第7話 疑問

 怪訝な顔をしながら、佐々木は当然のように湧いてきた疑問を猪本に聞いてみた。




「初対面の人間をどうしてそこまで信用出来る?ワシも偉そうな人生は歩んできてないが、そこまで他人を信用する人間を初めて見たぞ。ひょっとしたらワシが何枚か抜き取ってるかもしれんだろ?」




 なんで?と言いたそうな顔をした猪本が、ボツボツと話し始めた。




「ん-と、さっきも言ったようにこちらに不利益が出るとペナルティーが与えられるようになってます。仮に何枚か抜き取ってた場合、佐々木さんとそちらの秘書さんが対象になっちゃいますけど、即時契約破棄になります。即時契約破棄、この意味はわかると思いますので説明は省きますが。要は寿命を延ばした佐々木さんとそれに関わったそちらの秘書さんに、最大限のペナルティーが与えられます。以前にそういった事をした人がいたらしいんですけどねぇ・・・。その人は家族に何かあったみたいですよ。自分もよくは聞いてないんですけどね。それに佐々木さんは大丈夫っしょ。履歴、今まで佐々木さんが歩んできた人生を見るに、対人関係は早々に破綻してるみたいですが、お金の事に関してだけはキッチリしてるようなので。」




 猪本の言葉に、佐々木と秘書は身震いした。




「お、おぅ・・・。ワシは人間を裏切る事はあるが、お金の事だけはキッチリしとる。1億を支払うのにたかだか5、6万を抜こうとも思わん。」




 そんなやりとりがあり、猪本は頭をボリボリと掻きながら最終的な説明に入る為、グレーの指輪を2個、佐々木達の前に差し出した。




「えっと・・・、それじゃあ最終的な説明に入りますね。まずこの指輪をハメてください。さっきも言いましたが、この指輪はどんな事をしても外れません。無理に外そうとしたり、指を切り落とそうとしてもペナルティーが発生します。あとはウチの事に関しては他言無用です。佐々木さんご自身の寿命が尽きるまでは現状のままで時間は進みます。佐々木さんの寿命が尽きると、すぐに今回購入した寿命が引き継いでスタートします。引き継いだ時に起こる症状としましては、徐々にですが身体の状態が改善していったり悪化していったりします。寿命を売った人の状態へ近づいていくって感じですかね。とはいえ、あくまで徐々にです。例えば佐々木さんの今の状態を見るに、何か病気を患っているのでしょうけど、その状態が徐々に改善する可能性があるという事です。ただ劇的に改善する事はありません。それは佐々木さんの中にある病巣は、長い年月をかけて今の状態になってきているので、それを寿命が変わったのだからすぐ無くなるとかという事は無いですね。で、さっきも言ったように寿命を後々買い足す事も可能ですので、今後ともご贔屓に。」




 佐々木と秘書はお互いが猪本に差し出された指輪を指にハメながら、




「うむ、わかった。ところで少し気になる事があるのだが。もし不慮の事故が起こった時はどうなるのだ?ワシの事はワシの事でわかるのだが、他人のせいでワシが死ぬなんて事は無いのか?」




「えっとぉ・・・、寿命という概念は運命に準じております。運命イコール寿命と考えて貰っても問題ありません。つまり運命が尽きるイコール寿命も尽きるイコール死となっております。簡単に言いますと、死ぬまではどんな事をしても死なないって事です。長生きしてお金をじゃんじゃん稼いでくださいね。」




 ニヤニヤしながら話している猪本に対して、佐々木達はよくわからないという表情を浮かべた。




「ちょっと言ってる意味ががよくわからんのだが、死なないのならいいか・・・。それでワシはこの先どうなるのだ?」




「今現時点を持って契約が完了しましたので、少なくとも向こう100年は死にません。どこで自分の寿命が尽きるのかを答える事は出来ないので、自分で考えてくださいね。仮に明日自分の寿命が尽きたとして、そこから100年寿命が延びたと考えてください。まぁ先々になって、あーあの時だったのかなぁくらいはわかると思いますんで。自分で稼いできたお金で寿命すら買ってしまわれたので、この機会に自分にとってお金ってどういう物だったのかを考えてみるのもいいかもしれませんね。何か聞きたい事があれば、契約書の控えの裏にここの電話番号が書いてありますので、電話して貰ってもかまいません。ですが、答えれる事は答えますが答えれない事もありますので、その辺は勘弁してくださいね。」




 佐々木は猪本から差し出された控えを手に取りながら、秘書に手渡した。




「わかった。とにかくワシは100年後まで死なんってのがわかればそれでいい。寿命が100年で一億とは、なかなかお買い得だったな。もっともっと稼いでまた寿命を買い足すとしよう。その時はよろしくな。」




