第5話 ノームの家探し4


 わたしたちがに着く頃には、東の空はかすかに白んでいました。

 空から夜の暗色が、少しずつ追い出されていきます。


 もうすぐ朝が来るのでしょう。

 時間はあまりありませんが、問題はありません。

 ノーラさんを案内するのは、きっとここが最後でしょうから。


「さて、着きましたよ」


「いえ、その……着いたって……」


 ノーラさんは、ぽかんとしたように口を開きます。



「……ここ、あなたの店じゃないですの?」



「その通り」


 わたしたちの目の前あるのは、森の中にひっそりとたたずむ小さな洋館。

 もろに、わたしのお店ですね。


「ここには、林もありませんわ。庭木が少しあるぐらいで……」


「はい、そうですね」


 わたしのお店の庭には、木がいくつか、ぽつぽつ立っているだけ。

 そのどれもが落葉樹です。

 日当たりは最高――もとい、ノームからしたら最悪でしょう。


 だからこそ、わたしは候補から早々に外してしまいましたが。

 しかし、ここでよかったのです。


「これが、当店がおすすめする木になります」


 わたしは、1つの老木を指さしました。

 この家の守り木です。

 おそらく、この洋館が建てられたときに、植えられたのでしょう。

 すでに樹齢は何百年もありそうでした。


「……これ、菩提樹ですわ」


「そうですね」


 そう、菩提樹。みんな大好き、菩提樹です。

 最初におすすめして、最初に断られた木でもありますね。

 ちょうど今は花期ですから、レモンのような甘い香りの花を咲かせています。


「たしかに、悪い木ではありませんが……ここは日当たりが最悪ですし、水はけもあまりいいとは思えませんわ」


「でも、この木があなたにふさわしいと思ったんですよ」


「どうしてですの? 条件は満たしていませんわ」


「だって、ノーラさん……実は、日当たりとか水はけとか、そこまで気にしてないですよね?」


「……っ」


「もしも、日当たりや水はけが条件なら……ノーラさんはとっくに、引越し先を見つけているはずですよ」


 誰よりも森にくわしいノームが、それぐらいの条件の地を見つけられないわけがないですから。

 わたしが案内した場所の中にも、条件を満たすものなんて、いくつもあったはずです。

 それでも、ノーラさんがどんな地も嫌がったのは……。

 

 ……最初から、彼女が別の条件を求めていたからでしょう。


 ですから、では見つけられないような、そんな条件の地を探さなければならなかったのです。


「ノーラさん、わたしはこの菩提樹をおすすめしますよ。とても美しい老木です。幹や枝の形も、葉の形も、花の香りも、どれも申し分ありません。そして、なにより――」


 わたしは両腕を広げてみせました。



「――ここはきっと、あなたにとって楽しい居場所になるでしょうから」



「……わたくしにとって、楽しい居場所?」


「ええ」



 ――楽しいところがいいですわ!


