現役生の話で……国試浪人して治癒師を目指す補修科生にとっては次回の試験など早ければ早いほど良いので、彼らは泣くほど喜んでいるというわけだ。
もちろん、彼らはホームルームに戻り次第すぐ願書を用意し、聖女に提出した。
なお、国家治癒師免許試験は下位10%が必ず落ちる相対評価制であり、ゼルギウス・レンジャーの成績があまりにも良いため補修科生はほとんど落ちることになるのだが……この時の彼らは、まだそのことを知らない。
山に捨てられた俺、トカゲの養子になる 〜魔法を極めて親を超えたけど、親が伝説の古竜だったなんて知らない〜 可換 環 @abel_ring
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