第12話 ゲット・アウト

「駄目だ、お前を外には出すことは出来ん」


 街に出掛けてみたいと言うライクアローズの願いを、父・ダートは素気すげ無く切り捨てた。


「何故ですか!わたくしはガーデンフィールド家のために尽くしてきました、これからだってそうです!一度くらいのままさえ許しては頂けないのですか!?」


「そうだ、駄目だ。ローズ、お前はこの家を、家の名誉を背負って立つ身なのだ」


「ですがっ!」


 尚も食い下がろうとするライクアローズに、ダートは諭すように話し始める。


「分かってくれとは言わない。だが外に出なくとも外の事を知ることは出来る。私は父として、大事なお前の身を危険に晒したくはないんだ」


 ライクアローズが、握っていた拳を力なく下げる。


「……分かりました」


 そう言って、ライクアローズは部屋に戻り──。




 家を抜け出す準備を始めたのだった。


人伝ひとづてや紙の上だけで見るだけが世界なんて、そんなことは私には耐えかねます……!」


 独り言さえ丁寧にするよう教育されたライクアローズだったが、その本性はお転婆の一言だった。


 屋敷で廃棄される服等をこっそり回収し、これまでに学んできた裁縫の技術を駆使して作り上げたストリートの子供が着るような服。


 袖を通し、髪を後ろで三つ編みにまとめる。革のジャンパーにロングのキュロットスカート、訓練用に使っているブーツに、少し大きなハンチング帽。


 姿見の前に立ち、おかしいところが無いかを確認する。髪が綺麗すぎる感はあるが、変に汚すわけにもいかない。長い三つ編みを前に回してジャンパーの内側に入れて、ファスナーを上げて隠すことにした。


 時間は昼食を終えたばかり。しばらくの猶予がある。


「お許し頂けなくてもいい……私は、私の目で見て納得したいのです」


 そう呟くとライクアローズは机の下に潜り込み、壁にある隠し扉を開き、脱走を図るのだった。


─────


 百聞は一見にしかずと言う。


 本や言葉でしか世間を知らないライクアローズにとっては全てが新鮮な刺激に満ちていた。


 自分の住む屋敷とは全然違う建物たち。多くの人々が口を閉ざしたまますれ違いながらも、其処彼処そこかしこから聞こえてくる喧騒は途切れることは無く、活気に溢れている。


 まるで上京してきたばかりの学生のように目を輝かせてきょろきょろと周囲を見回すその姿は、まさしく年相応の少女だった。


 道端の屋台を見付けて近付く。焼けた肉の柱がとても目立つ食べ物の屋台だ。


「すみません、こちらは食べ物ですか?」


「え?そりゃそうだよ。お嬢ちゃん、ケバブは食べたこと無いのかい?」


「はい、お恥ずかしながら……」


「そいつは勿体ない!そうだね、普通は五イラになるんだけど、そうだね。初めてならおじさんのおごりだ。ちょっと待ってておくれ」


 そう言って屋台の主はてきぱきと食べ物の準備を始める。好き嫌いを聞かれたが、特に無いと答えた。


「はい、どうぞ」


 渡された食べ物は、肉と野菜を白いパンのような薄い生地にくるまれた、見たことのないものだった。


 食欲をそそる香り。ケバブと店主を見比べると、店主は笑顔で頷く。


 少しの間戸惑っていたが、意を決してかぶり付く。咀嚼していくとともに、どんどんと目が輝いていく。


「……!」


 家で食べるものとは全然違う味と食べ方。初めて経験する食べ物は、貴族の少女を虜にした。


「ご馳走様でした!とても素晴らしい食べ物です!私、夢中になってしまいそうですわ!」


 あっという間に平らげ、感謝の言葉を述べると、店主は満足そうに笑った。


「気に入ってくれて何よりだよ、また寄ることがあったらよろしく!」


 ライクアローズは「はい、是非!ありがとう御座いました!」と元気よく返事をすると丁寧にお辞儀をして駆け出した。


 ショーウィンドウに飾られた服を見上げる。


 そこら辺に転がっている猫に挨拶をする。


 大道芸人のパフォーマンスに夢中になる。


 屋敷の中に居たままでは、こんな事はきっと知らないままだっただろう。


 日が傾き始める頃。少し喧騒から離れた公園のベンチに座り、先程自販機で買った飲み物を飲んで一息吐く。


 生まれて初めて自分の足で歩く外の世界。四時間程度にすら満たない時間で受けた刺激は、想像を遥かに超えるものだった。


 得られたものは些細なものだったろう。しかし、それはきっとライクアローズにとってはとても大きく、大切なものになった。


(いずれ、私は家を継ぎこの街を治めることになる。私がしなくてはならないことは……)


 目を閉じ、考えていると──。


「お嬢様」


 声を掛けられる。目を開くと、そこには屋敷の召使いの男が立っていた。


「やっぱり付いてきていたのですね」


 ばれないとは思ってはいなかった。しかし、こんな時間になるまで見逃してもらえていたのは、召使いの優しさか、それとも父の──。


「はい。そろそろ日も暮れます。お屋敷へお戻り下さい」


 そう促され、ライクアローズは召使いに付いていく。公園を出た所には、見慣れた家の車があった。


 後部座席に座り、流れ出した窓の外の景色を眺める。また当分は外に出ることは叶わないだろう。それでも、また必ずここに来よう。そう誓うのだった。


「──あら?」


 ふと気付く。車でいつも通る道とは、進む場所が全然違っているのだ。


「こちらは、屋敷に向かう道では無いのではなくて?」


 彼女の質問に、召使いは先程と変わらぬ調子で答える。


「はい。これから貴女には、我々の人質となっていただきます」


 どうやら謀られたらしい。貴族に対する反乱分子が存在するとは聞いていたが、まさか屋敷にまで忍び込んでいるとは。


「反、貴族連盟……」

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