第3話 ノームの家探し2


 ノーラさんから“引越し先探し”の依頼を受けた、その日の夜。

 わたしとノーラさんは、月明りを頼りに森に入っていました。

 ノーラさんを肩に乗せ、足音を忍ばせてしばらく西へと歩きます。


 ちなみに、森の中では木を見れば方角がわかります。

 木の枝ぶりが少ないほうが北、多くの葉が向いているほうが南、根元のこけが多いほうが北……というように。


 森歩きをするときは、まっすぐ歩いているように思っても、利き足とは逆の方向へと進みがちですからね。こまめに方角を確認することが大切です。


「と、ここです」


 しばらく西へ歩いていくと、川に突き当たりました。

 穏やかな川面は、夜空の星をまいたようにきらきらと輝いています。


 その川辺には、大小さまざまな木々。

 きっと、川から種や栄養が運ばれてくるんでしょうね。

 ナラ、トネリコ、ヤナギ、ハンノキ、ニレ、ポプラ、ハシバミ、菩提樹……。

 ざっと見て回るだけも、これだけの木々と出会うことができます。


「なかなか壮観でしょう?」


「ええ……」


 老木の下に住むというだけあり、ノームは木が好きなんでしょうね。

 ノーラさんはうっとりとした目で、川辺の木立を眺めています。


 まあ、この辺りの木々なら、ノーラさんの出した条件も満たせるはず。

 川辺なら日当たりも良好ですし、土の粒が大きいので水はけもいいのです。


「それで、どれがわたくしにふさわしい木ですの?」


「そうですね……ナラなんかは、いい老木も多いんですけどね」


 側にあったナラの大木に、そっと触れます。

 苔に分厚く覆われた、こぶだらけの老木。切り立った幹にはくぼみがたくさんあり、キツツキが運んできたのか、トウヒの松ぼっくりがつめ込まれていました。


 ナラはどこにでもある木ではありますが、神聖な木の筆頭であり、“森の王”と呼ばれる木でもあります。また、妖精が住処とする木としても知られていて、ドライアドやエルフなんかは好んでこの木に宿ります。


「しかし、ナラを住処とすると、隣人トラブルに悩まされることも多いそうです」


 おたくの木の枝が日光をさえぎってるとか。

 おたくの木が、うちの木から栄養を奪ってるとか。

 旅行から帰ってきたら、知らない妖精が住み着いていたとか。

 うちのお店にも、そんな隣人トラブル関係の依頼が、よく持ち込まれます。

 まあ、人も妖精も密集すれば、そういう隣人トラブルが起こってしまうのでしょう。


「それに、ナラはとくに根を深く張りますからね。木の中はともかく、木の下は住みにくいと思います。というより、あんまりスペースがないでしょうね」


「そうですわね」


「そこで、当店がおすすめするのは、こちらの木になります」


 わたしは営業口調で、1つの木を示しました。


菩提樹リンデンですの?」


「ええ」


 そう、菩提樹。みんな大好き、菩提樹です。

 菩提樹は樹齢が長いため、老木が多い木でもあります。さらに小人族がその根の下に好んで住むとも言われてますし、ノーラさんにはぴったりでしょう。

 そしてなにより、ノーラさんの出した条件を満たしている木でもあります。


「荘厳で美しい幹のたたずまいに、可愛らしいハート型の葉、甘やかな香りの花……まさにエレガントな木というにふさわしくはありませんか? さらに菩提樹は、さまざまな恵みをもたらしてくれる木でもあります。花はお茶や薬になりますし、蜜蜂や小鳥を集めます。樹液からはシロップが作ることができ、葉は動物の餌や薬に。樹皮からは良質な繊維が採れ、布製品から、綱、カゴ、弓の弦、紙の製造まで、千の用途に使うことができると言われています。さらに、木自体に魔除け効果もありますから、菩提樹があなたの住まいを魔物から守ってくれることでしょう」


「そ、そうですわね……」


 ノーラさんが目をまん丸にしていました。


「あなた……ずいぶんと、くわしいのですわね」


「まあ、魔女の端くれですしね。これぐらいは」


 植物というのは、根から葉まで、全てが魔術や錬金術の素材になります。

 植物に精通することが魔女の第一歩、といっても過言ではありません。


「それで……どうですか、ノーラさん? ここでなら快適な暮らしができると思いますが」


「うーん」


 ノーラさんは考え込むように、頬に手を当てます。


「ダメですわね、却下」


「えっ」


 予想外でした。


「な、なんでですか?」


「川が近いと、浸水が怖いんですの」


「え? 地面の高さは充分に……あっ」


 そうでした……川辺の土は、のでした。

 水はけがいいということは、土の中に隙間がたくさんあるということ。

 つまりは、横方向へも水が移動しやすいのです。

 もしも雨でも降って、ノーラさんの地中の家より川の水位が高くなれば……それだけで家は浸水してしまうでしょう。


 地中に家を建てるということが、どういうことなのか、今一度考える必要がありそうですね……。


「それと、この辺り……日当たりが悪そうですわ」


「……? 日当たりはだいぶ良好だと思いますが」


 川辺ですし、日光をさえぎるものは、そんなにありません。まだ葉をつけ始めたばかりの木も多いですし、清々しいぐらい日光が差し込んできそうです。


 しかし、そこで……はっ、と気づきました。

 ノームは夜行性の魔物で、日光は苦手とされています。そんなノームの『日当たりがいい』という言葉が、『日光がよく当たる』という意味であるはずがありません。


「うぅ~」


 まさか日当たりが悪いほうがいいとは。

 これは、どうしたものですかね。川辺以外にも菩提樹はありますが、落葉樹だとどうしても周囲が明るくなってしまいます。かといって、葉を落とさない木となると、けっこう限られてきますし……。


