第31話 旅の終わり
青年は人形の失踪を報告すべく、電話を鳴らしていた。スマートフォンの画面に映し出されているのは『渡辺明彦』という名前だった。
「あーもしもし、宵越君」
上司の声は優しげだった。筆でなでるような感覚を抱き、青年は身震いをした。
「お疲れ様です、宵越です。人形の件でお話ししなければならないことがあります」
「ほう、いい方向に進めたかね?」
「いえ、人形が僕の前から姿を消しました」
青年は人形がいなくなるまでの出来事を簡潔に話した。上司は唸りながらも、落ち着いた声で答えた。
「そうか……それは残念だ。君に期待していたんだがな」
言葉のわりに落ち込んでいる様子はなかった。動揺が感じ取れない上司の返答に、青年は戸惑っていた。喉がどんどん乾いていき、つばを飲み込むと少しひりついて痛んだ。
「まあ彼女の場所は持たせておいたスマートフォンからわかる。心配することはない」
「そうですか!よかった」
京都についたとき、同僚女性が青年らの動きを知っていたようなことを言っていた。あれはスマートフォンの位置情報からわかったことなのかと納得した。
安堵したのもつかの間、上司の言葉に手足が固まるのを感じた。
「これで君の役目も終わりだな。いや、よくやってくれたよ。そのホテルは予約通りに取ってあるから、ゆっくりと旅の疲れをいやしていきなさい」
「あの……人形の場所が分かったらまた文化財を巡ったりはしないのでしょうか?」
上司は乾いた笑い声をあげた。その声はいやに、部屋中に響いた。電話越しであるから音の大きさは小さいはずだが、青年の耳には尾を引くように鳴っていた。
「君の出番はもうないよ。今日限りで勤めは終了だ。なに、心配することはない。しっかり働いてくれた分は払うよ。京都を満喫した後は、いつも通りの生活に戻ればいい」
後半は嫌味を隠そうともせず、語尾を強めるように話した。青年は覚悟をしていた。それでもこうして言われると、元の生活に戻るのにどんよりとした、重い気持ちがのしかかってきた。
「わかりました」
人形が口を動かしているような、単調な声で青年は答えていた。上司は満足そうに、それではと別れの挨拶をして電話を切った。
手からスマートフォンがつるりと滑り落ち、ドンっと絨毯に落ちた。青年はベッドに背中から倒れこんだ。ただただ、だるさが体を支配していた。指一本たりとも動かしたくはない。体が主張するとともに、頭は活発に動いていた。
同僚女性と過ごした一年と、人形と出会ってから数週間の出来事を思い返していた。あの頃は、本当に幸せだったなとかみしめていた。あの頃、昼下がりまでは、青年は充実していた。実にあっけなく、消えたものだなと思った。
目の端からもりもりと涙があふれてきた。端から流れ出る涙の冷たさに、青年は胸が熱くなるのを感じた。それは喉までせり上げてきて、しゃくりあげながら、静かに泣いた。目をつむり感情が収まるのを待つうちに、青年は眠りについた。
魂源と神格の遺産巡礼 ドンカラス @hakumokuren0125
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