 思えば、ノーラさんが最初に提示した条件は、それでした。

 彼女にとって、どこが楽しいかなんて、わたしにはわかりませんでしたが。

 先ほどのプチ騒動のあと、ノーラさん自身が教えてくれました。


 ――これだから、旅なんてしたくなかった……ずっと仲間のもとに、いたかったのですわ。


 その言葉は、おそらく本心から出たものでしょう。

 仲間と一緒の生活が、ノーラさんにとっての理想……。


 とすると、ノーラさんが求めていたのは、快適な“場所”などではなく。

 自分を受け入れてくれる、楽しい“居場所”だったのでしょう。

 つまり、ノーラさんの依頼を解決するには。


 ――“場所”をのではなく、“居場所”を必要があったのです。



「ここならもう、あなたは1人ぼっちにはなりませんよ」


「……1人じゃない?」


「はい。少なくとも、わたしがいます。あなたの仲間にはなれないかもしれませんが、友人にはなれると思いますから」


「……友人」


 ノーラさんが言葉をつまらせました。

 小さな手でぎゅっとスカートのすそを握り、不安そうに揺れる瞳でこちらを見上げてきます。


「わたくしなんかが友人で、迷惑ではないんですの?」


「いえ、わりと迷惑です」


「…………へ?」


「ノーラさんって、わがままですし、小さいくせに上から目線ですし、いろいろと面倒くさい性格ですから。それと、あのときのクッキーの恨みは一生忘れません」


「……そ、そう」


 ノーラさんが、しゅんとします。

 言い返さないということは、自分でも思い当たるふしがあったのかもしれません。


 まったく……不器用な魔物です。

 きっと、仲間以外とうまく付き合えるか、不安で仕方がないのでしょう。

 だからこそ、強がったり弱気になったりと忙しかったのです。


「ですけどね……知りませんか、ノーラさん?」


「なにをですの?」


「友人なら、迷惑かけてもいいんですよ」


 迷惑をかけてはダメなんていうのは、損得勘定で動く関係でしかありません。

 友人というのは、そんな取引関係ではないはずです。

 種族がどれだけ違っても、そこだけはきっと変わらないでしょうから。


「あなたがどれだけ迷惑をかけようと、ここはあなたの居場所でいいんですよ」


「……わたくしの居場所」


「はい」


 快適な“場所”を探すのは、わたしには少し荷が重かったですが。

 楽しい“居場所”を作ることぐらいなら、きっとわたしにもできるでしょうから。


「どうですか、ノーラさん。この木の下に住んでみませんか?」


「……そう、ですわね」


 ノーラさんは口をもごもごさせました。

 ちょっと顔を赤くして、「うー」とか「あー」とか、言葉にならない声を上げています。


 そうこうしているうちに、朝日が昇ってきました。

 木立の間から差し込む光が、わたしたちの間を照らします。


「……朝日が昇ったら、お別れの時間ですわ」


 ノーラさんは眩しそうに目を細めながら言いました。


 ノームは日光が苦手な魔物です。

 日光を浴びると石になるほどではないでしょうけど、あまり好きではないのでしょう。

 答えは保留、ということになりそうですかね……。


「ねぇ、あなた」


「はい?」


「わたくしを抱っこしてくださらない?」


「はぁ」


 いきなり、なにを言いだすんですかね。

 その言葉の意図はわかりませんが。

 わたしは言われるがままに、ノーラさんを持ち上げてあげました。


「ストップですわ」


「え?」


「次は、わたくしをあなたの顔に近づけなさい」


「えっと、これぐらいですか?」


「もっとですわ」


 顔がどんどん近づいていっても、ノーラさんは止めません。

 そうするうちに、鼻と鼻がちょんと触れ合ってしまいました。


「よし、おーけーですわ」


「……なんの儀式ですか、これ」


「ノームの挨拶ですの。その……〝また明日〟という……」


「なるほど」


 仲間うちの挨拶を、わたしに対してしてくれるとは。

 つまりは……そういうことですか。

 少しだけ口元が緩みます。


「なんですの、にやにやと……」


「いえいえ、なんでもありませんよ」


「……ふんっ」


 ノーラさんは不機嫌そうに、わたしの手から脱出しました。

 くるりと身軽に着地して、それから。


「それより……」


 と、わたしに背を向けます。


「あなた、とてもいい仕事でしたわ。少しだけ……見直してあげますわ」


「その言葉は……依頼解決、と受け取っても?」


「まあ、そういうことに……なるかもしれませんわね」


 両手の指先をつんつんさせながら、もごもごと言います。

 まったく、素直じゃないですね。


「それじゃあ……こ、これから、よろしくお願いいたしますわ……フ……フュノ」


 ノーラさんがもじもじと言います。

 どんな顔をしているのかは見えませんが、耳は真っ赤でした。

 そういえば、ノーラさんに名前を呼ばれたのは初めてのことでしたね。


「はい、ノーラさん」


 わたしも名を呼び返します。

 何度も呼んできたのに、こうしてみると少し気恥ずかしいものですね。

 この気恥ずかしさがなくなるのに、どれだけの時間がかかるのでしょうか。


「……近いうちに、遊びにいきますから。せいぜい、美味しいお茶を用意して待っていることですわ……フ、フュノ」


「ふふ、わかりました。美味しいお茶を用意して、待ってますね」


 わたしたちは、そう約束して別れました。

 ノーラさんは逃げるように、するりと菩提樹の根元に潜り込みます。


 これから、木の下に家を建てるのでしょうか。なんだか忙しくなりそうですね。

 ただ、その忙しさは、彼女が前に進もうとしている証でしょう。


 これにて一件落着、と言ってもいいでしょうか。



「さて、と……」



 わたしは朝日を浴びながら、ぐぐぐ……と伸びをしました。


 ――朝。

 新しい一日の始まりです。


 森には朝霧が立ち込め、きらきらと白光りしていました。

 朝霧が出る日は、よく晴れると言われています。

 きっと、今日もいい天気になるでしょう。

 お客さんも、また来るかもしれませんね。


 少しだけ眠気もありますが……。

 わたしは頬をぺちんと叩いて、気合いを入れました。



「――それじゃあ、今日もぬるっと頑張りますかー」




   *



 さて、ここからは余談です。


 ノーラさんの依頼を解決した日は、他に来客はありませんでした。

 まあ、当店ではこれが平常運転なんですけどね。


 ここのところ寝不足続きだったので、ようやくゆっくり寝ることができます。

 わたしは日が沈むとともに、ベッドに潜り込みました。

 ラベンダーのお香を焚いて、いつもよりリラックスしながら目を閉じます。


 今日は、いい夢を見れるでしょうか……。

 ……なんて思っていると、玄関の扉がノックされました。



「ひ、引っ越し祝いもかねて……さっそく、遊びに来てあげましたわ」



 扉を開けると、ノーラさんがいました。

 引越し祝いらしきキノコの束を、腕いっぱいに抱えています。

 そういえば、遊ぶ約束もしたんでしたか。


「さあ、今日はまだ始まったばかりですわ! 日が昇るまで、ぞんぶんに遊びますわよ……フュノ!」


「は、ははは……」


 そうでした、失念していました。



 ……ノームは、夜行性でしたね。



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