狩人の夜明け。

第13話 懐かしい、愉しい、幸せ。

ーあらすじー

 フィールとフリジアはアルヴェニア王国北部の片田舎に二人で住んでいる。

 昨日は、二人で初めての狩り出かけた。

 狩場の難易度は低く、Sランク狩人のフリジアは物足りなさを感じるほどで、暇を持て余して、フリジアはフィールの魔法の実力を図るために、いろんな彼の魔法を試してもらっていたが、フィールがいいところを見せようと魔力の限りで『冷風』という初級氷魔法を放ったら、威力はよかったけど、魔力切れを起こしてフィールは昏倒してしまった。

 いきなり倒れたフィールに度肝を抜かれたフリジアは、彼を運んで家まで帰って、精一杯の世話をした。フィールはリビングのソファで、フリジアは彼の様子が落ち着いたから自分の部屋で眠りについた。途中、何度かフリジアは起きてきてフィールの様子を見に来たが、彼はすやすやと眠っていた。





13話

 

 季節は6月。春も終わって、初夏を感じる。



 フィールは、深夜に目を覚ました。


 視界に広がる天井は、深い黒にほんの少し藍の原液を垂らしたようで、まだ瞼を閉じているのかと感じさせる。耳の奥に感じるシンという音、澄ませば、かすかに感じるのはそよ風が窓をかすめていく音だけ。しばらくの間、自分が目を覚ましたことに気が付かず、夢見心地に浸っている。ソファは、体重のすべてを包み込み、体の一部に神経を集中させなければ分からないほど丁寧に反発を与えてくる。背中からフィールの代謝の分だけ熱を吸い取り、沈み込むような涼しさで覆う。重力が感じられず、まさに夢中になっていた。


 しばらくして、ほんの数秒だったかもしれないし、小一時間経っているかもしれない、意識がはっきりとしていって、自分が今、目を覚ましたということを理解する。体を起こす気にはなれなくて、しばらく、瞬きもせずに天井を見つめ、頭の中も空にしていたら、ぼやけた一筋の光を捉えた。一粒の流れ星が地平線に消えて、その軌跡が放った光が、窓越しにリビングの中を通り抜けていった。


「ん、」


 フィールは右手を持ち上げ、自分の視界にかざす。ここにきてやっと自分が息をしていることを知覚した。


 そのまま、人差し指にかすかに力を流して、だらけた拳からどうにか一本だけ独立させると、さっきの光を、まだ網膜に残っている淡い光の筋を、たどっていった。

 窓ガラスが光を屈折させたので、その光の筋は天井を視界の右上から左下へと弓を描いて消えた。その通り道をなぞれば、右手は視界の外にはみ出し、その腕につられてゆっくりと首を傾ける。


「ん、」


 細くすぼまった目線の先には、少し遠くの窓に映るミニチュアの天球があった。これも、あのガラスの光の屈折の作用だろうか。


 キトラで、晴れの日の夜、どうしても眠れないときは、窓枠から身を乗り出して同じように夜空の星々を眺めていた。夜風を意図的に無視して、熱帯夜に星空に体の熱を吸わせていたあの瞬間は、感情にもならないほどに、気持ちがよかった。


 フィールは、規則的に並ぶ光の輝きで、しばらく前の情景を思い出した。でも、季節が違うのか、星座は遷ろっている。それどころか、数年のキトラでの日々で一度も見たことのない星々の世界だ。


 あぁ。緯度が違うのか。


 思い出される、キトラでの日々。

 アルヴェニア王国第二の都市の輝きは、未だに色褪せない。きっと最期のときまで変わらない。多感な時期か、いや、多彩な日々をおくったから。ザールも、師匠ことジークリンデも、僕の視界には二人しかいなかったが、それでも新鮮で、未来は明るくて、日々の研鑽には終わりが見えずとも、功明が見えればそれだけで嬉しかった。なんにも変わらない日々を二人酒屋で吐き出し、二人でくだらない理想を、街の市場にならぶ魚のように、日々変わる理想を並べ合った。あの、ぼやけてはっきりしない、大人までの、さなぎの中の液体の時間をひたすらに愉しんでいた。あの時の僕は、酔っていた。


 あぁ、日が昇ってきた。


 天球のふちが、にわかに色づけば、あっという間に大きな光が差してきて、形作っていた星々が一つ、また一つと、消えてゆく。侵略者太陽は、かくも勢いづき、もう、半分も夜空は見えない。


 あっ!


 一瞬、グラデーションの世界が虹色に包まれて、その虹のスペクトルが、ぶわっと広がって目の前いっぱいを覆ったら、ふっと、揺らいで、歪んで、そのまま消えて落ちてった。


 フィールは、自然とそれを掴もうと、大きく右手を差し向けていた。


 そのひと時が終われば、再び開けた視界はもう、日の光で埋め尽くされて、照らされる北部山脈が悠々と、家の周囲に広がる草原が軽やかになびく、その景色が描き出される。


 いつの間にか、窓の方へと体を乗り出していたらしい。体重を完璧に支えるソファも、重心が臨界点を超えて外に出れば、体はバランスを崩して落ちていく。フィールは、目の前の景色が加速しながらどんどん傾いていくのを傍観していた。


