第4話 夜の襲撃者
*
無料のスマイルに見送られてマクドを出ると、空はもうすっかり宵闇に覆われていた。ぼんやりと雲を透かす月、蒼い空に星が瞬く。さすがに一人で帰すわけにもいかず、家の傍まで送ろうということになった。丘の下を巡る道を、ぶらぶらと歩く。ぽつぽつと灯る外灯が、少しばかり心許ない。
会話はあまりなかった。夜道に二人きりという状況に何となく、口数が減る。
ふと何か鼻孔をくすぐる、これは……
「臭うな」ぽつと漏らす。
「アタシ? 失礼ね、臭くなんてないよ」
と惚けたことを言うので、少し先の物影を指す。
「へえ、なんだろ。物取り?」
物騒なことを言ってくれる。平然と、素知らぬ風に進んで行くので、それに続く。また無茶なことをしようとしてるんだろうなと思いつつ。何かあれば援護できるよう用意だけはしておこう。まあ、役には立たないだろうが。
数メートル歩いたところで、潜んでいた人影が、物影を伝いこちらの死角へ移動、背後から棒のような物を持って、
「うおぉぉお」と大声を張り上げ襲い掛かる。
が、それでビビる我らが葉乃嬢ちゃんじゃない。
完全に読み切った動きで初撃を避け、躱し様、顎を目掛けてショートフック。怯んだところに、必殺の蹴りが決まる。ガードのない腹を容赦なく抉り、影は身体を「く」の字に、そのまま吹き飛ばされ、数メートルも地面を転がって先で悶絶する。
一応、その辺に転がっていた枯れ枝を手に警戒していた僕は、その貧相な棒切れを葉乃に見付からないうちに投げ捨てる。まったく、怖いもの知らずめ。
呻き声に目を向けると、地面にうずくまる黒尽めの男。ご丁寧に、顔に目出し帽まで被ってる。今時はネットで簡単に買えるのだろう。好いのか悪いのか。
「顔を見せな、この卑怯者」と任侠者顔負けの凄味でマスクを剥ぎ取る葉乃。
マスクの下の顔は若い、というより幼いと言っていい。
「へえ、アンタか」
どうやら顔見知りのようだ。
「何のマネよ、事と次第によってはただでおかないから」
本職顔負けの威し文句。
やや気圧されながら少年が語る。
「お前が悪いんだ。あの子は言った、俺のことは嫌いじゃないけど、付き合うことはできないって。だから俺は、誰かが何かを彼女に吹き込んだんだと思った」
「それがアタシだって?」鼻で笑う葉乃。「馬鹿じゃないの、何でアタシがそんなこと。はッ、さてはアタシからだったら聞き出し安いとか思ったんじゃないでしょうね。ま、さ、か、この足だから、不意打ちで足払いでも掛ければ何もできなくなるだろうとか?」
図星なのか、憎々しげに睨むばかりで何も言えない少年。さすがにそれはゲス過ぎるだろう。
「最低じゃん。別にアタシは何も吹き込んじゃないけど、アンタのことなんか振って正解だよ。この人でなしの屑。そんなんで人に好かれるとか思ってんのかよ」
「う、煩え」
傍に落ちていた棒――バール状の物を拾おうと伸ばした手を、無慈悲な葉乃の足が容赦なく踏みつける。ぎゃあだのがぁだと悲鳴を挙げる少年に、追い打ちを掛けて踵を捻る。葉乃、恐ろしい娘。
で、振り替えりもせず、
「ねえ」と後ろで恐々としている僕に声を掛けてくる。
「コイツ、何にも吐かないね。肩すかしだよ。ちょっと期待してたのに」などしゃあしゃあと曰う。前回は、結構、ビビってるように見えたけどな。
「今回、おじさん、出る幕なかったね。役立たずじゃん」
否定はしないけど、言い方ッ。
「ま、全くの空振りというわけでもないけどね」
「え、これから何か出てくんの」
慌てて身を退こうとするのを抑えて、
「何も出ないよ。こっちから出させなければね」
ふうんとか言いながら、葉乃が少年の腹を足で思いっきり圧す。ぐえっと呻いて力なく弛緩する。
「本当だ、何も出ないね」
もう止めて上げて。ライフはとっくに
さて、意識はまだあるのか。意外とタフだ。運動部員か、鍛えてるのか、身体付きはしっかりしてる。精神は屑だけど。よし大丈夫そうだ。
「君、今日、ここへ来る前に誰かと話したかい。ああ言わなくて好い。ああ、もういいよ」
質問する。が、応えは必要ない。
それから、上着のポケットからある物を取り出す。
「可愛いだろう。百均で買ったんだ。最近の百均商品は良くできてるよねぇ」
コイツ何言ってんだという葉乃の冷たい視線にもめげず、懐からいつもの五本百円のボールペンを取り出す。
そして、少年の額に、
【放】――と書く。
すると、少年の口から黒い蟲のようなモノが苦しげに、悶えるように湧いてくる。ソイツにピエロを押し付け、
【封】――と書くと、ソイツはすっかりピエロの中に入り込んだ。それをジャムなんかが入っていそうな瓶に入れて封をする。
「ちなみにこれも百均で買った物だよ」
「別に聞いてないけど」と葉乃。連れないね。
「そんなことより、ソレ、何?」
瓶の中でピエロがカタカタ震えているのに、「また生霊?」と葉乃が気味悪げに聞く。
「似たようなものだけど、ちょっと違う」
曖昧な返事を返す。ふむ、どう説明したものかな。それはそれとして、
「ソイツ、どうすんの?」
少年は、さっきまでの不貞不貞しさはどこへやら急におどおどしだして、
「助けて、警察だけは勘弁してくれ。何でも言うこと聞くから、頼むよ」と懇願し始めた。
「ほんと、情けないヤツ」
吐き捨てるような葉乃の言葉。呪詛のせいもあるとはいえ、こんなちっぽけな呪詛で根本的な性質は変えられない。元々の彼の性質だと考えるのが妥当だろう。
「二度とアタシらに近付くんじゃない」
結局、葉乃は少年を逃がしてやった。甘いというのか、優しいというのか。まあ、これに懲りて、少しは性根を入れ替えてくれればいいのだけど。
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