罪悪感の果てに

ぷれぷれ

罪悪感の果てに

 この世界は魔法の国とも呼べるほど魔法が世界の根底に根付いており、科学技術が進んだ今なお魔法はその代替品に成り下がることはなく、世界の覇権を握り続けてきた。魔法はあらゆるものに関与する権能。科学技術も魔法に近しいところまで近づいていたがその速さ、すなわち力を行使してから関与するまでの時間が段違に早い。例えばモノづくりで言うと、科学技術を使うと時間はかかるが時間という通貨を払えばその見返りとして素晴らしい代物が作られる。その点魔法は時間ではなく、魔力、それすなわちエネルギーを犠牲にすることで時間という通貨を使わずして一瞬にして物を作り上げる。我々人間は、時間のことをエントロピー増大則という法則の名のもと、熱を通じて時間というものを感知する。時間を魔法では魔力という名前のエネルギーを用いることでそのエネルギーを吹っ飛ばすことができる。これが世界の全容、あらましである。さあここからがそんな世界での一つの小さな小さな世界でのお話。始まり始まり。








今日の空はとても青かった。青かったのか青く見えただけなのかは今となってはあいまいだが確かに私は空の青さを見た。それが今となってはどうだろうか。今、どれくらい時間が経っただろうか。もう手足の感覚さえもない。声を出そうにも出ない。のども完全に枯渇している。呼吸できる事自体が奇跡だ。助けてほしい。そんな願望を持ってから10日が過ぎた。水は雨水を飲んで補給したがとてつもなく不味かった。助けて、痛い、怖い。いろんな感情が飛び交う。しかしそんな感情さえも壊すくらいの静寂。瓦礫に埋もれた私の体。何も見えない暗黒の空間。精神崩壊寸前の私。体に打ち付けられる瓦礫の数々。

 その時、


「エリ――ッ!!」


 はっきりと私の名が聞こえた。だけど声が出ない。出そうにも出せない。出たい、助けて、と


「お――いっ!!」


その声掛けは虚しくも、エリー耳には聞こえても声に出す力はない状態だった。


「クソっ! 反応がない!」


 声が出ないほどのどが枯渇している故、声など出るわけがなかった。だが、願望を嘆いていてしまう。助けてほしいという小さな希望を。その時、ふと時計が目に入ってきた。エリーと刻印されている亡き祖母がくれた物。時計を見ると3時を指していた。


 時計? ……アラーム機能! アラームであれば外部に存在が伝わるはず!    エリーは火事場の馬鹿力で頭を回転させた結果がアラーム機能だった。


 最大音量に設定した腕時計が耳をつんざいた。その音はしっかりと空気に波を任せsos信号を発した。その音はかすれながらも瓦礫の隙間から救援者に届いた。


「いたぞ! 要救助者だ! 瓦礫をどかせ! 死ぬ気でどかせ!」


「うおおおおおお!」


救援車によってどかされた瓦礫の音とともにまぶしい光がエリーの目に差し込んできた。




                 ◯




大災害よりおよそ10年後


「いや―、驚きましたよ。この世界にこんなに高い建造物があるなんて。世界はひろいですねぇ」少女は軽い口調でボソッとつぶやいた。


 生まれて初めてビルを見るアムネシアは目を大きく見開いて瞬きを忘れるほどに驚いていた。田舎出身ですと、自己紹介するかのようにアムネシアはぐるぐると見て回りながら人混みでいっぱいの大通りを歩いていた。目に見るものすべてが新鮮で、この時ばかりは時間の進みが数年ぶりにゆっくりに感じた。アムネシアは目を輝かせながら見ていた時に、人混みにあたりハッと我に返ってここに来た意味を思い出した。企業の依頼を達成するために来たことに。そのあと地図を見ながら四苦八苦すること1時間、やっとのことで目的の企業にたどり着いた。


 てこづらせやがって。何回迷ったかわからないほど遭難しましたよ。くそったれですね。

と、アムネシアが企業のエントランスに差し掛かった時に彼女に話しかける女性が一人。

「お、お待ちしておりましたアムネシア様」


 おぼつかない言葉遣いでアムネシアに話しかけてきた。その時のアムネシアの表情といえばにへらーと笑っている危ない人の顔をしていた。その顔になっていることに気づいたアムネシアは自分に爆裂ビンタして元の顔に戻しあいさつした。


「どうも、私はアムネシアです。私に依頼があるとのことで来たのですが」さっきまでの軽い口調とは打って変わり、他人バージョンの話し方へと切り替えた。


「ま、まずは社長室までお越しください」


 おや、話がさえぎられましたぞよ。後でおしおきしておかなくては。……冗談です。人と、話し慣れていないんでしょうか。少しかみ合いませんね。というか最初から社長室に連れて行かれるなんて、私はこの後殺されるのでしょうか。殺られる前に先手必勝ということで殺っておきましょう。……もちろん冗談です。


 そういえば、社長室へ向かう途中にエレベーターというものがありました。人を乗せて自動で上や下へ運んでくれるものです。ぶったまげました。こんなものがこの世界にあったなんて。魔法でもない。いやー、進化というものはすごいですねー 


 アムネシアは初めて見る技術の結晶体に好奇心を向けながらエリーのあとはついていきそんなこんなで社長室のドアの前に連れていかれた。


「こ、ここが社長室です」


「どうもありがとうございます」


「あ、いえ」


 初心でめちゃくちゃかわいいいい。ふぉおおおお! 


 アムネシアは心の声が漏れ出まいと我慢していたが、どうしても口元の形は治らずにやにやしながら社長室に入るという偉業を達成したが、アムネシアは気合と根性で舌をガリッ! と咬み、痛みで口元を平常へと直したが、口元から血が漏れ出した。


 部屋に入ると偉そうにふんぞり返っている、如何にも重役と思わしき失礼なくそったれじじいが座っていました。その周りには秘書と思わしき男性が一人。部屋の内装はめちゃくちゃ豪華、というわけではなく普通の部屋って感じでした。応接用のソファーのような椅子が計4つあり、至って普通の時計や机や仕事道具やパソコン等が置かれていて、自分だけ贅沢をしているというわけではない部屋造りでした。というか、こいつはしゃちょーとか言うやつですか。


「やあ、よくきてくれたね。私がヒューリカンパニーの社長だ」アムネシアの創造とは裏腹にその声は実にやさしい感じであった。近所の飴ちゃんをくれるおじいちゃんといった声質であった。


 あ、やっぱり


「言わずと知れた超大企業だ。早速だが本題に入らせてもらう。君の魔法を使ってわが社の計10台あるエレベータの速度を上げてほしいのだ。社員から苦情が多くてな」


 苦情が多くなるまでほっといたんですか……… というか自分で超大企業って言うんですか。というかそんな企業私知りませんでしたよ。やべぇやつですね。ん? お前が世間知らずなだけ、だって? く◯ばれ。


 アムネシアはなぜか聞こえるはずのない作者の声が聞こえてしまっていた。おぉ、怖すぎワロタ。


「わかりました。具体的なスピードはどうします?」さっきまでの心の声は何処へやら。何事もなかったかのように話を進めるアムネシア。


「そうだな、1階から10階まで4秒以内に着かせてほしい。そして、乗っている社員に負荷がかからないようにして欲しい。できるか?」


「えぇ、もちろん」できますか? でしょうにこのくそやろう。


「ですが、作業には少々時間がかかりますのでエレベーターを使用禁止にしてもらいますね」というか10台ってバカみたいに多いですね。完全に終わるまでに丸一日かかりますよ。ふぁっ◯ゅー!


「わかった。それじゃあ終わったら報告してくれ。報酬はその時払うから」


 もちろん私が報酬なしの仕事を請け負うわけがありません。ちなみに報酬額は驚異の3000万円。いやーふとっぱらですねぇ、社長さん大好き。


 腹黒ウルトラアメイジング手のひらクルクル返しことアムネシアは、ちょっと頭がおかしいようだ。


「あと、エリー君を同行してもらえるかな?」


「エリ―?」誰ですかそいつ。


「あぁ、すまないよ。言ってなかったね。君をここまで案内してくれたその女性だよ」


 ………ふぉおおおお!!!!! 人生の祝福!! 五感の保養!! いやっほおおおおおお!!


 アムネシアは心の声を声には出さなかったもののこの場にいる全員の前で部屋に入るときよりもニヤニヤしてしまったが、全員見てみぬふりをしてやり過ごした。それはもちろん作者である私も例外ではない。




                 ◯



                       

 応接室をあとにした私(私たち)はエレベーターホールに向かいました。実際に活動できるのは明後日からですか一度どのようなものかを確認しておく必要があった故、エリーとアムネシアはエレベーターホールに向かい。そこでアムネシアはいろんなことを確認した後「さて、点検はこのくらいですね。こうゆう原理だったら1週間もあれば終わりそうです」とアムネシアが言った後、彼女は少しため息をつきながら「さて、明後日まで何をして時間をつぶしましょう」といった。エリーはアムネシアの言葉を聞いて少し考えた後「もしよろしければ私がこの国を案内しましょうか。何分私も今日は早めにあげれますし明後日まで暇ですから」と微笑みながら言った。


アムネシアは容姿が好みの性癖ドストライクの女性からお誘いを受けて、間髪入れる間もなく「もちろんです!!!! さあ、どこへ行きましょうか!!! あなたとなら地の果て海の底宇宙までどこまでも行きましょう!!!!」とエリーが少し引くほどに興奮した状態で言った。


その後エリーとアムネシアは今日の15時に会社の前で落ち合うと約束を決めそれまでアムネシアは会社から提供されたホテルに荷物を置いてホテルの売店や近くの百貨店でウロチョロしながら待っているとあっという間に約束の時間になり足が軽々した様子でアムネシアは会社前に向かった。会社の前にはスーツ姿から私服姿に様変わりしたエリーが立っていた。アムネシアは、私服のズボン姿のエリーに少しばかり見とれていたところエリーがアムネシアの手を引いて「ほら、こっちですよ」と言いながらタクシー乗り場でタクシーに乗り行先まで小刻みに揺れる車の中で2時間余りを過ごした。一方ぁ胸アハ小刻みに揺れる心地よい振動で眠たくなっている、ということはなくエリーのいい匂いが至近距離で嗅いでいたのでずっと興奮しっぱなしであった。


