独善的ヒロイズム

@DivainK956

 父親として・・・

 私は、幸せ者である。

 好きな仕事で飯を食い、家族を養っている。

 早朝、満員電車に揺られなくてもいいし、特別な交通手段もある。

 それに加えて、私は、強い。

 普通の人間では無いからだ。

 私は、いわゆる『ヒーロー』である。

 ヒーローと言うのは、私達の定義では、とっても強く、強固な道徳観念と英雄的資質を兼ね備えた超人の略称だ。人間の弱さ、といったものとは無縁の、偶像崇拝に近い畏敬を抱かれた完全存在のようなものだ。漫画では、主人公の事をヒーローと呼ぶ事もあるし、スポーツ特に野球なんかでは、その日活躍した人の事を呼称する場合もある。言葉としての定義は幅広く、そのどれもが良い意味として世間一般に認知されている。

 ・・・こうして説明を受ければ、ヒーローと言ったものがどれだけ神格化された、清廉な立ち位置なのか、と純粋にそう感じる筈だ。悪の対義語だと言う人も居るだろう。正義の具現化と言う人も居るだろう。

 こういった意見に対し、私は全面的に肯定したい気持ちでいる。

 実際に、ヒーローとしての活動をしてみると、自らの行いが正しいのだと、肯定せざるを得ない場面に、何度も遭遇する。

 卑劣な犯行グループの摘発、テロ関連の工作活動防止に加え、よこしまな気持ちを持った人間が変化した『怪人』と呼ばれる人間との、血生臭い殺し合い。

 そのどれもが、凄惨極まる。

 目を覆い隠したくなるような、グロテスクな外見の生体実験兵器に遭遇した時は、流石の私でも貧血を起こしそうになった。

 またある時は、殆ど証拠を残さない快楽殺人犯のアジトを追っていく内に、目の当たりにする死体の山を見て、許せないというよりも、人間の醜さに失望しそうになった。

 どこまでも自分本位な人間ばかりを相手しなければいけない苦痛は、私が超人でなければ、とっくの昔に心が折れていただろう。

それに、象徴としての私は、大衆の前では常に強く在る必要もある。

負ける事は許されない。

・・・この仕事は、私以外には務まらない部分が多過ぎる。

だから私は、今もしぶとく続けているのだ。

でも、流石に、その私の活動記録が、毎週日曜午前八時帯に放送されるようになるとは、ヒーローになる決意を抱いた時は、思わなかったなぁ・・・。

 

 私が超人化計画に成功し、政府機関から独立し個人事業主としてヒーロー活動を始め出した頃、この街の治安は荒れていた。人口二万人しか居ない筈なのに、他所からの侵入者か、悪の何かの計画か、怪人の出没数が他の町と比べて段違いに多かった。

一人、怪人が現れると、倫理崩壊現象が起きやすく、他の人も怪人になる可能性が底上げされる。それに伴い、人間の犯罪率も上昇。風紀が乱れ、一種のカオス状態に陥ってしまう。

日々増えていく怪人を相手取るのは、超人化計画に成功した私一人だけだった。その街は、もう国から見放される状態にまで至っていたからだ。

でも、私は、戦った。

それが正しいと、信じたからだ。


 ――そして、五年の月日が経ったある日。

 この街のみならず、国内にいる怪人の、沈静化に成功した。

 私はすぐさま、『ヒーロー』として祀り上げられた。民衆が私を支持してくれている、という実感が、ようやく湧いた瞬間だった。

でも。

 ―――一体、何人、怪人を殺して、平和を勝ち取っただろうか。

 ふと、私は、そんな事を思った。

 ヒーロー活動を始めた時には到底思わなかった、まるで初めて味わった、罪悪感が芽生えた。

 何故、今更そう感じたのか。

 それは、怪人の習性を理解すれば、きっと分かってくれる事だろう。


 怪人。

 別名、いや病名、精神剥離性身体異常症。

 心が歪む事によって理性・客観性を失った人間が、ただひたすらに自分の欲望に崇拝する事によって起こる、人間にしか起こり得ない病気の事である。

 怪人は、怪人ではあるが、人間である。

 人々は、それを勘違いしている・・・というより、知らない。政府が隠しているのだ。そのせいか、民衆は怪人が自然発生するものだと勘違いしている有様だ。

 怪人の正体が元人間であると公表すれば、私はヒーローではいられなくなるだろう。

 だから、私は、罪悪感を抱いたのだろう。

 この手を汚したモノは、弱者故に心が歪んだ人間だった可能性があるからだ。本当に救うべき対象は、そいつだったのかもしれないという迷いだったのだろう。だが、怪人がとんでもない悪である事は確かである。私はこの罪悪感を、功績や栄光といったもので誤魔化す事にした。

 そこから、私のヒロイズムは瓦解し、罰を受ける事になる。

 その時、私には婚約者が居た。名は、日名子。

 日名子は、私の事情を知っていた。というのも、日名子との出会いは、少し特殊なものになる。

 日名子は、ある怪人組織の被害者であり、被検体であったのだ。

 しかも、私が担当していた街の、怪人組織の実験体だった。

 『全人類超人化計画』のプロトタイプとして私が生み出されたとするなら、『全人類怪人化計画』のプロトタイプとして生まれ変わったのが、日名子である。彼女は、その怪人組織に囚われの身でありながら、怪人のイブと呼ばれながらも、数々の人体実験に加担させられていた。

