第13話 アンチ・ノーブル

 大罪国は君主・貴族制の大国である。


 国の中央に位置する王城を筆頭に、その配下に七つの州を治める王が存在し、その州の都市を貴族達が支配している。


 統治の方法は様々だが、ラース州にてガーデンフィールド家が支配するネメシスシティは他の都市と比較すればかなり平和な部類に入る。


 しかし──いや、だからなのだろう。


 そういう場所にこそ、蝕む毒は存在するのだ。


─────


 ライクアローズは、大きな倉庫のとある一室に軟禁されることとなった。


 部屋は掃除が行き届いており、ベッドも清潔。トイレや風呂もある。ただし窓は無い。他にあるのものは椅子くらいのものだ。


 そして服は脱走時のものから、パジャマのような服に着替えさせられた。


「申し訳ございません、お嬢様。今しばらくご辛抱下さい」


 うやうやしく礼をする召使い──反貴族連盟の男・ジェイムズは寒気のするような目でベッドに行儀良く座るライクアローズを見た。


「反貴族連盟、あなた方は貴族の失脚を目論む組織だと聞いています」


「その通りです。我々は人々に自由を取り戻すための活動を行っております」


「ひとつ質問を。貴方は、人は何を以て貴族の存在しない世の中を自由だと仰るのでしょうか?」


ライクアローズの問いに、ジェイムズは貼り付いたような笑みを浮かべた。


「勿論、王や貴族などという時代遅れの制度に縛られることなど無い世の中です。人の命をたった一人の王に縛られる。貴族に生殺与奪を握られる。そんなものは馬鹿げている。命を左右するのは民自身の意思であるべきです」


 幼いライクアローズからしても、その顔を見れば分かる。


「選民思想に踏み躙られる時代は、須くここで終わるべきなのです。我々は公平に、平等に、人であらねばなりません」


 ──この男は、自由思想を掲げながら人の命を弄び、踏みにじる側に立ちたがる側の人間だ。


「私は、王も貴族も、民が健やかに生きるためにあらねばならない。そう信じています」


 毅然としたライクアローズの言葉に、ジェイムズはあからさまな陰湿な笑みへと表情を変える。


「ほう、まだ子供ながら人を支配する側になりたいなどと。やはり子は親に似るものですね。ですがお嬢様、貴女は世間というものを知らなさすぎる」


「私は誰かを支配したいなどとは考えていません。私は、これまで生きてきた中で私を助けてくれた人達に報いたいのです」


「それは貴族という立場でなくてはいけない訳では無いでしょう。貴女は自らの力を振りかざすことで貴族が必要な存在であると知らしめたいだけでは御座いませんか?」


 ──この男は問答などするつもりなど毛頭ありはしなかった。テンプレートのような意見のぶつけ合いをして揶揄からかい、弄ぶ。そういう人間だった。


「きっと貴女のお考えやご意志はご立派なもなのでしょう。しかし、犬とともに生きればいずれは遠吠えを覚えるものです。お嬢様のお考えが何時まで貫き通せるか見物ですね」


 ライクアローズが言い返す前にジェイムズは踵を返し、部屋を出て行く。


「お待ちなさい。貴方は何をなさるおつもりなのですか? 私の家族や使用人を傷付けるようなことは見過ごせません」


 呼び止めの言葉に、ジェイムズは視線だけをこちらに向ける。


「お嬢様の仰る通りの事をするとして、今の貴女に何が出来ますか? 武器も無ければ、魔法の素養すらお持ちではないではありませんか。 家名と肩書きだけでは、暴力には勝つことは出来ませんよ」


 そう言うと、今度こそ扉を閉めて去っていった。


 扉を見つめたまま、ライクアローズは拳を握り締める。


 ジェイムズに言われた通りだった。今の自分には何ひとつこの状況を覆すものを持ち合わせてはいない。ここでは彼女は無力な少女でしかないのだ。


「……私は、間違っているのでしょうか」


 その呟きは誰に対してのものだったのか。


 少なくとも、それに答えるものは居なかった。




 それから二日程経っただろうか。扉の外から、聞こえる騒ぎにライクアローズは目を覚ます。


 聞こえるのは怒声、悲鳴、銃声、何かが壊れる音。


 それはしばらく続いたが、やがて静かになった。


 ベッドに座り、待機する。隠れる場所はバスルーム程度しか無く、逃げ場も無いのだ。覚悟を決めてその時を待った。


 程なく、部屋のドアが乱暴にガチャガチャと回そうとされたが、どうやら開けられないらしい。乱暴なノックとともに、聞き覚えのある声が向こうから聞こえた。


「おい、そこに誰か居るか!居たら返事しろ!」


 ジャコーズだ。安心したライクアローズは少し緊張を解く。


「はい、私はここに居ますわ」


「よし!ちょっとドアから離れてろ、ぶち破る!」


 言うが早いか、ドアから激しい衝撃音が鳴り響く。ライクアローズは慌てて部屋の隅に避難した。


 何度かドアを攻撃したようだが、多少へこみはすれどドアが開く様子は無かった。


「何をしてるの、こんなのこうすればいいでしょ」


 ドアの向こうからもう一人、女の声が聞こえる。


「おい、ちょっ待て──」


 鈍い破裂音に驚いた身体が少し跳ねる。


「危ねぇな、クソったれ!」


 悪態が聞こえた後、扉が開いた。


 ジャコーズと、小さなショットガンを持った紫の髪に金眼の女が部屋に入ってきた。


「ジャコーズ様!」


「おう、俺だ。どっか怪我とかしてねーか?痛いとこは?」


「はい、私は大丈夫です。本当にありがとうございます──こちらの方は?」


「私はナイネ・チャリオット。貴女の御父上が治める街で警官を勤めている。よろしくね」


 紫髪の女──ナイネは軽く挨拶をすると、部屋を見回した。


「ふむ……部屋も綺麗だし、別に手荒な真似はされなかったみたいね」


「はい。ここに閉じ込められていた以外、特に何も」


「んじゃ片付いたしさっさと帰るか。あとは警察に任せた」


 ジャコーズはそう言うと、部屋を出て行く。ライクアローズたちもそれに続いた。


 倉庫の中は無数の遺体がそこら中に転がっていた。警官達が慌ただしく動いているのを横目に、ライクアローズは立ち止まる。


「ん、どうした?」


 ジャコーズがその視線を辿ると、彼女は誘拐犯の一人の遺体を見つめていた。


「あいつらはやっちゃいけないことをしたんだ。ああなるのだって覚悟の上だ」


「……はい。ですが、ですがそれでも──」


 絞り出すような声は、震えていた。


「ああいった方々こそ、私たちは救うべきだったのではないかと……そう思ってしまうのです」

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ネメシスシティのトラブルシューター 不佞 @ShootBow

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