興奮してから2時間ほど経過した後、タクシーは喧騒な都市部から遠く離れ山の上に着いていた。あたりは季節も相まって日が落ちていた。タクシーから降りるとエリーは「目を閉じて」というとアムネシアの手を取り少しばかり歩き手すりのある所で止まり、「目を開けていいよ、アムネシアさん」と言い、アムネシアが目を広げるとまさに絶景、言葉通りの100万ドルの夜景が目の前に広がっていた。アムネシアは人生で初めて見るタイプの絶景に目を見開かせ見惚れるようにぼーっとしていた。都会の光を山の上から俯瞰するように彼女たちは見ていた。


アムネシアの瞳には町の光以外には何も映っていなかった。無意識にもアムネシアの口から「きれい…」と思わず漏れてしまうほどの絶景。


アムネシアが景色に目を奪われている間、エリーも心ここにあらずであった。


 人が増え始めたころになると彼女らは下山しエリートアムネシアは帰路についた。帰路の途中エリーは明日もまた連れていきたい場所があるとこことで明日の朝8時にまた集合することを取り決めていた。その間もずっとアムネシアは景色の余韻に浸りエリーもまた、余韻に浸っていた。







                 〇




 ピピピと無機質なアラーム音でアムネシアは目を覚ました。「うーん…」とまだ寝ぼけた様子でアムネシアは目をこすりながらカーテンを開けた。光で頭が起きようとしてアムネシアは窓の景色を見て少しばかり驚いた。こんなにも朝早くから町は人通りでごった返していたのだから。「あらま、本当にこの町の人たちは働き熱心なのですね。私には到底無理ですね」と言いながら身支度を整え部屋を早々に後にした。集合場所でエリーと再会した後またタクシーで目的地に向かった。およそ2時間後、喧騒に塗れた都会から遠く離れタクシーから見える景色はほとんどが緑に覆われていた。タクシーはトンネルに入り数分をかけて通り過ぎると目の前には広大な海が目の前に広がっていた。タクシーから降り、エリーとアムネシアは浜辺に降り立った。


「うわーお。エリーさんも、もしかして魔法使いなのですか? 私が行ったことない場所をドンピシャで当てるなんて」


「ふふん! これが、都会で培った読心術ですよ!!」と自信満々に言った。


 海辺には田舎ということもあって人気はほとんどなかった。海の家さえもなかったが、人が立ち入った回数が少ない分、海の色は段違いにきれいだった。言葉通り、まさにエメラルドグリーン色の海。アムネシアはこの絶景にまたも目を奪われ今度は耳さえも波の打つ音に聞き入っていた。それに加えて海風が心地よく吹き潮のにおいも混じっていた。アムネシアは5感で海を感じていた。


「どうです。初めての海は。とても気持ちのいいものでしょう」


「えぇ。とっても。ずっとこのままのんびりしても飽きないくらい美しいですね」


「でも、今日はそれ以上のものを用意していますからね!!」とエリーはアムネシアの手を引っ張りながら言った。「ところで、アムネシアさん。あの海入ってみたくありませんか?」とにやり顔でエリーは尋ねた。


「うーん。入ってみたい気持ちは山々なのですが、このまま入ると服がびしょ濡れになってしまいますしね。かといって替えの服は用意していませんし」


「あれ、アムネシアさんって水着って知ってますか?」


「いえ、なんですかそれは」


「………まじですか」エリーは海が近くに無くても、さすがに海関連の知識はあるだろうと期待していたが、世間知らずのアムネシアは海は知っていても水着までは知らなかったようだ。「じゃあ、今日は人生初の経験がいっぱいできますね!」というとアムネシアの前に水着を見せびらかすように出して見せた。エリーはアムネシアの反応を楽しみにしていたが期待していた反応とは異なり「えぇ…… ちょっと露出が多すぎませんかね。おなかとか丸出しじゃないですか。もうちょっとほかのものってありますか」と少し引いたりもしていた。


エリーはしょげずに様々な案を出して水着選びで結局1時間くらい使いアムネシアが決めた水着はフィットネスタイプの水着で全身を覆うような水着を選んだ。エリーはお気に入りの水着を選び更衣室で着替えた。秋真っ盛りで水着姿は日が照っていても肌寒く感じた。荷物を海の家でレンタルしたビーチパラソルの下においてアムネシアとエリーは海のほうへ近づき、アムネシアは恐る恐る海に足を入れた。海に入った瞬間アムネシアは「……あったかい」と少し驚くように言った。


「秋だからかな。外気温より海水温のほうが高いんだよ。だから海の中に入ったほうがあったかいよー」と身を震わせながら言った。アムネシアは足に入ると吹っ切れたようにどんどんと沖のほうへと足を進めていきおなかがつくあたりまで来た。波の音と潮の匂いとともに波にわが身を任せてみるように地面から足を離した。


「気持ちいい」







                 〇






いつの間にか2時間が過ぎており、日が昇りきる時間になっていた。エリーとアムネシアは海から一度上がり、体を温めるために近くの温泉へ体を温めた後また海にまで戻ってきた。今度は海に入らず浜辺で波を見つめながらゆったりとした時間を過ごした。



「最高です」とアムネシアがボソッと言った。エリーはその言葉に笑顔で返した。いつの間にか最初であったときにあった妙な緊張感は解かれていて、2人の間には親近感漂うリラックスできる関係に変わりつつあった。と、二人の目の前に2人の親子、5歳くらいの息子とその母親らしき人物が海辺を手をつないで歩きながらエリーとアムネシアに挨拶をし、通り過ぎた。


エリーとアムネシアも「こんちは~」とニコニコしながらゆる~い感じで挨拶をした。その時、沖のほうから1隻の名もない船が岸辺に近づいてきた。黒に塗られた少し小さめの船は徐々にスピードを落とし親子の前で完全に止まった。その時、船の中から二人の大柄な男が現れ親子を担ぎ上げ船の中に連れて行こうとした。母親は必死に抵抗したがその力及ばず大の男はびくともしなかった。アムネシアとエリーは様子がおかしいと思い立ち上がり、近づこうとしたとき、息子であろう男の子が大声で泣き叫び、それと同時にアムネシアは大の男めがけて走り出した。男は船の中に母親を連れ込み息子も入れようとした瞬間にエリーは魔法で大男を吹き飛ばし息子を救出したが、一歩遅く船は岸辺から立ち去り、気づいた時には遠くの沖へと逃げてしまっていた。


「クソっ! 逃がした!! 遅かった!!!」といら立ちをあらわにするアムネシアは大男を尋問した。「あの、船はどこに行く!? 答えろ!! 答えぬのならばここで!!!」自分を見失いかけたアムネシアのことをエリーが、「ダメ、殺しちゃだめだよ」と抑制しアムネシアはハッと我に返った。息子であろう幼子は泣き顔になって「ママ、ママ……」と泣きじゃくっていた。


アムネシアは振り上げた腕を下ろし深呼吸をして少しだけ落ち着きを取り戻した。アムネシアは幼子のもとへと近づき「……大丈夫。君のお母さんは私が絶対助けるから」と優しい声で慰めた。「エリーさん。警察へ電話を。到着までの間この子は海の家の主人に。私があの船を追跡します。エリーさんは警察が来るまでここで待機を」


そうして箒にろうとしているアムネシアの手をエリーは強く握り「私も行く」いった。

「はぁ?何を言って……」

 

「レーダー無しにこの広い海の中から1隻の船を探すつもりですか?」


 アムネシアはエリーの言葉に返せずにいるとエリーが「私は腐ってもプログラムを使って食っている人です。しかも、もしあの船が組織ぐるみだったら単独で支援なしに突っ込むなんて無謀です」と少し強めに言った。アムネシアもエリーの気迫と論理性に根負けしエリーも同行しようと決めたが「でも、船は……」とその時。


「おーい。なんか大きい音がしたけどだいじょうぶかーい」と海の家の主人が声をかけてきて、アムネシアとエリーはにやり顔を合わせた。









                     〇








 広大な海原の上を漁船が猛スピードで走っていた。漁船とは思えないほど速いスピードで巡行している船の上には3人の影。一方は魚群レーダーを凝視しておりもう一方は鮮やかなハンドルさばきで波の影響をもろともせず走らせ最後の一人は海のかなたを何かを見つけるかのように目を光らせていた。


「嬢ちゃん、何か映ったかい?」


「いえ、まだ何も。逃げてからまだ大して時間がたってないのに」


「相手の船が相当早いか、もしくはヘリで回収されたか、最悪海の中の可能性も全然あり得ますね」と憎しみを込めた風にアムネシアは言った。その時、魚群探知機に影が映った。「いました! ここから深海100m地点に大きな影があります。おそらくこの大きさと動きの少なさからして潜水艦です!」


「100m。船が見当たらない当たり潜水艦にでも回収されたのですかね。ヘリなら音で私たちが気付かないはずがありませんから。わかりました。私とエリーさんが行きます。おじさんはここで待機で海上保安庁が来たら誘導をお願いします」


「あいよ、任せな! 嬢ちゃんたちも十分気を付けるんじゃぞ、何が何だかわしにゃわからんがのう」


アムネシアが装備をそろえ船から降り海の中に行こうとしたとき、海の家の主人から「ちょいまち! これを持っていくんじゃ」と言われ、彼女らに渡されたのは無線機だった。「漁船用のだから性能はお墨付きじゃ。それはどうと、この辺の海域は波が荒く、あと少しで日が落ちる。長くはここにいられないから早く戻ってくるんじゃぞ」


「了解です」とアムネシアが言うとアムネシアは自分とエリーに圧力維持の魔法と空間維持魔法をかけて、普段の服装で海の中に入った。海に入ると魔力で推進力と光を得て、その間エリーはポータボル魚群探知機で潜水艦の具体的な場所を探し続けた。エリーは探知機から得られる情報で具体的な場所を予測しながらアムネシアに指示を出した。アムネシアも潜水艦の探知機に引っかからないように音波を反射しにくい形の外殻で周りを覆い、急ぎながらもできるだけスピードを落として潜水艦を目指した。


