第11話 いろんなタイプ
「何か思う事があったようですね。それについては自分でゆっくりお考えください。私がとやかく言う事でもないので。ただ何かあっても考える事を放棄しないでください。考える事をやめた人間に成長はありませんので。」
園田は寿に全てを見透かされているように感じた。自分が先程考えた事をわかった上で話してるのかもしれない。親の言う事を聞いて、そのまま大人になった。しかしそれは寿の言うように、自分で考える事を放棄してたも同然である。それに気付かされた園田は、目から鱗が落ちていくような心境であった。
「端末だけ見ても全てがわかるわけではありません。過去は変わりません。そのお客様が歩んで来た歴史なので。そして現在に繋がっています。では表示されてる未来はと言うと、これは機械的に弾き出されてます。こういう人生を送ってきた人はこれから先、こういった人生を送るであろうです。あくまであろうです。先程も言いましたが、未来は変える事が出来ます。ですが、変えようと思わなければ変えれません。要は本人次第という事です。しかしながら、赤の他人である我々がそれをわかるはずもありません。またやる気を出させる義務も権利もありません。我々は粛々と仕事を遂行するだけです。話が少し逸れましたが、我々は端末に出てくるこうであろうという未来を、もう一歩踏み込んで読み取らなければなりません。その上で査定額を決めます。機械はこんな人生を歩んできた人は、これからこんな人生を歩んでいくんだろうな。だからこの査定額ですよと考えます。我々は表示された未来からいろんな事を推察し、機械が弾き出した査定額を増減する裁量が与えられてます。そこに感情を挟みますと、査定額が狂う事が多いですね。今回研修に呼ばれた面々も私情を挟んでしまい、査定額が一脱してしまったからです。だから仕事に感情を持ち込まずに粛々と遂行する事が求められます。」
寿は話をしながら、ホワイトボードに必要な事を書いていった。園田はそれをメモに取りながら、寿の一言一句を聞き逃すまいと必死に耳を傾けていた。
「ではここで問題です。寿命を売りに来るお客様ですが、もちろん各々寿命が違いますので、個人によって売れる寿命の年数が違ってきます。規定により1/4は売らなければならないのですが、残ってる寿命の何%を売るお客様が一番多いでしょうか?」
園田は寿の質問に戸惑った。正直正解の数字が思い浮かばないからだ。自分が受け持った客は全ての寿命を売っていった。しかし自分が経験した客はこの1人だけである。他にはそういった客と接触した事もないし、話をした事もない。ひょっとしたら規定の1/4を売って様子を見る客も多そうだ。全部は怖いから半分だけって客もいそうだし、自分の受け持った客みたいに全部という客もいるだろうし。ここでも経験の無さという自分の弱点を露呈したみたいで、園田は少々自己嫌悪に陥った。
「受け持ったお客様は1人しかいなかったので、想像で言うしかないのですが・・・。半分くらいの寿命を売って、残り半分の寿命を残し、その寿命が尽きる前になんとか寿命を取り戻そうと考える人が多そうな気はします・・・。規定の1/4をという人も多そうですが・・・。」
「世の中にはいろんなタイプ、考え方の人がいます。寿命を売りにくる人にもいろんな人がいて、抱えてる事情も各々違います。では先ほど私が聞いた質問の答えですが・・・。」
寿は園田の顔をじっと見つめながら・・・、
「寿命を売りに来てる人は必ずMAX売って行きます。年数は各々違えど、売れる分は全て売って行きます。これは売りに来たお客様全員がそうです。」
寿の答えに園田は驚いた。と同時に闇深いものを感じた。全員が寿命をMAXまで売り払っているという現実が、園田の頭の中では処理し切れずに疑問として渦巻いていた。少しでもお金を手に入れたい気持ちはわかるが、寿命を全部売ってしまうと一年以内に死ぬことが確定してしまう。生きている間に寿命を取り戻すのは何かギャンブルするのなら可能かもしれないが、普通に生活しててはまず無理である。一攫千金を狙う人ならそういう考えを持ってても不思議ではないが、世の中の人たちはそこまでするタイプは少ないはずである。まして自分の命を賭けてまでとなると更に少なくなるはず。いくらお金に困ってても命を賭けて、さらには買い戻さないと一年以内に死ぬ事は確実であり、いつ死ぬかわからない恐怖と闘わなければならないとなると、平和な現代においては普通の神経の持ち主なら頭がおかしくなるレベルである。そんな事を考えながら、園田は頭の中が混乱しながらも寿の言葉を待った。
「意外という顔をなさってますね。これは自分の概念を取り外さないかぎり、理解は出来かねます。そういう思考、考え方をする人間が実在するのは確かです。自分の常識は相手にとって非常識になり得る事をまずは学んでください。逆もまた然り。その上でどうしてこういった思考を持つに至ったのか?それを一つ一つ解き明かしていきましょう。先程も聞きましたが、寿命を売るお客様はどういった方と言ってましたか?」
