再起動

「ここは……?」


 目を覚ました諸星弦が辺りを見渡すと、真っ白な世界だった。何も見えないわけではない。現に、自分の姿は見えているのだ。しかし、見渡す限りの白、白、白。


 見えているのに見えないことが、不気味さを掻き立てる。人間は暗闇が恐ろしく感じるが、明るい白でも『何も見えない』ことに変わりはないのだ。結局、感じる恐怖は変わらない。


 不安をかき消すように、歩き出した。ここがどこかはわからない。だけど、出口を探さなければ、天国か地獄なら案内人がいるはずだ。ということは、まだ死後の世界というわけでは無いのだろう。


 どれだけ歩いただろうか、一向に何も見えない。脚が痛くなっても歩みは止めないが、自分は一体どこへ向かうのかという恐ろしさは次第に高まっていく。


「あれ……君は?」


 何者かに声を掛けられる。驚きと嬉しさが半々になって振り向くが、声を出すことができない。謎の人物は話し続ける。


「? おかしいな。まだここに来る程じゃないはずなんだけど……。あぁ……なるほど。家族を失って呑まれちゃったのか」


 訳の分からないことを呟き続ける人物。諸星の頭の中は疑問符が湧き上がる。皆目見当もつかないのだ。


「君はまだ大丈夫だ。もう少ししたらいい出会いがあるよ。そして、その後だったら今度はで会えるかもね。

 じゃあ、そこの角を曲がると帰れるよ」


 結局最後まで訳が分からなかったが、最後の、角を曲がると帰れるという言葉だけは理解出来た。角などどこにも見えなかったが、言われた通りに歩いていくと驚いたことに角が現れたのだ。


 真っ白な世界だが、そこに角があると諸星には『理解できた』。何とも不思議なこともあるものである。そしてそのまま曲がると、扉があった。これを開くと元の場所に帰ることができるのか。半信半疑で扉を開くと、また意識が無くなりそうになる。そして、そのまま起きた。


 目を開けると、そこは見知らぬ場所の天井。そして、ベッドに寝かされている自分。左右に首を動かすと、右手側に窓。磨りガラスで、外の様子は全く見えない。


 左手側には、こちらをずっと見ている女性。自分より少し歳上だろうか。しかし、幼さの残るその顔立ちが少し違和感を覚える。そんな女性だった。


 ――――その時代錯誤と言わんばかりのドレスを除けば。


「お前、起きたのか」


「え……あ、う」


「よいよい、喋るな。妾が話している」


 古風というか、王様の様な喋り方の女だった。現実にこんな風に喋る人間がいるのか。改めて、自分の価値観や周りの環境が百二十度変わってしまったことを突きつけられる。


 そして、それに伴って思い出される、もう会えぬ家族たち。家は今どうなっているのか。葬式は、血塗れだからもうどちらもどうしようもないのか。身体は起きないくせに涙は一丁前に流れてくる。それもまた堪らなく悔しい。


「何を泣いている。さっさと名を言え」


 腰まである長い髪を翻しながら、古風な口調の女が告げる。今、自分は感傷に浸っていると言うのに、邪魔をする事しかしないのか、この女は。腹立たしさと、環境によるストレスで諸星は半ば自暴自棄になっていた。


「うるせぇ、自分から名乗りやがれクソ女」


 最悪一発殴られれば済むだろうと考えていた諸星。この暴言は今までの不幸全てに対してのものであった。内定取り消し、家族の死。家の亡失。


 全てがぐちゃぐちゃに混ざり合い、新しく形成された諸星弦という存在。彼の基本的な性格は自棄。自分の事を顧みなくなってしまっていた。


 自分にはどうせ、帰る場所などない。ならば、何者にも気を遣う事など無いのだ。彼はそう考えるようになってしまっていた。捨て鉢そのものである。


 しかしそれは、相手の懐の広さによって罰が変わる。よりによって諸星は、喧嘩を売ってはいけない相手に売ってしまったのだ。その証拠に、古風な喋り方の女は今にも血を吹き出しそうなほど顔を赤くして激怒している。