「んー、でしたら……西にあるトウヒの林なんかはどうでしょうか。そこなら1年中暗いですし、日当たりを気にするのなら、そこがベストかと」


「でも、この辺りの土は、粘土質でしょう? トウヒは粘土質の土地だと根張りが浅いですから、嵐でも来たら根ごと倒れてしまいますわ。それにトウヒの林は鳥が嫌うので、虫が多いんですの。わたくし、あまり虫は好みませんわ」


「うぅ……」


 このお嬢様、くわしい。

 さすが、自然の“調和”をつかさどるノームといったところですか。

 おそらく、森について一番くわしい種族はノームでしょう。

 彼らは森の管理人のようなこともしていますから。


 エルフやドライアドなど、木に関する妖精は数多くいるものの……自然の動植物を調和させ、森の環境を維持するのは、土の妖精であるノームの役目。

 そのノームが『いい場所が見つからない』と言ったのです。

 ノームが見つからないものを、わたしが探しだすことはできるのでしょうか。


「……はぁ」


 それでも、依頼を投げ出すわけにはいきません。

 まったく……難儀な依頼になりそうです。


   *


 それから数日かけて、大樹海の北部や南部に足を運びました。

 足を運んだといっても、移動は空からでしたが。

 魔女らしく箒にまたがって飛ばせていただきましたよ、ええ。


 ちなみに、大樹海の北部は雪山がつらなり、日照量が少ない地域です。松やナナカマドなど葉を落とす木は多いですが、モミやトウヒを中心とした年中暗い森もあります。

 大樹海の南部は陽射しの強い地域ではありますが、月桂樹やイナゴマメなど、葉を落とさない老木もたくさん見られます。

 しかし……。


「ダメね」


 全て却下でした。

 寒いだの、暑いだの、乾燥はお肌の大敵だの……果てには、なんとなく嫌とかいう理由でも却下されました。途中から、とりあえず理由つけてNOと言ってるようにしか思えませんでした。


 さて……残るは、大樹海の東部だけです。

 しかし、真打は後から登場する……なんてことでもなく、東部を最後に回したのは、ただ一番選ばれる可能性が少ないからでした。


「……沼が多いですわね」


「まあ、この先には湿地もありますしね」


 東部は山や谷ばかりの地形で、場所によっては雨がよく降ります。

 足元はどこもぬかるんでいて、辺りには霧が立ち込めていました。沼もたくさんあり、夜闇の中をいくつもの火の玉ウィル・オ・ウィスプが漂っています。


「あ、綺麗ですわ……」


火の玉ウィル・オ・ウィスプに近づいちゃダメですよ。沼に引きずり込まれますから」


「……ひっ!?」


 わたしの肩に腰かけているノーラさんが、びくっとして落ちそうになります。


「注意してくださいね。この辺りには水馬ケルピー飛蛙ウォーター・リーパーみたいなタチの悪い魔物もうようよいますから」


「え、ええ……」


 ノーラさんは気丈に返事してみせたものの、ぷるぷると震えております。

 やっぱりダメですかね、ここも……。


「で、どうですかね。ここの木は」


 とりあえず、ダメ元で確認だけしてみます。

 この辺りに生えてる木は、イチイ、ヤナギ、ハンノキ、ニワトコ……。

 あまり縁起のいいラインナップではありません。


 まあ、ここは谷間にありますし、日当たりの悪さはあります。

 地面に水気はありますが……乾いているところは乾いていると信じましょう。


「そうですわね……」


 ノーラさんはきょろきょろしてから、一つの木に目を留めました。


「あの木は……」


「イチイですか?」


 ノーラさんが見ていたのは、沼のほとりにぽつんと生えているイチイでした。

 濃い緑色の針葉を茂らせている木です。ちょうど花期だったこともあり、黄色っぽい雄花を垂れ下げていますね。


 枝葉から果実まで全てに毒があるため、負のイメージを持たれている木ではありますが、その反面、この毒のために他の生物は近寄ってきません。

 魔物や悪霊も、イチイには寄りつかないといいます。


「何者も寄せつけない“孤独の木”ですか。たしかに、安全性だけならピカイチでしょうね」


「……孤独の木」


 ノーラさんはなにか思うところがあったのでしょうか。

 わたしの肩からぴょこんと降りて、ゆっくりと木に近づきました。


「……?」


 まさか、イチイに興味を示すとは。

 たしかに、イチイは葉こそ落としませんが……根を深く張りますし、どちらにせよ沼のほとりでは毎日が浸水デーでしょう。


 他の木と比べて、イチイの下が住み心地のいい場所とは思えません。

 ノーラさんにその問題点がわからないはずもないのですが……。


「……?」


 そのとき、わたしもノーラさんも油断していました。

 ここがが出る地域であることを、忘れていたのかもしれません。


「……あっ! ノーラさん、ストップ!」


「へ?」


 止めに入るも、時すでに遅く――。


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