ゆびきり げんまん うそついたら 

はりせんぼん のます ゆびきった

 


そうして私達は小指を絡めあいました。まるで子供のようなたわむれに、頬を染めて、互いにはにかみながら。指の腹から伝わる体温はほんのり暖かく、これより先の私達の幸せを告げているようでした。



それが、どうしてこうなってしまったのか。



 ふと気付けば、目の前であの方は事切れておりました。整っていたお顔立ちはいくらか欠けていて、その断面は鋸刃のこぎりばにあてられたように乱雑で、脳天は岩でかち割られたように砕けていて、それはそれは酷く醜いお姿でした。 


御魂みたまを失い粗大な物となった肉体の端々はしばしから、だくだくと逃げ出す赤黒い血といやしい脂が、畳の上に大きな染みを作り出しておりました。


そして私の口元からも生暖かく錆びた匂いが零れ出て、首筋を伝い濡らしてゆきます。鼻の奥と、眼球の裏に刺さるような、家畜小屋の錆びた蝶番ちょうつがいに似た鉄の香りと、その中にみつけた微かな砂糖菓子のような甘い香りに、強い眩暈を感じずにはいられませんでした。



人間の血肉がこれほど美味であるなどと、この村の誰が知っているでしょう。



鶏にも豚にも牛にすら、これほど酔いしれたことはありませんでした。口の中でじんわりと溶け、舌に絡み付くドロリとした心地。飲みくだすときに喉の奥に広がるむせかえりそうな匂い。程よく乗った脂が口の中で溶け、私の歯でぶつぶつと噛み千切られる肉は柔らかく、中に埋まった血管はつるつるとしていて思わず舌で舐め伝いました。



しかし、同じ人間といえどもそこらの山賊を喰らったところで、これほど幸せな心地にはなれなかったかもしれません。


この人だから…


愛おしく、美しく、聡明で、そしてただひたすらに欲深かったこの人だからこそ、私は今、深い愛情で幸福を貪り、こうして喉を鳴らしているのです。

 


しばらくその心地に浸り、濡れきった顎を動かしていましたが、とうとう口の中の血肉が少なくなってくると、幾分かの悲しみが沸いてまいりました。これが終われば、私はとうとう人間ではなくなってしまうのでしょう。



いえ、もう遅い。きっと私はとうに人ではなくなっている。この肉に歯を突き立ててしまった瞬間ときから、私は人ではなかったのでしょう。いずれは私自身すらなくなってしまうでしょう。


これが幸せに生きることの出来た人間として最後の食事となりましょう。このまま全て鬼となってしまう前に、貴方が腐り落ちてしまう前に。


どうか、私の話をお聞きくださいませ。

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