第12話 バイト代はアイスキャンディー
もうじき日が暮れ始めようかという時間。
環流はまた波未のバイトに付き添っていた。
「相変わらず寒いな」
「また来たのか」
まるで関心がないかのように、素っ気ない言葉をかけるのは、銀髪ショートボブの、年齢の割には幼く見える少女の雪見鳴である。
「やることがないんだ」
「だからといって、何も波未のバイトにまで付き合わなくたっていいだろうに」
「迷惑か?」
「客なら迷惑じゃない」
ということは、この店のアイスを何か買えばいてもいいということになる。
しかし、困ったことに環流には持ち合わせなど当然ない。
「……仕方ない、帰るか」
無一文の環流は、諦めて踵を返そうとするのだが、
「待て、鳴は何も金で払えとは言ってない」
「じゃあ、何で払えと?」
「体に決まってるだろう」
「は?」
それは男が女性を脅すときの台詞だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
環流は、どう反応していいか困った。
冗談だよな?と返すべきなのか、スルーして帰宅を決め込むべきか。
少なくとも、環流の痩せ気味の体を差し出すという選択肢はなかった。
鳴は何かに気づいたのか、雪のように白い肌を赤らめて、
「ちがう!代わりに働けという意味だ!」
「ああ、そういう」
「鳴の言い方が悪かったかもしれんが!真っ先に如何わしい発想になるのもどうかと思うぞ!?」
ぷんすかと怒りを表している鳴。
だが、恥ずかしさが混じっているのか、あまり威圧感はない。少なくとも、景を跪かせていたときほどのものは。
未だにむすっとしている鳴は、
「まったく、鳴はこんな輩を家に置いておかなければならない波未のことが心配でたまらないぞ」
「あたしがどうかした?」
ため息混じりに言う、その背後から波未がやってきた。
どうやら、奥の部屋で着替えていたらしい。
波未の服が、店の名前が小さく刻まれた黒いシャツに変わっている。
「波未、このケダモノに襲われたりしてないだろうな?」
少しの勘違いでケダモノとは随分な言われようである。
「どゆこと?」
「つまりだな、そのこいつにえ、エロいことされてないかということだ」
若干言葉を詰まらせる鳴。なるほど、耐性がないが故にあの怒りになってない怒りを環流に向けていたらしい。
そこに関しては、見た目相応みたいだ。
「あ〜……」
鳴の言葉だけで何を理解したというのか、波未は何やら含みのある笑みをちらっと環流に向けた。
「鳴、パンツには気をつけてね」
「パンツ?なんでだ」
なんだか嫌な予感がする。
「あたしのパンツ、頭から被って臭いを嗅ぎまくってた変態だから」
「おい」
事実無根である。
しかし、そんな戯言を信じたのか鳴は奥の部屋に引っ込み、ドアから小さな顔だけ覗かせて、
「なんで男は変態しかいないんだ」
だいぶ失礼な物言いである。島の男性に謝罪に回った方がいい。
恐らく、鳴は兄である景が男のイメージとして強くあるのだろうが、流石にあの上裸と一括りにするのはやめていただきたいところだ。
「……鳴のパンツは果物の柄なんてないから美味しくないぞ」
「鳴!?」
ジトっとした目で環流を捉えながら鳴が言う。
鳴の言葉は波未を揶揄していたらしく、思わぬ方からナイフを飛ばされた波未は反発してみせた。
「あのお子様パンツを被るとは、おかしな変態もいたもんだ」
「言っておくが、被ってなんかないからな?」
人のことを、珍しい動物のように言わないでほしい。
「ま、波未の下着のセンスは抜群にお子様じみてるからな。あんまり本気にはしていない」
どうやら波未の言葉を本気にしていたわけではないらしく安心する。
「で、今日は何柄なんだ? 葡萄か? 林檎か? それともまた苺か?」
環流は、出鱈目を言われたお返しにと、からかいの意味を込めてパンツの柄を聞いてみた。
だが、
「環流、怒るよ」
「お子様パンツだからって、年頃の女に下着のことを聞くとか……キモイな」
(しまった……)
確かに今の発言は変態だったと、環流は反省した。
波未は二階の掃除をしに行ったため、店になっている部屋には環流と鳴の二人だ。
「それで、働くってなにすればいいんだ?」
「そこに座ってりゃいい」
鳴はレジの裏にある、部屋と部屋の境になっている段差を指さす。
なんとも楽な仕事だった。だがまあ、楽すぎて逆に辛そうではあるが。
言われた通りに段差に腰をかけると、鳴は冷凍ショーケースから一つ袋に入れられたアイスを取り出し、「ほいっ」と環流に投げ渡す。
受け取ったアイスは、よく見かけるようなアイスキャンディーで、味もソーダ味と定番のものだった。