 何度も潜水艦に探知されそうになったり、具体てkな位置特定が難しく暗闇の中で黒の外郭に覆われた潜水艦を見つけるのに彼女たちは悪戦苦闘したがやっとの思いで潜水艦を目視できる範囲まで接近することができた。アムネシアは明かりを消して魔法で潜水艦内部を透視した。内部の構造はかなり複雑で勝つ潜水艦自体もかなり巨大なものだった。


「エリーさん。内部には透視可能な範囲で敵がおよそ30人。全体人数は不明。誘拐された母親らしき人物は潜水艦の独房らしき部屋に幽閉」


「へえー。その透視魔法といい、便利なものなんですね」


「まあ、万能ではありませんが。現にこの透視魔法も私の力では50mほどしか透視できないので。それより、これ以上近づくとたとえ静止していてもレーダーに引っかかってしまいます。エリーさん何か手段はありますか」


 アムネシアが少し焦り気味に聞くとエリーは自信をもって答えた。


「大丈夫! 船上でもうすでに潜水艦の内部システムには入り込んでいるから!」


「はっや、そんなにあっさり入る込めるものなのですか?」


「結構専門知識とか必要ですがパソコン一個あれば内部潜入できますよ。今回はwifiを経由して入ったので。しかも、この潜水艦のほとんどの電子システムがwifiで動いているのでドアとかもいつでも開閉可能です!」


 アムネシアがエリーの説明を聞いて「おぉ…」と驚いてたが、エリーは形振り構わず「さあ、行きましょう」といった。


「わかりました。エリーさんが外部ハッチを開けてください。この時内部圧力と外部圧力を同じにする設定もお願いしますね。それと、監視システムへの配慮も忘れずにお願いしますね」


 エリーは外部ハッチを遠隔で開けアムネシアとエリーは潜水艦内部へ入った。アムネシアは姿を見えなくする魔法を自分とエリーにかけ、別行動をとった。エリーはアムネシアに教えられたルートで拉致された人の確保、安心。アムネシアは電源とサブ電源の部屋に爆弾を仕掛けに、各々気配を殺しながら行った。


工作員とすれ違う時は姿が見えなくても息が詰まったが、なりふり構わずに各々目標を達成した。アムネシアはそれぞれの部屋に爆弾を仕掛けエリーは拉致された人を確保。アムネシアも誰にもバレずにエリーと合流した。


「アムネシアどうしよう。ハッチの前には人がいっぱいいるよ。監視システムにもハックしたはずなのに。どうしよどうしよ」エリーが焦って我を見失いそうにしていると、アムネシアが


「大丈夫! もとより脱出はハッチからするつもりはないから。今回の脱出経路はこちらです!!!」と指さした先は独房の壁であった。


エリーは思わず「は?」と首を傾げた。


「ふふん。今回電源ユニットに爆弾を仕掛けたのは混乱に乗じて壁をぶっ壊して脱出するためよ。そうすれば追手が来る可能性が低いからね」


「可能性……ねぇ」とエリーが訝しんでると。「ま、まあきっといけるよ。よしじゃあ、あと10秒後に爆発するから準備して!」


アムネシアのカウントダウンが0になると同時に船内で大きな爆発音の後に光が消えて喧騒で船内がごった返した。アムネシアは自分と二人に防御の魔法をかけて、潜水艦の壁に大穴を開けた後高い水圧のせいで水が押し寄せ潜水艦が一気に押しつぶれた。それより早くアムネシアは脱出して少しずつ海面へと浮上していった。完全に浮上しきると海面が荒れていても根気強く待っていたおじさんと合流した。


「これで全員か!? もうこれ以上波が強くなると本当に転覆しちまう!」


「はい! これで全員です!」と大声で答えると船が急発進した。


「はぁ~ ギリギリでしたよ。あと少しで魔力が底を尽きるとこでしたよ」


「そういえばアムネシア。拉致犯は全員死んじゃったの………?」とエリーが沈んだ表情で聞くと「殺すわけないじゃない。全員に防御魔法をしたから大丈夫だよ。今はまだ海底にいるだけかな。今頃暗さで怖がっているだろうな~ww」とにやけ顔で答えた。エリーはアムネシアのいつも通りの態度と配慮に心から安心した。


「あ、あの。助けてくださり本当にありがとうございました!!!」


「あなたの体は大丈夫? なにもされてない?」とエリーが聞くと「はい。とくにはされていません。あの、私の息子は無事でしょうか」と答えアムネシアが「あー、あの子のことなら大丈夫だよ。今頃海上保安庁に保護されてぬくぬくしながらお菓子食べてるだろうから」と答え母親が胸を撫で下ろしたとき、荒波立つ海面から大きな音を立てて中型の船が飛び出てきた。船には船員であろう人物が多数乗船しており全員が銃を携帯しており船にも機関銃が付いていた。船がアムネシアたちの乗っている船を認識すると船員が一斉に発砲してきた


「うそでしょ!! なんで船に乗って出てきたの!!」


「知らないですよ!!!! 多分、偶然脱出ポッド用の船に乗り換えられた人でしょうって、やっばい!!!!」とアムネシアの頭上ギリギリに弾丸が通った。


機関銃や多数の一斉の発砲に漁船が長い時間耐えられるはずもなく、徐々に船体には穴が開き、いつ沈んでもおかしくない状態に陥った。その時エリーが急に何かを思いついたのかパソコンを手に取った。「アムネシア!!」と銃声交じりのエリーの言葉にアムネシアは気づき、エリーの動きとこの後のエリーの行動に勘づき、大きくうなづいて、残り少ない力で魔力が完全に消えるギリギリまで使った。


「アムネシア! 準備はいいですか!?」


「もちろん!!」


「今です!!!!」


 エリーの号令と同時に敵船のエンジンが動きがストップし、敵船員が戸惑っているところにアムネシアが流れ弾に当たらないように身を乗り出し、魔法で全員の手足と口をピアノ線で拘束した。敵船は徐々にスピードを落としていき最後には完全に停止して、波に身を任せる状態になっていた。エリーとアムネシアは安堵、というよりも一気に疲れが出て、しりもちをついた。敵船が完全に停止しても形振り構わず、おじさんは全速力で岸まで戻った。


「ねえ、アムネシア。あいつらあのままでいいの?」


「まあ大丈夫ですよ。あの状態で動けるわけありませんし、海上保安庁もあんな馬鹿みたいにでかい銃声聞いたんだからすぐに来るよ。ダイジョブダイジョブ~。あとでここにいる誰かが証言すればおしまい、ハイ閉廷!!!」


 と、アムネシアの言う通り遠くからサイレンの音が近づいてきた。先ほどまで曇天だった天気がいつのまにか太陽がのぞいており波も先ほどと比べて収まり穏やかだった。時刻は夕方。岸にたどり着くと、そこには海上保安庁に保護された息子がおり、母親を見るや否や、抱き着いて親子共々、声を上げて大号泣していた。その様子を傍らで見ていたエリーとアムネシアは海上保安庁に事情聴取として話をした。事情聴取は案外早く終わり日が落ちる前には荷物を片付け変える準備ができていた。タクシーを呼び、荷物を乗っけているときに親子が近づいてきて「本当にありがとうございました…… なんとお礼をしたらいいのか」と泣きながら大きく頭を下げていった。「いいよいいよー 別に誰も死んでいないし、ケガもしていないんだから」と軽く言うと、息子がアムネシアとエリーの方に近づき2人を小さな殻でぎゅっと抱きしめて「ありがとう」と少し恥ずかしがりながら言った。




                   〇





息子と別れを告げタクシーで仕事場である都市部に戻った。道中、海のさざ波音から静寂、喧騒へと移り変わる音にアムネシアは少し嫌気をさしながらもタクシーのゆくがままに従った。

タクシーの中でアムネシアは「そういやエリーはどうやって船を止めたの?」と聞くとエリーは自信ありげに「よくぞ聞いてくれました!! あの潜水艦通信方式はwifiが使われていたけど、もしかしてと思って船にも同じ通信方式が使われているんじゃないかって思って半分博打でハッキングして船のエンジンを止めようと試したら止まったのよ!! いやあー我ながら天才だわ!!」


「エリー…… もし止まんなかったら私銃弾に撃ち抜かれて死んでいたわよ。止まった反動で弾道が反れたからいいものの」


「まあそれはそれですよ!! 時の運ってやつ!!」


「えぇ……」とアムネシアがドン引きしながらも2人は笑顔で満ちていた。


都市部に着くころにはすっかりあたりは暗くなっておりホテルに戻ったのは22時。翌日から仕事が始まるのでエリーと解散した後、風呂に入ったアムネシアは泥のように布団に溶けていき、ものの数秒で眠りについた。同じようにエリーも泥のように自室のベットに眠りについた。その夜エリーは嫌な夢を見た。疲れからくるものかもしれないが、幼いころの地震の夢であった。


光が消え、水さえも枯渇し極限という極限まで追い詰められ、身動きが取れない状態かつ狭い空間での環境。2度と味わいたくない思い出、忘れてしまいたかった思い出が急に甦ってきた。母国で起きた超巨大地震。ありとあらゆる建物が倒壊し、国のあらゆるところで火災が発生し、エリーは瓦礫によって身動きができない状態になってしまった。その状態で1週間。人の体の限界を超えて、奇跡的に救助隊によって助けられた奇跡の存在。原発が地震によってメルトダウンした影響で人員のほとんどがそっちに割かれている中、避難所で生活していた親、親戚の人たちが自治体のルールを無視して特攻して助けられた。

エリーは瓦礫の中で倒れて光が消えうせる夢を見た。それと同時に車のクラクションの音と同時に目覚め起きた。嫌な汗を全身にびっしょり書いており、秋ということもあって体が冷え切ってしまっていた。「あーもう。朝から最悪」と愚痴りながらもシャワーで汗を流し仕事場へと赴いた。部屋の明かりを消し忘れたまま。電気は人によってはじめて消される。そう人が返ってくることで消されるのだ。


