第52話 混じりの中
真っ暗な暗闇の中。暖かい水に包まれているような感覚で何もせず漂っていると、うっすらと明るく何かが見えてくる。
「お母さま」「お母さま~」
二人の子供がそう呼びながら屋敷の中を走りいい香りのする調理場に立っているその人の傍まで走った。
「あらあら、サディア、リーディア走ると危ないわよ」
「ごめんなさい。お母さま」
「ごめんなさい」
頬を膨らませて起こった素振をする母親を見て二人が申し訳なさそうに謝ると、母親は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「それで、なあに?」
「お母さま、これから少しリーディアと外に出かけてもいいでしょうか」
「外へ?いったい何を…」
「そ、それは~」
「えへへ」
母親が二人に尋ねると二人はもじもじと何かを隠すようなそぶりをして目を逸らす。それを見て母親は察したようで大きく腕を開いてた。それを見てリーディアは嬉しそうに腕の中へ入るのだが、サディアは少し恥ずかしそうに戸惑っている。
「ほら、サディアも」
そう呼ばれてサディアは観念しゆっくりとその腕の中へ行くと、母親は二人を優しく抱き寄せる。
「ふふ、分かったわ。行ってらっしゃい。でも、くれぐれも気を付けて早く帰ってくるのよ。お父様に心配かけないようにね」
「はい」「うん」
二人の返事を聞いてゆっくりと離す。
「では、行ってきますお母さま」
「行ってきま~す」
「ええ、行ってらっしゃい」
優しく手を振り見送る母親に手を振って二人は部屋を出て外へと行った。
屋敷は多くの木々の森に囲まれており二人はその森の中へと入っていく。
森の中はかなり細かく整備されているのか、森の中だというのにしっかりと太陽が差し込んで地面を明るく照らせている。
そして二人はその森の中にある少し開けた所にある多種多彩の花々が咲く花畑に腰を下ろして花を摘んでいく。
「楽しみですね二人の驚く顔が」
「そうね。今日この記念日の為に準備してきたお花たち。こんなにも綺麗に咲いてくれてよかった…」
「姉さんずっと、失敗しないようにとずっと本に顔を埋めていましたもんね」
「あはは、ほんと苦労したわ。時期の違う花をこうやって綺麗に咲かせる方法を探すのは…」
「私にも感謝してくださいよね」
「ええ、ありがとうリーディア。一緒あちこちの土を調べてくれて。そしてこんなにも花に適した場所を見つけてくれて」
そう花を摘んでいるとリーディアの手が止まっているのが見えて彼女を見ると、何かを見ているようだった。
一体何を見ているのか同じ方向を見るのだがそちらにあるのはただの森。
「どうしたのリーディア?」
問いかけるが聞こえてないのか反応がない。
「ねえ?」
肩に触れて軽く揺らしてもう一度問いかける。するとびっくりしたのか触れた瞬間体がビクッと震えた。
「あ、ごめん聞いてなかった。なに?」
「いや、手が止まってて何か見ているようだったから何を見ていたのかな~って」
「それは…あれ」
再び彼女が先程まで見ていた方を見たのだが何故か呆けている。
「どうしたの?」
「う、ううん。何でもない。ちょっとぼーとしてただけ」
「そう?疲れてるのなら言いなさいよね」
「心配しなくても大丈夫だよ」
「分かったわ。まあ早く必要な分だけで摘んで帰りましょ。お父様が帰ってくる前に」
「うん」
何か隠している様子もないし、いつも通りの彼女の笑顔を見てあまり気にしないことにした。
籠いっぱいに花を摘み終えて二人は手をつなぎ帰路を歩いていくと、何か匂いが漂ってきた。
それは焦げ臭いにおい。
お母さまが珍しく料理を焦がしたのかと思ったが、こんなにも漂ってくるものなのかそう思っていると、家の方の空に真っ黒な煙が上がっており、徐々に激しくなっていくのが見えた。
「え…姉さん。あれって」
「取敢えず急ぎましょリーディア」
「うん」
サディアはリーディアの手を強く握って走り出す。
無我夢中に必死で走り、高く生える茂みなどお構いなしに突き進む。枝などが引掛り二人の服は破れ、頬などの肌が露出しているところに切り傷ができる。
だが、そんなこと一切気にすることなどない。今はただ早く、先ほど見えた煙が何なのかを知りたいために。
