第2話 ノームの家探し1


 こんにちは、美少女すぎる魔女店主こと、フュノです。

 森の奥にある小さな洋館で、魔物向けのなんでも屋を営んでいます。


 今日は珍しく、朝早くからお客さんが来たようですね。

 玄関の扉を開けて、庭先に出てみますと。


「あら」


 小さな野ネズミの馬車が停まっていました。

 人間の貴族が乗るような豪華な四輪馬車です。

 ミニチュアサイズのわりに精巧に作られていて、思わず感心してしまいます。


 しばらくすると、馬車の戸が開いて、小人が出てきました。

 ノームでしょうか。土色の巻き毛をした勝ち気そうな女の子です。

 どうもお嬢様のようで、品のいい赤いドレスを身にまとい、赤い日傘をくるくると回しておられます。


「ご機嫌よう。わたくしはノームのノーラですわ」


 スカートのすそをちょんとつまんで、お辞儀するお嬢様。

 やっぱり、ノームでしたか。

 あまり他種族と関わることのないノームを見るとは、珍しいこともあるものです。


 そもそもノームは夜行性なので、日中に見ることはほとんどありません。

 まだヒゲが生えてないということは、彼女は若いノームでしょうか。


「どうも、ご丁寧に。わたしは魔女のフュノです」


「魔女?」


 ノーラさんはいぶかしげに眉根を寄せます。


「魔女というと、あなた……もしかして、人間ではなくて?」


「はい、その通りですが」


「ここでは『魔物の依頼も解決してくれる』と聞いたのですが……人間なんかが、わたくしの依頼を解決できるかしら」


「大丈夫ですよ。こう見えて、ちゃんと魔女の端くれですから。ささやかな報酬さえいただければ、たいていのことは解決してみせます」


「本当かしら……?」


「ま、立ち話もなんですから、お店の中でお話を聞きますよ」


 そう言って、店内に戻ろうとしたときでした。



「う……」



 ぽてり、と。

 いきなり、ノーラさんがうつ伏せに倒れました。


「はい……?」


 突然のことで、わたしらしくもなく戸惑ってしまいました。

 ノーラさんは、ぴくりとも動かなくなっていました。

 試しにひっくり返してみると、彼女は白目を向いています。

 ぺちぺちと頬を叩いてみますが、反応なし。


「え……死んだ?」


 突然の死。

 でも、わたしは殺してません。わたしは無実です。

 とはいえ、この場面を他のノームに見られるわけにはいきません。


「すぅ……はぁ……」


 わたしは大きく深呼吸をしました。

 まずは、クールになりましょう。

 そして……この死体をどう処理するか考えましょう。


「よし…………沈めますか」


 わたしはさっそく行動に移ろうとしました。


 しかし、そこで。

 くきゅるるる……と、か細い音が聞こえてきました。

 ノーラさんのお腹からでした。



「……お腹、すきましたわ」



「……」


 まさか、お嬢様が行き倒れとは。

 ……危うく殺人犯になるところでしたね。



   *



「――うんま! うんまですわ!」


 店で保護したノーラさんが、蜂蜜クッキーをもきゅもきゅとお食べになります。


「なんですの、この甘味!?」


「クッキーといいます。人間が考えたお菓子ですよ」


「やりますわね、人間! 褒めてつかわしますわ!」


 とか言いつつ、ノーラさんはさらにクッキーをつまみます。

 すでに彼女の体積以上のクッキーが、その体の中に入ってると思うんですが、その手はいっこうに止まる気配がありません。

 たしかに、ノームは大食いの魔物といいますが、これはちょっと想定外……。


「あ、ああ……」


 わたしのおやつのクッキーが、みるみるうちになくなっていきました。

 こんな森の中では甘味が貴重だというのに……。

 この恨み、晴らさでおくべきか……。


「ん……口の中がぱさぱさしますわね。お茶が欲しいですわ」


 こちらの気も知らないノーラさんが、お茶の催促をしてきました。


「……すぐに、ご用意しますね」


「わたくし、お茶にはうるさいんですの。適当なお茶を出したら許しませんわ」


「うふふ、了解です」


 わがままなお嬢様です。

 ……やっぱり、あのとき沈めておくべきでしたかね。