エリーとアムネシアは会社の入り口付近で合流し、一度ラウンジへと赴き今回の仕事内容を確認した。そのあとアムネシアが「ごめん!! まだ朝ご飯食べてないから何か買ってくるね!」というと。「私も朝バタバタしてたから何も食べてないんだよねー。私も行く!!」と2人は会社内のコンビニへと赴きおにぎりや自分の好きなお菓子、飲み物をこれでもかと買ってエレベーターホルヘと言った。道中「買いすぎた……」とエリーが後悔を漏らした。エレベーターホールに到着すると、エリーが黄色テープでホール全体を立ち入り禁止にした。そのあと各階へと移動しすべての階にテープを張り終えるとエレベーターホールへと一度戻った。


「そういえばアムネシア。今回どうやってエレベーターの速度を上げるの? こんなポンコツバカベータ―どうにもならないよ」


「ふふん!! お任せを。魔法とは便利なものなのですよ!! エリーさんは重力の正体がダークマターなのをご存じですか?」


「初めてですね」


「なるほどなるほど。すでにご存じとはさすがエリーさん」


 唖然とするエリーを横目にアムネシアは張り切りながら説明を続けた。


「つまりそのダークマターをいじって重力加速度をいじるのです!! あーでもその部分だけですから地球全体に影響はないから安心してくださいね」


「あーもうしーらね」という表情のままエリーはアムネシアの説明を聞いた。ひと段落アムネシアの説明が終わると、エレベーターに2人は乗り込もうとした。その時、またエリーは今朝見た夢を不意に思い出し、頭痛が一瞬して、頭を抱えアムネシアが「だいじょぶ?」とエリーの腕に肩を貸した。エリーは軽いパニック症状に陥りラウンジの休憩スペースで一休みした。ラウンジでエリーはアムネシアに事の詳細を伝えた。エリーから過去のトラウマを聞くとアムネシアは「そっか。私は地震を経験したことがないからどんな風なのかわからないけど子供のころに見たあの地震のニュースは今でも覚えてる。それくらい衝撃だったし怖かったよ。エリーがトラウマとして抱え込んじゃうほど怖い経験だったんだよね」というとアムネシアはエリーを優しく抱きしめて赤っちゃんをなだめる様に「よーし、いい子、いい子」と背中をさすりながら優しい声で言った。


普段のエリーなら見事な毒舌でアムネシアをフルボッコにしていたが今回ばかりはアムネシアの肩に身を任せた。続けてアムネシアは「トラウマ辛かったよね。私も魔法を学んでいると残酷な場面に出会うことが少なからずあってトラウマになることがあったからエリーの気持ちすごくわかるよ。落ち着くまで私を使っていいからね」というと1時間ほど休憩した。落ち着いてきたところでエリーは「ありがと、アムネシア。そろそろ行こっか」とアムネシアの腕を引きながら言った。「もう大丈夫?」


「うん!!!」と快活な表情にアムネシアは安心半分と心配半分で「無理しないでね」と言いながら向かった。エレベーターに乗り一度屋上へ向かった。その向かう途中であった。エリーの過去が過去から抜け出したのは。 


エレベーターに表示された回数が15階となった時立っていられないほどの揺れに見舞われた揺れは上から突き上げるかのような揺れでエレベーター内でも飛び上がってしまうほどの力だった。エレベーターの電気は激しく点滅しそれと同時に完全に停止してしまい、外からは者が倒れる音とともに悲鳴が聞こえてきた。モノ以外にも者が倒れるとは思えないほど巨大な音が鳴った。まるで壁がぶち抜かれるような音だった。音がしてからおおよそ数秒後エレベーターの上に何か大きなものが落ちたかのようにドン!となりエレベーターが少しばかり下に下がった。それと同時にえれべーらー上部が凹んでいた。大きなものが落ちてそのあとには小さな瓦礫であろう物が落ち雨のようにエレベーターの中からは聞こえた。揺れはおおよそ3分程度続いた。その中でどんどん悲鳴は減っていった。悲鳴というよりも絶叫だった。徐々に地震は収まっていき収束した。だが、アムネシアとエリーは完全に硬直してしまい揺れのあまり倒れてしまい何が起きたかわからない様子で呆然としていた。




                 ◯    






 

 揺れがやっと収まりアムネシアがハッと我に返り電気が消えた空間を魔法で光で照らした。光によって上部が大きくへこんでいるのを見てアムネシアは思わず「ひっ!!」と叫んだ。恐怖に染まりそうだったアムネシアは必死に自制し、冷静になるように言い聞かせた。ある程度落ち着きエリーの様子を確認した。


「エリー大丈夫!?」


 ですがエリーの反応はなく顔が青ざめていました


「まただ… もう嫌だ! あんな恐怖、二度と味わいたくない! うぅ…」


 彼女は涙を流しており混乱したかの如く俯いており、焦点が合わずどこに目を合わしているか自分でもわからない状態であった。異様に視界が狭くなり何もかも見えなくなっていた。彼女は取り乱したかのように涙を流していた。悲しさなんかよりも絶望の涙がほとんどだった。アムネシアもその様子を見て半分パニックに陥っていた。だがエリーを落ち着かせるためにアムネシアは自らの頬を殴り無理やり冷静にした。



「落ち着いてください! 今は暗くありません! 安心してください」


 アムネシアは重い口と乱れた心臓を無理やり元に戻し、小さく口を開けて大きな声で言った。


「違うの! 昔の地震でもこんなに揺れなかったの! だから!!! 昔の地震でさえこれよりもまだ小さい地震だった!! でも今回はあの時よりも大きいの!! 本当に、もう次は、死んじゃうよ……」


 アムネシアの必死の慰めは今のエリスには雀の涙で、己の本性を隠すことなく、この世を生きる人すべてが掛けられている己の鎖をすべて解き放ち大きく声を上げた。


「そんな、大袈裟だよ。確かに揺れは大きかったけど…」とアムネシアは半分焦りながらも言った。


「大げさじゃないよ! 10年前はまだ座っていられた。でも今回は座ってもいられなかった! もう……むり……もう……」とエリーは尻から地面について完全に脱力してしまっていた。そんなエリーに間髪入れずアムネシアは言った。己を鼓舞するためにも、エリーを静止させるためにも。


「落ち着け。大声を出せば水分も体から奪われ、腹もすく。助かりたかったら言うことを聞け」


 アムネシアは自分がこんな口調をしたことを自分で言ったながらも驚いていた。普段は軽い口調で話していた彼女が、今はだれかを命令する口調でいる。それもそのはずだった。道中で買った食料品があるとはいえ数も少なく2人いる。そんな状態で勝つこの空間を長い期間過ごすには無理があった。体力面・精神面・衛生面にてすべてが不十分だった。


「……」エリーは黙りこんだ。


「ごめんね。でも、今は耐えて。一緒にここを出よ。ね」


「うぅ」


 2人ともさっきの地震でかなりの精神的ダメージを受けていた。アムネシアにとって地震は人生で初めて経験するもので初動にどのように対処すべきかわからなかった。本来であれば全部の階のボタンを押して止まった階で降りて脱出するべきだったが彼女にはそれができなかった。しかし時間がある程度たちアムネシアもおちついちぇよく考えてみたらアムネシアは魔法が使えることをすっかり忘れていた。今現在エレベーターが止まってしまい、扉も歪んで完全に開かない状態になっている。


 アムネシアは最初は混乱していたものの、先ほどの強い命令口調はエリスを制御しただけではなく自分自身の制御にも役立っていたが故、頭が少し正常になっていった。少し考えるとアムネシアは魔法使い。魔法とはこの世の万物に干渉する権能。天性の異能。その能力を使えば完全に閉ざされた空間からの脱出は簡単なもの。

そのことにアムネシアは気づくと今までの不安の感情が安心へと一気に変わっていき脱力した。その後魔法を使いエリスを脇に抱えながら飛び一帯を吹き飛ばそうとした瞬間。


「…えっ!?」



明かりが消えた!? まさか、今ので魔力を使い切ってしまった? なんで? まさか昨日の戦闘が響いている? でもちゃんと寝た。回復したはずなのに。なんで…… まさかあの潜水艦の中に遅効性の罠があったの? それが今作動して魔力が今まで少しずつ吸収されて気付かずに魔力が減り続けた…… あり得る話。いやいや、そんなこと今考えても無駄だ。どうしよう……


「……どうしたの、アムネシア。懐中電灯あるけど使う?」と意気消沈した声でエリーは言った。そう言うとエリスは常時装備している点検用の長持ち式の懐中電灯を取り出した。 

「いやっ、何も」アムネシアは咄嗟に口から出てしまった。


「……アムネシア。汗すごいけど、だいじょぶ?」とエリーがアムネシアのことをジッと見ていった。


 アムネシアはエリーの発言で初めて気づいた。自分が大量に発汗しており服が汗を吸って水っぽくなるほどの量だった。しかし、彼女は暑いと言わけではなかった。なぜ発汗しているかというと魔力切れの証拠だった。


 彼女の安心の感情は一気に変わった。不安かさらに悪い絶望へと。アムネシアは自分が魔法が使えなくなってしまったことを言えずにいて絶望の裏に責任逃避の思いもあった。しかし、そのことよりも魔法が使えなくなったショックはあまりにもでかすぎた。全身から嫌な汗が吹き出し、徐々に青ざめていった。


「服脱いでください」


 さっきまで意気消沈していたエリーが吹っ切れたように言った。その様子は決心した様子だった。その顔は何かを察したような顔だった。


「いや、裸になれなんて…」


「何言ってるんですか、このままでは風邪をひいてしまいますよ。こんな劣悪な環境で風邪なんてひいちゃったら助かる物も助かりませんよ。さぁ、早く脱いでください。助かりたかったら言うことを聞けといったのはアムネシアさんですよ」と先ほどまで絶望していた声とは打って変わり、普通の声の調子に戻っていた。しかし、その声の裏にもまだ消えぬ恐怖があった。


