第7話 後日談と母の愛
それから更に数日後、連絡先を無理矢理交換させられた携帯アプリに、メッセージが届く。
【あの娘、あの日の次の日から休んでたのね】
【なんか、大変だったみたいだけど】
【もう夢、見なくなったって】
【既読無視すんなし】
【音声通話掛ける】
【絶対出ろ】
【出ないとコロス】
物騒なメッセージが続く。
直後にけたたましい
『早く出なさいよ』
開口一番、叱られた。女子高生に叱られるアラサーの図。どこかに需要あるだろうか。
『あの娘、本当に自殺しかけてたんだって』
葉乃がしんみりと言う。
『ちょうどあの日だよ。アタシらがあの場所にいる、ちょうどあの時間。あの娘、咄嗟の衝動で、自分の部屋で首を吊ろうとしてたんだって』
今にも泣きそうな声。
『信じられる? ホントに、あの時なんだよ。でね、意識が遠退く時にまたあの同じ夢を見たんだって。でも違ったのは、振り向いた死に神が、実は、あの娘のお母さんで、『このバスは死者専用なの。あなたはまだ乗ってはいけない。降りなさい』て言ったんだって。お母さん、ちゃんと生きてるのに死に神なんておかしいよね。でも、確かにお母さんと同じ匂いがしたって。それで、正気に戻って、必死に藻掻いてたら、お母さんが部屋に入ってきて助けられたって。不思議な話だよね』
ぐすぐす端を鳴らし始める。
『母子家庭でさ、二人で支え合って生きてきたんだって』
そうか、きっと、互いの思いが通じたのだろう。
「死神なんて言うけどさ、本当のところは祖神様――つまりご先祖の守護霊サマが、命を終えた子孫の魂を、常世の黄泉の国へ迎えに来るんだよ。逆に、命運が尽きていないのに、何らかで命が尽きようとしている時には、引き返すよう促すこともある。あまり聞かないが、生霊の守護霊ってのもいるのかもな」
これは推測だが、親子で互いに同じような引け目を感じていたんじゃないだろうか。
娘は、自分がいることで母の負担になっている。母は、自分が不甲斐ないばかりに娘に苦労を掛けている。
それが今回は悪い方に出た。娘の自殺願望の元になりうる自己肯定感の低さは、そこに原因があったのではなかろうか。
そこを突いたのが、あの少女。自分の承認欲求を満たすためにその娘を利用した。そして、それができなくなって、その娘が自分から離れて友達を作って愉しそうに笑っているのが許せなくなった。あの少女もまた、孤独ではあったのだろう。だからと言って許されるものでもないが。
その娘の友達思いも利用して、葉乃に心配掛けまいと一人で背負い込むよう仕向けた。また、自分が振った相手が友達に迷惑を掛けた、それもその友達の一番の弱点を突くような形で。そうすれば、ますます自分を責めるだろう。
喩えばそこへ、あの少女自身が親切めかして何かしら決定的な言葉を吐く。それを後押しとして、後は詛いの力で、その娘を自死に追い込む。そんなことを考えていたのかもしれない。実現したとして、結局はあの少女自身には何の益ももたらさないのだが。
詛いなど、まともな人間の手を出すようなものじゃない。人を呪わば穴二つ。
嫉妬――、その感情だけで人はこうも身を持ち崩すのだ。
*
翌日出社すると、机の上にドーナッツが置いてあった。
某有名チェーン店の箱入で、中を見ると彩取り取りの五つものドーナッツ。いや、何だろう、とっても嬉しいのだけど、素直に喜べない。え、これ、どっから出て来たの。
どうしたものか激しい葛藤の
「夢、見なくなりました」
「そう、ですか」
「そうなんです」
「それは、よかったですね」
「はい。ありがとうございました」
「僕は何もしていませんよ」
「それでも、ありがとうございました。ドーナッツ良かったら召し上がって下さい」
「ああ、それじゃあ、遠慮なく。ありがとうございます」
そんな会話があった。
竜神池の詛いの神サマ(へぼ)~義足の少女拳士と百均探偵(化ケ)~ 蒹垂 篤梓 @nicho
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