 しかし、殺意はぐっと我慢します。

 わたしは我慢できる子です。彼女のお茶にアルカロイド系の毒物を混ぜたりはしません。


「シルキーさん、小人用のガラスカップを温めておいてください」


「……(こくこく)」


 家事妖精のシルキーさんが頷いて、食器棚へと向かいます。


「さて」


 それでは、ノーラさんにどんなお茶をお出ししましょうか。

 わたしは基本ぐーたらですが、お茶を淹れることだけは一家言あります。暇すぎて、それぐらいしかやることがないとも言えます。


 できれば、ノーラさんには満足していただきたいもの。

 しかし、普段からいいお茶を飲んでいるとなると、お店にある一番いい茶葉を使っても文句を言われることでしょう。味勝負は難しいでしょうね。


「とすると……薄紅葵マロウあたりがいいですかね」


 わたしは棚から、一つの小瓶を取り出しました。

 小瓶に入っているのは、紫色の干し花。

 昨年、庭の菜園で採れた薄紅葵の花を、魔法で保存しておいたものです。

 野原なんかに普通に咲いている花ではありますが、その葉っぱがよい湿布薬の材料になるので、魔女はよく栽培しています。ちなみに、種はわたしのおやつになります。


「~~♪」


 小瓶の蓋をかぽっと開けると、干し花のフローラルな香りがふんわりと広がりました。

 いい香りで気分も上々。

 さっそく、鼻歌混じりにお茶の準備を始めます。


 といっても、それほど手間はかかりません。

 お湯を少しぬるめにわかし、干し花を入れたガラスポットに入れて、一番小さな水時計をセット。

 ガラス容器に入った色水が、下に落ちきったら……。


 ――マロウティーの完成です。



「な……なんですの、この水色の汁は」


 マロウティーをお出しすると、ノーラさんが顔をしかめました。


「このお茶は、こういう色なんですよ」


 スカイブルーのお茶。

 いかにも魔女が作ったという感じの、怪しい色ですね。


「なんだか、気味が悪いですわ……」


「そうかもしれませんね」


 わたしは悪戯げに微笑みます。


「ですが、この魔法のティースプーンを入れると」


 果実酢をつけたティースプーンで、お茶をかき混ぜます。

 すると、どうでしょう。

 水色だったマロウティーが、綺麗なピンク色に変わったではありませんか。


「……っ!? 色が変わりましたわ!」


 ノーラさんがぴょこんっと飛び上がります。


「魔法!? 魔法ですの!?」


「はい、魔法です」


「すごいですわ!」


「うふふ……ちょろい」


「今なにか?」


「いえ、なんでも」


 ちなみに、ワインや薄紅葵などに含まれる色素は、溶液の液性を測る“試薬”として使われています。溶液が酸性なら赤、中性なら紫、塩基性なら緑……と色が変わるので。

 ですから、マロウティーに酸性の酢を入れれば、ピンク色になったというわけですね。


 まあ、錬金術の基礎知識です。

 ちょっとした手品みたいなものですが、楽しいこと好きな妖精族に見せてあげると、とても喜んでもらえるのでおすすめです。


 ちなみに、マロウティーは青→紫→ピンクと色が移り変わっていくことから、“夜明けのハーブティー”とも呼ばれています。

 朝早くに飲むのに、これほどうってつけのお茶もないでしょう。


「あなた、すごい魔女でしたのね!」


「もちろんです」


 ノーラさんがきらきらとした眼差しを向けてきました。

 先ほどとは一変した態度に、少し苦笑してしまいます。

 でも、羨望の眼差しを向けられるのって、実に気分がいいですよね。


「あ、風味の弱いお茶ですから、蜂蜜を足してくださいね」


「わかりましたわ」


 ノーラさんは「ふんふ~ん♪」と、お茶の色を楽しんでいます。

 どうやら、お茶作戦はうまくいったようですね。



「それでは、そろそろ本題に入りましょうか」



 ノーラさんがお茶をちまちま飲んでいるところで。

 わたしは話を切り出しました。


「たしか、わたしに依頼があるんでしたよね」


「ええ」


 ノーラさんはお茶で唇を濡らしてから、カップをことりと受け皿に置きました。



「あなたには、わたくしの家の場所を探してほしいのですわ」



 家の場所を、探す?