 半ば強制的にアムネシアは服と下着を脱がされて半裸状態になりエリーが上着を貸して温まっていた。2人とも同じような体格だったためちょうどよいサイズだった。だが、季節が秋というだけあって上着だけでは肌寒く感じた。しかも太陽が差さない密閉空間のせいで寒さに拍車がかかった。 


「今日ってそんなに暑かったですか? 今、秋の終盤ですよ」


 エリーの質問は何か含みのある言い方でアムネシアに問うた。普段のアムネシアであれば彼女の言葉の真意に気づいたかもしれないが、今のアムネシアはちょっとしたパニック状態。考える力は残っていなかった。下手に返答する時間を取りすぎると怪しまれると思ったアムネシアは考えがまとまりきらずに返答してしまった。


「魔法使いは、常に体の中で魔力生成のための分裂反応が発生してるからかな。核融合みたいな」


 アムネシアは咄嗟に口から洩れてしまった嘘を口走ってしまった。その言葉を聞いたエリーの表情は曇った。


「……嘘。本当は魔法が使えないから。だよね? さすがにそのくらいは一般人の私でも知ってるよ。魔法使いは魔力が消えると大量に発汗するのを。あんたほどの魔法使いであれば高度魔法を扱う分運動量なども普通の魔法使いとは桁違い」


 エリスは少しためらった後、アムネシアの目をもう一度見直し、強めの言葉で言った。「うそつき」


「………」口喧嘩の強いアムネシアだったが今回ばかりは黙り込んでしまった。子供のように。


「魔法が使えなくなったことを伝えるのが怖かったの? それとも私から信用を失うのを恐れたの?」


 アムネシアの感情をズバリ言い当てるとアムネシアは図星のように俯いてしまった。頭の中は今の状況の対応で精いっぱいで言い訳を考える力など微塵も残されていなかった。

 アムネシアは深く深呼吸すると口を開いた。

「ごめんなさい…… エリーさんに希望を失ってほしくなかった」


 自分から頭を下げることがめったにないアムネシアが謝るほどにアムネシアは心身共に追い詰められていた。そんなアムネシアにエリーはなだめるように、そして鼓舞するかのように言った。


「そんなことしなくてもアムネシアが隣にいてくれるだけで私は希望を持てるよ。私は人と会話するのが得意じゃないけどがアムネシアだと素直に心を開いて話せる。人生でこんなに話せる相手なんて親を除いてあなたしかいないよ。アムネシアを信頼してるから希望があるんだよ」


 アムネシアは心の中で綺麗ごとだと思いながらもアムネシアの心のどこかでそれを否定している、矛盾した心を持ちながらもアムネシアはエリーとの信頼を再確認した。エリーを信じてよかったと。








                 ◯








 4日が過ぎた。節約しながら飲食しメンタルブレイクが起こらないようにアムネシアはエリーとの会話を欠かさなかった。無駄な体力を消費しないためにも基本的には横になりながら生活し、時にはエコノミークラス症候群にならないように狭い空間でも行えるストレッチを行った。気温かなり低かったからかアムネシアは常に震えている状態だった。まだ服は完全には乾いておらず上着一枚で生活していた。


この4日間、助けに来る者は1人もおらずその気配を感じることさえもなかった。今、外の世界がどんな風になっているか全くわからない状態で、時たま、エレベーターの外から瓦礫などが崩れる音が度々起こり、その音が起こるたび、このエレベーターもいつかは落ちてしまうのかもしれないという不可抗力な恐怖心に苛まれていまいた。


 エレベーター内も決して広いとは言えず、アムネシアとエリーの身長が低いから体を伸ばして寝られるものの、未知と無力な空間に閉じ込められるのはアムネシアが想像していたのよりも辛く、怖いものだった。未知の恐怖と無力の恐怖が合わさった恐怖とはそれに立ち向かう意思さえ折るだけでは飽き足らず、跡形も残らないようにぐちゃぐちゃにしていった。しかし、エリーのおかげか生きる活力は少しばかりだが合った。しかし活路を見出そうとしても、時間と共にどんどんその道は霞んでいき、最期には見えなくなっていることが少なくなかった。助けを何度呼んでも、返ってくるのは静寂と暗闇のみ。助かるかどうかもわからず、生きて帰れない方の確立が高い。今現在、死因がどんなものであっても、誰も疑わない。死でさえ救済と感じてしまうほどに追い込まれてしまう精神。


 でもそんな中、心のどこかに「生きて帰りたい。死にたくない」と、矛盾を抱えて生きてしまう。死に様こそ生き様という言葉は今この状況において、最も割に合わない言葉であろう。そんな中でもエリーは決して諦めなかった。


 華奢な体からは想像もつかないほどの屈強な精神力。どれだけ打ちのめされようとも前を向き、希望を捨てない心。アムネシアにはそんなものはなく、彼女の本音は自分だけでもここから生きて脱出すればいいと思ってしまう一方、エリーは「一緒に生きて脱出しよ」と、やさしく、強く、励ましてくれた。魔女であるアムネシアは一般人を守ってあげる立場であるのにも関わらず、逆に守られている。魔法を使えなくても彼女は人間の中でも格が違っていた。



 災害発生から5日。アムネシアは精神が壊れるギリギリの所で彷徨っていた。いつ精神が壊れてもおかしくない状況。今この状況に置いて彼女たちは常に死と隣り合わせだった。確かに普通に生きていても死とは隣り合わせだが、それを実感することは殆ど無い。しかし、いざ死が隣りにいるということが実感できるようになると、常に神経が張り詰められ疲弊してしまい壊れてしまいそうだった。アムネシアとエリーは、悲しくなるほどに忍耐が強かったのだ。


その時だった。エレベーターの上から「ガンッ!!」と大きなものが落ち、エレベーターの上部の一部が破損した。アムネシアとエリーは級の出来事で最初の方こそは戸惑い驚きはしたものの、少し経つと落ち着きを取り戻し、アムネシアが破損した部分を凝視していると「エリー。見て、あそこ。はずれそう」とアムネシアが指さす先には先ほどの衝撃で緩んだエレベーター上部の板があった。その板は外れそうに歪んでおりその歪んだ隙間からほんの少しだが光が漏れていた。このことにアムネシアとエリーは大喜びし、さっそく、そこの天井部分をこじ開けようとアムネシアがエリーを肩車して、天井に近づけた。エリーが思いっきり引っ張ると天井の板が少し動き光の差し込む量が増えた。


しかし動いた量は立ったそれだけでそれ以上動くことはなかった。触った感触でエリーは瓦礫がどこかに挟まっていて上手く開かないと理解していた。それでもエリーは必死に力を入れて開けようとしたが動くことはこの先一度もなかった。


「ごめん。アムネシア。どんなに力入れても開かなかった。しかも瓦礫が落ちてきてもう絶対に開かなくなっちゃった。本当にごめん…………」と完全に元気を失ってしまったエリーにアムネシアは「大丈夫! 光が入ってきただけでも大収穫だよ。ありがと」と優しく接し、エリーの目には涙が浮かんでいた。その涙は初めて光に反射されてアムネシアの手に落ちた。






     ◯





 地震発生6日目


「エリー。そろそろ起きよ。日が見えないから気分が落ちちゃうけど、寝すぎは体に毒だよ」


「…………」


 アムネシアの声かけにエリーは反応を示さず横になっているままだった。


「…不安? ここから出られるかどうか。大丈夫! 実際、不安の約80%は起こらず、16%程度は対策でどうにかなるので。今までの行動も、脱出に対しての対策も十分なはず!!」



 …そうアムネシアは虚勢を張ったが、一番不安なのはアムネシア。今でも震えが止まらなくなることが少なくない。その起こりうる4%の不安が、アムネシアを押しつぶしそうだった。懐中電灯と隙間からほんの少しだけ漏れる光のおかげで少しは軽減されているが、そろそろそれも限界。


 もし電池が切れればまた暗黒の世界に。隙間からの光は本当に少なく誤差の範囲だった。目をつぶると広がる暗黒も普段の生活に置いてはリラックス効果があるが、今この状況で目を深くつぶると、次また目を開けられるかどうかわからない恐怖が常に付きまとっている、拭い切れない常時の恐怖の状態に陥っていた。


 アムネシアは天井から洩れる光をジッと見つめて回顧した。地震発生時からの自分の行動を。エリーと比較して頼りない部分が多すぎた。エリーが恐怖で怯えたのは地震発生時のみ。しかしアムネシアは十進発生からずっと怯えている。人間的に至極当然のことだが魔女としては名折れだった。


アムネシアは子供のころから天才ともてはやされてきたが今回地震を経験して自分の18年間が何だったのかと過去の驕りを思い知る結果となった。この18年間で何を得たのかと。すっかり意気消沈してしまったアムネシアはふとエリーの方に目を向けるとまだ眠ったままで反応がないことに気づいた。


「エリー?」


「………」


 アムネシアは最初無視しているのかと勘繰ったがそうゆうわけでもなくエリーの体はピクッ!都ではあるがちゃんと反応していた。 アムネシアがエリーを起こそうと体を触ろうとした瞬間。「エリー、っ!!!!」エリーのあまりの体温の高さに驚き退いた。


 熱い。睡眠時だからという程度の体温ではありません。熱があるときの体温です。しかも、触れた瞬間に後ずさるほどの高熱。やばい。


「エリー!!!」


 エリーから声の反応は無く、手がゆっくり上がり◯の手の形を作った手が上がったが、触って退くほどの体温、あの体温で大丈夫なはずがなかった。今この空間で熱があるとなると、死に関わる。

アムネシアは少し考えた後決意の顔で「ここで対処するしかない。まずは病気の特定から」と覚悟を決めた。


 アムネシアが深く深呼吸した後、自分の着ていたエリーから借りた服を脱ぎエリーに布団のように被せ、触診を始めた。


「失礼するよエリー。それとこれ、私の服です。今から診断を始めます」と乾ききったアムネシアの服をかぶせて体を温めた。


 上半身および下半身に触れると頭部より熱い。発疹などはなく体温上昇により体が赤くなっているだけ。


「エリー。、から質問することにハンドシグナルで返して。yesの場合は親指を上げnoの場合は何もしない。ok?」


 私の応答にエリーさんは私が握っている手の中でエリーさんの親指が反応した。


「よし、それでは質問するよ。倦怠感はある?」


yes


「のどに痛みはある?」


yes


「頭痛は?」


yes


「体に痛みはある?」



 皮膚に異常もなし。痛みもなし。あるのは倦怠感と頭痛のみ。風邪の症状だけど、風邪でこの高熱はおかしい。脈拍も低い。熱があると脈拍は通常上がるけれど40度を超えると脈拍が落ちる。少なくとも40度以上の熱がある。まずい。


「エリー、口を大きく開けることはできる?」


 エリーが口をゆっくり力を込めて開けてそれをアムネシアは「ありがと」と答えながら、懐中電灯を用いてのどの奥や口の中を見たが、特に異常なことはなかった。


 おかしい。のどが腫れていない。現段階でわかる症状は風邪だが幾つかのの矛盾点があります。外側からだと見えないほど深いところに患部があるのでしょうか?



