第10話「作戦」
「あら探偵さん。こんな時間にどうしたの?事件についてのことだと聞いたけれど…」
マックスとの食事を終え、私は自宅兼事務所へと帰る前に、グラハム邸へ伺った。インターフォンの呼び出しに応じたのはメイドのマーガレット氏だったが、私が要件を伝えるとすぐに、「奥様のお部屋へご案内いたします」と言い、家主へ取り次いでくれた。
「遅くにすみません、夫人。相談を受けた食器の紛失についてなのですが、今はナイフが2本と、皿が1枚残っている状態ですね?」
夫人の部屋は邸宅の1階にあった。私は遅くに尋ねた非礼を詫びつつも、案内されたソファに腰かけ、本題に入った。室内には私とグラハム夫人、そしてメイドのマーガレット氏の3人しかいない。
「ええ、間違いありませんよ。私自身の目でついさっき確認しました。それが何か?」
「いや、なんというか…。断言はできないのですが、窃盗なのだとすれば、犯人は今のところ1本ずつ食器を持ち去っている様なので、今後も同じ犯行が続くのではと思いまして。それで、今夜は皆さんこちらの邸宅に居られるのですか?」
「そうです。もう息子もジェシカも帰宅していて、マーガレットちゃんに施錠の確認も、もうしてもらっています」
「そうですか、それは心強い。ですが一応、邸宅内に誰か侵入者がいないか、確認してください。それから、夫人とマーガレットさん、これはあくまで解決のための作戦なのですが…」
そう言って、私は声のボリュームを少しだけ下げ、二人にある提案をした。それは正直、依頼とは真逆の作戦だったが、夫人は、「はあ…、そうねぇ…、探偵さんが言うなら…」と相槌を打ちながらも聞き入れてくれた。
マーガレット氏は終始無言と無表情を貫いていたが、夫人が「マーガレットちゃん、お願いできる?」と確認すると、一言「かしこまりました」と、了承した。
「そうそう、それから探偵さん、今日伝えていなかったことを、先ほど思い出したのだけれど」
「なんでしょうか?」
どんな些細な情報でも、こちらとしては願ったりである。
「3日前と今朝、食器が無くなっていることに気づいたとき、部屋から…紅茶の匂いがした気がするの。窓の外を確認するためにエリックがすぐに部屋の窓を開けてしまったから、分からなくなってしまったけれど…。あれはなんて銘柄だったのかしら。もしかして犯人は、紅茶の愛好家だったりするのでしょうか?」
「うーん…」
紅茶の匂いか…。この国の人間は揃いも揃って紅茶ばかり飲んでいる様だから、香りだけで犯人の特定は無理だろうが、一応、覚えておこう。
「情報提供ありがとうございます。その件も含めて、何か分かったらまた連絡します。とりあえず今日はこれで」
私はそう言って、作戦に必要な器具をマーガレット氏に託し、グラハム邸を後にした。
外部犯の犯行なのであれば、とりあえずはこれで再犯を防げるだろう。夫人に忠告はしたものの、邸宅内に部外者が潜んでいるとは正直考えにくい。常時人がいる家で数日間も身を潜めることにメリットが無いからだ。それこそ一度に目当ての物を全部盗んでさっさと逃げたほうが安全である。
また、外からの侵入であっても、マーガレット氏に託した器具がその邪魔をする。少なくとも夜間は、外部からの侵入はできないだろう。
だから、勝負だ。
これで何かが無くなれば、内部犯の犯行であることが確定する。
そうは言っても昨日の今日で、しかも探偵(自称)が来たその日にまた犯行に及ぶことは無いだろう。数日間、これで様子を見てみて、何も起こらなければ、捜査の対象を外部犯に絞って取り組むことにしよう。
私は今後の捜査方針をそう定めて、眠りについた。
翌日の早朝。
「グレゴリーさん。飾っていたナイフが無くなりました」
電話越しに聞こえたマーガレット氏の冷たい声とその内容に、私の眠気は吹き飛ばされた。
探偵グレゴリーの事件簿 44 @Ghostshishi
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