第36話 もふもふ大修行

 

「てーいっ! まだまだですリーノさんっ!」


 ここは魔術士官学院に併設された演習場。

 中世の採石場を利用した広大な敷地を持ち、超強力な魔術も遠慮なしに使うことができる。


 演習場の一角、段々畑のように切り取られた崖で僕たち”特別クラス”は地獄の?ブートキャンプに挑んでいた。


「!! 右ですっ!」


 ぺこん!


 襲い来る無数の洗面器を蹴りと手刀で撥ね退けるララ。


 ぱこん!


 彼女の拳と脚が金属製の洗面器にヒットするたび、やけにかわいい音が辺りに響く。


「ぶべらだにゃっ!?」


 べしゃっ


 ララの隣では、顔面に洗面器の直撃を食らったアッカが吹き飛ばされ、クッション代わりに設置されたマットに沈む。


「アッカちゃん! こんなことでへばってたら最強のモフ法士にはなれないよっ!」


「……この脳筋トレーニングがモフ法に関係してるとは思えないの」


「わふん……ヒドイ扱いをされているのに、胸の内に高まるこのドキドキは、なんだわん?」


 瞳の中に炎を燃やすやる気全開のララとは対照的に、ボロボロになってこのトレーニングに疑問を呈する三人衆。

 ……約一名は何か別の世界に目覚めようとしているけど。


「……えーと、自分でやっててなんだけど、これで本当に魔術のトレーニングになるの?」


 崖の上からスキル”ミサイルホーミング”で洗面器を飛ばしていた僕は、念のためララに確認する。


 本来ならこのスキルはブーメランなどの投擲武器の軌道を操作し、命中率を大幅に上げるために使用する。

 それを今回は彼女たちのトレーニングに使っているというわけだ。



「はいっ!!」


「長老さんに聞いたところ、ララたちのモフ法の攻撃力には物理攻撃力が関係しているそうですっ!」

「ナ・デナデのモンスターはリーノさんたちの世界に比べてよわよわでしたのでララたちの物理攻撃力は低いままでしたが……」


 確かにララたちの世界では、ただのスライムが”迫りくる災厄”と呼ばれていたくらいだもんなぁ……三人娘が使っていた”でんせつのぶぐ”を思い出す。


 別にララたちの体力……HPが低いわけではないので、物理攻撃力を鍛える機会に恵まれなかっただけかもしれない。


「”スキル辞典”リーノさんのつよつよ薫陶を受ければ、ララたちは最強になれるのですっ!」


 びしりと勇ましいポーズを決めるララ。

 ……ピコピコと動くケモミミと尻尾のお陰で可愛らしさが先に立つけど。


 ああ、ドヤ顔ララもかわいい……このポーズをモデルにした銅像を世界中に建てよう。

 そうすれば世界はもっと平和になるんだ……。


「と、いうことでっ!」

「このとれーにんぐに疑問を持っちゃダメですっ!! ダメですっ! ダメですっ! ダメですッッッッ!!」


 みょんみょんみょん……


「「「のおおおおおおおおっ……!?!?!?!」」」


 妙な怪光線を発して三人娘を洗脳するララと、妄想トリップに沈む僕。

 ツッコミ役不在のまま、僕たちのブートキャンプは進んでいくのだった。



 ***  ***


「もっと、もっと下さいリーノさん! うおおおおっ!」


 さんさんと降り注ぐ太陽が西の空に傾いても、僕たちのブートキャンプは続いていた。


「「「きゅう……」」」


 力尽きた3人娘が洗面器に埋もれて倒れ伏す中、諦めない情熱を瞳に宿したララだけが夕闇迫る採石場に立っていた。


「行くよララ! 最後の一撃……受け止めてみせろ!」


「はいっ!!」


 純白の制服は土埃に汚れ、所々破れてしまっている

 無数の洗面器を叩き続けた拳と膝は真っ赤に腫れあがっている。


 ボロボロの姿になり、脚を震わせながら大地を踏みしめるララの姿は……女神のように美しい。


 僕は彼女たちのレベルが上がるように祈りを込め、最大出力でミサイルホーミングを発動させる。


 ゴゴゴゴゴ……


 洗面器とは比べ物にならない、巨大な金ダライが複雑な軌道を描きララに迫る!


「ララ!」


 危ない!

 思わず声を上げてしまう僕。

 だけど、彼女の視線は襲い来る金ダライをしっかりととらえていて……。


「大丈夫……見えていますっ!」

「はあっ! そこですっ!!」


 ガイイイインッ


「おおっ!?」


 ララの拳が、正確にタライの中心を射抜く。


 ガラララアアンッ!


「「「ぐえっ!?」」」


 大きな放物線を描いて飛んだタライは、アッカたち3人娘の上に正確に落下する。


「凄い……彼女たちの魔力が!?」


 鑑定スキルを発動させた僕の目にははっきりと見えていた。

 彼女たちの魔力が、狂おしいほど増大したことを。


 こうして、世界に迫る怪異に備え……ボクたち特別クラスの実力は大幅に向上したのだった。


「えっと……なんですか、これ?」


 リーノたちの”授業”の様子を記録するために同行していたエリザのツッコミは、採石場を渡る風に吹かれ、はかなく消えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レベルアップしない呪い持ち元神童、実は【全スキル契約済み】なんです ~実家を追放されるも呪いが無効な世界に召喚され、爆速レベルアップで無双する~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