第23話 いつか・・・いつか。

  ◇

いつか…忘れてしまうと思っていたけれど、


それは、違った…


思い出は、色褪せることなく、


いつまでも、僕らの…


海を見下ろす霊園へ向かうなだらかな坂道。

 よく晴れた五月の午後。

「歩美お姉ちゃん、待ってってばぁ」

 甘ったれた声を上げながら少女の後を追いかける少年は、勇右。由紀と僕の息子だ。

「勇右君も大きくなったわね。いくつになったの?」

「この前の二月で八歳になったの。歩美ちゃんは?」

「歩美は十月で十二歳。来年はもう中学生。早いわねぇ。あたしたちも年取るわけよね」

 少しだけ前を行く智子と由紀の会話を聞き、雅也と僕は缶ビールを煽りながらその後を付いて歩いていた。

「なあ、雅也、俺達、年取ったか?」

 僕はワザと前の二人に聞こえるくらいの声量で雅也に訊ねる。

「いいや、全っ然。寧ろ、今の方が十年前より若い気さえする」

 雅也も調子を合わせて声を張り上げる。

 智子が振り返り、呆れた視線を僕等に向け「はぁ」とため息を吐く。

「バカなの?あなたたち」

 由紀はその様子を見て笑いながら、「バカなのよ、あの人たちは。でも、それで私達、救われてない?」と、智子をなだめる様に言う。

「そうかもしれないけど、それも過ぎるとねぇ・・・。でもいいわ、今日は明美に会いに来たんだから、明美はあの頃のままなんだし、今日は気持ちだけは十代でいきましょうか」

 智子の表情がパッと切り替わり、どうやら丸く収まった様だ。

 僕は大袈裟にぎゅーっと片目を瞑り、由紀に「good Job」のサインを送る。

 僕等家族は勇右が生まれてから毎年、五月に休暇を取って帰省し、明美の眠る霊園に墓参することが恒例行事になっていた。勇右にとっては、今回で九回目で、由紀には十回目になると思う。由紀とは結婚前に、報告の為に訪れていたから。

 由紀と智子は、高校生時代は大して親しいことはなかった筈だが、僕と結婚して以来、何故だか姉妹の様に仲良くなり、何かにつけ電話でやり取りをしている様だった。

 一昨年の夏には歩美にせがまれて、TDLにやって来た雅也たち三人を我が家に一泊停めた時も、雅也と僕を放ったらかしにした挙句、僕等をリビングに追いやって、自分たちが客間を占領して朝まで何やら盛り上がっていた。

 そんな彼女達が普段にどういった会話をしているかは知らないのだけれど、雅也と僕も含めて四人が集まると、大概僕等男二人がやり玉に挙げられ、ディスられることになる。

 チャラ男とツッパリ。彼女等の目には当時は奇異なコンビに見えていたらしい。

 ちょっと甘酸っぱく、凄く恥ずかしい思い出話。

「早く早く。ママ、パパ、早く」

 ちょうど明美の墓石が見え始めた辺りで、先に着いていた歩美が大人達を急かす。

 歩美の隣には膝に両手をついた勇右が、肩で息を切らしていた。

「歩美ちゃんは、雅也に似たね。お前は逃げ足は誰よりも速かった」

「おいおい、そんなに褒めるなよ」

「褒めてねぇよ」

「え?やっぱりそうなのか?」

 下らないやり取りをしながら僕等が子ども達のもとに辿り着くと、勇右がまだ肩で息をしながら言う。

「歩美姉ちゃん、めちゃくちゃ速いよ。僕だってクラスでは一番速いんだけど、全然敵わないよ」

 雅也が僕にボソボソと言う。

「良かったな、君に似なくて。主義主張もちゃんと出来そうだし、女の子とも上手くやれそうだね」

「うるせぇよ」

 ふと由紀と智子に目を遣ると、二人ともこちらを見てクスクス笑っている。

「どうしたの?」

 雅也が不思議そうに二人に問いかけると、それには由紀が答えた。

「ううん、変わらないな、あなた達って、って思って」

 智子も「うんうん」と同意するように頷いている。

「いやいや、君達も昔とちっとも変わらず、綺麗だよ、今日はまた特に、ね」

「あ、でた、チャラ男、全開」

 智子が雅也をディスる。

 それでも雅也は嬉しそうに言う。

「変わらないことって、それはそれで素敵なことだと思わないかい?」

 皆がそれぞれに何となく頷く。それから、そこに今も居るであろう明美に向かって皆で微笑みかけた。



 歩美が智子に訊ねる。

「明美さんって、どんな人だったの?」

「お母さんにも、お父さんにも、左右おじさん、由紀おばさんにとっても、皆にとって凄く大事な人で、優しくて、正直で、綺麗な人だったのよ。今もみんな、大好きよ」

 今度は勇右が僕に訊ねる。

「明美さんのこと、お父さんも好きだった?」

 僕は何の躊躇いもなく答える。

「そうだね、好きだったよ。お母さんも、おじさんたちも、みんなが好きだった」

 由紀が微笑みながら息子の髪を撫でる。

 不意に丘の斜面を駆け上がった風が、歩美が道端で摘んだのであろう、手にしていたタンポポの綿毛を空中に巻き上げた。

 それは陽の光に照らされて、キラキラと、どこまでも高く高く舞い上がり、そして、やがて見えなくなった。

 暖かく、優しい陽射しの中で、僕等はいつまでも空を見詰めた。



  おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか ninjin @airumika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