 アムネシアは医療機器の一切ないこの空間で、自分の持っている魔女になる過程で学んだ医学知識を半ば当てずっぽう状態でエリーに質問を繰り返した。


「呼吸は苦しい?」


yes


 そういえばさっきからエリーの呼吸、喘息と同じような呼吸……


 少しの時間を置いてアムネシアは再度質問をした。


「声は出せる? 出せたら、 あー と言って。無理はしなくていいよ」


「あ―……ゴホッ! ゴホッ!!」


 ふくみ声。何かを口に含んでいるときに出る声と同じ。これである程度まで病気が絞れたけど、決定的な症状がまだない。唾も出したままになっている。喉の痛みのせいで飲み込めない。虱潰しに考えうる病気を診ていくしかない。だけど、一番怪しいのは……


「少し喉の部分を触るね」


 のどを触っていると、ちょうど舌骨、故に顎と首の境目あたりにアムネシアの手が触れると、エリーが急に苦しみだし、痛みに悶えてた。


 やっぱり。一番最悪の事態。できればこうなってほしくなかった。覚悟はしていたけど目の前にするとやっぱり焦っちゃうんだな。先生の言ったとおりじゃん……


 急性喉頭蓋炎。普通の風邪と似ているから判別がつかなかった。喉の奥に気管をふさぐほどの大きな腫れ。3度まで進行すると……窒息死。治療方法は薬物治療だけど、ここまで重篤化したら、のどを切開するしか………… 寝ていると窒息してしまう。しかも進行度はおそらく2度、いつ3度になってもおかしくない。


「エリー。とりあえず寝ていると体に悪いので上体を起こして。ね。大丈夫! ただのかぜ……」


 アムネシアはこの後の言葉を口から出すのをためらった。アムネシアの視線は完全に迷走しており言葉に詰まるというよりは、なにかに口元を塞がれているような感覚であった。


 私はまたエリーの信頼を裏切ってしまうのか。あの時エリーを信じると決めたはず。エリーも私を信じているはず。なのに、私は……


 アムネシアは何かを決心したと思うと、エリーのことを再度見つめ直して言った。


「エリー。今から言うことを落ち着いて聞いてください。エリーの病名は急性喉頭蓋炎だと……思う。………現在の状況で可能な治療は…………ない。そして、……エリー、あなたのよ……よ……」とアムネシアが何度も言うのをためらいながら過呼吸になりながら話した。


 アムネシアが言うのをためらっていたその時、エリーがアムネシアの手を優しく握った。手を少しでもずらせば、落ちてしまいそうな程弱い力であったが、強くもあった。涙目で過呼吸に陥り上手く呼吸ができないアムネシアの手を、しっかりと、優しく、一度深く瞬きをしてしまうと二度と開くことの無いようなで目でアムネシアのことをしっかりと見つめていた。アムネシアは今一度心を落ち着け乱れた呼吸をもとに戻すために深呼吸をし、乱れた心拍をもとに戻し決意を決めた声で話した。


「エリ―、あなたの余命は断固として言えないけど、たぶん……あと、1日。……窒息で。今の進行度は2度だと思う。でも、急速に進行する病気……。今3度になってもおかしくない。もし、3度にまで進行すると……」


 エリーはこのことを聞いても動揺はせず、アムネシアの手を握ったままでいたが、彼女の頬から涙が零れ落ちた。エリーは静かに泣いていた。アムネシアは涙腺が崩壊し、彼女に抱きついた。本来は距離をとるべきであり、普段の彼女であればすぐさま離れているがどうしてか、今の彼女は優しく、誰かに慰めてもらいたい気持ちであった。ゆっくりと、静かに零れる落ちゆく涙を受け止める器は今、アムネシアしかいない。彼女が今できる最善の行動を。生き残るために。魔女としての使命を果たすために。


「…………」


 アムネシアは静かに体をもとに戻し、エリーの涙を拭った。その涙がこぼれ落ちることの無いように、絶望の涙を流さないように、決意を示した。


「誰かっ! 誰かいませんかっ! ここにいますッ!!! だれか――! ………くそっ!」


 アムネシアが完全に閉じきったドアを必死に開けようとした。アムネシアの手がドアの開閉方向に外れ、ドアが開いたと思うと、血と爪が飛散しただけでありドアは閉じたままであった。アムネシアの指が赤く染まっていた。アムネシアは自分の爪が剥がれ落ちようとも痛みに耐え、諦めずドアを開けようとした。枯渇しきり慰安だ回復しない魔力が使えない状態で無駄だとは頭では理解しているがそれでも身体が言うことを聞かなかった。


 アムネシアの体力は残りわずかであったが、エリーのために必死に声を張り、扉を開けようとしたが、返ってくるのは、静寂と無垢な鮮血ばかり。しかしアムネシアは諦めること無く声を出しドアを開けようとした。いるはずのない誰かに気づいてもらえるように、エリーを生かすために。今彼女ができることを必死に。応急処置も何もできないが故の行動。


「………」


 その時エリーがアムネシアの服を、弱った力を振り絞って掴み必死に訴えた。もう大丈夫だと。生きる可能性を失わせてはダメだと。まるでそんな風に暗示するかのように思えるほどやさしい握り方だった。


「……エリー………」


 頼りなく、残量があと僅かの懐中電灯の淡い光が零れ落ちる涙を反射させていた。涙ぐむアムネシアにエリーは笑顔で応えた。エリーはアムネシアをギュッと抱きしめ子守のようにやさしく背中を単調なリズムで優しく叩き始めた。服の中ではアムネシアが声を殺し泣いていたが、「ヒック!」と、どうしても防げない声が漏れ出ていた。その時エリーがアムネシアを離した。


「ア……アム…ネシア…」


!?


「ダメ……ダメ。声を出したら余計、悪化しちゃうよ……エリー」


 気道の大部分が炎症により塞がれていて呼吸することもままならないのに、途切れ途切れになりながらも、エリーは力強く、痛みを我慢したような、今にも消えてしまうそうで掠れた小さな必死の声が聞こえてくる。よく耳を澄まさないと聞こえないような声であったが何故か、エリーの声は十分にアムネシアには響いていた。


「ううん。いい……の。話せる……うちに話しちゃう……から。お願い」


「………うん。わかった」と何かを決心したような顔つきになったアムネシアだがその眼には大粒の涙が浮かんでいた。エリーはアムネシアの決心した顔を見て少しホッとしたような感じがした。抵抗がありながらもエリー自身の話を聞いてくれることに。辺りもエリーの話を聞き魅入るかのようにより静寂さを増していた。


「泣か……ないで。人はいつか死ぬもの。……早いか、遅いかだけ。……パパに伝えてほしいの…… ありがとう 愛しているよって」


「何を…言ってるの? ダメだよ! 諦めないで!」と決心した顔が崩れふと涙がこぼれてしまった。


 エリーは少しの笑みを浮かべ話し始めた。


「そんな顔しないで。……死は……平等に……訪れるもの。それと、……こ……れ」


 アムネシアの手に、かろうじて、ぬくもりを感じるつめたい時計が弱った力でゆっくりと置かれた。エリーと英語表記で刻印された大切な宝物を。


「これって……」


「私の宝物。おばあちゃんが……くれ……たものなの。私が……10年前…の地震も…この時計のアラーム機能……のおかげ……で助かったのゴホッ! 声が出なかった……から。この時計も、きっと……アムネ…シアの助けにな……るはず」


「そんな…そんな、大事な物もらえませんッ!」


「い…いの。そんな…大声を出しちゃったら……体力が…無くなっちゃうよ。私ならもう、大丈夫。ゴホッ! ……命の唄は……生きて……いる人にしか……唄えないよ。それを一生懸命……唄える人はどんな……ことがこの先あって……も大丈夫」


「いや、やめて……エリー。諦めないで……」


 エリーは最期に微笑んだと思うと目をゆっくりと閉じ、最後の力で笑顔に、そして優しく慰めるような声で言った。






       「アムネシア、大好きだよ。   ”生きて”  」




と小さく言った。


「エリー……? エリー。エリー!!! 死なないで! いや、生かせてみせる!!!」


 アムネシアは必死に人工呼吸を開始し喉の気道を確保しようとしたが現在の状況では蘇生するのには絶望的な状況であった。2度、3度の段階で気道を確保するには喉を切開する他ない。すべてが無駄と暗じているかの如く暗闇はアムネシアを嘲笑った。再び目に光を灯すことのない者を抱きしめながら。


「……うああああああああ」




 無機質なエレベーターの中でアムネシアの泣き声が響いていた。残酷な位に、ずっと、ずっと、ずっと……


 その言葉がエリーと会話した最期の言葉であり、遺言でした。




                 〇



 その後アムネシアはエリーを助けられなかった罪悪感に浸っていた。そのまま時は無情に流れていき手足の感覚は空気さえも感じられないほどに消え、声を発することもできず目も虚ろな状態で光がなく、ほとんど死体のような状態で横たわっていた。エリーの遺体は死後硬直により固くなっていた。腐敗臭などもしていたはずだがアムネシアには何も感じることができなかった。時には死神さえアムネシアを迎えに来たかもしれない。いつしかアムネシアが見た活路も霞み、極限状態の死に際の目では、見える物も見えなくなっていた。それが如何なる大天才であっても。所詮は人間。それ以上でもそれ以下でもなかった。


 あぁ、私の人生もここまで……かな。もう、なんにも見えない、分からない。私の体がどうなっているのかも、なんにも。助けてほしいなんて贅沢は言わないから、どうか、どうか、……もう楽にしてください。神様…… 


「いっ……れか……い……か」


 微かに人の声が聞こえてきた。私ももうだめか。あと少しでそっちに行けるよ。エリー。寂しい思いは私にとって重すぎたよ。あぁ、………やっと、楽になれる………













「お――い!!!! だれかいるか―――!! お――い!!」


「!?」


 アムネシアの死に際の目が一気に開く。死に際の頭が最後の力を振り絞った。アムネシアはその声に反応しようとしたが体は動かず声も出すことができなかった。頭では動けと命令しているのに体が動かないことに普段は苛立ちを覚えるがそんな余裕はなかった。


 動け! 動けっ!!! ……くそっ! ここにいる! 助けて!!!!


