プロローグ

DAY■■ あの時、 あの場所で

 春先だというのに、 路地の空気は冷たかった。



 がしゃんと音を立てて、 少年の足下にあったゴミ箱が転がる。 音に釣られるように目線を向けると、 深い蘇芳すおう色をした水溜まりがどろりと拡がっていた。 ぼたぼたと水溜まりに落ちる雫からは凄惨な殺人現場を想像させる。


 心臓を鷲掴みにされたような、 嫌な感触を感じて周りを見渡す。 視線を合わせた先には右鎖骨辺りから左腰辺りにかけての大きな切り傷。 まるで日本刀で袈裟けさ斬りされた後のようだ。 両手を見ればその傷から溢れる血液によって足下に拡がる色と同じように染まっていく。 



 何者かに斬られたようにしか見えなかった。 



 あどけなさが残る両の瞳は、 日常からかけ離れた現実をまるで受け入れることが出来ていない。  少年が呆然と見つめる先には、 宵闇よいやみたたずむ少女。 しかしかたわらには蛍色に淡く輝く身の丈程にも及ぶ長大な大太刀が握られていた。

 

 何もかもが飲み込めない状況だった。 

 少年の傷が死を誘う物だという事も、 それがこの町で起きるという事も、 恐らく目の前の華奢な少女がこの傷を負わせたという事実すらも。


 何より信じられないのはその少女の出で立ちだ。 現実離れし過ぎているのだ。 

 幻想的と言えば良いだろうか。 柔らかな髪は漆黒の闇であっても輝くほむらのように暖かく照らし、 両の瞳はその輝きにも劣らない山吹色の眼光で少年を見据える。

 太陽の神子と言われれば信じてしまいそうな姿はとても現実とは思えなかった。 

 

 「すまない」


 少年と目が合った少女は酷く苦しそうに、 助けられなかった事を悔いている様に刀を握りしめていた。 不思議でたまらなかった。 

 少年が斬られている事も、 それによって確立されつつある未来すらこの少女自身が招いたというのに。 

 何者にも脅かされない力強い風格を持っているにも関わらず、 その瞳は見ているこちらが いと思う程に しんでいた。

 

 

 おかしい。 空白の言葉が思い出せない。 それに頭も重い。  先程までは気になる事は無かった痛みが、 ゆっくりと、 嫌な悪寒が寄せては返す。 



   なかったのだ。     で      たのだ。

 


 次第にそのもやの規模は大きくなり、 自分の思考があやふやになる。 奇妙な浮遊感がじわり、 じわり、 と拡がり寒気も強くなる一方だ。 



        斬ったの   。 少     いた時  遇した刃   す たち    か?

 


 もう何を言ったかもわからない。 寒気は留まる所を知らず、 ナニカが語りかける。 



 キ   シ   タナ。



 怪物だ。 言葉は意味不明で、 姿も定まらないがそれだけは理解出来た。 正視する事も出来ない”それ”はそこに居ると思えば思う程、 心は痙攣けいれんし、 摩耗する。 

 これ以上は無理だ。 見れない。 何を? 彼女を。 何故?  思いダスから。 誰を? 彼ジ、 ジジョを。 嫌い? すす、 きぃキ、 キき……キィイライ、 わかカカ……カラカ……ラナィ、 ない。 どうして? ソれジョ、 はむ理ダ。 無理。 ムリ。 無リ。 むむぅり、 リムリ……りりむリムムリ――


 

 頭に残る無数の言葉。 しかしそれすらも途切れた単語の連続でしかない。 心がきしみ、 悲鳴を上げているのがわかる。

 宵闇が視界を侵食していく。 逃げようとしても、 身を守ろうとしても、 もうどうにもならない。 


 右耳に僅かな体温の感覚。 地面に叩きつけられる筈の身体は少女の懐に収まっていた。 その間にも意識の残滓がナニカに呑まれていくが、 不思議ともう怖さは無かった。

 失われつつある意識の中、 これだけはわかった。 





 もう、 引き返す日常みちなど存在しないのだと。






※※※※※※※※※※※※

 という訳でプロローグでした。


 焔の髪と瞳を持つ謎の少女と斬られた少年、そして謎の影。謎しか無いプロローグ、うーん謎(何を言っとるんだお前は)。


 話は変わりまして1話の投稿は当分先ですが、気になる!続きはよしろ!と思う方は是非フォロー&☆評価お願いします。 


 では良い一日を。

 

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Stride〈ストライド〉──勇星の軌跡 足立誠史(あだちせいじ) @aglo

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