 ガチンッ


 幸い、肩から落ちていったので、ひどくは打たなかったが、床に頭がぶつかった。今の衝撃で完全に目が覚めて、実はまだ全快していない体を起こそうとする。上半身に力を入れて、放り出された右手の代わりに、左手で床を押して、、、そして、左手が触れているものに、ふといきなり気が付いた。左手だけじゃなくて、フィールの腹のあたりから足先までを包み込んでいたものに。


 一枚のタオルケット。


 ソファと同じようにやわらかく体を包んでいた。余分な体の熱を吸い取っていた。もう、既に一つ思い出を作っている、あの洗剤の匂いのタオルケット。意識して嗅げば分かるほんの少し移ったフリジアさんの匂い。前夜、フリジアさんが掛けてくれた、タオルケット。


 そっと、それを握ると、クシャッとして、左手で手繰り寄せ、同時に起こされた上半身に、膝を曲げて、右手も合流させると、フィールは丸くなった。


 好きなだけ、感情が解けきって形を失うまで、フィールはずっとそうしていた。







 フリジアは、外にいるフィールを見つけた。彼はすでに起きていた。昨日、九時前に寝たのだから、こんだけ早起きなのも不思議じゃない。まだ時計は5時も差していないけど、フィールはコーヒーを淹れて飲んでいた。

 リビングの窓のすぐ前に置いてあった丸テーブルに、フィールは腰かけて景色を楽しみながらゆっくりとマグカップを口に運んでいる。

 階段で一階に下りてきて、しばらくその姿を眺めていた。

 横顔に朝日が影を作っているフィールは、窓越しにも鮮明に、その息遣いを感じさせて、時折吹く柔らかな風が彼の髪を揺さぶれば、彼も応えるようにまた、大自然と北部山脈に微笑み、それはフリジアにも見えた。


 あぁ、なんて、絵になるんだろう。


 フリジアに、絵画の才能がないことが悔やまれる。


 はっと、自分が息をのんでいたことに気が付いたフリジアは、顔も洗っておらず、髪も梳かさないできたことも思い出して、あまり音を立てないように駆けて、それらの支度を済ませに行った。


 階段から寝起きで下りてきて、ネグリジェに身を包み、一階の最後の一段を残して、左手で体重を軽く壁に乗せながら、うっとりとフィールを眺めているフリジアの姿もまた、一層と美しかった。彼女は気にするが、寝起きでも彼女の容姿は人々を黙らせる。ここに見ている者はいないのだが。



 フリジアは、支度を終え、同じくコーヒーの入ったマグを持って、彼のいるところへと向かった。途中、リビングのソファには、綺麗にたたまれたタオルケットが置かれていて、少しだけシミができているのを見つけたけれど、フリジアはその正体を考えはしなかった。


「フィール!」


 フリジアは窓を開けて、外に座っているフィールに声をかけた。


「フリジアさん!おはようございます!」


 振り返ったフィールは、元気いっぱいという様子ではないが、かといって疲れとか、不調も顔には表れておらず、どこかしんみりとした風勢を携えていた。外の空気が水分を含んで、冷たく、なおも美味しいからそう見えるだけなのかもしれない。


「調子はどう、大丈夫そう?」


 窓から身を乗り出して、マグカップを彼の前の丸テーブルにおいた。フィールの正面だ。


「ええ、お蔭さまで、気分がいいです。その、昨日はすいませんでした」


 フィールは謝ってくる。時折彼が見せる、こっちが泣き出してしまいそうになる、そんな悲しげな、申し訳なさげな様子ではない。フリジアは安心した。フィールはどうしてか腰が低く、悪いことではないんだけど、彼自身を責めてしまいがちだ。でも、今のフィールは、本心からすまないと思っているだろうけど、その表情はどこか柔らかくて、ゆったりとしている。


「いいんだよ。魔力切れなんてよくあること。フィールが大丈夫そうで安心した」


 フリジアは、こう答え、身を乗り出している窓のすぐ隣にあった扉を開けて、彼女も外に出た。


 途端に全身に目の前の山々からの、水分を含んだ清々しい風を感じる。気持ちがいい。風で髪がたなびいて、さらけ出された額に、あの朝日のあたたかい光が降り注いでくる。これ以上の朝はあるだろうか?隣にはフィールもいる。これを幸せと呼ばずして、安らぎといわずして、何を言う。


 フィールもまた、自然を体中で感じているフリジアを見て、胸中から湧きあがる幸せに浸る。


 フリジアは丸テーブルを挟んでフィールの向かいに座り、マグを傾けて、この最高の朝焼けを愉しんだ。



「でもさ、フィールの『冷風』凄かったよ」

「そうですか?ありがとうございます」

「うん。あんなに綺麗に淀みなく魔法を使えるのは相当だよ」

「そんなに言われると照れます」

「そういえば、今日はどうする?」

「狩り、、は行っても大丈夫なんですか?」

「うーーん。微妙かな。まだわかんない。フィールが昨日なんであんな極端な魔力切れを起こしたのかが分かんないからね」

「そうですよね、、、」

「とりあえず、今日は庭で魔法を試してみよう」

「大丈夫なんですか?」

「ええ、この家の庭はちゃんと魔法使用の許可をとってあるよ。私が責任者として立てばフィールも使える」

「そうなんですか」

「それより、朝ごはん用意する?何か食べた?」

「まだ食べてません。手伝います」

「そう。ありがとう」


 etc…

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彼女になったSランク狩人と田舎でのんびり暮らしてます 闇 白昼 @yamuuuuu

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