「えっと、もしかして迷子で?」


「ち、違いますわ! そうではなくて」


 ノーラさんが顔を真っ赤にして、手をぶんぶん振り回します。


「わたくしの家にふさわしい場所を、見つけてほしいんですの」


「家にふさわしい場所?」


「ええ。ノームは100歳になると親元を離れて、新天地で暮らしますの。ですけど、各地を旅してみましたが、どうにもわたくしが住むのにふさわしいエレガントな地が見つからなくて……」


 ノーラさんが、しゅんと肩を落とします。


「ですから、どうかあなたに……このわたくしが住むのにふさわしい場所を、探してほしいのですわ」


「えっと」


 わたしは挙手します。


「……ノームって、地中で生活してるんですよね?」


「そうですわ。老木の下などに家を建てて生活してますの」


「ぶっちゃけ、地面の中って、どこも同じじゃ……」


「はぁ?」


「……ないですよね。あはは」


 どうしましょうか……。

 さすがに地中の住み心地とか、専門外すぎるんですが。

 とくにノームにとっての土は、空気のようなものだといいます。わたしたちが空気の中を移動して、空気の中を見通すように……ノームは土の中を移動し、土の中を見通すのです。

 わたしがどうあがいたところで、ノームの感覚はわかりません。


「まあ……とりあえず、条件をつめていきましょうか」


 わたしは亜麻紙を取り出して、書写台に置きました。

 枝ペンの先を木製ナイフで削り、青紫色の果汁インクをちょんとつけます。


「では、どんな場所に住みたいかなど、希望はありますか?」


「楽しいところがいいですわ!」


「はぁ、楽しいところ……?」


「楽しいところといったら、楽しいところですわ!」


「なるほど」


 とりあえず、紙にメモをします。

 “このノーム、精神錯乱の兆候あり”……と。


「他に条件は?」


「エレガントな老木の下がいいですわ。葉っぱが綺麗で、いい香りの花を咲かせて、小鳥や蜜蜂が集まるような木ですの。あとは、水はけの良さと日当たりの良さは欠かせませんわね」


「はぁ」


 とりあえず、条件をメモしていきます。

 エレガントな老木、水はけ良好、日当たり良好……と。


「それで、あなた……そんな地に心当たりはありますの?」


「うーん。ないことも、ないです」


「本当ですの!?」


「まあ、とりあえず、夜になったら見にいきましょうか」


 さて……一筋縄でいく依頼ならいいのですが。



~余談・筆記具について、ちょっとした裏設定(読まなくても大丈夫です)~


◇果汁インク

エルダーベリーから作った青紫色のインク(実の熟し具合によっては赤くなる)。

春~秋にかけてはヨモギのインク(緑色)も使いますが、植物抽出物だけで作るインクはすぐに薄れてしまうので、記録用などにはハンノキの実のインク(タンニン+鉄のインク)を使っています。インクの粘度については、アカマツの松ヤニを使って調節。


◇枝ペン

ニワトコの枝から髄(中身)をくり抜き、先をペンの形に整えたものです。羽根の代わりに枝や葉っぱをつけてるイメージです。


◇木製ナイフ

イチイの木から作ったペンナイフ。イチイ材は硬くてしなやかで腐りにくいので、店ではさまざまな日用雑貨に使われています。


◇亜麻紙

古くなった布をブナの灰汁で煮たりして作っています。店ではいつもブナの薪を使っているので、質のいい灰が採り放題。布が足りなくなれば菩提樹の樹皮(靱皮)から作ったり、ケット・シー印の通販で購入したりします。

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