破壊者

 俺が使いこなしたわけじゃない。仮初の力。

 白バアルが居ないとこんなにも俺は弱いのか……。

 自分の不甲斐さに歯がゆさを感じながら、ミノタウロスを見据える。

 

 俺が邪神に植え付けられた力、憤怒の権能。怒りの感情を糧に、持ち主の力を向上させる。

 だが使いすぎれば暴走し、ただの破壊者に成り下がる。

 使っても問題なかったのは、何かしらの方法で白バアルが抑えていてくれていたんだろう。

 今はそのストッパーもいない。だが使わなければ勝てない。勝てなければ目的も達成できない。

 なら答えは決まっているだろう。

 たとえ自我が無くても、上に登れば俺の勝ちだ。登り切った後の事はその時にどうにかすればいい。

(思い出すだけでも権能が使えるのか試したかったし、丁度いいかもな)

 と、いう事で、一番嫌な記憶を奥から引っ張ってくる。

 それだけで怒りが沸点に到達し、目の前が額から飛び出した血で真っ赤に染まった。

 

「ーーーーーーーーーーーーー!!」


 声にならない叫びが俺の喉から飛び出したと同時に、理性と意識が確かな物だけを残して消えた。


————————


 床に置かれた戦斧。それは持ち手が半ばから折れ、刃の部分も砕けている。

 そして、白かったはずの部屋が真っ赤に染まり、ミノタウロスの腕、足、胴体が無造作に転がっている。

 その転がった物の先に居るのは、黒い雷を手に纏い、額から角を生やしたバアルだった。

 手にはミノタウロスの物であろう首が握られていた。

 部屋の様子は、激しい戦いの後の様だったが、バアルに傷は無かった。

 虐殺。一方的過ぎたそれは、ミノタウロスの意識がなくなった後も続けられた。

 部屋を赤く染め上げる程の血が、ミノタウロスから流れる血だけで、部屋を赤く染めるまでそれは終わらなかったのだ。

 ミノタウロスを倒したことで、バアルは次の階層に飛ばされる。

 今のバアルには理性が無いため、もし転送と言う形でなかったら、目の前の物をただ壊すだけになっていただろう。

 これが幸か不幸かは分からないが、バアルは二階層に足を踏み入れた。

 二階層、そこは無数のカラスが蔓延る階層。

 個への火力を試された後は、多への殲滅力が試される。

 だがここのカラスは当然、ただのカラスではない。

 一羽なら少し耐久力が高いただの鳥だが、二羽、三匹と数を増やすにつれて、その耐久は十倍二十倍に跳ね上がる。

 百羽を超えるころには、ほぼ物理、魔法を無効化すると言っていいほどの耐久を有する、はずだった。

 バアルが雷を纏った腕でカラスを薙ぎ払うと、空を埋め尽くすほど居たカラスが全て、落ちた。

 その落ちてきているカラスの一羽を無造作につかみ、握りつぶした。

 少量の、だがそのカラスにとっては全ての血が、辺りに飛ぶ。

 鬼の形相はなおも変わらず、バアルは次の階層に飛ばされた。

 三階層、次は溶岩が降り注ぐ階層。

 己の耐久が試されるが、ただ溶岩が降っているだけではない。

 溶岩に潜む溶魚が、近くを通る者を襲う。大きさは手のひら位のものが殆どだが、稀に二メートルを超える個体も交じっている。

 そういう個体が居る所には必ず、女王が存在する。

 見つかったら最後、溶岩に入って死んだ方がマシと思う程の苦痛を与えられるという。

 だが、バアルは体に限界まで雷をため込み、それを一気に放った。どこかを狙うのでもなく、ただ自分を中心に放出した。

 それだけで溶魚たちは小さなものから女王まで例外なく、感電して白目をむいた。 

 それからは十階層まで、ただの殺戮が続いた。

 地上に居れば災害レベルの生き物たちを、赤子の手を捻るように簡単に殺し、ただ淡々と上を目指していた。

 だが次は節目の十階層。先程と同じと思ってはいけない。

 神の塔は、上に行くごとに敵が強くなっていく訳では無い。限りなくそれに近いが、例外がある。

 それが節目の階層である。

 十階層は獣の間。生前世の獣を従え、万の獣の軍勢で大陸の半分を制圧した英雄、その魂が守る階層。

 これまでの白い階層とは違い、そこは森の中だった。一寸先は真っ暗で、ただ木が生い茂っていた。

 その緑が、真っ赤に染まるのは、そう遅くは無かった。

 獣の軍勢の約半数が、バアルの手にかかっていた。そこら中に転がるものには、大きな穴や切り傷、焼け跡等、様々な種類の傷がついていた。


「僕の子供たちをこんなに殺すなんて……君は調教が必要なようだ」


 神に拾われた英雄の魂。それは神によって作り出された空間なら、生前の姿になることが出来る。

 獣王と呼ばれた齢十五の少年は、悲しそうに、だが同時に楽しそうにバアルを見た。


「理性が無いなんて獣と同じ、君にこの塔を昇る資格は無いよ」


 腰に下げていた鞭を取り出し、パシィン!という音を鳴らして少年は構える。

 同時に少年の横、左右に魔法陣が展開され、そこから二体の獣が現れた。

 一体は四本の腕が生え、腹から蛇が生えた熊。

 一体はライオンの頭に尾が蛇の生き物。

 合成獣(キメラ)と言われるものたちだ。


「さあ、始めようか」


 少年が不敵に笑い、戦闘は開始された。

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魔神王さんは無茶苦茶ですー外伝ー降神戦記~元人が神に至るまで~ 紅椿 @koutinn

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