 アムネシアは声を出しているつもりではあったが完全に枯渇した喉では声を出すことはできず救助隊はアムネシアに気づくのは難しかった。しかし、今アムネシアが音を出すことさえできれば今までみたいに返ってくるのは静寂と闇ではなく希望である。


 ……なにか! なにか無いの!? 


 突然アムネシアの網膜に走馬灯の光が差し込む。その時、アムネシアの脳裏にエリーの姿が映された。


 ……これは……走馬灯? エリー……? でも、どうして…………わたしも、お迎えってことなの。


 アムネシアはうれしくも落胆した感情に陥ったがそれを気にすることなく、エリーは一点をずっと見つめていた。アムネシアの目を存在しないが如く目を合わせなかった。エリーの表情はアムネシアが見たことも無い程、真剣な表情であった。


 なにを……見てるの? その目の先に……なにがある……… 時計? 

 

 アムネシアはエリーの指さす方へと目を向けると時計が最後の気力で動かしている目に目に映った。その時稲妻の如くアムネシアの頭に考えが浮かんだ。


 ……思い出した! ……くそっ! 動け! 私の手!! この手が使えなくなっても良い!! 動けっ!!! アラームの音さえ出せれば気づいてもらえる!


 アムネシアが最後の力を振り絞って手を動かそうとしているが動かないでいたその時、エリーはアムネシアの手を持ちゆっくり時計のダイヤル部分に誘導した。状況を希望の方へと傾けるために。傾けば、すべてが上手くいくと願い。アムネシアは弱った最期の力でダイヤルを少し回した後ボタンを押し強く願った。


 お願い。気づいてっ!!!!

 

 時計は刻一刻と希望の時間を刻みカウントが0になると、無機質にも思われるかもしれないが今の彼女には祝福の音にも聞こえる音があたりを光で満たし、今までの状況が一気に覆った


 お願いっ!!!


「!!! 音がするぞッ!! 総員、場所を特定しろ! …………」


 救助隊員の一人がアムネシアの最後の音に気付き隊員全員に命令を下した。


「どこなんだ……… 籠もったような音………」


 救助隊員はエレベーターから音がかすかに聞こえることに気づくと、エレベーターの方を指さし大声で言った。


「!! エレベーターだ!!!」


 救助隊はアムネシアがエレベーター内にいることに気づき外側からドアをカッターで切断し、一個上の階に止まったままのエレベーターを見つけた。


「いたぞ!! 7階のエレベーターホールだ!! 急げ!! お前ら二人はここに残ってエレベーターが落ちないように下から補強しろ!」


「了解!」


 隊員たちは急いで唯一無事であった避難階段を使い7階へ移動し、エレベータの前へとたどり着いた。その後カッターでドアを慎重に開けた。


「エレベータが崩れたら終わりだぞ! 慎重にやるぞ! カッターもってこい!!」


「大丈夫ですか!!」


 光が暗黒を破壊し、すべてをやさしく包み込んだ。それと同時にエリーの姿が光のように消えていった。エリーは満面の笑みをアムネシアを見ていた。その表情は、どこか遥か彼方の未来を見据える笑顔であった。エリーが光となり消える前にアムネシアにのみ聞こえる声で言った。「さよなら! また会おっ!!」アムネシアには、はっきりと聞こえた。






                 〇






 その後私は救助隊に救助され病院に搬送されました。目が覚めた時には病室のベットにいました。白い天井があの時は地獄かと思いましたよ。私が死期直前に見た走馬灯。一説によると人が走馬灯を見る理由はその危機的状況を打破する方法を探すためであるらしいです。走馬灯に助けられ……いや、エリーさんに助けられたと言ったほうが正しいですね。


 アムネシアは傷だらけであったため、体中に包帯がまかれていた。体重も激減しており、やつれた姿で病院のベッドで横たわっていた。重度の栄養失調、水分不足、傷口からの細菌感染、内臓へのダメージ、心理的ダメージ。腕には点滴を打たれており彼女の腕は赤子の腕みたく細くなっていた。それは他の部位でも同じ。


 彼女が緊急搬送されてきたときはかなりの危篤状態で、生死をさまよっていたが奇跡的な回復を遂げて今の彼女がある。心身ともに疲弊がすさまじく、今では自分の体を支えられないほど弱っており起き上がることさえできなかった。呼吸さえ自分でするのが困難になり一時期は人口呼吸を使い、物を持つことさえできず、自分で瞬きさえできない状態にあった。その影響もあってか彼女の視界は暗く狭かった。窓から差し込む光でさえ彼女にとってはまだ眩しすぎた。医学的にも、心理的に見ても。


 彼女の心にはずっと鎖がかかっていた。自分のせいでエリーが死んだのではないか。でも、本当は生きているのではないか。そんな小さな希望がアムネシアを絶望の底に落とした。目が覚めてから呼吸が自分で出来て瞬きができるようになってから面会が許されるようになってすぐ救助隊の人間が一人、彼女の元にやってきた。名はミイル。


 彼は人手が足りない中、率先して生存者がいる可能性が高い救助困難区域で救助するのは超がつくほど危険なため後回しにされていたアムネシアたちの下に、自分たちの部下を率いて率先してやって来てくれた、いわゆる英雄と言う者だった。


「救助隊の第一隊長、ミイルです。今回、救助が遅れてしまい大変に申し訳ございませんでした!」


 男はアムネシアに会うと同時に深々と頭を下げ誠心誠意こもった声でアムネシアに謝罪した。


 自虐しないで。あなたがいなければ死んでいた。謝罪よりもエリーのほうが気になりました。


 アムネシアはかすれ、途切れ途切れになった小さな声で、ミイルに問いかけた。


「あの、エリー…… 私のすぐそばに……いた女性は」


「……すみません。容態は親族にしか伝えてはならない規則ですので」


 暗く、苦く、悲しい表情をして、苦しそうに言った。救世主も悪魔の言葉は使わなければいけない時もある。


「……」


 アムネシアは声を上げて泣きたかった。が、小さくなりすぎた声帯は泣き声を出すことさえ許してくれず、彼女はただ涙を静かに流すことしかできなかった。弱り切った力では、涙を拭うことさえできないことが、彼女をより深い悲しみへと追いやった。悲しみと絶望と後悔に満ちている涙だった。


 何回目だろうこんなに泣く自分を見るのは。


「…サバイバーズ・ギルトをご存じでしょうか。震災で大切な人が亡くなったというのに自分が助かってしまったことに対し罪悪感を感じたりすることです」

ミイルは突然言葉を放った。それはアムネシアにとって鎖となりえるが上手く作用すれば鎖を断ち切れるかもしれないと、半ばギャンブルで言った。


「……」


「あなたとエリーさんは、この大災害の中2週間という長丁場を耐えてきました。決して己を罰する必要などありません。責めなくてよいのです。少し厳しい言い方になってしまいますが、生存者として、明日への一歩を踏み出す義務があります。どうか、生き残ったことを誇ってください。そして、私達を頼ってください。相談事でも雑談でも、なにかあれば、遠慮なく私に連絡を下さい。どんな時でもお相手します。電話番号を書いておきますので。では、失礼します」





                 〇





 意識が回復してから1か月が過ぎ、その間アムネシアは順調に回復していったが、心は一向に回復しなかった。起き上がることができるまで回復したが、食事は一切取れなかった。罪悪感のあまり自分がのうのうと、満足の行く食事をしてしまって良いのかという罪悪感が体の拒絶反応を誘発し、体がどんどんやせ細っていった。


 アムネシアはベッドの上でずっとエリーから託された腕時計を見ていた。そこになにか希望を見いだせないかと、逃げるように現実から目を逸らしていた。罪悪感のあまり自分が壊れないように。夜になると月明かりが灯火の消えたアムネシアの目と病室を静かに照らしていた。暗闇を照らしてくれる優しい光でさえアムネシアの目に灯火を灯すこともなければ慰めもきかなかった。そして無意識にも隣を向いてしまうことが多くあった。エレベーターの中でずっと隣にいて、生死を共にした人が急に死んでしまった。今でも隣にいるのではないかと頭の中では亡くなってしまったことは分かっているのに本当は生存して、隣のベッドで寝ているのではないかと無意識にも隣を向いてしまうのだった。


 アムネシアは一人、静かに毎晩泣いていた。消えてしまいたいと思う、自分を守るために。誰にも助けをすがること無く、孤独に。しかし、そんな絶望と孤独にどれだけ苛まれようとも、決して自殺をしようとはしなかった。罪滅ぼしの為であると同時に、エリーとの約束を果たすためでもあった。2ヶ月が経過し、辛いリハビリにも耐えて、病院から退院する事ができたアムネシアを待っていたのは、あまりにも酷い被害の光景であった。


 口から出てしまいそうな嗚咽さえ飲み込んで、グッと堪えた。2ヶ月経過してもなお、災害発生時の光景とほぼ変わらない様であった。それほど被害が大きかったことの証である。


 アムネシアが入院している間、ヒューリカンパニーの社長が直々に偉そうなオーラを醸し出すこと無く、本気の謝罪と共に深々と頭を下げ慰謝料を渡しに来たが、普段であればそのお金で豪遊していたアムネシアはそのお金の重みと共に全てを震災復興資金にした。数え切れないほどあったビルや、人々の往来が激したかった風景は面影がなく、ただ瓦礫の山があるのみ。