そして家が見えてあの煙の正体が分かった。
家の周りの庭園に火がついて燃え上がっていた。
二人は顔を青ざめさせながらも母親が心配でただ走った。すると異変を感じたサディアは咄嗟に立ち止まりリーディアの手を引く。
「どうしたのねえさー」
そう尋ねようとしたリーディアの口を抑える。
そして身を低くさせて家の方を見ると、幾つかの人影が見えた。
火事を知ってできた人だかり。火を消化しようと集まって来てくれたのか。
そう思っていたが様子が違う。
そこにいたのは見たことのない服装の集団が武器を携えており片手には火を起こしたであろう松明を持つものまでいる。いったい何のために。そう見渡していると、その男達に取り押さえられている二人の影が見えた。
それは今なお見るに堪えない暴行を受けているボロボロになった両親の姿が。
余りにも非道なそれを見ていると声が聞こえた。
「おい、まだ娘どもは見つからないのか」
「それがどこにも」
どうやら、男たちは私達も探しているようで屋敷の中や周りの小屋など何度も出入りして探しているのが見えた。
「ちっ、仕方ない。やれ」
「いいんですか?」
「火を付ければ嫌でも中から出てくるだろう」
「分かりました」
そういって松明を持つ男たちは屋敷の中にそれを放り込む。松明の火はすぐにカーテンや絨毯に燃え移り、すぐに屋敷の中は火の海となり窓ガラスを割り激しい炎と真っ黒な煙があふれ噴き出した。
それを見ていると暴行を受けながらも母親は二人に気が付いたのかゆっくりと口が動いた。
聞こえない声なのだが、サディアはすぐに理解してリーディアの手を引いて家とは真逆の方へと走りだす。
何が何だか分からない。だけど今しなくてはならないのはただ逃げないといけないそう判断してのことだった。
逃げないと。だけど何処へ?王様の元へ?いや、あの中にいた神官のような恰好をしたのがいた。あれは昨日、お父様が言っていたミスティア教の何か。なら、王様はこれを知っている可能性があって捕らえられるかもしれない。なら、何処に…。
そう必死に頭で考えていると前方にいる人影に気が付き、すぐに隠れるように身を低くさせる。
二人の前方には先ほど見た格好と同じ男五人が二人を探しているのか歩き回り探しているのが見えた。
その五人はゆっくりと探しながらこちらへと進んできていた。おそらく今動けばすぐにばれるだろうし、動かなくともいずれここに来て捕まってしまうだろう。
どうしようもないそんな状況で震えるリーディアの体を感じてサディアは決心しリーディアの両肩に手を添えて顔を見る。
「私はこれからあいつらを引き付けるから貴方はその隙に東の昔お父様と行った村に向かいなさい」
「引き付けるって、そんな危険だよ」
「問題ないわよ。あなたも知っているでしょ私のすばしっこさは」
「それは知っていますがそれでも」
「いいから。このままじゃ二人共何もできずに捕まってしまうだけ。なら、少しでも二人が無事に済むようにしないといけないからね」
それを聞いてリーディアは黙り込む。きっとそれは言葉ではなくサディアのその顔を見て黙っているのだろう。そしてリーディアは静かに頷いてサディアに抱きつく。
「分かりました。ですが必ず無事に来てくださいね」
「ええ。必ずあなたの元へ行きますから」
ゆっくりと二人は身を放してサディアは身を低くしたまま村の反対の方向であるユーラクストの方へと走って行く。
「おい、いたぞ!!」
その草木を分ける音と動く影に男たちはすぐに反応し男たちがサディアを追いかける。
後方を見るとしっかり先ほど見かけた五人全員が追いかけてきているのが見えた。
このまま、リーディアからしっかりと距離を取って何処かで撒かないと。
そうサディアは城壁へ向かって走って行った。
サディアはかなり運動神経がいいようで並び生える木々を躱し転がっている岩を容易く飛び越えていく。それに対して追ってくる男たちは森の中を走るのには慣れてないようで服などが枝に引っ掛かたりとして手間取り徐々に距離が放されていた。
いける。あいつらを撒ききれる。その後は大きく回って村へと向かえば…。
―――――
すると右の方から何か大きな音が聞こえた。
なに!?
