第5話 しょぼいカミサマ

「橋姫伝説って知ってるかい?」

 僕が尋ねる。誰に? 隣を歩く葉乃に。なぜ、彼女がまだ僕の隣を歩くのか。誰よりも僕が疑問に思っている。

 あれから、へこへこと走り去る少年を見送り、さあ帰ろうかと促しても頑として動かない。


「どうせアタシを送ってから何か手を打とうとしてるんでしょ。アタシを除け者にするなんて許さないからね」

 これこそ動物的野生の勘というのだろうか。とはいえ、

「動きがあるかは分からないよ。相手次第だしね。確認はしに行くけどさ」

 ぎろりと睨まれる。こうなったら梃子でも動きそうにない。やれやれ、とんだわがままお嬢様だ。


 ということで、今に至る。

 この丘の、北の山稜に向かう東側は山沿いに高級住宅地が広がる。物部家もその辺りにあると聞いた。対して西側はそれより少し寂れた感じになるのだが、丘の北西斜面の一部にちょっとした禁足地があることは、意外に知られていない。


「橋姫って、嫉妬に狂っああげく鬼になって、相手を取り殺したっていう」

 相手だけじゃなく、道行く人まで殺し回ったらしいけど、まあ、関係はない。

「そこで悲恋の姫君が願掛けを行ったのが貴船神社の竜神(たかおかみのかみ)。その際の儀式が丑の刻詣りとして後世に伝わるって話だね」

 まあ実際には時代により幾らか差異があるのだろうけどと断りつつ、


「この先の禁足地には然程大きくはないけども池があってね、昔昔には竜神を祀っていたんだよ」

 と、葉乃が何か思い当たったらしく、

「え、もしかして。小っちゃい頃、ここで丑の刻詣りする人がいるって話し聞いたことある。都市伝説か何かだと思ってたけど、それって本当なの?」


「よく覚えてるね。いっ時は区と町内会で夜間巡回するくらい騒ぎになってね。実際、何人か見付かって注意を受けたんだよ。それから巡回の続いている内はいなくなっていたんだけど、この二年ほど巡回の頻度を減らしていてね。そろそろじゃないかとは思っていたんだ」

「え、まぢで」

「まぢで」

 唖然とするのは、まさか自分の住む街で、しかも目と鼻の先でそんな物騒なことが行われていたとは思いもよらなかったのだろう。


「だけどさ、丑の刻詣りって、藁人形で詛い殺すってやつでしょ。今回のは凄い回りくどいって言うか」

「まあ、そうだね」

 そこがまあ、今回のミソでね。ここの竜神様って――

「しょぼいんだよ」


「え?」

「つまりね、直接詛い殺すようなことはできないんだ」

「じゃあ、どうするの」

「じわじわ追い詰めていって自殺に追い込むような、そんな詛いだね」

「うっわ、陰湿」

 確かに。まるで近頃の虐めのようだ。表向きには何事もないかのように装いながら、裏で自分の仕業だと分からないように悪戯をする、相手を貶める、精神的に追い詰めていく。


「でもさ、アイツにアタシを襲わせてどうすんの? それで何か変わるわけ? 失敗してるしさ」

「彼女は、『自分なんて』て言ったんだろう」

「好い娘なんだけど、そこが唯一の欠点かな」

 とするならば……

「ねえ、それ」と葉乃が瓶の中で飛び跳ねるピエロを指差す。


 今まであまり元気がなかったのが、急に活力がみなぎってきたみたいだ。

「さて、そろそろみたいだな」

 時間は午前二時少し前。 

 こんな時間まで女子高生連れ回して、誰かに見付かったら即逮捕(ごよう)だよなぁ。

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