「ななな何といった!? この妾に向かって、くくくくくくクソ女だと!? こんな侮辱、許しておけん!」


 そう叫ぶやいなや、女は片手に力を込め、床に叩きつけた。その刹那に掌を中心とした小さな魔法陣のようなものが広がり始める。


「現れよ! 太陽の騎士サン!! こやつを殺せ!」


 足元から光が発し、目が眩む。そして、黄金の輝きを放ちながら足元から鈍い銀色のものが形成されていく。それは、中世ヨーロッパに出てくるような剣と盾を持った、鎧を纏った騎士の出で立ちであった。


「よし! さぁ、こやつを殺せ!」


 激昂しつつも威厳を持って命令するが、当の騎士は困惑している。主人の命令と、相容れない何かが彼の中にある。


「何をしておる! はやくしないか!」


『 いや、その、姫。こいつは雨水ゲンジの言っていた新人ではないのか?』


「は?」


『ここで殺してしまっては、姫が罰を受けそうだが……』


「なんだと? おい、お前は雨水の言っていた新人であるか?」


「雨水って言うのが誰かわかりませんが、多分そうなんじゃないですか?」


「なんと……これでは殺せないぞ!」


 諸星は、この女の言うことが理解できなかった。そもそも、自分の状況すら把握できていない。あの物置で気を失ってからどれぐらい経ったのか? そして、ここはどこなのか。女が言っていた雨水とは誰であるのか。解せない事が山積みである。


 ならば、やる事は一つ。諸星は大きく息を吸い込み、力の限り叫んだ。


「雨水さん! 助けてくれ!! 殺される!!」


「ば、馬鹿! よりによってそんな悲鳴をあげる奴がいるか!」


 慌てて口を塞ごうとする女。ベッドに登り、自分の身体の上から馬乗りになって口を塞ごうとする。見る人が見ればこれだけでも異様な光景である。


 だが、それは諸星の計算の内でもあった。目覚めた時から今までの言動から、この女の知恵は大したことない。そして、現状自分を殺すことができないのであれば、その立場を利用するだけだ。


「サン! 入り口を見張れ! 雨水が来たら妾に知らせろ!」


『不本意だが、仕方ない。任された』


「この大馬鹿者が! 雨水に誤解されたらどうする!」


 この状況も、充分誤解できるだろ。諸星はそう思わずにはいられなかった。


 *


「クソ、馬鹿共が……。面倒事増やしやがって」


 廊下を走り続ける雨水。先程、医療所の方から聴こえた耳慣れない悲鳴。間違いなくそこに寝かしている諸星のものだ。そして、サイコ女。様子見を任せた木村のことではない。つまり、バカ姫の事に決まっている。


 現に、視界の端に、金色の鎧に身を包んだ騎士がこちらを伺うように見ている。決まりである。


『おい姫! 雨水が来たぞ!』


「なにぃ! 抑え込めサン!」


『無茶を言うな!』


 バカ野郎が。雨水は毒づき、サンと相対する。


「おい、そこを通せ」


『……諸々含め全て姫が悪いが、あれでも主なのでな。命令には従わなければならん』


「はぁ……お前らの怠慢もあるが、もはや呪いだな。

 あと、お前も戦いたいだけだろうが」


『はっはっは、お見通しでしたか。――――いざ!』


 掛け声と共に剣を振りかざすサン。しかし、その剣は鞘ごと振り上げられており、殺意はどこにも存在しない。雨水は、そのメッセージを読み取り、刀の鞘で剣の横べりを滑らせ受け流し、返す刀で首元を叩いた。


 鈍い音が響き、サンが崩れ落ちる。かたじけない。と雨水に伝え、足元に現れた魔法陣の中へと消えていった。


 確認した雨水は急いで中へ入る。中では、ベッドに横たわる諸星の上から馬乗りになって口元を押さえつけているがいた。


「お前ら……マジで何やってんだ……」


 漂う疲労感と骨折り損の喪失感。それらを感じながら、雨水ゲンジは諸星弦と出会った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狩人たちの栄華 中樫恵太 @keita-nagagashi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