 鉄筋さえも折れて倒れてしまっていた。今回の被害で魔法を使える者や救急隊、特殊部隊、軍隊を他の国からも呼んで被害者を捜索したが未だ、全体の約10%しか捜索が終えていない。災害から2ヶ月経ったが今でも行方不明者は20万人以上。


 死者はわかっているだけでも3万人は超えてる。アムネシアは腕に巻かれている包帯の上につけてあるエリーと刻印された、少しばかり色褪せた白色の時計をしばらく見つめた後、災害現場へと赴いた。これ以上同じ思いをする人を減らすべく、魔女としての使命を果たすべく。明日への一歩を、強く踏み出すために。




                 ◯




 アムネシアは国の滞在ビザが切れるギリギリまで救助活動をしていた。国を出ていく際、ミイルにお礼を言おうとしたが、どこを探しても彼の姿はなかった。アムネシアは忙しいのだと割り切り、国に一礼した後エリーの実家へと向かった。エリーがくれた時計をせめて安寧の地となる、両親に返すためであった。実家の所在地と連絡はミイルが事前に教えていた。


 アムネシアは国を出た後、箒に乗り、エリーの眠るべき場所へと赴いた。途中、久しぶりの魔法に慣れず意識が朦朧とすることがありそのたびに地上に降り休憩を取った。そのためか、あたりはすっかり暗くなり途中の宿で一晩を明かした。


 その間にもアムネシアの視界はだんだん暗くなっていき自分自身のが何者なのかさえ見失い始めていた。しかし、エリーの為に生きる。この事だけは何があっても忘れずにいた。エリーのことさえ覚えていれば真の意味での死ぬとはならないと信じて。

アムネシアは夕食はのどがほとんど通るわけもないのに生命維持のために宿の食堂へと足を延ばした。するとそこには海辺で助けた親子が父親であろう人物とともに家族団欒を過ごしていた。


息子はアムネシアの姿に気づき笑顔でアムネシアの方へと近づいて行った。息子の行方を探す母親もアムネシアを見ると感謝とうれしさをこみあげてきたがそれよりも早くこの前見たアムネシアと比べてひどくやつれ、やせ細り、腕にはまだ治りきっていない傷の上に包帯がまかれており、今にも倒れてしまいそうなほどフラフラで目の下に大きくついたクマのアムネシアを見て「大丈夫ですか!? アムネシアさん!!」と思わず言った。母親はアムネシアに急いで近づきアムネシアに肩を貸した。「すみません……」とアムネシアは弱く言った。「お気になさらないでください。あなたは命の恩人なのですから」と母親言った後、アムネシアを家族団欒の席に持っていき、優しく座らせた。父親らしき人はアムネシアが近づくと即座に立ち上がり深くお辞儀をしながら、「アムネシアさんですね。私はあなた様が助けてくださった者の夫です。お話は妻から聞いております。本当にありがとうございました。それとお体の方が大変危ない状態に見えますが、よろしければ私たちで何かサポートできることはありませんか? どうぞご遠慮せずお申し付けください」と丁寧にアムネシアに言った。アムネシアは家族の慈愛に包まれてまたも泣いてしまった。


だが、この涙は人を見殺ししてしまった自分に慈愛をかけないでほしいという涙だった。家族はアムネシアのことを心配そうに見つめていた。急に泣き出したアムネシアを見て息子はおろおろして、「お姉ちゃん。何か悲しいことがあったの? 僕でよかったら話してよ。ほら」というと息子はアムネシアに対して腕を伸ばして悲しみは僕も背負うよと言わんばかりに、アムネシアを抱きしめた。アムネシアは自然と緊張していた力が抜けて椅子に完全に脱力した。涙を流しながら天井を見上げた。季節は秋で、震災後ずっとアムネシアは冷えていたが、久しぶりにぬくもりを感じた。


家族はアムネシアが地震の被災者であることを察し、様々なサポートをした。お風呂から食事にいたるすべてを宿にいる間はお世話をした。ふと、アムネシアは家族のことを信用し、エリーが旅立ったこと、被災中に起きた出来事をすべて打ち明けた。父親は沈黙し、母親は机に俯き、息子はアムネシアに抱いて泣いていた。母親はアムネシアの目をしっかり優しい目で見つめ「アムネシアさん。 あなたにまた会えたこと、誇りに思います。大切な人を亡くされて絶望の淵に立っているそのお姿、想像に難くはありません。ですが、どうか1人の人間として誇りをもって生きていただく思います。どうかご自愛専一くださいますよう」と優しく言った。そのあとも家族から慰めの言葉をたくさんもらいぬくもりを感じたままアムネシアは床に就いた。


 朝、アムネシアは家族にしばしの別れを告げて、一足早く宿を後にした。帰り際いつでも連絡できるようにと電話を書かれた紙と、食料と水をくれた。宿である程度は心が落ち着つき、パニックを起こしたりすることはなくなったが、やはりまだアムネシアの心には鎖がかかっており、視界も暗いままだった。数時間飛行した後エリーの故郷が見えてきてアムネシアは地上に降り地図を頼りにエリーの実家を探したが、いざ家の前に立つと今までの混乱が一気に押し戻してきてどうすればいいのかわからなくなってしまった。



 家の前で決心がつかずうろちょろしていると、家の中から40代後半の男性が出てきてアムネシアのことを家の中に招き入れてくれた。その時男性はアムネシアのやつれた姿を見て驚きながらもアムネシアの肩を持ちながら、ゆっくり玄関に上げてくれた。招き入れられた部屋は和室であり、優しい雰囲気を醸し出していたと同時に、どこか寂しげな様子であった。エリーの父はアムネシアを机の前に座らせ、そしてエリーの父が口を開き。


「よく来てくれたね。アムネシアさん」


「……あの、その、……エリーさんを助けられなくて本当にすみませんでした!」


「……」


 言うことが定まらない私をエリーさんのお父さんは待ってくれました。優しく、粘り強く。決して表情を強張らせること無く。私はエリーさんの腕時計を机に置いて話した。


「エリーさんがいなかったら私はおそらく、死んでいました」


 アムネシアはエリーのお父さんに事のすべてを漏らさず話した。事件のすべてを、エリーがアムネシアを助けてくれたこと、希望をくれたこと、応急処置が不可能であったこと、エレベーターに閉じ込められる恐怖、エリーの最期の言葉、全てを。

そしてエリーのお父さんが口を開き、


「そうか……エリーは優しい子だからね。自己犠牲の精神だったかもしれない。だけど、最期までエリーと話し、励ましてくれたことを心の底から感謝する。ありがとう」


 優しい声で決して責めることなくエリーの父はアムネシアに言った。


「……私は入院中エリーの尊い命を無駄にしないために、何が最もエリーのためか考え続けてきたんです。でも、一向に考えがまとまらないんです。今でも生きる理由さえ見つからずにさまよっているんです」


 少しの静寂が支配した後エリーのお父さんはゆっくり口を開き


「此処から先は私の憶測を含んでしまうが、許してくれ。それだけの絶望感なら、悪い言い方だが、自殺への願望を抱いてしまうのが人間というものだ。だが、君はエリーが最期に言った言葉を守り、決して自害しようとしなかった。もし、その気持ちがあったのならば、今ここで、私の目の前に座ってはいないはずだ。約束を守っているということは、君にもまだ生きる理由というのが、あるのではないだろうか。そのことを守ることが、エリーに対しての最大の敬意であり、君の生きる理由ではないだろうか」



エリーの父はアムネシアの目をまっすぐ見て表情を和らげながら話した。


「でも………目標が一切無いんです。結局私は何をしたいのか。最終目的地が全然見当たらない……」


 徐々に落ち込んでいくアムネシアにエリーの父は己の人生を元に、アドバイスをするかのように話し始めた。


「君もエリーみたいに優しいのだな。ゆっくり探せばいい。生き急ぐ必要はない。一番恐ろしいのは、生き急ぎ、死に際に後悔することだ。そんなことをしては、エリーに説教されてしまうな。最後の最期まで生き延びて、笑ってエリーに再会できるのが一番であろう……… 私もそろそろ前を向かなくてはな」


 そう呟いたエリーの父の目には、涙が浮かんでいた。遠くから見てもわかるほどに。愛娘の恩人の前では泣かないと決心していた父ではあったが、愛娘を亡くしたショックは計り知れないものだった。しかしその涙は決して、怒りと悲しみの涙ではなく、アムネシアによる慈愛がもたらした涙であった。






                 〇







 アムネシアはエリーの実家を後にしました。


「来てくれてありがとう。また、いつでも来ていいからね。そうすればエリーも喜ぶだろう」


「ありがとうございます。でも、いいんですか? エリーの腕時計をもらってしまって」


「ああ、そうしたほうがエリーも喜ぶだろう」


「……ありがとうございます」


 アムネシアはこらえきれなくなった涙を流しながら答えた。


 私は様々な人に助けられて今ここにいる。私は魔女としての使命を果たせなかった。人を死なせてしまった。ですが、悔やんでいる時間はありません。悔やんでばかりいると、お父さんの言う通り、エリーに怒られてしまいます。魔女の使命を果たせなかったのであれば今後は二度と失敗しない。


 死なせない。私に様々な人がしてくれたことを、今度は私が遂行する番です。そして私は最期の最期まで、全身全霊で生き抜き、天寿を全うします。エリーに怒られないように。今度エリーに会う時には、私の人生を賭けた冒険譚を目一杯聞かせる事にします。


 エリーの実家に着く前の、暗く視野が狭くなった景色が嘘のように消え、アムネシアは確かめるように目を擦った後、空を見上げた。雲一つなく澄み渡った青に塗られた空を見て、アムネシアは涙が出そうになった。しかし、この涙は今までのような絶望の涙では無い。

 そして、罪悪感の果てにアムネシアは強く誓った。








              ”「私は生きる」’’





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罪悪感の果てに ぷれぷれ @playfulcloudy

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