第10話 理由
4階でひと悶着してる時、寿たちのいる5階はというと・・・。
寿はゆっくり目を開き、園田の方を見ながら、
「では研修を始めます。まずは園田さんの受け持ったお客さんの事から考えて行きます。園田さん、そのお客さんが申し込み時に端末を見ましたよね?過去どんな人生を送ってきて、現在置かれている状況も見れたはずです。浪費に浪費を重ねて園田さんは言っていましたが、一言で浪費と言ってもいろいろな浪費があります。一例をあげますと旅行に行きまくったり、ブランド物を買い漁ったり、飲みに行きまくったりといろいろあります。はたまたギャンブルにハマってしまうという事もありますね。園田さんの周辺にもそういった方はいるかもしれませんが、こういった方は基本的に度が過ぎたお金の使い方をします。度が過ぎるというのはどういうことか、園田さんわかりますか?」
「給料、入ってくる金額より多く使うって事です。」
「そうです。一言で言うのなら分を越えるという感じの言葉がピッタリですかね。人には各々分という物があります。分を越えるという事は自分の能力を超えるという事です。そしてこういった方達のほとんどは見栄の為にお金を使います。簡単に言えばお金を使う事でみんなに凄いねと言われたい人ですね。要は承認欲求の塊のような方達です。人間のこの承認欲求というのは少々厄介な物で、エスカレートしていく傾向にあります。そこで他人から認めて貰えると、もっともっと私を褒め称えてと。あくまで私の経験上ですが、こうなると依存症ですね。次から次へと欲求が強くなっていき、もっと褒めてもらいたい、もっと認めてもらいたいがゆえにもっとお金を使う。そして自分の分を越えたら、つまりは自分の手取りを越えた時にどうするか、わかりますか?」
園田はゴクリと喉を鳴らしながら、自信無さげに答えた。
「借金をする事ですかね・・・?」
「そうなりますね。足りなければどこかから持ってこなければなりません。園田さんにも経験があるかもしれませんが、月の給料以上に使った時があったかもしれません。それは浪費とかではなく、必要不可欠な出費だったのかもしれません。その時にはどうしますか?」
少しの時間考えた園田は、
「貯金から出します。」
「そうですね。貯金があればそこから出すのが一般的です。貯金があるのにわざわざお金を借りて支払う人はいません。ですが、貯金があってもお金を借りる方もいます。事業や会社をしてる方達がこれらに該当しますが、ここでは個人の話、【ライフスパン】に関係してくる個人の事だけ話をします。」
一息つき、寿は話を続けた。
「園田さんは留守番の時に来たお客様が、その後どうなったかは知らないと思いますけど。特殊なケース以外は留守番を任せていた店主が、後始末をする事になってるんで。」
「私が寿命を買い取った女性はどうなったんでしょうか?」
「ではお教えします。あなたが女性の話に同情して、相場の3倍で寿命を買い取った方の顛末について。浪費を重ねてて、借金を一度清算して頑張るような事を園田さんは言っていましたが、現実は違います。相場では全ての寿命の値段は300万程度と出てたはずですが、それを3倍の900万ほどで買い取っていますね。しかも全部の寿命を買い取った場合、1ヵ月も経たずに亡くなる事もわかっていたはずです。その女性はそれだけの大金を手に入れて、あなたの言ってた浪費、通い詰めてたホストに全て使い、ホテルでそのホストと一緒に過ごしている最中に亡くなっています。端末にはその方に起こった過去が出てたはずですが、こういった事態になる事は容易に想像出来ますし、端末に表示されてた未来の方にもある程度出てたとは思いますが。たしかに未来は変える事が出来ます。が、大きく変わるかどうかは私にはわかりません。もっともそこまで他人の人生には興味もないですけど。」
寿はそこまで言い終わると、園田に背を向け、ホワイトボードに何やら書き始めた。そこには、
① 寿命とは
② 寿命の買い取り(売りたい客)
③ 寿命の売り渡し(買いたい客)
寿はこれだけ書くとまた園田の方に向き直り、ゆっくり話を始めた。
「では一つ一つ説明していきます。寿命とは何か?我が社の定義では寿命とはその人が死を迎えるまでの期間とお考えください。寿命が尽きると言うのが、世間一般的には【死】というものになります。これは人間の努力やお金、権力ではどうにもならない物です。寿命は運命とも言われます。」
人間は寿命が尽きるまでは生かされていると考える人もいる。人間の死には結構宗教観が纏わりついてくる事が多い。園田は話を聞きながらそんな事を思っていた。学生時代にも新興宗教に勧誘された事もあったのだが、そこまで人間の死という物を深く考えた事は無かった。今回の事もそうなのだが、自分は他人の死という物に対して、軽く考えていたところがあった。寿命を相場の3倍という値段で買い取り、後の事は深く考えてなかった事を恥じた。