 それは、怪人達が夢見る、怪人としての変異遺伝子を受け継いだ子供の誕生を実現する、母体としての利用価値しか、日名子には無かった。

怪人は、元は人間ではあるが、怪人になったその時から、対人間に対しての生殖能力を失う。皮肉にも、超人の私と同じ特性を持っている。そう、子供を残す事が出来ない、という事だ。

 だが、日名子には可能性があった。人間の姿を保ったまま、怪人のみならずあらゆる動物との交配で妊娠する可能性を秘めた日名子になら、と。

 『全人類怪人化計画』によって唯一、生殖能力を持った怪人の実現に、成功したのが日名子である。そして、この計画は突如形を変えて動き出す。

 それは、この日名子の遺伝子を利用し、日名子のクローンを作り、怪人を新たに量産するという計画だった。

 ――これは、決して夢物語なんかでは無かった。実現可能な技術力が組織にあったからだ。

 そして、同時に、怪人達の願望も叶う、悍ましい計画だったのだ。

 私は、この計画を止める為に、怪人達を抹殺した。

 既に量産され怪人のつがいになった、クローンの日名子も容赦無く。

 そうして、私はこの組織を徹底的に潰し、本物である日名子と、まだ何ら罪の無いクローン日名子らを救出すると、資金援助をして、人間的な生活に戻してあげた。

 そうしていく内に、私は本物の日名子と、愛を深めていった。

 そうして生まれたのが、怪人の遺伝子が色濃く残った、息子のカイだ。


 ・・・そう、どうしようもない事実に直面する。

 それは、元人間である日名子には、耐えがたい事実だった。

 やはり日名子は、怪人だった。

 そんな事は、当に理解していた。日名子は怪人を増やす為に生まれた存在だ、だから当たり前の事だった。そもそも、超人の私に息子が生まれた事自体が奇跡だった。だから、悲しむ事は無かったし、息子の誕生は喜ばしいものだった。

 だが、本物の日名子は、それが受け入れられなかったようだった。

 彼女には、私と同じように、人間だった時の記憶がある。私と同じ改造人間で、私の様に強いヒトでは無かった。

 だから余計、残酷だった。

 カイの存在は、日名子自身が化物だと認識する材料として、適役過ぎた。

 耐えられなくなった彼女がどうしたのかは、私が言うまでも無いだろう。


 「お父さん、どうしてお母さんは居ないの?」

 私の手を引くカイが、無邪気な質問を放った。それを私が真正面から受け止めるには、まだまだ、時間が掛かる難題だった。いつものように、私は誤魔化す。

 「お母さんはな、旅行に行ってるんだ。」

 「長くない?もう、五年は帰ってきてないよ?」

 「会いたいなら、会いに行くか?」

 「いや、いい。なんか、前会ったお母さん、お母さんじゃないみたいだったもん。」

 小さな息子の手を引いて、私はある場所へ向かう。

 それは、厳かな雰囲気が似合う、死の臭いがうっすらと漂う場所だった。

 無数の墓石が正しく並ぶ姿に、息子は何故か、テンションが上がっていた。

 「ここ、お化けとか出るんじゃない?」

 「出るかもね。でも昼だから、多分お昼寝しているよ。」

 「へぇ~、お化けってお昼寝するんだぁ。」

 「だから、そ~っと、お花を供えて手を合わせるんだよ。」

 「なんで、手を合わせるの?」

 「よくやった、って、ひたすら褒めてやるのさ。生きてた事に、ありがとうって、感謝する為に、手を合わせるんだ。寝ている時に頭を撫でると、良い夢を見るようなものさ。」

 「誰に向けて、祈るの?」

 「大好きな人に向けて、だよ。ここで祈れば、きっと届くさ。」

 「・・・うん、分かった!」

 青バケツに水を汲んで、墓石を沐浴する。一緒に、彼女とカイとお風呂に入った思い出を振り返ると、柔らかい笑みがこぼれた。

 それに、一生懸命に、墓石を磨くカイの姿を見て、穏やかな気持ちになった。

 私は、幸せ者である。

 この手は、血や罪で汚れ切っている。

 正しい事を信じた筈なのに、一番守るべき人は、守れなかった。勝手に、一人で旅立ってしまった。これは、当然の罰である。化物が、人並みの幸せを得ようとした報いである。

 やはり、超人が、人並みの幸せを得るなんて、無理があるのだと、ふと、私は思う。

 息子が私の罪だとしても、一生払えない罰だったとしても、私はそれを受け入れる他無い。

 いつまで嘘をつけばいいのだろう。

 もし、息子が、怪人としての性に、目覚めてしまったら?

 息子が真実を知ってしまったら?

 私は・・・どうすればいい?

 迷いや不安は、無限に湧き出る。その度に私は蓋をする。

 真実から目を逸らし続ける、独善的ヒロイズム。

 どこまで、子供に隠す事が、出来るだろうか?

 今はそれさえ、私の思う、正しい事である。

 「よし、手を合わせてお経が済んだら、お前の好きなヒーローの映画でも観に行くか!」

 これでも、私は、ヒーローなのである。

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