ゆびきり

伊月 杏


その夜、神社の境内にひとりの鬼女が現れた。



煌々とした月灯りに照らしだされたのは、深い悲しみと怒りに歪んだ顔である。鬼は重い体を引きずるように参道を通り抜け、かつて巫女として舞い踊り、幾度となく手を合わせてきた神殿へ向かっていく。


二本の角に般若のようなつらの鬼は崩れ落ちるように石畳に座り込み、血塗れの手を合わせて身を震わせている。いつからいたのか、神殿の奥から小さな狐が鬼をみつめていた。



狐は静かに語りかける。



「恨みと怒りの塊になり人を喰らった鬼は人の道から落ち、もののけでしかない。もののけが人間として生き直すことは許されぬ。これより先に出来ることはその罪を償い、その身体に刻み込まれた怨念を浄化させることのみ」



冷たく言い放つ狐だが、鬼の前から姿を消しはしなかった。



神に祈りを捧げる仕草で深く深くそのこうべを垂れた鬼は、生前何度となくあげてきた祝詞のように、渦巻く想いを口に出し始めたのだった。





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