 そう言い残して佐々木と秘書は出口に向かった。それを見送る猪本が後ろからニヤニヤしながら声を掛けた。




「ありがとうございやしたー。よりよい人生をお送りくださーい。」




 猪本は2人を見送ると、契約書に一通り目を通して本社にFAXを送った。FAXを流し終わり、少しすると店の電話が鳴った。




「おい、猪本。これはなんだ?それに100年1億って?お前大丈夫なんか?」




 電話を掛けて来たのは、猪本の上司である部長の沢田。




「在庫も掃けていいじゃないですか。こっちに何かデメリットがあるけでもないし。まぁ自分じゃなきゃこんな大口は纏められないでしょうね。寿なら断っていたんじゃないすか?自分の才能が怖いっすわぁ。」




「俺が言ってるのはそういう事ではなくてだな、管理が大丈夫か?って事だ。」





 前述したと思うが、この仕事は最後まで見届けなくてはならない。100年先までとなるとあまりにも長期に渡る。もっとも売り上げの成績は売った人間が半分、店を管理してる者が半分となり、半分は猪本、もう半分は寿の成績となる。




「管理は寿ちゃんがやるからいいんじゃないすかね?一応会社に貢献する為に、これでも交渉頑張ったんですよ。その辺は評価してくださいよぉ。」




 部長の沢田はため息を吐きながら、





「お前な、自分で売った物を他人任せにするって、どういうつもりだ?お前が勝手に売って後よろしくなんて言ってたら、寿だってそりゃ怒るわ。そういうトコだぞ、お前のいかん所は。客に手を出すのもダメだが、そこそこのポテンシャルはあるのに面倒臭がって管理をしないってのが問題だ。店取り上げられた時もそうだったろ?あの時も客に手を付けた挙句、管理がめんどいって後輩に丸投げしてたろ。えぇ加減にせんと後がないからな。この件は最後までお前が管理しろ。俺が手続きしとく。寿にだけ負担を掛けるんじゃない。しっかりやれよ。」




 取り付く島もなく電話は切れた。自業自得としか言えない沢田の言葉に、猪本は受話器を持ち続けたまま、しばし呆然と立ち尽くした。




 一方その頃、寿はというと約1時間30分のフライトを終え、北の大地に降り立っていた。10月も末となると、やはり新千歳空港は肌寒い風が吹いていた。




「寒いわね・・・。さてこのまま研修所に行ってもいいけど、まだ時間が空いてるわね。どこかでゆっくりしてから行こうか・・・。」




 寿は独り言をこぼしながら、預けていたキャリーケースを取りに行き、空港のロビーまで来た。JRにしようかバスにしようかと少し迷ったが、時間的余裕があると思い、バスにしようとバス停へ向かって歩き出した。




 寿がバス停へ辿り着くと、札幌行きのバスがタイミングよく滑り込んできたので、バスの運転手に大きいキャリーケースを預けてバスに乗り込んだ。寿は座席に座りながら、今日からの研修内容を考え出した。部長から任すとは言われてても、自分の考えを落とし込むには手間が掛かるし、いままで散々新人を潰して来たという自負もある。もちろん地獄の研修を生き残って来た新人は今立派に戦力となっている。この仕事、人間としての甘さをどう削ぎ落とすかがカギになるのだが。




 しばらくするとバスは定刻になり動き出した。何かのアナウンスが流れているが、寿はそんな事を気にもせずに外を眺めながら研修内容をどうするかを考えていた。とはいえ、寿の研修はなかなか厳しい事が知られてはいる。それは研修に今までも研修の講師をやってきた事も何度かあるのだが、弱い人間を容赦なく切り捨ててきた経緯もある。その寿を使うという事は会社側にも危機感があるのだろう。部長の話にもあったように、妙な同情や下心を持ち合わせているヤツが多いってのが、今の現状を生んだのだろう。まずはその鼻っ柱をへし折るところから始めようと寿は考えていたのである。生意気な若手がいるだろうから、それはそれで楽しみだと独り言ちた寿である。




 道中は何事もなく、寿は暖房を利かした車内で日頃のストレスやフライトの疲れも手伝ってか、ウトウトと船を漕ぎだした。それでも頭の中は研修の事で一杯である。どうやってイジメてやろうかという、少々サディスティックな事を考えているのが寿の本性である。それゆえに自分の決めた事は曲げないし、他人に何を言われようと、何を思われようとブレる事もなく仕事を遂行する。それが寿という人間である。




 一時間ほどするとバスは札幌に着いた。身体は休めたのだが、頭の中はずっと働いてる状態な寿は料金を払ってバスの外に出て、深呼吸をしながら背伸びをした。その間に運転手が預けていたキャリーバッグをバスから引きずり出していた。




 その荷物を運転手から受け取り、一度頭を下げ、手に持ちながら寿は歩き出した。ここまで来れば研修所は目と鼻の先である。研修所へテクテクと歩いて向かっていき、ものの5分ほどで辿り着いた。




「半年ぶりくらいかしら・・・。」




 研修所のあるビルの裏口に回り入ると守衛さんがいて、身分証明を求められる。寿は自身の内ポケットからスッと社員証を出し、一礼してエレベーターに乗り込んだ。




 (さて、どんな小生意気なヤツがいるのかな・・・。)




 あまり感情を表に出す寿ではないが、エレベーターに乗り込む寿の顔は少々ニヤけていたのである・・・。

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