「バイト代だ」
「ありがとう」
感謝を述べた環流。
その隣に、鳴はもう一つ環流に渡したものと同じアイスを取り出して、座った。
「ここも暇だな」
「なんだ、店の悪口か?」
鳴はアイスの袋を切り取り線に沿って開け、水色のアイスキャンディーを小さな口で挟んだ。
環流もそれに続くようにして、アイスを一口かじる。
「俺は暇が悪いなんて言ってないぞ」
「あっそう。……だがな、確かにこの店は三日に一回子供が来るかこないかだけど、街の中心にいたってこんな風に時間を持て余すのには変わりないぞ」
「そうなのか? 波未に連れられたとき、人は結構いるように見えたけど」
「それはな……おっと」
言いかけると鳴は、不注意にも肌を見せる太腿にこぼしてしまう。
なんてことないと、手で拾い口に入れる鳴。
そんな少しの子供らしさを見せる鳴の太腿に、環流の眼は吸い寄せられていた。
というのも、鳴はまたもや下を履いておらず、少し大きめのセーラーの制服一枚に体を包んでいる。
立っていればそれでもまだ問題はないのだが、座っていると制服の裾は股関節のあたりでしわになっていて大分際どくなっている。
今店の扉が開かれ客がやってきたとしたら、羨ましきことかな鳴のパンツを拝むことができるだろう。
「……目が変態になってるぞ」
「は?」
鳴は環流にジト目を向けていた。
「お前、初めて会ったとき鳴のことを見た目の割になんとかとほざいてたが、これはつまりロリコンという認識でよろしいか?」
「待て。俺はもし今客が来たら、パンツ丸見えのお前はどんな反応をするのかと考えていただけだ。そこにやましい気持ちはない」
素直に弁明する環流だが、
「……食らえッ」
「いてえ!?」
白い顔をオーバーヒートさせた鳴に、食べ終わったアイスの棒で太腿を刺すように攻撃された。
(解せん……)
環流を攻撃したアイスの棒は当たりだったらしく、二本目のアイスにかじりつく鳴。
座りなおした鳴は、膝まで無理やり制服の裾を伸ばすことで万が一の来店に備えていた。
素直にレジの横の床に投げ捨てられているスカートを履けばいいのにと思う環流だが、どうやら出かけるとき以外は断固拒否らしい。
「さっきの続きだが、街には島民のほとんどが毎日のようにやってくる」
「? それがどうかしたのか?」
「島民のほとんどが毎日だぞ? あの街でそんなにやれることがあると思うか?」
「それは……ないかもな」
確かにあの街には生活の為の必需品を売っている店や、何種類かのレストラン。他には多少の嗜好品が売られている店が並んでいるだけだったように思う。
島民がどのくらい住んでいるのかは分からないが、街を見たばかりの環流ですら、せいぜい用があるときに訪れるようなところだろうという認識だった。
そんな街に毎日のように訪れ、やれることがあるかといえば、特にないだろう。
鳴の言う通り、島民のほとんどが毎日のように街を訪れているのだとしたら、それには違和感を覚えざるを得ない。
「島民はみんな、ただ人が集まる場所だからという認識で街に来ている。特に用事もないのに」
鳴はどこか遠くを見て言った。
「何かに囚われているんだよ。得体の知れないなにかにな」
鳴はそう言うと、よっこらせと立ち上がると拒否していたスカートを履いた。
レジの隣に置かれた、赤いベレー帽もぴょこと跳ねてる癖毛を隠すように被る。
「また出かけるのか?」
「ああ、店番頼んだぞ」
「まあそれはお安い御用だが」
「波未もそろそろ掃除終わると思うから、二人で適当にやっててくれ」
扉に手をかけ、開けようとしたときに思い出したのか鳴は、
「これ、鍵だ」
投げられた店の鍵を環流は落とさずに捕まえる。
今度こそ店を出るかと思ったのだが、
「──それとな、波未のことだが。波未はたまに、哀しげな表情をする。でも見たところ、お前の前ではなんだか明るい気がしてな。だからというわけではないが、もし波未がお前にも哀しげな表情見せたなら、助けてやってくれないか? 鳴のたった一人の友達なんだ」
そう言うと鳴は、ガラガラと扉を開け、「暑い〜溶ける~」と夏の日差しに文句を垂れながら店をあとにした。
それにしても、鳴が残していった波未のこと。
哀し気な表情とは一体どんな表情なのだろうか。あの写真に関係することなのだろうか。
環流はその哀し気な表情というのをみたことがあるような気がする。
環流の頭の中は波未のことでいっぱいいっぱいだった。
珊瑚の島に囚われている ~島の少女に世話されるようになってしまった件~ 水の中 @mizunonaka
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