第9話 退職

 一方その頃退職組は、8人が揃ってエレベーターで喚きながら4階に降りていた。エレベーターの扉が開くと、そこには事務の田口が待ち構えていた。田口は手を叩きながら、




「はいはいはい。黙ってちゃっちゃとそこに座って。退職の手続きをします。その後指輪外しますからね。」




 クビを宣告された8人は本当にクビにされるとは思っていなかったらしく、田口の言葉をきっかけにして、口々に喚きだした。その中でも先ほど寿に凄まれた石田が、懲りもせず田口に食って掛かった。





「そんな簡単にクビに出来るわけないやろ!お前らの事を労基でうたったら、タダじゃ済まんなるぞ!警察にもチクって、この会社潰したろか!」




 そんな石田の戯言はどこ吹く風とばかりに、田口は淡々とカウンターの上に書類を並べて行った。




「はいはい。御託はいいからさっさと住所と名前を書いてね。こっちも忙しいんだから。」




 それでも石田達の悪態は尽きる事なく続いていた。その現状にほとほと嫌気が差したのか、田口がカウンターの中から出て来て石田の前に立った。




「やめたくないの?ボク?あまり駄々こねてると、こちらとしてもやりたくない事をやらなきゃなるんだけど。クビになる理由は上司への反抗、仕事に対しての不誠実さ。あとは背任もあるわね。それになにより【ライフスパン】の事を周囲にバラすって事が一番の理由かな。警察に行ったトコで笑われるだけだとは思うけど、それでもやると言うのなら、どうぞどうぞ。他のみなさんはどうされます?」




 石田を除く7人はなんとなく推移を見守ってるという感じなのだが、石田だけはまだまだイキっていた。




「うるせぇ、クソババァ!俺にこんな事してタダで済むと思ってんのか?そうや、知り合いのヤクザにでも駆け込んで、この事謳ったろう。わんさかと会社へ来てくれるやろな。あとは新聞社と週刊誌にもこのネタ売ったるわ。どっちにしても会社潰れちゃうだろうけど。それが嫌ならさっさとその書類引っ込めて、クビも撤回して、詫び金としていくらか持ってこいや!」




 やれやれと呆れてる感じの田口がカウンター内にいる従業員に声を掛けた。




「松本さん、こいつうるさいから黙らせて。」




 カウンター内にいた従業員の松本が頷き、パソコンのキーボードを1回たたいた瞬間、石田はその場に倒れた。田口はゆっくりと残りの7人に向き直り、




「あー大丈夫ですよ。少し気を失っただけなんで。さて、あなた達はどうしますか?たしか入社したての時、【ライフスパン】の研修で習ったと思いますけど。やったらダメな事。特にこの【ライフスパン】の事は外部に、親兄弟でも喋ったらダメって教えられたハズですが。また私たちは端末を使って、様々な人間の人生を知る事が出来ます。それを自分もそうですが、他者に利益をもたらす事があってはいけません。そしてあなた達がどうしてこの研修に呼ばれたのか?先ほど寿さんにプリントを渡す前にチラっと見させて頂きましたが、みなさんは他人の人生を知った上でそれを自分の利益としましたね。例を一つ上げますが、一番多かったのは例えば一年あたり20万の値段が付きましたが、それを40万ほどに上げて差額を自分の懐へ入れていますね。それがいいのか悪いのかはみなさん大人ですからわかりますよね。お客さんに嘘を吐いた方もいますし、そこで寝ている石田くんみたいにお客さんと結託してそうした方もいます。だから再研修としたのですが。この研修は会社としての温情です。それをこういった態度を取られますと、ちょっと困りますね。それなら強硬な手段を取らなければならなくなっちゃいますよね。さて、もう一回聞きます。あなた達はどうしますか?」




 そこまで田口が話し終わると、石田を除く7人の中から1人がおずおぞと手を挙げた。




「ひ・・・、一つ質問いいですか?僕らはどうなるのですか・・・?強硬な手段とはどういった事ですか?」




 田口は少し思案しながら、




「別にどうもなりません。そこにある書類に住所と名前を書いて頂ければ、それを持って退職の手続きが完了します。さすがにクビってのは世間体が悪いので、自己都合による退職という風にはなりますが。ウチって離職率がすごい低いんですよね。それを標準まで引き上げてるのはこの【ライフスパン】のせいですけど。他の部署は超ホワイト企業なんで。【ライフスパン】単体だとまぁまぁブラックなんですけどね。でもそれに見合った給料は出てるはずですよ。自己都合退職なんで、3ヵ月先にはしっかりと失業保険も貰えますよ。強硬な手段ってのは今まではそんなに使った事無かったのですが、これも入社時の研修で習ってると思いますけど。」




 田口は自分の手を前にかざしながら話を続けた。




「この【ライフスパン】の業務に携わる人間は、こういったグレーの指輪を義務として付けています。これはあなた達も私たちもまた先ほどの寿さんも例外ではありません。この指輪に関してはある程度入社時の研修で習っているとは思いますが。とはいえ研修で知らされているのは思考を読み取るところくらいまでかな。他の機能についてはお店を持ってからかな。お店を持つようになるといろいろ仕事が増えますので。良い機会なんで、他の機能についてもお教えしときますね。先ほど言った思考を読み取るという機能と他に、記憶を消す機能も持ち合わせています。これは主に【ライフスパン】に携わっていた人間がなんらかの理由で退職する場合に使われる事が多いですね。もちろん【ライフスパン】に関する記憶を消すだけですので、それ以外なんらかの身体的な害はありません。みなさんにこの書類を書いて貰いますと、その後特殊な機械を用いて指輪を外します。心配しなくても傷1つ残りませんので安心してください。指輪を外すと同時にこの【ライフスパン】に関する記憶は全て無くなります。しかしこの会社(株)秋友商事に勤めたという事実と記憶は残りますので。退職しても【ライフスパン】の記憶だけ無くなるって事です。離職に関する書類については本社人事部に問い合わせてくださいね。他にもいろいろ機能はありますが、それとは他にもう一つ重要な機能があります。これはあまりあなた方には関係ないのかもしれませんが、意識を刈り取る、つまり殺す事も可能という事です。どんな時に使うかは私にはわかりませんけど。重要な部署に着くようになると、そういった機能が付いてる事を教えて貰えます。もっともその機能を行使する為にはそれなりの手続きが必要と聞いてますけどね。さて、ここまで聞いてまだゴネるというのであれば、仕方がありません。先ほど言った強硬な手段とやらを取らせて頂きますので・・・。」




 田口はそう言いながら7人に向かってニヤっと笑った。7人は田口のその表情に震え上がり、先を争うように書類に署名をしだした。手も震えていたので、署名するにしても妙な仕上がりになってしまったのは言うまでもない。




 石田を除く全員が署名を終わり、書類を確認すると田口は、




「では1人ずつエレベーターで下に降りてください。下の警備室で指輪を外しますので。」




 そんな話をしていると、一人の女が手を挙げた。




「あ・・・あのぉ・・・、帰りはどうしたらいいんでしょうか?ここから帰るにしても帰りのアシが無いのですが・・・。」




 田口は冷たい笑みを向け、フフっと笑いながら、




「足なら二本あるでしょう。そこまで面倒を見る義理はありません。海外にいるわけでもなく、ここは北海道とはいえ日本です。言葉も通じますので、ご帰宅はご自分の足でしてください。では松本さん、下でよろしくお願いします。」




 松本は頷き、絶望に満ちた表情をしてる7人の内の男1人と一緒にエレベーターへ男は消えて行った。




 松本は下に降りるとすぐに警備員に指示を出し、指輪を外す機械を出して貰った。そんな機械というほど大層な物ではないのだが、指輪を外すと言うよりは指輪を壊すという感じの物である。




「手を出して、ここに指をはめて。」




 松本の指示に連れて来られた男は恐る恐る指を機械にハメた。そして松本はボタンを押すとパキっという音と同時に指輪が割れた。男は指輪が割れた瞬間からボーっとしだして、警備員に外へと連れていかれた。会社前にある公園のベンチまでは連れて行ってくれるようだ。そこから家路につくこととなる。




 松本は1人終わると警備室の電話から上に居る田口に1人終わった事を告げると、すぐにエレベーターが動き出し、次の人間が降りて来た。降りてくると同じような作業を繰り返し、7人全員を送り出すと松本は上に戻り、田口に全員が終わった事を報告し仕事に戻った。




「うーん・・・。」




 30分ほどして倒れていた石田が目を覚ました。キョロキョロとしているが、ひとりぼっちの現状に理解が追いついてない様子だ。そんな石田を田口がカウンター内から覗き込み、




「あら、目が覚めたんですね。もうお帰りになって結構ですよ。こちらにはもう用はありませんので。」




 その言葉を聞いてやっと頭の中が整理出来たのか、石田はなにやら喚きながら田口に向かって拳を振り上げた。




「やかましいわ!殺すぞ!」




 カウンターを飛び越え、石田の拳が田口の顔を捉えたかと見えた瞬間、田口の強烈な張り手をカウンターで食らい、壁まで吹っ飛んだ。




「ガタガタうるせぇ!この小童が!弱いもんにしかイキれんガキはさっさと帰って、ママにでも慰めてもらえ!このカスが!」




 その勢いに恐れをなした石田は、這う這うの体で奇声をあげながらエレベーターに乗り逃げて行った。この田口、まぁまぁの武闘派である・・・。




 石田はエレベーターで下に降りると警備員の制止にも応じずに、そのまま走り去って行った。そしてその10分後、石田は意識を刈り取られると同時に指輪が弾け飛んだ・・・。




「他と一緒で記憶をトバすだけでよかったんだけどねぇ・・・。殴り掛かられるとそうも言ってらんないのよね・・・。」





 田口が誰にも聞こえない独りごとをこぼした・・・。




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