「思う事はいろいろあるかとは思いますが、人間の死とは等しく訪れる物です。そこに介入する以上、私らの仕事は厳密に、また粛々と行う事が求められます。園田さんは相手の言い分を鵜呑みにしたのですが、その後の事は考えてましたか?相場の3倍ものお金を渡して、その方を救ってあげたと思ってましたか?結果はどうだったでしょうか?園田さんがやった事は会社のお金を使って、ただの自己満足を得たに過ぎません。園田さんが担当したお客様は園田さんをただのカモくらいにしか思っていなかったでしょうね。そういう人生を送ってきた事が過去の行動から伺い知る事が出来ます。他人に騙されるのは嫌だけど、自分が他人を騙す事には躊躇がない。自分は騙されてきたのだから、自分も他人を騙してもいい。そんな感じですかね。園田さんはこの【ライフスパン】の仕事に携わってからまだキャリアが浅いので、事務作業などの雑用が多かったと思います。だから人と接する機会も少なかったと思いますが、お金が絡むと人という生き物は悪意を持って近寄ってくる人もいるという事も覚えておいてください。」
園田は寿の話を聞いて恥ずかしくなった。寿の言うように客を救った気になっていた、ただの自己満足である。結果はホストに貢ぐ金が欲しかっただけ。騙されたとは露とも思わずに、相手の口車に乗ったのがたまらなく悔しかった。と同時に、自分の人生経験があまりに少ない事を再確認した。
「寿命に関しては各々の考え方があると思いますので、そこまでの事を言うつもりはありませんが、仕事には過剰に自分の考えを持ち込まないようにしてください。」
「はい・・・。」
寿の言葉に園田は力なく返事をする事しか出来なかった。そんな様子を寿は見て、溜息をつきながら次の話を始めた。
「次の話に移ります。次は買い取りについてです。寿命を買い取って貰いにくるお客様はどういった方がいると思いますか?」
園田はしばらく考えてから口を開いた。
「やはりお金に困っている方でしょうか・・・?」
寿は園田の返答に満足したのか、大きく頷いた。
「その通りです。お金に困っている、とりわけ人生詰んでいる人ですね。普通はお金に困っているのなら働く事を選択します。働くとその対価として給料を貰う事が出来ます。生きていく中で幾ばくかの時間を使って労働を提供し、その対価としてお金を得る。そういう意味では人生を売っていると言っても過言ではありません。話を元に戻しますが、お金に困ってる人はどうしてお金に困っているのか?それには理由があります。物事には原因があり、そこにはどうしてそこに至ったのか理由が存在します。今回のケースに当てはめてみますと、原因は浪費です。ではどうしてそうなったのか?端末情報から見るだけではわからない事もあります。それを今回は特別に調査部へ依頼して調べて頂きました。園田さんの受け持ったお客様は、幼少期に受けた両親からの虐待に起因しているようですね。それから高校中退されてるのですが、これは売春、援助交際が原因です。そこに至った理由ですが、高校1年生の時にこの方は攫われてレイプされております。そこから自暴自棄になった感じでしょうか。そこから良からぬ友人と付き合いだし、援助交際に発展したと考えられます。その後は年齢を偽って風俗店で働き出し、そこで知り合った、これもまた素行の悪い方とお付き合いしだしてとあります。想像するにおそらく風俗で稼いだお金を吸い上げられてたのでしょうね。その後男から逃げて東京に来たのはいいが、仕事が無く、結局風俗に勤める事になります。そしてそこで出会ったホストにハマっていったと。若い女性が身を崩す原因としては王道と言ったとこでしょうか。こういったように全ての物事には繋がっており、そこには原因があります。実際今こうして私たちが生活している現代も歴史という名で昔から繋がっております。そして、歴史の中にもどうしてこうなったのかという理由は存在します。戦争なんかがその典型的な感じでしょうか。」
寿の言葉に園田は納得する部分もあった。自分はなぜ大学へ行ったのか?そしてなぜこの会社に就職したのか?園田自身は漠然と大学まで行き、漠然と就職活動で内定を貰った会社に就職したつもりだったのだが、その理由というものを考えた事が無かった。何かをしたかった訳ではないのだが、親に言われるがままに大学へ行った。何が原因だったのか?それは親心かもしれない。親が大学行っておけばそれなりの所へ就職できると考えていたのかもしれない。ではどうして親に言われるがままにそうしたのか?いろいろ思い出していく内にその原因があった。昔は保母さんになるのが夢だった。それを両親の前で話した時母親に、
「アンタが子供の世話なんか出来るわけないでしょ。ムリムリ。」
そう言われて自分の夢を全否定された事がある。それからか、親に言われるがままに生きてきた節がある。自分がなぜ漠然と生きてきたのか、その時ようやく気付いたのであった。
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