その音徐々にサディアへと近づいてきており、再び大きな音が鳴り響いたあと前方に何かが横から吹っ飛んできた。それは三つの先程まで地面から生えていたであろう三つの木が根元から綺麗に引き抜かれて、サディアの行くてを阻むように転がる。
なっ!?
それを見て戸惑りながらも、すぐに横から抜けていこうとすると。
「見つけた」
後方からその声が聞こえみるとそこには巨大な大男がすぐそばに迫ってきており、振りかぶっていた腕でサディアは倒れている木へと叩きつけらえる。
いっ――一体何をされた…そんなことより…呼吸が…
全身に響くその衝撃とその木に背中から強打したことにより、サディアはうまく呼吸できないのか過呼吸状態となっていた。
視界はぼやけており、見上げると巨大な影がこちらへと迫ってきている。次第に追ってきていた男達も集まり何かを話している。ある男がサディアの髪を鷲掴みして何かを言うのだが、先程の衝撃で何処かに異常が出たのか何も聞き音れない。そして、意識が朦朧としてそのまま気を失ってしまった。
意識が覚め周囲の騒がしさに目を見開く。
すごくぼんやりとしていた視界だったが徐々にはっきりとして見えてくる。
とても高いところにいた。それは目線が二階建ての屋根と同じくらいだろうか。
下にはたくさんの人が円形にある小さな柵の外からこちらを見ていた。
一体何をしているのだろうか。
身動きが取りにくく両手両足、そして全身に痛みを感じて自身の体を見渡す。
両手の掌と両足を揃えたところに釘のようなものが刺さっており角柱の木に磔にされている。
服がいつの間にか灰色のボロボロの布切れのような服に着替えさせられている。
ああ…これはダメそうだなぁ…。
服のせいで見えないが体を動かした時内側から何かが異常な動きと刺さるような感じがあった。
恐らく気を失っている間に体を痛めつけられ、そしてそこにある骨が折れて内側から肉を刺しているのだろう。
横を見ると自身と同じように両親が磔にされているのが見えた。
リーディアの姿はそこには無く、あの後逃げ切れたのだろうか…そう考えていた。
横にいる二人は眉一つ動かない。呼吸をしている様子もないため恐らく既に死でしまったのだろう。
今日は二人の記念日だったというのにこんな事になるなんて…。一体私たちが何をしたと言うのか。
すると後ろから何かが話しているのが聞こえていると、下に松明を持つ男達が近づいてきて真下にある木々に火をつけた。
身動きも取れないし、誰一人としてそれを止めようとはしない。やはり、もうダメそうだ。諦めるしかない。
そう理解してしまいサディアは瞳を閉じる。
その燃える火は徐々に火力を上げながら上へと燃え上がる。次第に足へと近づき足先に肉に火が燃え移る。
熱い…熱い…痛い…。
だが、彼女は火に燃やされながらも一切悲鳴をあげることなどなかった。それは声が出ないとかではない。出す気が無いと言うのが正しいだろうか。
本来であればこの痛みを耐えることなど、まして叫び声を抑えることなど出来るはずなどない。だが、彼女は声を上げない。ただ静かに…静かにとただ願い。燃やされていく。
ああ、神様…いや、神でない何かでもいい。いるのであれば妹を…リーディアをお救い下さい…その為なら私は全てを耐え捧げます。だからどうか…どうか…あの娘を…。
そう意識が途切れ、次に目を覚ましたのはすぐの事だった。
見えるのは先程と同じ磔にされて下から見上げられている景色。
違いがあるとすればそれは見ているものの顔だろうか。
それはその行いに対する恐怖や疑心、悲しみと言ったものだったのが、今では磔にされているその少女対して恐怖するその顔となっていた。
身体中の感覚が可笑しく再び体を見渡す。見えたのは真っ黒に炭となってひび割れている肉と、その割れ目から血肉が溢れているのが見えた。
確かにこれを見れば私だって恐れていただろうな…。
どうやら私は何かに願った為に化け物になったようだ。
そうして私は悪しき魔女と呼ばれ、儀式と称された火刑に何度も処され続けた。
数なんて覚えていない。ただ与えられるその痛みや周りから見られるその目や言葉、隣で死んでゆく人達のことなどそれら全てが私にとってとてもどうでもいいものだったからだ。私は…そう…。リーディアさえ無事であればそれでいい。
そう、今日この時まで思っていた。
WITHUOOM HSASTE -ウィトゥーム ハズアステ- KIKP @KakiImokennP
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