第4話 ノームの家探し3
ノーラさんはなにか思うところがあったのか、わたしの肩からぴょこんと降りて、ゆっくりとイチイの木に近づきました。
そのとき、わたしもノーラさんも油断していました。
ここが
「……っ! ノーラさん、ストップ!」
「へ?」
止めに入るも、時すでに遅く――。
「――きゃあああっ!?」
がしっ、と。
突然、沼から現れた巨大な手が、ノーラさんをつかみ取りました。
「ぶはははハ! ノーム、ゲットだゼ!」
次いで沼から、ばしゃっと現れたのは――トロールの子供。
子供とはいっても、そこはトロール。
見上げんばかりの背丈があります。
なぜか赤い帽子をかぶり、指ぬきグローブをはめた手には、ボール型の虫カゴが握られていますが……なんでしょうね、この大商会の法務部からお叱りを受けそうな格好は。
「……ト、トロール」
ノーラさんの顔が、みるみる青ざめていきます。
そういえば、トロールはノームの天敵でした。
トロールはノームを捕まえてペットにするといいます。
……うかつでした。
北の地域に住んでいるトロールが、まさかこの辺りに出るとは。
このままでは、ノーラさんが快適な温かいケージに入れられ、肥えるまで餌を与えられ続けてしまう……!
「よし、ノームを初ゲットだ! ノームマスターに、オレはなル!」
トロールさんは捕獲したノーラさんを見て、はしゃいでいました。
これでは、ノーラさんを返せと言っても、聞き入れてもらえるかどうか。
思わず頭を抱えたくなります。
「あのー、トロールさん?」
「なんダ?」
「そのノームは、わたしの知り合いです。どうか、返してくれませんか?」
できれば、中立の立場でいたいですが……。
ノーラさんは、わたしの依頼者です。依頼者は守らなければなりません。
話し合いで解決できればいいのですが。
「ふン! オレに命令するナ! 人間のババアが!」
「……誰がババアだと?」
「お前だヨ! やーイ、やーイ! クソババア!」
子供ならではの罵倒です。
語彙力の欠片もなく、まるで中身のない言葉の羅列ですね。
こんなお子ちゃまの言葉を気にするほど、わたしは子供ではありませんが……。
(ふぅ……久しぶりにキレちまいましたよ)
べつに、ババア呼ばわりを気にしたわけではありませんよ?
ただ、言葉でわかってもらえないのなら、もう力で訴えるしかないですよね。
依頼者を守るためですから、仕方ありません。
ちなみに……わたしは子供とも本気で喧嘩するタイプです。
「ねぇ、トロールさん」
「なんダ?」
「魔女の箒の柄が、なにでできてるか知ってますか?」
「……? さァ、知らないナ」
「トネリコの枝、ですよ」
魔女の箒は、一般的にトネリコの柄とエニシダの房から作られます。
その素材から作る理由の1つは……箒を武器にするため。
「魔女がトネリコの“杖”を持っている……それがどういうことなのか、わかりますか?」
「……魔女? ……ッ! まさカ……!」
トロールさんが、はっとしたように息を呑みます。
トロールはなんだかんだで賢い魔物ですから、やはり知っていましたか。
魔女は物に宿った力を引き出すことで、魔法を行使するのですが。
とくに魔女が持っていると危険なものの1つが、トネリコの杖。
それもそのはず、トネリコの杖に宿っている力は――。
――天候操作。
魔女はトネリコの杖を持っていれば、雨を降らせたり、風を吹かせたり、雷を落としたり……と、まるで神の代行者のようなことができるのです。
「……ッ!」
わたしが箒を一振りすると。
辺りの霧が、ぞぞぞぞぞ……とうごめきました。
意思を持ったように霧が動き、亡霊のように人の形を作っていきます。
空には黒雲が立ち込め――かッ! と、雷が光りました。
「ひッ!」
トロールさんが小さく悲鳴を上げます。
「マ、待ってくレ! オ、オレが悪かったかラ! だかラ……!」
「許してほしい、ですか?」
「あァ!」
「では、“約束”してくれますか?」
「約束……?」
トロールさんが、ぴくりと反応します。
――約束。
それはありきたり言葉ですが、トロールにとっては重要な言葉なのです。
トロールは、“嘘”をなによりも嫌う種族。
ですから、トロールにとって約束とは、絶対のものなのです。
約束を破ってしまえば、それは“嘘”をついたことになってしまいますから。
「そうです、約束です。わたしが杖を引く代わりに……トロールさんは今後いっさい、ノームに意地悪をしないでください」
「……ッ! わかっタ! 約束すル!」
「そうですか」
わたしはもう一度、箒を振りました。
すると、霧はかき消え、雷鳴もぴたりと止みます。
「では、約束ですからね」
「あァ! 絶対ニ、守るかラ!」
トロールさんはノーラさんを解放すると、一目散に逃げていきました。
ずいぶんと怯えられてしまったようです。
「んー……ちょっと、脅かしすぎましたかね?」
しかし、これでもう、あのトロールさんに襲われる心配はないでしょう。
トロールは約束を守る魔物ですし、それに悪さばかりする魔物でもありません。
気に入らない相手には災いをもたらしますし、気まぐれで悪さもしますが……。
気に入った相手には祝福を与えるのがトロールという妖精なのです。
この森に住む者として、彼のような隣人とも、うまく付き合っていかなければなりません。
とくにトロールとは仲良くしたいものですね。
友達になると、お金とかくれるらしいですし。
「さて」
少し遅れましたが、ノーラさんのもとに歩み寄ります。
ノーラさんはよほど怖かったのか、ぐすぐすと鼻をすすっていました。
地面にぺたんと座り込み、小さく肩を震わせています。
「……ごめんなさい、危ない目にあわせてしまって」
これは、わたしの落ち度です。
依頼者もまともに守れないのでは、なんでも屋失格です。
油断していたのは確かです。
この辺りの魔物は、
しかし、これからは気を引きしめないとダメですね。
「……怖かったですわ」
ノーラさんが鼻をすすりながら、ぽつりとこぼします。
「それに、わかりましたわ。ここにも、わたくしの居場所はないと……」
ノーラさんは側にあるイチイの木を、そっと撫でました。
誰にも触れられることのない、孤独の木を……慈しむように。
「やっぱり……どこにも、わたくしの居場所はありませんのね。外の世界は楽しいことがいっぱいだとお父様が言ってましたのに……怖いことばかりですわ。これだから、旅なんてしたくなかった……ずっと仲間のもとに、いたかったのですわ」
ノーラさんが言葉をつむぐたびに、その目から大粒の涙があふれてきました。
ノームは陽気で、友好的な魔物ですが……他種族と交流するのが苦手だといいます。
不器用で、恥ずかしがり屋。
そんなノーラさんが、わたしのもとへ来るには、きっとたくさんの勇気が必要だったはず。
そんな依頼者を泣かせてしまいました。
まったく、今日のわたしはダメダメです。いいところがありません。
これは……挽回しないと、いけませんね。
「ノーラさん、今からもう1か所回りましょう」
「え……? ここが最後では?」
「いえ、忘れてましたが、もう1か所だけありました」
わたしは小さな少女に、そっと微笑みかけます。
「――きっと、そこが……あなたの良き居場所になると思いますよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます