第8話 研修という名の・・・
研修所があるビルは5階建てなのだが、ここは(株)秋友商事の自社ビルである。3階までは秋友商事本体の業務で使っているが、【ライフスパン】関連は4階から上を使う。4階は事務スペースだが、5階は会議室等があり研修所も兼ねている。支店長室は3階にあり、この支店長は【ライフスパン】の存在を知らない。というか、3階から下で仕事をしている秋友商事の社員全員が存在を知らない。4階から上は学習塾をしてる体で、窓ガラスにはどこにでもある学習塾の『〇〇大に〇人合格!』などという物を窓に貼っている。また正面から入ってもこの研修所への出入口に辿り着く事は無く、別な裏口に辿り着いてしまう。つまり同じビルに入りながらも別な区域という訳だ。しかも【ライフスパン】専用に出入口には守衛さんがいて、1階には守衛室と4階以上にいく直通のエレベーターしかない。またこのエレベーターには【ライフスパン】の業務に携わる人間が義務で着けている指輪がないと動かない仕掛けを施している。こういった絶対的な情報統制の元、この研修所は存在するのである。
しかし学習塾が上にあるのに、学生を見掛けないという疑問を持ち、忍び込もうとする社員もいるそうな。しかし裏口の守衛さんも【ライフスパン】専用の守衛さんなので出入りを厳しくチェックされ、社員が忍び込んだりする事は出来ないのである。
寿はまず4階にある事務スペースに向かった。そこには数人が働いている。ほとんどは本社の方で仕事が完結してしまうので、北海道支社とも言えるココはほぼ研修所としての機能しか持ち合わせてない。日本全国に何ヶ所かある研修所の1つという訳だ。
「こんにちわ。寿、只今着きました。」
運んできたキャリーケースを預かって貰うべく、脇に置きながら挨拶をした。
「あら寿ちゃん、久しぶりね。今日は研修だったわね?」
「はい。お久しぶりです田口さん。今日からしばらくよろしくお願いします。もう揃っています?」
この田口、社長の腹心であり、なかなかの恰幅のいい体型をした勤続30年の大ベテランの肝っ玉母さんである。この研修所には一応所長と名の付く人間はいるのだが名ばかりの存在であり、ほとんどの実務をこの田口が取り仕切っている。
背板に止められたプリントを田口はめくりながら、
「今回は9人ね。上に揃っているわ。男性5人と女性4人。見る限り結構な問題児ばかりみたいね。前回もそうだったけど、今回もしっかりやっちゃってね。」
寿は田口から背板を渡されながらお互いがフフっと笑い、エレベーターに乗り込み5階へ向かった。
5階に着きエレベーターを降りるとすぐ右手にある会議室へと足を運んだ。扉の前で深呼吸を一回するとドアを開けて中に入った。そして教壇に立ち自己紹介を始めた。
「今回みなさんの研修を受け持つ事になった寿です。よろしくお願いします。」
寿が一礼を済ませ周辺を見回すと、どいつもこいつも不貞腐れている。どうして自分がここに呼ばれているのかを理解してなさそうだ。寿はため息を一つ吐き問うてみた。
「キミたちがどうしてここにいるのか、理解していますか?」
研修参加者は口々に喚きだした。
「あんたらが呼んだんだろ!」
「どうして私がこんな寒いとこまで来なきゃならないの?さっさと済ませて帰りたいんだけど。」
「研修なら楽出来ると思って来たんだけど、しんどいのなら帰るよ。」
好き好きに言葉を吐くが、その内一人の男がスクっと立ち上がり、ツカツカと寿向かって歩きだした。わずか数歩で到達する距離なので、すぐに寿の前に立ち顔を近づけながら言い放った。
「ねぇねぇ、おばさん。俺らここに行けって言われて来たんだけど、どういう事?別に俺ら何も悪い事してないんだけど?なんならパワハラで訴えちゃうよぉ。」
そうだそうだと喚く集団。そんな様子をよそに、寿は預かって来たプリントをめくりだした。
「キミは石田くんでいいかな?」
「そうや!」
「石田幸一。24歳。大阪府出身。【ライフスパン】要員として大坂支社で入社するも、3ヵ月前の留守番中、女性客が寿命の買い取りを願い出た際、買い取り額を倍にするからと持ち掛け、客と肉体関係を結ぶ。何度か肉体関係を結ぶが、結果は約1ヵ月後に客が寿命に至り死亡。さすがに調査部は正確ね。お付き合いしたのかどうかは別として、幾ばくかの金銭をその客から頂いてますね?客側と利害関係を結ぶのはダメなんですけど。」
「それがどうした?付き合ってたら問題ないやろ!それともクビにでもするんか?したけりゃしたらいい。そのまま労基と警察に駆け込んで洗いざらいブチ撒けたら、お宅ら会社が困らんか?おばさんもタダじゃ済まなくなるんじゃないの?それが嫌ならさっさと俺らを解放しろや!」
寿が周りを見回すと1人を除いてその他の人間は全員勝ち誇った顔をしている。現代社会の法律においては確かに雇用する側より雇用される側が強い。それを知り、絶対負ける事のない戦争をしていると確信してる顔だ。なるほど一人で頷く寿はそれには加わらず、うつむいて震えてる女の顔を見て、プリントを確認した。
「園田美穂か・・・。」
そうつぶやくと寿はおもむろに内線電話を取った。
「あっ、田口さん。すいません。園田美穂以外は全員退職の手続きをとってください。」
無慈悲かつ冷徹な寿の言葉に、その場にいた全員が動きを止めた。次の瞬間から園田を除く8人が寿に対して口々に罵詈雑言を浴びせ出した。
「お前、俺の言ってた事を聞いてなかったのか?クビにしたら何もかも表沙汰になって、会社がなくなるぞ!それでもいいのか?さっさと撤回してこいや!」
しばらく罵詈雑言が続いた後、疲れたのか8人は静かになった。寿は静かに、
「気が済みましたか?1人1人クビにする理由を説明するのは合理的ではない、つまりめんどくさいので、そこにいる石田くんを例にします。石田くんはお客様と肉体関係を結び、金銭を受け取っていたというのは先程言いましたが、この中にも充分クビになる理由はあります。自分が業務上知り得た情報でお客様に便宜を計り、相場の倍である値段で買い取りを行った。つまり、会社に損害を与えた事となり、これは背任にあたります。それに少々言動にも問題がありますね。先程からの言動を見てますと、どうも会社という組織には不向きな方ですね。また【ライフスパン】の事も外部に漏らすと公言なさいましたので。これは入社して頂いた時誓約して貰った事に違反しております。これだけでもクビにする理由は充分だと考えております。あくまで今回の事に限ってはという事になりますが。今回の件以前にも問題がありましたね。それも一度や二度ではないと調査部の報告でありますが、それは割愛させて頂きます。ご自分が1番お分かりですよね。他の方々も似たり寄ったりの理由ですね。では4階にいる田口さんの所で手続きをして、帰って貰って結構ですよ。」
寿の言葉に反論する事も出来ずにいた石田は突然暴挙に出た。寿に対していきなり殴り掛かったのである。寿の胸倉を掴み殴ろうとした石田だがあっさりと躱され、逆に首に寿ののど輪を食らい物凄い力で持ち上げられ、そのままホワイトボードに大きな音と共に押し付けられた。ジタバタと何とか逃れようとする石田だが、寿一人の力をどうする事も出来ずにいる。そしてここで寿の顔つきが変わった。
「おんしら、何を眠たい事を言いゆうがな?自分のやってきた事わかってモノ言うてんのか?それと石田ぁ・・・、甘ったれるがもえい加減にしろや!現状に甘えて、自分のやるべき仕事をないがしろにしたがはおんしやろ?それをさも会社が悪いように言う。おんし恥ずかしゅうないがか?まぁえぇわ。しゃんしゃん帰れや。女のケツと銭だけ追いかけて、やっていい事悪い事、物の分別もつかんようになったんか?つまらん男よ。自分にのうが悪い事は隠して、都合のいい事しか言わん。これ以上ガチャガチャ喚くんなら殺すぞ!さっさと去ねや!」
石田をそのまま床に叩きつけ、残りの7人を睨んだ。石田は呻いてその場にうずくまった。他の7人は震えながら推移を見守った。そして寿は石田と他の7人に言い放った。
「目障りや!去ね!」
園田美穂を除く全員が慌てて帰り支度をし、倒れてた石田の両脇を抱えながら出て行った。この後4階に降りて退職の手続きがあるはずだ。
8人が去った後、園田と寿だけが研修室に残された。しばしの沈黙の後、寿が口を開いた。
「お見苦しい所をお見せしました。申し訳ありません。さて・・・、園田さんは研修を続けますか?続ける意思があるのであれば、このまま研修を続けます。」
おどおどとしていた園田だったが、か細い声で、
「はい・・・。続けます・・・。」
「よろしい続けます。」
寿はプリントをめくり、園田の事を記してあるプリントを一番上に持ってきた。
「園田美穂さん・・・、24歳。群馬出身で北関東支社にて採用。【ライフスパン】に所属して2年目。今回研修に来た理由も先ほどの石田くんと似たり寄ったりで、2カ月ほど前、留守番中に女性から寿命を買い取る際、情にほだされて相場の3倍で買い取る・・・か。が、少し聴きたい事があります。端末には今までやってきた過去と現状、それとこれから本人に起こるであろう未来がある程度出てくるはずですし、その際年あたりの適正金額も出てくるでしょう?なぜ3倍もの値段で買い取ったのですか?」
おずおずとしてた園田が答えた。
「そ、それまでは風俗に勤めて浪費に浪費を重ねて、自堕落な生活をしていたのですが、この先立ち直る為に一生懸命頑張るには一度清算しとかなければならない借金があるので。それを清算しないとずっと搾取され続ける・・・と。それなら、寿命を売ったお金で一度清算し、頑張って働いて寿命を買い戻せばまだ道は開けるのではないかと泣きながら言ってたもので・・・。端末で見た未来はそのまま自堕落な生活が続いていくと出ていましたが、最初の研修でこの端末に出てきた未来は過去、現在を基にでてくるのであって、全てではないと習いました。本人の態度を見るに、今までの事を反省しこれから頑張っていくだろうと思い、値段を決めました。」
寿は園田の話を聞き、溜息をつきながら目を閉じた・・・。
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