寿はそう言うと、園田に向かって優しく微笑んだ。
「お金に困ってる人です。」
寿は園田の返答を聞き、大きく頷いた。
「そうですね。お金に困っている人です。ですが、お金に困っていると言ってもランクがあります。お金は現代社会において非常に重要です。我々も生活する為にお金が必要です。ではそのお金を手に入れる手段とは、先ほども言ったように仕事をします。その仕事の対価としてお金を手に入れます。そして生活費に使ったり、ローンの支払いに充てたり、貯金したりしてますね。これが俗に言う世間一般的という物の考え方です。あくまで自分の収入の範囲内で生活をし、余剰分を貯金する。何かのイレギュラーがあり、支出が増えた場合は貯金から出す。園田さんも私たちもだいたいこういった考えを持っています。寿命を売りに来た人の思考は借金を繰り返し、自転車操業をしてる人に似てます。恒常的に支出が収入より多い人は、圧倒的に遊興費に使う傾向があります。それは競馬や競輪、パチンコみたいなギャンブルだったり、ブランド物で身の回りを着飾ったり、はたまた見栄の為に自分の分を越えて支払いをしてみたりとまぁいろんな人がいます。キャバクラやホストに入れ込んで貢ぐ人もいますね。これらが悪いわけではありません。そういった商売がある以上、とやかく言うつもりもありません。ではそういった事にお金を使う人、自分の分を越えてお金を使う人はどこからかお金を持って来なくてはなりません。それが借金です。銀行から借りる、または消費者金融などから借りる。友人知人身内に借りるなどといろいろ手法はあります。借り始めは返済する事を念頭に置いていると思いますが、ある一定のラインを越えるとどうやってお金を回すか、どんな言い訳をすれば返済を待ってもらえるかを考え出します。」
寿の言葉に園田は怪訝な顔をした。寿の話はどうにもこうにも理解し難い話だった。実際自分は大学行く時に借りた奨学金くらいしか借りた事がない。ローンを組んででも買いたいと思える物もない。これも親の言いなりになった弊害かと思う反面、借りた物は返すのが当たり前の世の中である。それすらも誤魔化しながら生きていってる人間がいる事に、少々戸惑いを覚えた。
「質問よろしいでしょうか?お金を回すと言うのがちょっとわかりにくいのですが?どういった事をするのでしょうか?それと言い訳をして返済を待って貰った所で、結局返す事になると思うのですが・・・。」
「お金を回すというのは、手持ちのお金が無いので別な所から借りて来て返済する事です。右から左へお金が流れていくだけです。自転車操業と呼ばれる由縁ですね。自転車操業になってしまうほど困ってる方は、基本的に先の事を考えません。その場しのぎの嘘を平気でつくようになります。すぐにわかる嘘とわかっていてもです。」
園田は世に中にそういった人間がいる事に驚愕した。借りた物は返す。約束を守る。どちらも社会で生きていくには必要不可欠だと思っていた。少なくとも園田自身の周辺には、寿の話にあったようなタイプの人間はいない。
「この手のタイプは、小学生が2学期に夏休みの宿題を忘れた感じの言い訳する事が多いですかね。忘れた言い訳を必死で考えて、時間的猶予を貰う。そっくりじゃないですかね?その場しのぎで嘘をつく方は社会的信用を無くしていきます。普通なら世間体などを気にするんでしょうけど、そこまで行った人はそんな事を考えません。先の事を考えずに嘘で塗り固め、それを正当化する為にまた新たな嘘を吐く。これを繰り返していると、周りから相手にされなくなり、またそれが社会的信用の失墜に繋がっていきます。園田さんが相手にした最初のお客さんは寿命を取り返す素振りもなかったので、覚悟を決めていたのか、はたまた死ぬなんて事は微塵も思ってなかったかのどちらかですね。だいぶ話が脱線しましたが、こういった事がこれから度々あると思います。一言言わせて貰えるのなら、あなたはお店を任されたんですよ。一日の留守番とはいえ。あなたは【ライフスパン】の仕事を遂行する立場であり、いわばプロです。これからはいちいちお客様の妄言に流される事なくやっていってくださいね。」
寿の言葉に園田は力なく頷いた。客の妄言に惑わされた最大の理由は、経験の無さ。突き詰めてみると親の言いなりになり、何かを経験しよう、何かにチャレンジしようという気が全く無かったのである。親の言う通りに過ごして来た学生時代を無駄に過ごしてきたのが、たまらなく腹立たしかった。親にではなく、自分にである。今その思いが芽生え、この仕事へ真剣に向き合おうとしてる園田であった。
あなたの寿命はいくらですか? じょにーさん @johnny1234
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