第6話 丑の刻詣り(コス)

 コーン、コーン

 断続的に響く何かを打ち付ける音。

 夜の杜の静謐を破って、不気味に響き渡る。

 僕らの目の前を飛び跳ねるとは、百均フィギュアのピエロ君。百均商品なのに自律して宙を飛び跳ねるのだから、驚くべきコスパである。ただし電池の代わりに生霊が必要だけど。


 行く先を照らすのは、これまた百均で買った懐中電灯。これは生霊電池ではなく、普通の電池で普通に照らしてくれる。念のため二ツ持っていて正解だった。

 外灯などはなく、ほぼ真っ暗。斜面で木の根が這い、剥き出しの岩もあって足元は限りなく悪い。にも拘わらず、引き返しもせず黙々と付いてくる葉乃。なにが彼女をそこまで追い立てるのか。

「友達のことだもの、捨て置けないよ」とのこと。

 どうせ言っても聞かないだろうから、好きにさせる。


 暫く歩いて、体感的にはそろそろかという頃に、

「あ、あれッ」と葉乃が指差す。

 ゆらゆらと揺らめく小さな炎は、蝋燭だろう。それが五つ、宙空で怪しく揺らめいている。随分とまた本格的だなぁと呆れるくらいには、本格的だった。

 白装束をまとい、顔に白粉を塗り、頭に五徳を被って蝋燭を立て、胸に鏡を吊して、木に藁人形を打ち付ける。

 ここのヘタレ神サマに、そこまで気合いの入った衣装なんて必要ないんだけどな。とまれ――


「アンタッ」

 葉乃が叫ぶ。

「知り合いかい?」

「あの娘が、最近疎遠になったって言ってた娘」

 ふぅん、なるほど。

「聞くけど、前の学年では、君とそのお友達ちゃんは同じクラスだったのかい」

「違うよ。二年になってからの友達」

 なるほど、なるほど。


「虐めはない。今年からは。なぜなら、強くてお金持ちなお嬢様がお友達になったから。だったら、そのお嬢様のいない去年まではどうだったんだろうね」

「え、どういうこと? あの娘、そんなこと一言も言ってないよ」

「自己肯定感の低い娘だったんだろ。自分なんか、虐められても仕方ないとか、葉乃に心配掛けたくないとか思ってるんじゃないか」

「ああ、もう、あの娘ったら」


 葉乃が激しい後悔に苛まれている一方、目前で怒りに震えている少女がいた。

「あなた、なぜここにいるのよ」

 正しく鬼の形相で睨み付けてくる。


 対して、

「ねえ、アンタ、誰呪ってるのよ。まさか、アタシの友達じゃないよね。もしアンタが、あの娘を詛い殺そうとしてるんだったら、許さないからね」

 ぎらりと睨め付ける葉乃。まったく呑まれることなく、いや、寧ろ鬼にも化そうかという相手を呑み返して、喰い千切ろうほどの迫力。鬼としての格が違いすぎる。地獄の小間使いの小鬼が、神にも列せられる仏法諸語の鬼神に叶うわけがない。とはいえ、


「煩いな。あの娘は私のものなのよ。私がどうしたっていいのよ。あの娘は孤独で、誰からも相手にされなくて、皆に馬鹿にされてて、苛められてて、私が守ってあげないと駄目なのよ。あの娘は私を頼っていればいいの。それなのに、クラスが変わったからって、勝手に友達作って。私の事を放って仲良くなって。そんなの許さない。許されるはずがない」

 髪が逆立ち、顔色が赤黒く、目が吊り上がり、口が裂けていく。生成り。生きたまま、幽鬼と化すか。


「下らない、そんなことで」

 だがそんな歪んだ妄念も、葉乃は一言の元に否定する。そんな身勝手な妄想にあの娘を巻き込むなと。

「下らなくなんてない。あなたには分からない」

「へえ、じゃあ、アンタにアタシのことが分かるのかよ」

 ニヤリと獰猛に嗤う葉乃。その嗤みは、重い。そう言われて言い返せる者がどれだけいるか。同じ体験でもしていない限り、軽々にものを言えるはずもない。

「だけど、それはッ」

 何か言い繕おうとするも言葉にならない。少女は顔色を失い、葉乃が怒りを剥き出しにする。


「アタシ、暴力は嫌いなんだ」

 しれっと言い放つ葉乃。どの口で言うかね。

「けどさ、言って分かんないヤツには、ちょっとばかり痛い目見て貰うってアリなんじゃないかと思うんだ。それに、詛いが暴力じゃないなんて言わせないよ」

 じりじりと葉乃がにじり寄る。

 強がっていた少女も、仕舞いには恐怖に顔を歪める。


「来るな、来るな」

 喚きながら、手にした木槌を放り投げる。素人が苦し紛れに投げた物が、そう簡単に当たるものでもない。あっさり躱した葉乃は、

「これで正当防衛ね」とニヤリ嗤う。

 そんなわけないだろう、間違いなく過剰防衛だ――とは言わない。僕はまだ死にたくはない。


「根性見せたれや」

 軽いステップから、柔軟な身体を捻り、大地が揺れんばかりの踏み込み、身体が半回転してもまだ振り切らない蹴り足。音速の鞭のようにしなり、風を切り裂く唸りを挙げて、金属の凶器が、まるで居合いの一閃のように。


 どん――という鈍い音。めりめりと木の皮が剥がれる。

 少女の頭の横、彼女が背にしていた木に、数十センチもめり込む金属の足。

 ひぃひぃと声にならない悲鳴を漏らし、崩れ落ちる少女。

「頭蓋骨だったら、大変だったね」

 葉乃の冷めた言葉も聞こえているものか、すでに泡吹いて気絶してる。ほんちょっとだけなら同情してやらなくもない。


 一方、やりきった表情で、ぱんぱんと木の粉を祓う葉乃。見た目、ダメージはなさそうだけど、念のため、

「大丈夫なのかい、その……股間とか」

「言い方ッ、このセクハラおやじッ」

 ぼこぼこに殴られた。接合部分と言うのを間違えただけじゃないか。今までのだったら痛むこともあるって言ってたから。

「フンッ」

 鼻息も荒く、もう一回蹴られた。僕の生命値ライフも残りゼロだわ。


 漫才じょうだんはさておき――、 

「どうすんのさ、これ」

「置いてけばいいよ。まさかこんなとこまで変態が入ってくるってこともないでしょ」とにべもない葉乃。

 まあ、担いで帰れと言われても困るし、警察呼ぶのもどうかというところ。下手すればこちらが暴行罪を問われかねない。放置するのが最善手かな。


「帰りにマクドでも寄るか」

「モスがいい」

「こんな時間に開いてないよ、マクドにしときな」

「さっき、行ったばっかじゃん」

 それもそうか。

「じゃあ、明日の夕方。絶対だからね」

 え、マジで?

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